事業の維持・発展は人間性の尊重から~品質向上の工夫と提案制度~
2003年度作成
事業所名 | 株式会社スタンレーウェル (スタンレー電気株式会社の特例子会社) | |||||||||||||||||||||
所在地 | 神奈川県秦野市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 電球の包装・自動車用電子部品の組立 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 19名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 15名
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1.はじめに
小田急線秦野駅から市バスに揺られ10分余でいくつかの工場が立ち並ぶ地域でバスを降りると、威容を誇るスタンレー電気株式会社の社屋が目にはいる。その敷地の一角に、株式会社スタンレーウェルが居を構えている。明るくいかにもエネルギッシュな宗岡社長の出迎えを受ける。訪問主旨の言葉を交わしている間にも電話が何本か入る忙しさである。そのさなかに時間をいただきこの度のインタビューとなった。 |

2.事業所の概要
(1)事業所の理念 |

親会社の社是 『光に勝つ』を基本として ●光を活用し、社会のためになることを行います。 このことを社会貢献といいます。 ●スタンレーウェルは、スタンレー電気が作った自動車用電球を活用して社会の交通安全に貢献しています。 ●私たちは、社会的に価値のある仕事をしているという自信と誇りを持って毎日がんばりましょう。 |

(2)行動指針 |

『みんなで未来へ!』 ●スタンレーウェルの仲間たち、個性を生かしていい仕事をしよう。 心(しん)・・・明るい気持ちで 技(ぎ)・・・ルール通りの正確な仕事を 体(たい)・・・健康な体で |

(3)設 立 |

平成10年10月 特例認定 平成11年3月 |

(4)資本金 |

1,000万円 |

(5)事業内容 |

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(5)従業員の構成(平成15年10月現在) |

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3.日常運営で従業員(障害者)に配慮していること
宗岡社長は自信のある姿勢で次のことを述べてくれた。 |

(1)意思伝達に最も重きを置く |

具体的には、指示の出しっ放し(言いっ放し)をしないこと。 指示内容が理解され、確実に実行されているかをスタッフが確認する。 「お願いする」⇒「実行する」⇒「見とどける」を励行する。 |

(2)個人的特性・能力に見合った仕事の機会を与える |

仕事の成果(出来栄え、生産性)にはバラツキがあることを認識し、それを心得て、仕事を与え期待する成果水準(目標)を定める。 成長度合にも差があり、それをきちんと見とどける。その成長度合に合わせて、さらに成長(スキルアップ)の機会を与える。それには新しい仕事に挑戦させること、を実践する。 彼らは期待以上に積極的にそれに応えスキルを習得する例は沢山ある。 例として、組立業務で言えば、成長する者は、単に与えられた組立作業をするだけでなく、作業の品質・生産性を向上するための“効果的段取り”を覚える。その結果、小グループ内で自然に役割が決まってくる。即ち、段取りする者と組立作業をする者とに分かれる。 |

(3)彼らの個人的特性(能力、人間性)を理解し、それに合わせた対応をする |

従業員の顕著な特性の例
例えば、1人がサポートをスタッフにねだると、他の者がそれを見ていて「自分にも・・・」と扱いや関与への公平さを求める。 |

(4)障害者(特に能力の高いクラス)と健常者を同じ扱いにする |

指示事項の文章表現は、一般的健常者と同じ表現で書く。特に易しい言葉を使わない。 |

(5)「働く」ことへの知的障害者の意識について |

働くことについて、知的障害者がどの様な意識を持っているのか大変興味深い点である。この点について宗岡社長は次のように語ってくれた。 [1] 労働に対して、以下のように基本的には一般健常者と同じような傾向を示す ・残業は回避したがる ・休日を確実に取得したがる ・残業より休日を優先する(忙しい際、毎日残業しても土曜は休みたい) ・作業中の集中力が途切れると、気分転換・ガス抜き行為を示す ![]() [2] 一方で、働くことに対しては基本的に前向きである その背景には、生活の安定・安全への欲求(マズローの第2段階の欲求)、社会参加への欲求(マズローの第3段階の欲求)、自分が社会(上司など)から認められる欲求(マズローの第4段階の欲求)などの欲求が満たされることを知っている結果と想像する。それを証明するものが入社後の定着率と出勤率(98%)の高さに現れている。 |

(6)宗岡社長のさらなる思い |

定着率、出勤率の高さは喜ぶべきことではあるが、この職場を彼らにとって人生の通過点にして欲しいとの強い思いもある。彼らが企業人として成長(職務能力、人間性)を遂げれば、それにふさわしい職場へと飛躍することが望ましい。なぜなら、成長し習得した能力を活用する、それだけの豊富な仕事をこの職場で提供することには限界がある。 また賃金体系も、生活給80%という実態であり、仕事の成果を賃金に反映することにも限界があることを宗岡社長ご自身が一番良く知っているからである。尚、賃金体系については、当社としても改定を検討する余地はあるとのことである。 |

4.事業運営と役割・分担
主要事業は、[1]親会社が製造する各種電球の包装、[2]自動車のヒーターコントロールデバイスのスイッチ部品の組立の二つである。 作業プロセスは、納入された製品の数量チェックから始まり、作業前の段取り(生産性と仕事の精度維持のための準備)、実作業(包装、組立)、仕上がり製品のチェック(特に納入時の数量との整合性、ラベルの整え)である。 役割分担として、スタッフは、作業の基本を指示、プロセスでの発生トラブル対応、製品の最終チェックを行う。従業員(障害者)は、作業の段取り(その能力のあるものが行う)、実作業を行う。 作業のしくみには、ライン生産方式(個人が生産の流れの一工程を担当する)と1人生産作業(1人がすべての工程をこなす)とがあるが、どちらにするかは、個人の特性(能力や性格)に応じた適材適所を基本として決める。特に一人生産は、全ての結果責任を自分が負うという意味では相当なプレッシャーになっているはずであるが、最終的には生産性と当人の動機づけ・士気は向上することが証明されている。 |

5.品質の維持・向上のための仕掛けとツール
中国の労働者等彼らのライバルは海外にもいるため、能力の個人差による品質のバラツキは許されない。事業として考えると従って、それに勝つことが事業存続の鍵となる。そこで、生産性を維持しつつ、品質の維持・向上は必須である。そのために“多種多様な仕掛け・ツール”を工夫し、それを活用している。この仕掛け・ツールは、創造と実践での使いこなしの積み重ねを通して、生産性・品質向上に相当の寄与をもたらしていることは、作業現場を観察することによって十分理解できた。![]() [1] 作業の指示確認書 作業の工程毎に指示と確認が行われる ⇒ 「指示書兼確認書」 作業者、製品確認者、更にそれを承認する者(スタッフ)が明確になる。 [2] チェック 小ロット単位で行えるようになっており、不足、余分を異常と捉え、最終製品不良・過不足を速やかに発見できるしくみになっている。 [3] 作業冶具 多くの作業冶具があり、工夫・アイディアのすばらしさと多様性に驚かされる。 あらゆる作業工程で活用されている。 例:納入された製品を扱い易くする工夫 例:ラベルを正しい位置に早く貼り付ける工夫 例:正しい部品組合せを、早く行う工夫 例:不足(欠品)過剰・取付位置の違いを速やかに発見する工夫 [4] トラブル発生時の対応 現場でトラブルが発生すると作業員から信号が発せられる。 信号の発し方は、緊急度とスタッフの居場所に従って、[1]ランプの点灯、[2]声による呼掛け、[3]チャイムを鳴らす、に区分される。 最終の対応と処置の指示はスタッフが行う。 生産管理のプロであった宗岡社長の経験・ノウハウが最大限に活かされ、その職場に浸透している印象を強く受けた。更に、品質保証については、最終工程ではなくプロセスの中で、それも出来るだけ前の工程で行おうとする思想が感じられる。 [5] 品質保証の維持のためのスタッフの、すばらしい日常行動 80%以上の時間、スタッフは現場に張り付いている。 トラブル処置の指示、作業指導、現場改善、提案のアドバイス、社員(障害者)の心身の健康状況の観察、製品の最終チェック など。 スタッフの気持ち・からだの休まる時間は皆無ではないかと思えるほどである。 [6] 冶具に愛称をつける 冶具を擬人化することにより、それを丁寧に扱い、愛着や仲間意識を持つ。 [7] 目的意識・「早く、きれいに仕上げたい」の思いを充足、強化させる |

6.提案制度
平成15年4月より提案制度を開始した。問題意識・思考力・創造力・表現力の訓練と仕事・作業への士気高揚がねらいである。現在この提案制度も定着し、ねらい通りの効果が徐々に出始めている。 一般企業においては特別な制度ではない「提案制度」ではあるが、障害者を従業員とする事業所でこの制度を実践し、しかも効果を挙げていることの事実は、大変画期的なことと筆者には思えた。 ![]() |

(1)しくみ |

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(2)ねらいと成果 |

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7.採用と能力開発
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8.日常生活と健康管理
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9.従業員の成長と課題
特例子会社としての企業運営を始めて5年になる。この間に社長(宗岡社長は二代目)を初めスタッフも従業員も、企業活動・仕事に慣れてきた。また、多くのことを仕事を通して学んだと想像できる。その点を含めこれからの事業運営の課題について伺った。 |

(1)従業員(障害者)の気持ちにゆとり |

当初は仕事を覚えることで精一杯だったが、仕事のスキルを習得し職場の雰囲気にも慣れると、意識は仕事そのものから仕事の周囲(環境、特に人・仕事仲間)へと向かい始めた。それだけ周囲・環境が見えてくることになり、結果として意識的に人間関係の構築が始まる。即ち、社会性の成長を遂げ、それは一般社員と同等である。 |

(2)従業員に自主・自立意識の高まり |

過去の生活歴は、社会・外部(両親・施設の指導者など)の指示に従ってきたもので、その活動の中に意識決定の選択肢はなかった。一方、現在の職場には多くの場面で自主性を求められる選択肢がある。過去の活動・生活における「依存」から、「自己責任・自己選択」が要求され、他者を意識し比較し、結果として自分の独自性(アイデンティティ)を理解する(心理学では“同一性の発達”という)ようになる。それだけにそこから生ずる問題に直面することにもなる。即ち人間関係における「競争・葛藤・悩み・高度の欲求」などである。 |

(3)従業員の社会性の向上と企業運営の融合 |

各自の社会性(他者との関わり)の向上に従って、個々の持つ問題も拡大する。そして人間関係から生ずる組織が抱える問題も拡大する。この両方について解決するために何処まで彼らに介入するか、個の人間性を尊重する観点から割り切る(不介入)か、全体としての企業の発展(理念の実現・個の幸せ)をどう遂げるか、が今後の大きな課題である。 |

(4)私生活への関与 |

基本スタンスとしては、会社の門を出たら関与はしない姿勢をとる。プライベートについて、個々の行き方には関与も拒否もしない。特に組織・社会・他者へ支障を招く行為がある場合に限って、出身母体(施設や支援センターなど)の世話人(アドバイザー)を通して、時には家庭も交えて、その旨を伝え、改善を促す。 悪質な行為については、休職のペナルティ(1週間程度)を課すこともある。この間は出身母体の世話人に預け、そこでの能力訓練作業を通して意識の更正を促す。この更正のための訓練は効果絶大である。反省文を書かせることによって、家庭を巻き込んで、その行為とその社会(組織・他者)への影響を本人・家庭両者に意識・理解してもらうことで、社会人としての成長をしてもらうのもねらいである。世話人のいないケースでは、家庭との話し合いをじっくり行う。それによって、その家庭が支給されるべき補助金の制度を知らなかったことを発見するケースもあった。 |

10.筆者感想
大変アクティブに障害者を指導し、適材適所の配置により、社員(障害者)を事業の戦力として活用している様子が見られた。特に「生産の仕掛け・ツール」の有効活用と「提案制度」がこの事業所の特徴であると見られる。これを推進する宗岡社長とそれを支えるスタッフの努力は、計り知れないものがあると想像する。職場の雰囲気の中にいるとこちらも何か刺激を受け、自己革新へ動機づけされる思いであった。 |

執筆者:もと・おふぃす 代表 加藤 元久 |

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