精神障害者の雇用支援とキーパーソンによる職場での支援で働く事例
- 事業所名
- 株式会社LIXILトータルサービス 東北支店
- 所在地
- 宮城県仙台市
- 事業内容
- 住宅やビル用設備機器・建材の販売・加工・施工・メンテナンス
- 従業員数
- 企業全体2,800名
東北支店171名 - うち障害者数
- 東北支店2名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 2 屋内の清掃(窓・床・トイレなど)、屋外の清掃(雑草取り・ゴミ拾いなど)、産業廃棄物の分別・圧縮、事務補助(シュレッダーなど) 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
株式会社LIXILトータルサービスは、「トステム」「INAX」「新日軽」「サンウエーブ」「TOEX」という住まいのトップブランドがひとつになって生まれた株式会社LIXIL(リクシル)のグループ企業の一つである。2013(平成25)年4月1日に、グループ内の工事・メンテナンス窓口のワンストップ体制を構築するとして複数の関連する会社が合併してスタートしている。合併に参画した企業は「TLC株式会社」「株式会社INAXエンジニアリング」「株式会社INAXメンテナンス」「サンウエーブレクア株式会社」「サンウエーブメンテナンス株式会社」「東洋テクニカサービス株式会社」の6社で、事業は、住宅用およびビル用の住宅設備機器・建材の販売・加工・施工及びアフターメンテナンス、建築工事の設計・施工管理を行なっている。事業所数は全国で13支店・19総括営業所があり、今回取材させていただいた事業所は東北支店である。
いくつかの企業合併による新会社であることから全体での障害者雇用の取組みは今後の課題とするところであるが、企業姿勢として法令遵守はもちろん企業の社会的貢献を障害者雇用においても果たすべくCSR方針をしっかり掲げている。
(2)障害者雇用の経緯
この度は、東北支店の障害者雇用担当者の大橋邦彦氏にお話を伺った。大橋氏には、資料により丁寧に企業姿勢や障害者雇用の現状・実績について説明をしていただいたことに感謝申し上げたい。
当社の合併に参画したグループ企業において宮城県内で初めて障害者を雇用したのは当社の前身のTLC株式会社である。2010(平成22)年12月に会社方針として法令遵守や企業の社会的責任を果たすことを決め、地域社会への貢献を果たす一環として障害者雇用を進めることになった。当初は障害者を雇用するといっても何をどう準備したらよいか全くわからなかったし、人物像や雇用のイメージが涌かず不安だったことから、宮城障害者職業センターを訪問し相談をしたのが始まりである。
グループ企業では、すでに他の支店において障害者雇用が進んでいた。身体障害者の場合は伝票のチェック、データ入力、リフォームやアフターメンテナンス部門での補修作業など、知的障害者の場合は、清掃やゴミの選別などの職務に就いていた。これらの先行事例を参考に、宮城障害者職業センターの障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という)と相談し、業務の洗い出しと切り出しを行い、2011(平成23)年2月に精神障害のKさんを雇用した。その後、同年10月にIさん(32歳、男性、統合失調症)を雇用した。しかし最初に雇用したKさんは、体調不良による早退や欠勤が続き、不安定な状態で推移し、次第に仕事に対するモチベーションも無くし、2012(平成24)年1月に退職した。
2012(平成24)年2月には、Oさん(31歳、男性、統合失調症)を雇用し、現在はIさん、Oさんの2人が安定した勤務を継続している。勤務日は月~金の週休2日で、勤務時間は8:30~15:30であり、業務の進み具合では、16時以降に継続勤務することもある。
「東北支店では、特に募集する段階では障害内容にこだわっておりませんでした。採用を決めたら、それがたまたま、精神障害者だったというような状況です。お恥ずかしい話ですが、障害の細かな内容についても存じ上げていなかったのが正直なところです」と言うのが大橋氏の答えであったが、障害者に対する偏見を持たない人柄が当社の東北支店において、2名の方が継続して働けることの大きな要素となっていると思えた。
2. 取組みの内容
障害者雇用にあたって、大橋氏は、カウンセラーと相談し、次の3点を行った。
- 職場研修を2週間行い、業務や環境に慣れること
- ジョブコーチ支援事業を活用し、ジョブコーチに本人と会社のつなぎ役になってもらい、本人の課題の整理と会社が雇用にあたってなすべきことを整理すること
- 業務日報を作り、作業指導とケア(結果を評価し、課題化すること)を大切にすること
(1)職場研修
2週間の職場研修は、双方にとって重要なマッチングの期間だ。障害者にとっては環境に慣れ、自らの障害特性(作業スピードやコミュニケーション力、環境との適合など)と向き合いながら、働くための準備期間である。雇用側にとってはそれぞれの特性や適性を発見し、職場に迎え入れるための見極め実習になっている。
(2)業務日報
下の写真は、業務日報で、日時・業務内容が丁寧かつ具体的に書かれており、重要な作業は◎印がつけられ、作業ごとにチェック欄が設けてある。4W1H(いつ・どこで・だれが・なにを・どのように)が明確に記されており、単なる手順表ではない。
具体的に紹介すると、9:00~12:10の作業時間に「10:00~10:10休憩」が、作業に必要なものとしては外用ホース、モップ、バケツ等が記入され、具体的な作業内容として「◎喫煙室掃除 ※11時過ぎたらいつでも可、・ほうきで床を掃く⇒床の汚れ落とし(モップ)①タバコの吸い殻を捨てる ②灰皿を洗う⇒雑巾で拭いて灰皿の水気を取る ③イスを拭く ④ゴミ箱を拭く。」といった按配で明記されている。
障害者にとって理解に時間がかかったり、忘れやすい障害特性をクリアするツールとなっている。
また、作業日報の下段には「今日の疲労度」の10段階チェック欄、「一日の感想・質問等」、「良かったこと・楽しかったこと」、「明日直す事、反省した事」、「会社からのコメント」欄がある。働くうえで最も大切といわれる「ほう・れん・そう」がここでは具現化されている。
「明日直す事、反省した事」の欄には、「相手の身になって考えたり、周りの人への気配り、気遣いを‥‥」というIさんの記入に「具体的に何をしたらいいのかな?」というコメントが添えられ、次の会話のテーマにもなっている。
この「業務日報」は、ジョブコーチの提案によるもので、「会社としては特別のことはしていないが、"これはいいですね"と採用しました」と謙虚に大橋氏は話す。2人が勤めはじめてから現在までの業務日報がきっちりとファイルされていて、密度の濃い支えをされていると感じた。このことは就労支援の立場からも学ぶべきものであった。
IさんとOさんのお話では、はじめは「業務日報」に何を書いたらよいかわからず、悩んだ時もあったそうであるが、書くことで気持ちや調子のコントロールができるようになった。悩みや不安を書き、口にすることで楽になったと話してくれた。
(3)その他のコミュニケーション
障害者とのコミュニケーションはこの「業務日報」によるものだけではない。IさんとOさんに対して、常日頃、声掛けをし、朝のミーティングで業務の指示出しと健康チェックを行い、終了時には業務日報に合わせて、直接に業務報告も受けている。
一般的にも大事なことであるが船頭が多くては、船は進まない。このことから2人の担当上司は、大橋氏と決まっていて、大橋氏が出張や業務の都合で留守にするときはもう1人、女性の担当者がいて専門に対応している。こうした指示命令系統の明確化と丁寧なフォローは、2人が混乱なく働き続けるための大きな安心材料であり、働くモチベーションの維持に大きな力となっている。
大橋氏は、障害者雇用を行ってみて、「最初は、拘束されるように感じ、慣れるまで大変だった。しかし、同じ人なのだからと、同僚や友達のように接しようと考え方を変えた」、また「障害者にどのようにしたら正しく伝えられるか、伝え方を学んだ」と語る。
事業所は仕事に対してはしっかりやり完成度の高いものを要求するという姿勢で対応し、そのうえで、業務評価を行っている。そういった評価にきちんと応えているIさんとOさんの姿勢から、日常の関わりの中から生み出された信頼関係が形成されていることが感じられた。
これは筆者の私感だが、当社では最初に雇用したKさんの雇用管理から学んだことが大きく、そのことが職場の良い人間関係、企業風土を培うことにも繋がっているのではなかろうか。
3. 働く精神障害のある方の支援と課題、おわりに
(1)働く障害のある方の支援と課題
精神障害者の就労は、何より本人の心の準備ができているかが重要である。この場合の準備とは、仕事ができるかというよりは、ストレス対処策や服薬・体調管理等であり、人の所為にしない自立心といった、"セルフマネジメント(自己管理)力"である。
勿論、疾患による調子の崩れも見逃してはならないし、無理をしてもいけないことは当然である。精神障害者で疾病に対して依存的な要素を持つ人は少なからずいて、本人が支援機関の利用も休みがちになったり、約束を守れないことを他者の所為にし、症状の訴えに終始する人もいる。また、不安感の強い方は、人間関係においてまずつまずきやすい。このため、働くことがどういうことかを理解し、働き続けるためには、このセルフマネジメント力が基本になる。
また、このセルフマネジメント力を身につけるためには、医療や福祉に関わる支援者の役割が大きいのではなかろうか。障害者が保護された環境で、何も問題が発生しない環境では身につくはずがない。社会の中でこそ育まれるのではなかろうか。発症してから適切な治療を受けて社会復帰する「早期発見・早期治療」が効果的に社会復帰に結び付くと言われている。かつて精神疾患は不治の病で、一生を病院で過ごさなければならないと言われた時代は終わった。現在は、地域で生活すること、働くことがむしろ治療的な効果があると言われている。その前提として、薬と医療・保健・福祉サービスが必要である。
Iさんの場合は、福祉サービスの支援機関から支援を受け、Oさんの場合は、主治医から働くことを勧められデイケアの支援を受けた。いずれの場合も宮城障害者職業センターの職業準備支援を受講して就職活動の準備をし、ジョブコーチ支援を受けて就労に結び付いている。こうした働くための支える輪(ネットワーク)は、2人が働き続けるうえでとても良い機能を果たしている。支援機関の持つ機能を活かすことは、障害者にとって必要なことだが、実は、雇用する側、企業にとっても重要であるのでぜひ活用を勧めたい。連携が雇用継続のポイントである。
ここ数年、特に精神障害者の雇用は伸びている。これは国の障害者雇用率制度、障害者雇用納付金制度などの施策が浸透してきていることもあろうが、受入れ事業所に対する支援体制が整ってきた成果でもあると考える。ジョブコーチ支援や障害者就労支援の福祉サービスが充実し、働き続けるための支えが作られてきたことが大きい。当社の事例はその典型であろう。働く準備のできている障害者は多いし、事業所にとっても必要不可欠な戦力になりえる。ぜひ、多くの企業がこの事例を踏まえてそのことに気づき、障害者雇用に積極的に取り組まれることを願う。
(2)おわりに
2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災後、2年半を過ぎた今も、時折甦っては悪寒を覚えるが、当時、障害者で就労していた約50名(ハローワーク仙台管内で手続きをした方)が解雇や休職状態になった。解雇された精神障害者は7名、Iさんはその一人であるが、宮城障害者職業センターの「震災時対応の職業準備支援」を受けて、当社への就職に結び付いた。Iさんは、震災発生時、自宅にいて胸まで津波に浸かり、危機一髪で助かっている。現在は、仮設住宅暮らしであり、今後は家庭の手助けをしていきたいという思いをもって、長く安定して働きたいという希望である。
Oさんの趣味はヨガである。人体に興味を持っていて、次のステップは整体の仕事をしたいのが夢と伝えてくれた。上司の大橋さんからは「やりたいこととできること、現実的に考えていると、いつも話してくれている」とコメントしていたが、Oさんは、夢と現実を折り合わせていくことや、アドバイスを受け入れることも少しずつだが身についてきたようである。Oさんは「上司から『ありがとう』と言われるのが嬉しいです。上司には、その日の仕事を具体的に報告し、悩みも相談しています。障害があるからと悲観的にならず、前向きに自分の気持ちを維持して頑張ります」と話してくれた。
2人の仕事を拝見したが、スピードもありかつ丁寧で、食堂の清掃ではてきぱきと息の合った作業で、2人の仕事への誠実な向き合い方と、大橋氏の指導に感嘆した。
医療・保健・福祉・労働関係機関の様々な支援の輪と、ジョブコーチ支援の手法をしっかり取り入れて、キーパーソンとなっている大橋氏と株式会社LIXILトータルサービスの企業姿勢に貴重な学びを得たことに感謝したい。何よりも働くIさん、Oさんの二人に励まされたことにお礼を申し上げたい。
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