採用の決め手は長期間の現場実習
「彼のため」が「職場のため」になった"J君効果"
- 事業所名
- 吉野電業株式会社
- 所在地
- 茨城県日立市
- 事業内容
- 電気機械器具製造業
- 従業員数
- 27名(役員3名を含む)
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 1 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
当社は、昭和27(1952)年7月創業。大手電機メーカーのエレベーターの重要保安部品であるブレーキ用マグネットコイルの製造をメインとして、ワニス含浸・エポキシモールド・テーピング絶縁等、各種マグネットコイルおよびパルストランスの設計・製造を行っている。平成25(2013)年8月現在の障害者雇用の状況は知的障害のあるJ君1人の雇用であるが、雇用率は4.2%となる。
(2)障害者雇用の経緯
- 特別支援学校の延べ2ヵ月の現場実習を活かす
平成24(2012)年4月、当社に採用された知的障害者のJ君。吉野社長はJ君の現場実習関係の資料を宝物のように大切にファイルしている。これを見るだけでもJ君に対する吉野社長の愛情とJ君の成長ぶりが手に取るように分かる。
障害者雇用率制度からは雇用義務数が発生しない役員も入れて26人の会社が、なぜ不況の中、知的障害者を雇用するようになったのだろうか。
a.長期間の現場実習で仕事の適性を掌握
J君を紹介したのは、特別支援学校の先生。最初は採用ということではなく、現場実習の受け入れ依頼であった。当社はインターンシップ制度により、高校生や大学生を受け入れており、J君の現場実習もその一環という感じで抵抗なく受け入れた。
現場実習は8回、延べ67日間(2年時に1回、14日間、3年時に7回、延べ53日間)行われた。特に、3年時の後半の6回、延べ42日間は、就職(採用)を意識しながらの実習であった。これだけ長期間実習したことにより、J君の性格や得手不得手が分かり、どのような仕事に適性があるか掌握することができた。
b.特別支援学校の先生の熱意に打たれる
当社での現場実習期間中、こちらが「ここまでやってくれるの!」とびっくりするほど、特別支援学校の先生は熱心に毎日入れ替わり立ち替わり2時間~半日は当社に顔を出して、本人を激励したり、当社にはアドバイスをしてくれた。当社にとっては、初めての障害者であり、また高校生ということもあって「こういうことを聞くのは失礼か?」、「どのように注意をしたらよいのか?」あるいは「これをやらせても大丈夫か?」等、戸惑うことは多かった。しかし、先生がそばにいて積極的にアドバイスをしてくれたので順調に実習が進んだ。
実習最終日の成果報告会では、先生方は、「これほどまでにJ君が成長したのか!」と涙ぐみ、職場のみなさんも感無量であった。
c.「進路個人票」で本人を理解
当社での現場実習は、特別支援学校の「進路個人票」で本人を理解したうえで行われた。「進路個人票」の評価項目に対する学校の評価(要旨)は、以下のとおりであり、的確に予備知識を得ることができた。カッコ内は、実習の結果の職場での評価である。
・性格・行動特徴・基本的生活習慣【学校の評価】 話をよく聞き、言われたことを素直に聞き入れることができる。
(評価どおりであり、注意を素直に聞き入れ、メモを取って同じミスを犯さない。)・基礎学力【学校の評価】 身辺処理はほとんど確立している。知っている場所なら自転車で行くことができる。
(J君は、自転車・電車・バスを利用し通勤しているが、まったく問題ない。)・作業能力【学校の評価】 ゆっくり説明すれば内容を理解できる。簡単な漢字は覚えておりしっかりした文字を書く。
(日常業務に支障を来たすものはない。漢字も結構知っている。)・社会生活能力【学校の評価】 実際に現場を見せる等、具体的に作業内容を説明すると、作業に取り組むことができる。
(多くの作業はすぐにできるようになった。)【学校の評価】 予定表を見て、その日の予定を確認することができる。テレビは、スポーツ番組が大好きで、スポーツ雑誌を購読している。
(上司の指導があれば自分で様式にしたがい、予定表を作成することができる。)
d.先入観を持たないで仕事を任せる
当社の仕事は、エレベーターの重要保安部品の製造がメインであり、この作業は、特に細心の注意を要する。エレベーター部品以外にも多くの製品を生産しており、作業工程は限りなく多岐にわたっている。
現場実習を通して分かったことは、知的障害者も障害のない人と同じで、性格は十人十色であり、長所も短所もあるということ。また、この点を理解して職場を見渡すと、障害者ができる仕事が十分あることも分かった。
知的障害者はあきっぽい、不器用と言われることもある。しかし、大変根気のいる仕事を任せたところ、一人でこなせるまでになった。また、慣れが不器用を乗り越えて、一般従業員と同じくらいにできるようになった仕事もあった。このように先入観を持たないで任せたことが、J君の仕事の幅を広げていった。
e.現場実習を見て採用を決断
吉野社長は、現場実習を通じて、人の輪に飛び込んでいく明るい性格、実習日誌を毎日苦労しながら欠かさないで提出する粘り強さを見て、採用を決意した。 - 家族の協力
a."子供は家族の産物"
両親とも、いろいろと話す機会があり、どのような環境で本人が育っているかを知ることができた。両親は、J君とコミュニケーションをとることに非常に熱心で、家族とよく出かけている。鹿島スタジアムや東京ドームにまでサッカーや野球の応援に出かける。また、家族全員で歌舞伎や北島三郎ショーを見に行くこともある。
"愛情たっぷり"が障害を乗り越えるパワーになることを実感し、"子供は家族の産物"であると納得した。
b.規則正しい生活
学生時代からのよい習慣を継続し、毎朝6:00起床、9:00就寝の規則正しい生活を送っており、健康そのものである。
2. 取り組みの内容、J君効果
(1)取り組みの内容
J君の雇用に当たって、当社が取り組んだことと感じたことは、次のようなことである。
- 具体的な指導方法
ほめるべきところは、「じょうずだね。それでいいよ」と、しっかりほめる。注意すべきこと、反省すべきことも、その都度言う。「あとでまとめて」は、臨場感がなくなり分かりづらい。また、ダメなものはダメと、はっきり言い切ること。遠回しな言い方や曖昧な表現は混乱を招く。
作業の指示を出すときは、「どうやるんだっけ?」とあえて本人に確認し、作業手順を理解しているかどうかを確認することもある。
- ジョブコーチ(職場適応援助者)との連携
ジョブコーチ支援も受けた。ジョブコーチはすべての心配ごとや迷いに的確に答えを出してくれる大変頼りになる存在だ。障害者を雇用する会社は、大いに活用すべきと考える。
- 安全、設備等は特に改善しないで受け入れが可能
a.安全面はあまり心配する必要がない
知的障害者は「理解できない、覚えが悪い、計算がほとんどできない」と思っている人が多い。また、突拍子もないことをして、ケガをするのではないかと心配する人もいる。もちろん知的障害者も十人十色であるが、多くの知的障害者は、覚える速度は遅くても一度覚えたことはほとんど忘れないし、決められたルールは障害のない人以上にしっかり守る。J君もそうだったので、J君の雇用に当たって安全面をあまり過度に心配する必要はないと感じた。
b.設備・施設・機器の改善は不要
設備・施設・機器の改善を心配する会社もあるが、当社では何の改善も行わなかった。改善らしきものは、J君専用の道具に書かれている漢字にふりがなをつけた程度である。
- 周囲の理解
a.指導者同士で勉強会
J君への指導者は吉野社長、業務部の神山課長のほか、職場で作業指示やアドバイスをする指導者として、J君と席を並べる吉野恵さん、沼田明美さん、川崎典子さん、木村恵美子さんの4人がいる。全員がJ君のお母さんと同じような年齢であり、安心感がある。指導者は毎週勉強会を開いて「こういう言い方をしたら誤解された」、「そういう場合は、こういう風に言えばいいのでは?」等、具体例をあげて反省すべき点、改善すべき点について話し合っている。
b.休憩時間の過ごし方
昼休みは、あまりじっとしていては気疲れするので、キャッチボールを勧めたところ、こうと決めたらわき目もふらず一直線のところがあり、多少の天候の悪さをものともしないで、毎日誰かに声をかけてキャッチボールをしている。しかし、軽く汗を流す程度の運動はストレス解消になると、みなさんにも好評である。
- 自主性の養成
a.週間計画を立てる
知的障害者は、一般的に計画を立てたりするのは苦手であるが、当社では指導者が後押しして、来週どのような仕事をどのように行っていくか等、週末に週間計画を立てさせている。これも繰り返すと十分満足のいくものができるようになってくる。
b.業務日誌
ジョブコーチから勧められて始まった業務日誌には、どのような仕事を、いつ(時間帯)、いくつ(数量)行い、終わったら誰に報告するのかが記載されている。また、反省点も記載するほか、「今日自分で何をやるか理解できているか?」や「どこまでできるか考えているか?」等、先のことを想定する習慣も身に付けさせるようにしている。
1日の最後に業務日誌を付けることで、その日を振り返り、冷静さを取り戻すようである。また、社長を含め、上司のコメントもやる気を与えている。
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(2)J君効果
- 「J君のため」が「職場のため」になった
ベテランで障害のない人にとっては当たり前で気にならない以下のようなことが、J君を戸惑わせていることに気づいた。これを改善したところ、他の人も仕事がやりやすくなった。J君のために改善したことが、職場のためになっているので、これを"J君効果"と呼んでいる。
a. 同じ部品の呼び方が人によって異なり、分かりづらいし誤解を招く。
⇒ 呼称を統一。b. 部品を置く場所が一定でない。
⇒ 3定(定位置に定品を定量だけ置く)を徹底。c. 作業指導書が文字ばかりでわかりづらい。
⇒ 図・写真・絵入りとした。d. 職場が雑然としている。
⇒ 5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)を再徹底。 - ほかの従業員の手本になる
業務上の改善以外でも、J君の仕事に対するまじめな姿勢や行動は、当社の従業員達に大きな影響を及ぼしたと考えている。次に、そんなJ君の姿勢や行動を紹介したい。
a.決められたことを守る
障害のない人がミスやケガをする原因の一つとして、「決められたことを守らない」があるが、J君は、絶対と言っていいほど決められたとおりにやるので、信頼し切って大丈夫。
b.分からないことはかならず聞く
分かったふりをして、とんでもないミスをする人がいる。また、「だろう」、「かもしれない」のまま作業をする人もいる。しかし、J君は分からないことはその都度確認する。いつもと少しでも条件が違うと、かならず質問してくる。これで業務遂行上の間違いが見つかったこともある。
c.メモを取る
メモをしっかり取って、同じミスを繰り返さないようにしている。
d.仕事が終わったらかならず報告する
仕事は、結果を報告して初めて完成するが、これをやらない人が結構いる。J君は、かならず終了の報告をするので、指示した人は安心する。確実にホーレンソーを行うという点でも、多くの人の手本になっている。
- みなさんに感謝される仕事
a.社長と一緒に男子トイレの掃除
J君は毎週金曜日、社長と一緒に男子トイレの掃除をしている。社長の提案で始めたが、最初から嫌な顔一つしないで、図と絵入りのマニュアルに従い掃除をしている。今では社長が不在のときは、一人でもできるようになり、職場の皆に感謝されている。
b.地味で面倒な準備作業も黙々と
手間のかかる細かい準備作業は、地味で面倒で敬遠されがちであるが、誰かがやらなければならない。J君は黙々とこれらの作業に励み、効率アップに貢献している。
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3. 今後の課題と展望
(1)賃金と生活設計
賃金は、入社時から最低賃金を上回り、今年は昇給もした。J君は8:30~16:00までのパート勤務であるが、社会保険にも加入している。当社では65歳定年であり、今からしっかりと生活設計を立てて健康に働くことができれば、将来も安心である。
(2)フルタイムの勤務をめざす
J君は細かいものまで含めると、20種類以上の仕事をマスターしている。吉野社長も「そこまで任せているの!」とびっくりするような仕事もこなしている。さらに職域を広げ、いずれはフルタイム勤務を目指したい。
(3)"頼りになる孝行息子"になることを期待
「会社内に適当な仕事がない」と障害者の雇用を敬遠しがちな会社もあるだろう。しかし、当社は、26人の大家族に息子が1人増えたという感じでJ君を温かく迎え入れた。
"J君効果"という直接的な効果ばかりでなく、素直な心で、明るく精いっぱい努力し、人生を謳歌しているJ君の姿に刺激を受ける従業員も少なくない。
職場と家族の応援を受けて、J君がいつの日か、職場にとっても家族にとっても"息子"から"頼りになる孝行息子"に一層成長することを期待したい。
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