支援者との連携を通じ、初めての障害者雇用で、働く喜びを共有できる雇用環境の創出に成功した事例
- 事業所名
- 株式会社東横イン 山形駅西口
- 所在地
- 山形県山形市
- 事業内容
- ビジネスホテル業
- 従業員数
- 28名
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 1 清掃、リネン組み等 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
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1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業主の概要
昭和61(1986)年に設立した株式会社東横インは、各地域の主要都市等の駅前を中心に拠点を構え、安価で利用できる宿泊に特化したホテルを特色とし発展してきた。現在では韓国を含む244箇所に拠点を構え、ビジネスマンや旅行者の活動を支える地域資源となっている。
同社は社会貢献活動にも注力しており、全店舗の支配人がフィリピンの子供たちの里親をしていることや、カンボジアでの小学校創設、各種団体等に対する寄付や協力等、実績は多い。
障害者雇用も“東横イン全店舗で1人以上の雇用を目指す”という明確な方針を掲げた取り組みを続けており、達成した実績もある。
(2)障害者雇用の経緯
今回紹介する東横イン山形駅西口は、山形駅西口の象徴『霞城セントラル』の西側に位置し、平成17(2005)年1月にオープン。以来、支配人の横尾香矢子さんを筆頭に、地域密着と顧客の満足度を第一義に位置づけ、その想いを共有し、尽力いただけるスタッフも地元で採用し運営してきた。同時に、障害者雇用を進めたいという強い想いもあったが、具体的な進め方がわからずに悩んでいた。
横尾支配人は、障害者雇用を開始するにあたり一番困ったことを「どこに、どのような障害者がいて、どのようなことができるのか、という基本情報を知らなかったし、どこで相談できるのかもわからなかった」と話してくれた。
それでも雇用を進めたかった横尾支配人は、福祉に従事する友人に相談したところ市内の就労移行支援事業所を紹介され、支援者に具体的な相談をしたことが初めの一歩となったようだ。
2. 取組の内容
(1)障害者雇用のための相談
横尾支配人は、支援者に対し次のような希望を提示し、協力を求めた。
- できるだけ早期に雇用したいこと
- パートさんと同待遇で雇用したいこと
- スタッフやお客様と関係性を築ける人を希望していること
- 継続して就業してほしいこと
一連の相談過程で、障害者雇用に関する法令やそれに基づく支援制度・支援機関が存在すること、また、身近な地域にも就職を目指し活動している障害者がいること、労働施策だけではなく福祉サービスでも障害者の就労支援を行っていること等を知り、障害者雇用を進めることやその職場定着を達成するためには、支援者との連携が重要になると強く感じたようだ。
(2)障害者雇用に向けた取り組み
- 職務の検討
支援者から最初に受けた提案は「障害者雇用の作業として想定しているものを、全て体験させてほしい」との申し出だった。障害者就労の職場定着には、働き手とのマッチングがとれた職務設計が重要であることを説明され、受け入れを決めたようだ。
支援者は、ホテル屋外環境整備や屋内のロビー、共用トイレ等の清掃、ルームメイク作業、バス・トイレ・床等の客室内清掃、リネン関連一式のセット作業や備品の補充作業等、事業所が想定していた業務を全て体験した。
数日後、支援者より作業と環境アセスメントの結果について報告があり、障害者雇用として考えられる作業プラン案と、その条件に適応可能な障害者像についての説明・提案を受けた。横尾支配人は、提案内容で進めたいと伝えたところ、「知的障害といっても一人ひとり適性も特性も違う。今後のためにも、障害をしっかり確認し、正しく理解することが必要だと思う」と支援者から提言され、まずは支援者が所属する就労移行支援の利用者で、提案された職務を試行したうえで、今後の採用や雇用管理方法を検討していくこととなった。
- 実習による職務試行(知的障害者Aさん、Bさん)
Aさんは、コミュニケーションが苦手で寡黙。柔軟性に欠け、職能面も対人面も際立った点はなかったが、無遅刻無欠勤で作業も最後まで活動できた。
Bさんは、他の従業員やお客様にも愛想がよく積極的にスタッフに話しかけるなど、明るく元気な印象だったが、時間を守ること等、活動管理に不安な側面があった。
特徴も得意なことも苦手なことも、それぞれ違う2名を初めての障害者実習生として受け入れた横尾支配人は、受け入れ後の感想として「知的障害は皆同じではなく、本人の個性や人間性により一人ひとり違う。活動評価も一様ではない」と感じたようだ。「これまで、障害者は身体や知的などのカテゴリーで分類するイメージがあったが、実習を通じて、障害の有無に関係なくスタッフを採用する際は、人間性をしっかり評価していく必要性が高いことを確認した」と話してくれた。
(3)障害者雇用への挑戦
結果として、採用されたのはAさんだった。作業習得には時間的な配慮が必要だと思われたが、寡黙ながら最後まで作業をする姿勢や活動の安定感があった。また、指導を受けても「はい、わかりました」といえる素直な点も決め手となり、トライアル雇用の対象をAさんで始めてみようと決めた経緯があるようだ。スタッフや顧客との関係性を重要視していた事業主が一番重要視したのは、やはり誠実性と人間性だったといえる。
支援者は結果を受け、即座にハローワークと連携し、トライアル雇用開始に向けた調整を開始した。また、自身が第1号職場適応援助者でもあったため、『職場適応援助者による支援計画書』を策定し、山形障害者職業センター所長の承認を受け、常用雇用を目指した職場定着支援を行う準備を整えたようだ。
3. 取組の効果
事業主は、Aさんを障害者としてではなく、同じスタッフとして、同じ意識と待遇のある環境で雇用したかった。それを実現するために、ジョブコーチの支援を受けながらも、Aさんが作業的な自立を果たし、活躍するために必要な配慮や協力体制の確立を目指し、事業主が主体的に取り組んできた経過を紹介する。
(1)本人支援
Aさんは柔軟な判断や対応は苦手で、調整が難しい障害特性であり、配慮を必要とする部分だった。しかし、午前中の職務は、ロビーや出入り口での作業が中心となるため、顧客や業者との関わりが避けられない環境であった。本人だけでなく、顧客が困らないためにも、ここでのミスマッチを解消するための具体的な対策が必要であった。
この具体的な対策としては、台詞を決めることで、丁寧でしっかりと挨拶対応できるAさんの力に着眼し、「質問等を受けた場合は、例外なく『少々お待ちください』と言って事務所のスタッフに繋ぐというルール」を設定した。これにより、本人も自信を持って対応できるようになった。
また、いつも同じ服を着用し、衛生面の自立管理が苦手な課題があった。事業主は、洗濯された清潔なユニフォームで活動してほしいと考えていた。それは、単に衛生面の視点だけではなく、Aさん自身がスタッフや顧客から信頼を獲得する上でも、重要な視点でもあった。この課題を受けてジョブコーチは、雇用開始時に新しいユニフォームを色違いで3着用意してもらうよう事業主に助言した。色が違えばわかりやすいという単純な発想だが、それにより、本人も事業主も衣服管理が容易になり、確かな成果につながった。
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午後のリネンセット作業では、セットパターンや数のミスと、時間内の作業完了が課題だった。ジョブコーチは、9階、6階、3階にあるリネン室それぞれに作業手順と作業完了時間が明記された「リネンセット確認表」を作成して掲示し、正確な作業のための自己チェック習慣と完了時間の遵守意識の向上を図った。障害特性上、手順記憶を想起し作業確認するよりも、目視による手順等の確認作業の方が適していたことを踏まえ、正確性と作業ペース向上を図る上で合理的な対策を講じているといえる。Aさんは「ミスが減り、時間通りに作業完了できるようになったおかげで、自分もここで働き続けられるという自信がつきました」と話してくれた。
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(2)事業主支援
毎日の朝礼後、スタッフが一斉に散開し各々の持ち場で作業をするため、スタッフが時間中にAさんに関わり指導を行うことは、実情として困難な状況だった。更にAさんも、困惑する状況に陥っても、自発的に報告・相談することが苦手だった。
そこで、雇用管理上のツールとして、実施した作業をチェックして示すだけで報告できる「作業管理ツール」をジョブコーチが提案した。
午前と午後の作業終了時にチェック表をチーフに提出することで、作業場の課題点や滞っている点等をタイムリーに把握し、適宜、必要な指導ができる仕組みである。これにより、本人、事業主双方が、作業への不安や雇用管理上の負担等を最小限に抑えられ、活動状況を管理できるようになったようだ。
また、満室時は139組をセットする午後のリネンセット作業も、客室の利用状況が少なければ作業量が半数程度になる日もある。空いた時間の作業指示に困っていた事業主は、ジョブコーチに相談した。
ジョブコーチは、必須作業の要求ではなく、作業してくれたら助かる補助的作業をオプションとして準備し、自己選択により実施できる仕組みを提案した。事業主は、スタッフが片手間でしていた作業の中から3パターンの作業を切り出し準備した。これにより、就業時間最後までの自立作業を実現させている。
「スタッフ全員がAさんのことを正しく理解し、誰もが同様の配慮や評価ができる体制を作りたかった」と横尾支配人。やがてその想いはスタッフの中にも芽生え波及し始めた。しかし、スタッフ全体の意識向上につれ、各々が自発的な関わりを持つようになったことが、逆に作用してしまった。
それは、スタッフにより作業要求レベルや合格基準等に、微妙な認識差や感覚差があったため、一貫性のない評価をしてしまい、Aさんが混乱してしまったようだ。
何が正しい基準なのかわからなくなってしまったAさんに対し、ジョブコーチは、事業主としての要求レベルや合格基準等の設定を調整し、標準化している。また、スタッフ全体で見守る体制は継続しながらも、活動に対する評価や疑問等があった場合は、必ずチーフスタッフを通じて、調整を図るようルール化することで、現状は大きな混乱もなく雇用管理できるようになっている。
ここで着目すべき点は、ジョブコーチが本人だけでなく、全スタッフともコミュニケーションを計り、職場内の状況をアセスメントしている点である。不安や認識等のズレ等も早期に調整することで、大きな課題にならずに対処できている。特に初めての障害者雇用では、不安や戸惑いだけでなく、一生懸命になるあまりに気負ってしまうことが課題に繋がるケースもある。職場内の状況を中立的な立場で評価し、早期に必要な調整を提案できるのもジョブコーチ支援機能の良好な機能といえる。
4. 今後の展望
本事例は、初めての障害者雇用事例の中でも、スムーズ、且つ確かな定着を伴った事例といえる。
成功の背景には、地域の支援機能をうまく活用したことが挙げられる。その中でも、相談を受けた支援者が、職務体験等を通じ、事業所ニーズアセスメントを細かく行い、再調整不要なレベルの職務案を最初の段階で提示している点が大きいと考える。その職務内容は、雇用後もほとんど調整せずに雇用移行できており、事業主ができるだけ早期に雇用を開始したいというニーズに即した形となっている。
また、障害者雇用の定着や労働環境の質を考えた場合、本件のように、事業主が『障害者雇用を進めていきたい』という明確な意思を持ち、主体的に雇用開始から定着に取り組んでくれる環境は、最大の好条件となると考えられる。
同じ東横インの中でも、職場定着が果たせず苦慮されている拠点もある中、ジョブコーチ支援が終了して3年を経過した現在でも、Aさんがしっかりと活躍できている事実こそ、本人と東横イン山形駅西口、双方の取組の成果であり、まさに障害者雇用の成功事例であるといえる。
願わくは、このケースで獲得したノウハウを、全国の東横イン等に発信していただき、今後、同業種等での更なる雇用創出や雇用継続ケースの拡大のためのリーダーシップを期待したい。
横尾支配人は、「実習時は“支援が必要なスタッフ”でしたが、今では“いてくれないと困るスタッフ”です」と話したが、他のスタッフも同じ思いを持っているだろう。確かなのは、Aさんもこの環境に育てられたおかげで、今は必要とされる存在になれたということである。
事業主が提供するより良い労働環境は、労働者の働きがいや意欲を高め、やがてより質の高い働きと雇用継続という成果を事業主に還元する。雇用する側とされる側が相互的に良い関係性を保ち、協調し合える環境は、働く上で何より望ましく、何より尊い。この東横イン山形駅西口の事例は、まさにそれを証明する事例ではないだろうか。
- 執筆者:
- 社会福祉法人 山形県コロニー協会
山形コロニー就労サポートセンター
就労支援課長、ジョブコーチ 鈴木 宏
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