関係機関との密な連携により発達障害の雇用に成功した事例
- 事業所名
- 仙台ターミナルビル株式会社
- 所在地
- 宮城県仙台市
- 事業内容
- ホテル事業、ショッピングセンター事業
- 従業員数
- 543名
- うち障害者数
- 9名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 5 経理、用度、ホールサービス、食器洗浄 内部障害 知的障害 2 ホールサービス、食器洗浄 精神障害 2 用度、売り上げ管理 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
|
1. 事業所の概要、取組の内容
(1)事業所の概要
仙台ターミナルビル株式会社はホテル事業及びショッピングセンター事業をベースとした事業展開を行い創業38年の実績を持つ老舗企業である。「生活サービス創造企業」をキーワードにサービス向上、地域貢献、社員の自己研鑽を重視する理念を持っている。
(2)取組の内容
- 発達障害者雇用のきっかけ
当社での発達障害者雇用のきっかけは、障害者の法定雇用率達成のため、以前から身体障害者及び知的障害者の雇用実績があったが、想定していた業務内容に対し本人達の適応が難しく離職した経緯がある。その欠員の雇い入れについてハローワークに相談したところ、仙台市障害者就労支援センターから発達障害者2名の求職情報を提供された。本人達と当社の仲介に当たった仙台市自閉症相談センターの提案により、1か月の実習を経た上で採用の可否を決定することとなったことである。
- 雇用するAさん、Bさんの業務内容等
Aさんは総務部用度課という業者対応に関連した業務を主とする部署に勤務している。業務内容は、納品された商品の仕分け及び各セクションへの運搬、納品伝票のシステム入力を主とし、場合によっては電話対応も行う。空いた勤務時間には必要に応じて関連場所の整備・清掃等も担当する。
Bさんは女性ならではのきめ細やかさを持ち味に、ショッピングセンター部門へ配属され売り上げ管理の関連業務を行っている。具体的には、入居している複数の店舗からの売り上げ情報の回収とチェックをし、その記録及びまとめである。
当初、当社では発達障害者の雇用経験がなく、また障害についての理解も課題となっていたため、いかに本人達を支えていくかが雇用継続の鍵となっていた。その際、解決の方法として選択したのが関連機関との連携である。通常の連携では求職者の紹介と就業面のコーディネートが中心になることが多いが、今回はその関わりに加え本人理解のため専門機関から助言を受けることとした。
そのことから結果的に重層的なサポートを企業が実現できた好事例である。雇用継続のための障害の理解から職場の環境整備、振り返りによる生活面のサポートというプロセスを以下紹介していく。
- 体験実習とそのねらい
これまで雇用した全ての障害者は関係機関からの紹介と面接によって採用を決定していたが、今回は雇用実績のない発達障害者であることから体験実習の受入れから開始することとなった。
実習の目的は、一点目に雇用管理の視点で本人たちの適性を見極めることであった。知的障害者の雇用に際してはジョブマッチングがうまくいかず、その結果本人が環境に適応することが難しかった。このことから今回は想定される業務だけでなく、配属の可能性のある部署の全業務を体験してもらうこととなった。そうすることによって単に適性を把握するだけでなく、彼らの従事可能な業務を広い視点から見出すことを狙いとしたわけである。
二点目はこの実習で従業員の障害に対する理解の機会とすることを目的とした。当社では発達障害に関する理解が皆無であり当時は採用自体を不安視する声も多かったという。しかし、関係機関の提案で実習中の様子を就労支援事業所に所属する第1号ジョブコーチが特性理解の視点で解説することによりその不安を払拭した。しかしながら、障害者と関わりの少ない従業員に対し、特性自体が理解されにくい発達障害を言葉だけで説明することには限界があったため、ジョブコーチが立ち会うときなど従業員にも実際に関わってもらいながら、直接特性に関する疑問に対してフィードバックを行った。さらに実習の終了後にも再度質疑応答の時間を設定した。こういった関係機関の関わりについて企業側では当初「そこまではしてもらえるはずがない」とも思われていたことも加筆しておく。
最後の目的は、面接を兼ねることであった。通常、面接は採用担当者によって行われるが、この実習では配属の可能性のある部署を全て回るため、ここでいう面接とは部署ごとの従業員によって行われたのである。つまり同僚となりうる人たちとの相性、配慮の可否、業務効率などを勘案し従業員たちからの意見をもとに選考を実施した。これらの実習による効果が雇用継続のための大きな土台となっている。
- コミュニケーション上の支援
Aさんは学歴が高くその職務経歴は公務員や教育関連などであった。民間企業は初めてであったため、これまでの職場規則等の業務体系に関して独自の考え方を持っていた。特に問題となったのは退社時間である。Aさんは新人であるにも関わらず退社時間になると即帰宅をしてしまっていたという。それが周囲に対し決して良いとは言えない印象を与えてしまっていた。そこで相談した仙台市自閉症相談センターからの提案により、退社の仕方や同僚とのコミュニケーションを見直すこととした。
自ら退社する前には「何か手伝うことはありますか」と必ず聞くこととした。さらに相手の立場に立って考えることが難しい障害特性への配慮として、先輩社員から目をかけてもらえるよう旅行に行った際など職場に手土産を持参することなども併せて確認した。その結果、周囲との関係性も少しずつ改善され職場に適応するきっかけとなっていった。
- 業務遂行に関する支援
Aさんは、障害特性から相手の発言や指示を言葉通りに受け取ってしまうこと、複雑なものを単純に記憶することに特に困難を抱えていた。
そのことが業務の中でも表われ始めた。具体的には電話対応での伝達の際、相手の発言内容だけ記載したものをそのまま机の上に置く、つまり相手方の名前や着信時間等々の重要な点が無記入のままに伝達してしまうことである。また、納品された商品を仕分ける際には、複数の棚と目印があったがそれを中々覚えられず、効率の低下や仕分けミスにつながる結果となっていた。
このことについても当社が関係機関に相談し、協議して解決に向けて取組むこととなった。電話取り次ぎのメモについては、会社として申し送りに必要な内容をリストアップし、その項目をもとにメモの取り方をマニュアル化した。仕分けについては一目で見てわかる工夫として、食材と関係する写真などを使った本人用のファイルを作成し、記憶できるよう配慮を行った。その結果、仕分けについては慣れも含めて徐々に改善してきており、メモの取り次ぎについては以前よりは改善されてきた。
- 生活面への支援
Bさんは就職した当時、過去の離職経験からこの勤務に関しても大変緊張を感じており、仕事で失敗しないことだけに集中する毎日が続いていた。また、障害特性から、その場の状況を感じ取り柔軟に解釈していくことが難しく、自分の思い込みでやり方を決めてしまうことがしばしば見られていた。その結果、仕事に対する緊張ゆえに食事まで気が回らず食生活に偏りが見られること、また「社会人は余暇よりも仕事を優先すべき」という独自の考えから、ストレスを解消するような趣味の時間を持てていないことが明らかとなった。
このことに気づいた会社側は、仙台市自閉症相談センターに相談し何か会社で工夫できることが無いか助言を求めた。
その助言に基づいて、食生活については、相談センターが栄養の管理をサポートするのと同時に、会社では昼食時のメニュー等を気にかけておくこととした。趣味については相談センターでサークルを紹介することに加え、会社では従業員の協力も得ながら、雑談時に趣味についての話題を向けるような関わりを行っていった。
その結果、食事のバランスが改善したことで生活も安定し、会社でサークルの話ができることを知り、受け入れてもらえる喜びから会社に対する帰属意識もより大きくなってきている。
2. 取組の効果
当社では、障害者雇用に関して当事者を障害のある人と見るのではなく、まずは一人の人間として関わるように社員間で意識している。
例えばAさんについて就業当初は、デスクを事務室の隅に配置し作業を行ったほうが本人にとって良いと考えていたが、社員と本人の意見も聞きながらよりAさんを知ってもらえるようにとデスクを移動した。
Bさんはコミュニケーションが苦手であろうとの考えから、電話対応や関係者との直接のやり取りを避けるような職務としていたが、周囲に慣れた今では対人業務にも徐々に挑戦しこなしてきている。このことから社内での障害に対する捉え方が変化したことと、彼らの業務範囲も拡大することで社員として力を発揮していることが雇用の大きな効果である。
今後に向けて2人に展望や抱負を聞いた。
Aさんは、「指示されていない業務や手の空いた時の過ごし方など、より積極的に自分から仕事を見つけていく姿勢を身に付けて頑張りたい」と話をしてくれた。
Bさんは、「何事も不明なことは聞く姿勢が大事、そして新しいシステムを早く覚えて関係する人たちにしっかりと説明できるようになりたい」とのことであった。
企業から期待されることで、一社員として資質の向上やキャリア形成について前向きに考えている。つまり障害者のエンパワメントという視点でも重要な効果があったと言える。
|
|
3. 考察、今後の課題と展望
(1)考察
- 関係機関の主体的な活用
関係機関のような外部資源の活用は福祉に限らずどの分野においても企業にとっては骨の折れるプロセスである。特に歴史と実績のある企業や団体が外部の考えを率直に受け入れること自体、これまでの運営方針や経験則との兼ね合いから難しい場合が多い。しかしながら全国有数のJRグループである当社では、主体的かつ積極的に外部機関を活用しその提案をそのまま実行している。
このことが企業と福祉の連携をする上での大きなポイントになると考える。もちろん福祉サイドが的確な評価と提案を行うことは言うまでもないが、企業側がそこに価値を見出し実践していくことで、障害者に対する捉え方の変化や雇用の拡大、何より法定雇用率の達成に大きく近づく結果となるのである。
- 社風と人材養成
当社の取材を通して、障害者雇用に関する話題の中で共通していることは「障害ではなく人を見る」ということである。
通常障害者という言葉に対し何かしらの抵抗や先入観を持つ人が大半であるが、ここでは障害に対する構えがない。そのため本人たちには社員の一員として業務について一定の期待度を求められる。障害特性に対する最低限の理解と配慮は必要であるが、一人の人間として対等な人間関係を経験することが彼らにとって必要なことであり成長の糧となる。
障害特性や二次障害の強弱にもよるが、知的に障害のない発達障害者にとっては配慮中心型よりも普通と変わらない期待値であるほうが人材としての伸び幅があるように思われる。これらについて社風を活かし自然な形で行われている好事例である。
- 企業のメリット
当社では、前述の通りこれまで数名の障害者を雇用してきた背景があるが、ジョブマッチングがうまくいかず適切な業務の切り出しや雇用継続にまでは至らないケースもあった。しかし、今回の事例では関係機関の力を借りることによって発達障害者の雇用継続を実現している。会社が障害者に対して従来通りの評価をしていたのであれば成し得なかったことであり、会社側の価値観の変化自体が大変意味のあることである。障害者の法定雇用率は大きな課題であるが、企業が捉え方を変化させることが長期的に見て課題を解決するための大きなメリットであるといえる。
(2)今後の課題と展望
Aさんは現在準社員として勤続4年目を迎えているが、職務における課題も見えてきている。その障害特性から一つのことに集中し過ぎるあまり、提示されていない業務を探すことや、自ら気づいて仕事をこなしていくことに難しさがある。さらに次のステップに進むためには上司や同僚の信頼を得ていく必要があり、この課題をクリアしていくためには本人の努力と並行して、社員の障害特性の理解を前提とした環境整備が条件となってくる。彼は就労当初から朝は誰よりも早く出勤し事務室の清掃などを毎日欠かさず行っているという。ここに本人の可能性を引き出す手がかりがあるように思われる。
Bさんは今では一般社員同様の業務をこなす場面も出てきている。今後はキャリアアップのための業務開拓が求められてくるであろう。そのためには周囲が彼女の障害特性や心理状態の理解をさらに深めていくことで、現在の職域にとどまらず新たな適性を見出すことが可能になると思われる。本人もインタビューの中で新しい業務へも意欲と期待を寄せており、企業には障害者の自己実現の懸け橋となるような役割を期待したい。
採用担当の総務部鈴木副部長からは、今回採用した部署以外の分野での業務も検討しながら、会社としても障害のある人の適性を見極めて活躍を期待していきたいとお話をいただいた。当社は市内中心部にあり、東北各地に店舗も有することからも地域を代表する大企業の一つである。今回の事例に留まらず地域の障害者雇用を牽引する存在であってほしいと願うところである。
センター長 黒澤 哲
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてユミルリンク株式会社提供のCuenote(R)を使用しております。