障害者多機能施設利用者から職員になったケース
-ひとつ、ひとつ、またひとつと、階段を上るように作業をマスター-
- 事業所名
- 社会福祉法人木犀会 もちの木作業所
- 所在地
- 茨城県水戸市
- 事業内容
- 障害者支援事業
- 従業員数
- 20名(平成25(2013)年3月末現在)
- うち障害者数
- 1名(平成25(2013)年3月末現在)
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚・言語障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 1 野菜の栽培、出荷及び草刈り作業 精神障害 発達障害 高次脳機能障害 難病等その他の障害 - 目次
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1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1)事業所の概要
- 設立の趣旨
社会福祉法人木犀会が運営する「もちの木作業所」は、平成13(2001)年に設立され、障害福祉サービス事業の就労移行支援や就労継続支援B型の就労支援事業・生活介護・居宅介護支援・指定特定相談支援の事業を行う「障害者多機能施設」である。
障害を持った仲間が「自分の人生の主人公」となって地域生活を送ることができるよう、地域の人々、行政と協力して、サポートができるようにその体制づくりに取り組んでいる。障害を持っていても働きたい、働こうという仲間やその親の願いに応え、知的障害者をはじめ様々な障害を持っている人が訓練を受けながら一般就労を目指している。また、一般就労の困難な人もここで就労のための作業体験をしている。
- 事業内容
就労支援のために各種作業体験をしてもらうことが事業内容の中心である。一人ひとりの能力、個性にあった仕事を探し出すためには、一つでも多くの仕事をつくり出すことが必要であり、仕事の種類は次のとおり多岐に渡っている。
このように作業が多岐に渡っていることは、利用者の意欲を育てる選択肢がそれだけ広がっていくわけである。今後の目標は、米やアスパラの栽培をはじめ、ジャムや漬け物の製造許可を受けることができたので、漬け物の材料になる農産物だけではなく、ジャムの材料になるイチゴやブルーベリーの栽培も手がけていきたいとのことである。
このような作業の拡大を行うためには、就労支援事業の人員の基準にある職業指導員や生活指導員だけでは不足しているのが現状で、作業の拡大に貢献してくれるその他の職員の配置も必要になっている。
- ①農産物の生産、加工、販売
ニラの栽培を軸にしているが、大手企業と契約を結んで安定供給しているトマトとにんじんも栽培している。この他、麦、ひまわり(種をほぐす作業は重度の障害者もできるので好評である)、ネギ、玉ねぎ、白菜、きゅうり、なす、ブロッコリーと、スーパーの野菜売り場を独占できるほど多くの種類の農産物の生産と販売を行っている。
周辺は、農作業に従事する人が多いが高齢化が進み、休耕地が生まれてきているので、現在3.5ヘクタールの畑は、さらなる拡大が可能であり、より多くの品種の栽培を可能にしている。
- ②石鹸の製造販売
回収した食用廃油、賞味期限切れの油等を活用した石鹸づくりは、安全、安心の商品であり人気が急上昇中である。協力店舗における販売、通信販売、ボランティアの手を借りた各種イベントにおける販売等、幅広く販売し、地道ながら売り上げを伸ばしており、売り上げの柱となっている。
- ③その他の作業
その他の作業としては、フルーツネット折り、名入れタオルの袋詰め、雑誌付録の袋詰め、EM(生ごみ発酵促進剤)の製造販売と宅配がある。また、当施設の運営法人である社会福祉法人木犀会の老人ホーム等の施設の清掃、草刈りも請け負っている。
- ①農産物の生産、加工、販売
(2)障害者雇用の経緯
今回紹介するAくんは、特別支援学校を卒業後、当施設の利用者となった。そして、何回か合同面接会にも参加した。また、就業移行支援事業を利用して、クリーニング店において3年間の研修も積んだが残念ながら一般雇用されることはできないでいるが、好きなニラの栽培、出荷作業等にひたむきに取り組む姿勢と能力の向上を認め、平成24(2012)年5月から職員として登用した。Aくんが職員として登用されたことにより、他の利用者も「自分も頑張れば職員になれるかもしれない」ということで、みんなの目標となり励みにもなっている。大切なことは、Aくんのように働く願望が強い人ほど働くチャンスが広がってくるということであり、働く意欲を喚起する雰囲気づくりには、大いに貢献したということもできる。
2. 取組の内容
(1)障害者が働ける仕事は必ずある
- じっくり適性を見る
サービス管理責任者の川島康広さんは「たった20人の職員しかいないが、このような小さな施設でも最低賃金を超える賃金を払うことのできる仕事がある。その上、当施設は障害の程度が中度、重度以上の利用者であり、入所当時は働くことが難しいと思われた人がほとんどである。しかし、いろいろな作業を通してじっくり適性を見ながら指導をしていけば、何が得意で何が苦手かが自然と分かってくる。これに合わせて仕事を探していけば道は必ず開けてくる」という。
- 誰もが人生の主人公になる!
当施設では、誰もが主人公になり得る。どのような仕事も一人ではできないことを全員が知っている。みんなで助け合い、長い日数をかけて一つの作物が実ってくる。このことをお互いに感じているからこそ助け合い精神が生まれ、だれもが主人公になっていくのである。
(2)定着のポイント
- 挨拶は仲間入りのキップ
当施設には、現在52名の利用者がいる。この中に溶け込むキップは、挨拶ができること。それを実証するように私たちが入室した途端、全員が明るく大きな声で顔を見ながら気持ちのよい挨拶をしてくれた。
- 同じ作業を一週間以上続ける
知的障害者は、覚える速度は遅いが、覚えてしまえば後戻りすることはほとんどない。最低でも同じ作業を一週間以上続けることがポイントである。また、指導者を固定することで安心感が出るという。特に知的障害者については、働く環境を大きく変えることは好ましくないようである。
- ひとつ、ひとつ、またひとつと、じっくり仕事をマスター
ニラだけの作業しかできないのであれば、最低賃金を上回る賃金は支払えない。Aくんの場合は、ニラの次には、玉ねぎ、ネギ、その次は老人ホームの草刈りのマスター等、ひとつ、ひとつ、またひとつと、階段を一段一段上るように作業範囲を広げ、そのたびに殻を破って成長してきている。
- 職員になって一層責任を自覚
Aくんについて特筆すべきは、ビニールハウスの管理や大型の草刈機であるハンマーナイフ、耕運機等、農機具を駆使する作業もすべてマスターしていることである。職員になってからは、責任を自覚し、周囲のみんなが驚くほど働く姿勢が前向きになっている。入所当初を思い起こせば、現在のAくんを想像することは困難なほどに、成長は著しいものがある。
- 苦手な先を見通す仕事もクリア
一般的に知的障害者は、実際に起きていることに対処することはできるが、先を見通すことは苦手であると言われている。しかし、Aくんは作業内容を理解するばかりでなく、指示される前に時間になったらハウスの開閉を行い、先を読んでハウスのビニール掛け等を行っている。このように一般的には苦手と言われている応用作業もクリアしており、この点は注目すべきことである。
- 一番心配な健康問題もクリア
Aくんも最初のころは不慣れなこともあり、辛いという言葉がよく出ていた。頭痛もたびたび出て、施設を休むこともあったが、今になってみればこれも不慣れと不安が生み出したものかもしれない。しかし、現在は職員としての自覚が出て、休むことも少なくなっており、この点も大きな進歩と言える。
- 大家族を支える
Aくんは4人の家族を含め7人で生活している。仕事と家庭を両立させて、母親の手伝いをしながら7人分の食事もつくっている。得意料理はオムライス、ラーメン!
家計も支える24歳(平成25(2013)年)の孝行息子であり、Aくんにかかってくる生活面の負担はいろいろな意味で大きいものがある。金銭管理等は家族の協力がないと負担が大きくなってくるので、日ごろから声かけをして、仕事以外の面で悩みが出てこないように配慮している。しかし、この点は若干心配が残っている。
- 通勤
知的障害者の通勤は、一般的に言って企業の心配の種であるが、幸いなことにAくんは、自転車が大好きで、カッコイイ愛車に乗って40分間ペダルを踏んで通勤している。ただし、雨の日は危険であるので家族が車で送迎している。
(3)教育の内容
- 山本五十六流の教え方
農作業の責任者である職業指導員の松葉圭一さんは、施設に働く指導員が全員そうであるように、穏やかな性格で気長にじっくり人を育てるタイプである。仕事の教え方は、口で言うより、まずはやってみせている。
山本五十六流の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」を地でいき、体で覚えてしまうまで同じことを繰り返し根気よく教えている。知的障害者の特性は、「覚える速度はゆっくりしているが、体できっちり覚えてしまえば後退することはない」と信じている。そしてこれまでこの考えを裏切られたことはないという。
- 作業を始める前の十分な打合せ
農園芸部では、毎月1回入念な打ち合わせを行っている。ひと口にニラの栽培といっても、素人が自宅で育てるニラとはわけが違う。商品として売り物になるものは幅が1cm以上あり肉厚で、栽培は簡単ではない。2年に1回は植え替えをしなければならないし、夏収穫する品種と春収穫する品種は異なるし、品種が異なれば育て方も異なってくる。化学肥料を使うこともあるが、近場の酪農家から牛糞を大量に購入して、できるかぎり有機肥料として使うようにしている。これらのことを手抜きすることなく行って、商品価値のあるニラが誕生する。
このように良質な農産物を栽培するには、手間をかけ注意しなければならない点が多く、責任者の松葉圭一さんの指示に全員が真剣に耳を傾けている。
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3. 今後の課題と展望
(1)将来の展望
- 将来の生活設計援助
Aくんは、前述したとおり7人の所帯であり、家族の中心に位置するAくんにかかってくる負担は大きいものがある。できることならケアホーム等を利用し、不安定な家族関係から自立して生活できるように支援したいが、家計簿をつけることは得意ではないので、ある程度施設がバックアップすることが必要である。また、家を出ることはプライベートの問題であり、踏み込んだアドバイスをすることもなかなか難しいものがある。
- 高齢化対策
当施設は65歳定年制であり、健康であれば65歳までしっかり働くことができる。幸い目下のところAくんは元気いっぱいであり、健康面での心配はまったくない。
- イベントで友だちづくり
一般的な話であるが、知的障害者は友人が少なく、社会との付き合いが不足しがちである。働いている障害者でも自宅と職場を往復するばかりで、孤独な人が多いようである。幸いAくんは、明るい性格で前向きであり、友人も多い。
当施設の運営法人である社会福祉法人木犀会が主催する毎年11月の「木犀会祭り」は、300名を超す人が参加し、バーベキューや屋台で賑わう一大イベントである。Aくんは焼き鳥店を担当し、声かけも積極的であり、このような交流を通じても多くの友人ができているようであり安心している。
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- 「好きこそ物の上手なれ」
責任者の松葉圭一さんは、「Aくんは、現在の仕事が大好きなようであり、前向きに仕事に取り組んでもらっている。とにかくよく気が利いて、様々なところで助けてもらっている。読んだり、書いたりすることは苦手であるが、見たり経験したことは何でも覚えることができるので、本人ができる範囲で機械操作(刈払機、耕運機等)もやってもらっている。まだまだ若いので、これからもいろいろな経験を積んで頑張ってもらいたい」と高く評価している。
松葉さんの言葉を裏付けるようにAくんは、「好きこそ物の上手なれ」であり、農作業が得意で作物を育てて収穫し、発送するまでの楽しさを生き生きと話してくれた。
(2)成長の糧となる仕事の開発
サービス管理者の川島康広さんは「当法人では、障害者雇用率にまったくこだわりを持っていない。適切な人がいれば、これからも職員としていろいろな施設で雇用していきたい。障害者であっても適性に合った仕事が見つかると、Aくんのようにその仕事を通じて自信を深め大きく成長していく。「もちの木作業所」の利用者の受け皿を一層広げていくためにも、障害者の成長の糧となるような仕事を次から次へと開発する努力を継続していきたい」と結んだ。
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