障害者雇用はシステム作りとメンテナンスが成功のカギ
- 事業所名
- 医療法人社団豊生会
- 所在地
- 北海道札幌市
- 事業内容
- 医療・保健・介護・福祉の継続したサービスと、疾病予防・介護予防を統合的に提供
- 従業員数
- 630名
- うち障害者数
- 11名(うち重度障害者3名)
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 4 医師、看護師 内部障害 知的障害 3 清掃 精神障害 発達障害 2 清掃、介護補助 高次脳機能障害 難病等その他の障害 2 - この事例の対象となる障害
- 発達障害
- 目次
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1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
理事長である星野豊氏が平成元(1989)年に東苗穂病院を開院し、6年後の平成7(1995)年に医療法人社団豊生会を設立した。星野理事長の『生まれ育った地へ恩返しをしたい』という強い想いから、『地域に根ざした豊かな医療と福祉を創造する』を法人の理念とし、『地域と医療・福祉の架け橋』として、地域の方々に『親しまれ、信頼される』施設であり続けることを目指している。
現在では、病院の他、在宅医療、介護老人保健施設、デイサービス、居宅介護支援事業所、グループホーム、訪問介護・看護事業所など19施設を運営する。
「経営戦略的にではなく、地域のニーズに応えようとする星野理事長の強い思いが、事業を拡大していった」と運営管理部人事課課長の和泉淳一氏(障害者職業生活相談員)は話す。
(2)障害者雇用の経緯
- 障害者雇用に至ったきっかけ
法人としての障害者雇用は、15年前(平成11(1999)年)に身体に障害のある医師や看護師を雇用したことから始まる。『地域に根ざす』ことをモットーとしている法人にとって、地域の中に存在している障害者を職員として迎えることはごく当たり前のこととして職員からも受け止められた。
知的障害者や発達障害者の雇用数は現在5名を数えるが、雇用を始めたのは平成21(2009)年まで遡る。障害者を受け入れる企業が地域に少ない実情を知り、法人内で障害者雇用をさらに推し進めていこうという機運が高まり、和泉氏を中心に具体的な動きへ移った。
- 障害者の求人・採用方法
和泉氏は、平成21(2009)年に北海道障害者職業センターの障害者職業カウンセラーに相談し、具体的な障害者雇用の進め方について助言をもらった。助言を受け、知的障害者・発達障害者の雇用、採用の時のポイントは「コミュニケーション能力があるか」という一点のみとした。それは障害者の担当業務を清掃業務としたため、当法人の利用者である高齢者とある程度コミュニケーションが取れる必要があると考えたためであった。コミュニケーション以外の面は、採用後に育てていけば問題ないと考えた。法人の行動指針にはこう書かれている。「まず受け入れる方向で」を基調に『何をすべきか、何ができるかを考えよう。』まさにこれが、障害者雇用においても体現されている。このような方向付けで、ハローワークと連携して障害者雇用の求人募集を行い、同年4月に、知的障害、発達障害を持つ人、3名を同時に雇用した。
2. 発達障害を持つAさんへの取組
Aさんは、平成21(2009)年4月に3名同時に雇用した時の1人である。発達障害を持つAさんの事例から当法人での障害者雇用の取組内容を紹介する。
(1)受入れ体制の整備に向けた取組
Aさんたちの配属先を決める際もトップダウンでの決定にならないよう、各施設の責任者が集まる全体ミーティングで、障害者雇用を実施する旨の説明と障害者を受入れることが可能か、受入れの意思があるかを施設責任者に確認した。そして受入れ意思のあった高齢者のデイサービス部門での配属が決定した。
法人内では、全従業員共通の新人研修を用意している。この研修にAさんを含めた3名の障害者も参加している。理解度に応じて一部の内容を変更したところもあるが、マナー研修や心肺蘇生などは障害のない従業員と同じ研修を受け、社会人としてのマナーや医療・介護に携わることの基本的姿勢を学んでいる。他の従業員と分け隔てなく研修を受けたことはAさんにとって「特別扱いされていない」ことを理解し企業への信頼に繋がった。
(2)職場定着に向けた環境を整備するための取組
当初の配属先であった高齢者のデイサービス部門の施設長は、障害者の受入れに積極的な施設長であったが、障害者を指導するノウハウや発達障害者の障害特性等わからないことが多かったことや、受入れスタッフの安心のためにもAさんの雇用と同時にジョブコーチ支援を実施している。また、Aさんの仕事へのマッチングを見極める意味合いもあるが、それ以上に本人にとっても長く働ける職場であるか評価していただくためにトライアル雇用も活用した。
Aさんの特性として、優先順位をつけて仕事をすることや抽象的な作業指示を理解することが苦手で作業ミスを重ねてしまい自信を喪失してしまうこと、自信を喪失し悩みを抱えると自分の話を色々な人に話してしまう傾向があった。
そこで施設長とジョブコーチは、①1日の作業スケジュール表を作成しルーティンで動けるようにすること、②悩みの内容に応じて決められた窓口のみに連絡することを決め対応した。
また、法人では上期と下期の年2回人事考課を行っている。Aさんにおいても、障害のない従業員と同じ人事考課シートを使って、人事考課制度を適用している。人事考課は、日々の業務を振り返るチェック項目の自己評価、上司評価と今期の目標の振り返り、そして来期の目標設定を行うことが目的ではあるが、「自分自身で働きぶりを評価する」機会になることが最大の効果と考えている。Aさんの場合、自己評価が極端になりがちであったが、施設長との面談の中で適正な評価結果をAさんにフィードバックし、来期の具体的目標を計画することができたことはAさんの意欲の喚起に繋がっている。
(3)配置転換に対応するための取組み
平成23(2011)年に就業場所の体制変更に伴いAさんは配置転換されることになった。Aさんの配属後も施設責任者の全体ミーティングで障害者の業務遂行状況を確認し、今後他部署への雇用拡大を意識できるように全体で共有していたこともあって、障害者雇用の受入れを希望していた現在の部署への異動が速やかに決まった。新しい施設長はAさんの働きやすい環境を事前に把握していたため、異動前に作業スケジュールやチェック表の作成、相談対応者を選定した。また、Aさんの特性や関わり方について事前に職員に説明した。これら取組によって、環境の変化が苦手なAさんもすぐに新しい職場環境に馴染み適応することができた。施設責任者の全体ミーティングで障害者の適応状況を定期的に共有するシステムがあったこと、Aさんの働きやすい環境がシステム化されていたことで次の職場でも援用できたことが配置転換後のスムースな定着に繋がったといえる。
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(4)人的環境の変化に対応するための取組み
平成25(2013)年3月末、現在の施設長が着任した。Aさんにとって初めて女性の施設長であった。Aさんは施設長が女性になったことでどのように接して良いかわからず、施設長の顔色を過剰に心配し、これまで上手くいっていた仕事にも不安を覚えるようになったようで、施設長への質問が頻回となり、作業が遅れるなど業務に支障を来すまでになった。Aさんの不安は日に日に増し、ジョブコーチへ相談の電話をかけてくることも多くなった。
一方、施設長は知的障害者への指導経験はあったものの、発達障害者の指導は初めてで、Aさんからの会話が一方的であったり、気持ちや言いたいことがうまく言えず、Aさんの説明が回りくどくなったりすることで、施設長も本人の真意をくみとるまでに時間がかかったりして、対応に苦慮していた。
そこで障害者職業カウンセラーとジョブコーチは、課題解決の為には環境調整が必要と判断し、ジョブコーチによる再支援を実施して施設長と一緒に改めて環境の整備を図ることとした。
ジョブコーチがAさんの状態像や職場環境を分析したところ、利用者のお風呂の時間帯、レクリエーションの時間帯等が時間の経過に伴い徐々に変更し、既存のタイムスケジュールどおりには動くことができなくなっていた。そのため、Aさんは自分の判断でスケジュールを変更し対応していた結果、非効率になり作業の遅れに拍車をかけていたことが判った。
課題改善に向けて施設長とジョブコーチはタイムスケジュールの見直しや作業工程の明確化、作業日誌の活用等、様々な環境整備を図った。
特に、作業日誌については、今までAさんは業務で気になることがあればすぐに施設長に報告することが習慣化しており、質問の回答が遅くなることで不安定になることも判った。そのためAさんの成長と施設長の負担を軽減するために本支援では質問方法をルール化し的確に報告・連絡・相談ができるようにするために導入したものである。
内容としては、決められたスケジュールどおりに作業することを意識するため、自分で一日の作業時間を記入する。また、一日の仕事を自己評価できる様、『時間内に作業ができた』、『報告・質問のタイミングが適切にできた』等のチェック項目欄を設け、自分で該当するものに○を入れることができるようにした。さらに、頻回となっていた施設長への質問を軽減させ、尚且つ、Aさんの不安な気持ちを発信できる機会を保障するため、『解決できなくて、施設長に相談したいこと』という欄を設けた。
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作業日誌を導入したことによって、質問の機会が保障されたAさんは、施設長へ質問する前に緊急性があるかどうかの判断ができるようになり、緊急性が無ければ日誌に書いて対応できるようになるまで成長した。
また、施設長から文字として視覚的に回答をもらえることは発達障害を持つAさんにとって理解しやすいという側面だけでなく、自信を喪失した時に過去のコメントに目を通して自信を回復する効果も生んでいる。施設長から“褒め言葉”がコメントとして返ってくることは、Aさんの自信と施設長への信頼に繋がった。
(5)施設長、Aさんからのコメント
- 施設長からのコメント
知的障害者と発達障害者の特性の違いに戸惑いながらも、Aさんの不安を軽減させてあげたいと、とにかくAさんの話を傾聴することを心がけていました。しかし、私の思いとは反対に、Aさんの不安はどんどん増していったようです。その時、ジョブコーチがAさんに接する態度を見て、傾聴するだけではなく、“伝えるべきことはきちんと伝える”ということが発達障害者には有効であることを理解しました。ストレートな言い方がAさんには伝わりやすいと分かった今では、Aさんへの伝え方に注意をしています。作業日誌は自分では思いつくことができなかったので、ジョブコーチにアドバイスしてもらって助かりました。作業日誌を通して、Aさんの不安が軽減され、自信を持ってくれることを願っています。これからも、ジョブコーチと相談しながら、Aさんが気持ちよく働けるように環境を整えていきたいです。
- Aさんからのコメント
もともと介護に携わる仕事に興味があり、希望通りの職に就くことができた喜びを噛み締めながら働いています。仕事をする上で、施設利用者を最優先に考えて行動することを心がけながら、焦らず正確な仕事を目標にしています。考え過ぎて不安になってしまうこともありますが、そのときは作業日誌に書いて解決するようにしています。
施設利用者や従業員から『清掃してくれたおかげできれいになったね』、『いつも一生懸命だね、ありがとう』といった言葉をかけられることにやりがいを感じています。と笑顔で答えてくれた。
3. 今後の展望
『障害者と一緒に働くことは特別なことではない。当たり前のことである』という考えが法人全体に根付いている。これは法人の理念や行動指針に裏付けられる考えといえる。平成25(2013)年4月から障害者の法定雇用率の引き上げ、平成30(2018)年4月からは精神障害者の雇用が義務付けられており、さらなる雇用の拡大が求められているが、本事例のように採用後の環境整備のみならず、職場環境や人的環境の変化等によって本人の課題が発生しないような対応、課題が発生した場合も課題となる背景を分析しジョブコーチ支援を活用しながら必要な環境整備を行い雇用の継続・安定を図ったことは重要な視点であるといえる。
本事例では法人理念や職員の倫理観に頼りすぎることなく、施設長ミーティングでの定期的な情報共有、障害者職業センターやハローワークと連携し外部からの助言を取り入れながら障害者が働きやすい環境のシステム化を図ったこと、また新人研修、人事考課等の障害者を育てる環境のシステム化により障害者雇用の促進に繋がっているといえる。雇用のためのシステムを構築した後は、職場内での伸び悩みの改善、作業へのマンネリ化の改善、指導者の変更への対応等、様々な変化に対応するために、システムを「メンテナンス」すること、即ち定期的にシステムを点検して補修していくことが職場定着に繋がっており、システムの構築とメンテナンスが障害者雇用の成功のカギだと考える。
最後に、和泉氏は、障害者がやりがいを持って安定して働き続けられる職場づくりを今後もしていきたいと話してくれた。障害者を「雇用するための環境づくり」から「働き続けられる環境づくり」に目が向いていることが法人の障害者雇用の実績を物語っているといえる。
執筆者: | 社会福祉法人はるにれの里 就労移行支援事業所あるば 第1号職場適応援助者 小林 恵理 |
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