全国展開の外食産業における知的障害者雇用の取り組み
~独自のシステムを構築し対応を図る~
- 事業所名
- 株式会社サイゼリヤ
- 所在地
- 埼玉県吉川市
- 事業内容
- イタリアンレストラン「サイゼリヤ」のチェーン経営、食料品の製造販売、食料品・酒類の輸入
- 従業員数
- 2,540名
- うち障害者数
- 98名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 6 経理事務(3)、店舗調理(3) 内部障害 0 知的障害 92 店舗の厨房(調理、食器洗い等)、食品加工、物流 精神障害 0 - 目次
1. 事業所の概要
(1)概要
当社は、昭和48年5月、ローマ(イタリア)の有名レストラン「マリアーヌ」の名称を戴き、千葉県市川市に「マリアーヌ商会」を設立し、イタリアンレストラン「サイゼリヤ」の経営を開始した。その後、食料品の製造販売、食料品・酒類の輸入も行っている。
(2)経営理念
①「日々の価値ある食卓の提案と挑戦」
・イタリアの健康食文化にあこがれ、本場イタリアの楽しい食事を提案し続ける
・お客様によりおいしく安心して召し上がってい頂くために
・世界中の最適地からの食材の調達(パスタ、ワイン、オリーブオイルはイタリアから・・・、採りたての新鮮野菜は国内サイゼリヤ農場から・・・、肉、乳製品はオーストラリア自社ファクトリーから・・・
②「世界で初めての自主生産直販システム」
・ヘルシーで、おいしい料理を低価格でお届けすることにこだわり続ける
(3)事業運営
当社は上述の経営理念を掲げ、平成17年12月現在の状況は以下のとおり。
事業所数760(国内店舗数756、海外店舗数4(上海:中国))
工場数5(国内4:埼玉県吉川市等、海外1:メルボルン(オーストラリア))
売上高750億円
経常利益率、売上増加率とも業界トップクラスの企業として大きな発展を遂げた。今後も年間50店舗以上の出店を計画し、平成19年には1,000店舗を達成する予定である。
(4)障害者雇用
障害者雇用については、数年前から雇用をはじめ、社内関係者の数々の試行錯誤の努力が実り、昨年法定雇用率1.8%を達成した。事業の拡大と共に、障害者雇用の管理体制の基盤整備を行い、更なる障害者の雇用促進に取り組んでいる。
2. 取り組みの経緯、背景
平成12年8月に東証1部上場するまでは、飲食業の業態が障害者雇用になじまいという概念から障害のある人の雇用には関心を持っていなかったが、上場に際し法定雇用率の達成が企業の社会的評価に大きく影響するということで、平成13年から障害者雇用の検討に着手した。身体に障害のある方を雇用した場合、施設や設備等の改修が伴うので難しいという実情から、雇用対象者を知的に障害のある人とし、受け入れ側の研修を兼ねて養護学校の実習制度を活用した。
3. 取り組みの内容
(1)障害者に対する人的支援と社内体制
①人的支援については、1店舗1名という雇用形態をとったが、職場である厨房のスペースの関係で外部からの支援は難しいという判断から、当初は特定の社員が指導等の対応ができるよう、選任された事業所内サポーターが支援を行った。
②社内体制については、障害者を受け入れる体制を整えてから雇用するのではなく、雇用の実績が管理体制の整備を促すという後追いの状況であったが、平成16年に人事本部にチャレンジド担当部(名称は社内公募による)を設け、任意に組織された「チャレンジド雇用店長会」を正式に組織として組み入れた。このことをきっかけに、資金援助、雇用管理の制度化、「社内報」による啓発、労働組合の支援等全社的な支援体制が徐々に整いつつある。(チャレンジドとは、障害者の社内での呼称)
(2)募集と採用
現在、募集は行っていないが、養護学校からの実習要請により通勤圏内の店舗を学校が指名し、当社はその店舗について一定の雇用条件を審査した上で、受け入れの是非を決め将来的に採用の判断材料としている。
原則として、2年生の実習に対しては職場体験の機会を提供するという主旨で積極的に受け入れている。一方3年生に関しては、春期実習と秋期実習を条件としている。その理由は、春期実習では専門家ではない店長に対して実習生の適応性や能力評価を求めることに無理があるためであり、その際は本人のやる気や周囲とのコミュニケーションを評価の主題においている。また、秋期実習では学校、本人、保護者の意向、意志が明確になることが理由である。現状は学校が提出する評価票を参考に実習生の100%を採用している。
(3)能力開発と教育訓練
工場では、専任の指導者を任命、ラインの従業員(主に主婦のパートタイマー社員)も多く、作業指導はもとより生活指導も行っている。
店舗の作業は、清掃、洗い場における単一単純作業と、調理の部門における同時複数の動作、判断、感覚が求められる作業に大別される。
調理作業に求められるハードルの高さに対し、対応できる勤務時間に限界があり、短時間労働の原因となっている。
教育訓練は、空き時間を利用し配置上身近なパートタイマー社員に委ね、店長はパートタイマー社員に対してサポーターとしての心得、指導要領などの指導にあたっている。
(4)職場環境について
施設、設備については、各職場において概ね標準化している。
知的に障害のある従業員にとって、環境の善し悪しは人間関係に帰するところが多いため、対峙する健常者の従業員自身の問題として、人間性がもたらす因果関係を認識することが重要であることを、事例を通じ社内に啓発している。
指導として、彼らのどのように簡単で小さな一つの習得に対してもスタッフ全員で賞賛することができる職場環境を目指している。
作業種目を難易度順にグラフやイラストで表示して、習得した作業種目に“はなまる”をつける、仕事の目標を分り易くすることで勤労意欲と能力向上を図るなど、スタッフの創意工夫が職場全体のチームワーク向上に繋がった事例も数多い。
(5)定着について
1)家族・他関係機関との連携
家族(保護者)との連携は重要である。一つの手法として「連絡帳」により家庭との情報交換を行ったが、内容が漠然としていたため継続性に欠け効果が上がらなかった。そのため、「連絡帳」の使用目的を、職場からは作業の習得、重大でない事故報告・健康状態の異変・早退の理由・身だしなみ・寝不足などの報告事項に、また保護者からは、特に健康状態の異変(体調)・休暇の申請とその理由などに限定した。利用目的を明確にすることで双方にとっての連絡手段として有効であると再認識し、約1年の中断後、現在復活しつつある。
保護者からの職場や対人関係に関する苦情や不満については、事業所が指名する障害者職業生活相談員(有資格者)が対応することにしている。
本人出身の養護学校の個別移行支援計画に基づく支援も重要である。彼らにとって誰よりも心を開く担任教師のサポートは有効であり、一番身近な専門家として交流を深めている。
今後は、地域の就労支援センター等公的機関との連携も検討している。
2)問題解決についての指導(パートタイマー社員のリーダー研修など)
①「サポーター協議会」の設置と運用
○職場において一番身近に係わるパートタイマー社員を対象とする。
○構成は、同一養護学校の卒業生を雇用している店舗(5店舗以上)及びエリア内5店舗以上の上記パートタイマー社員、店長会地区幹事、本部担当者である。
○会場は出身養護学校の会議室又は地域の行政施設を借りる。
○授業参観、作業所見学、担任教師や職員とのディスカッションを行う(必要に応じアドバイザーを招く)
○懇親会を最寄りの自社店舗で行う。
②サポーターが不在又は特定していない小規模の店舗については、チャレンジド雇用の経験と実績のある店長経験者を任命した専任のジョブコーチ(社内ジョブコーチ)を派遣、巡回指導に当たる。
③年1回、チャレンジド雇用店長会定期総会を開催し、知的障害に関する専門家を招き、セミナー、グループディスカッション(養護学校教師の参加を要請)を行う。
④全店舗のレジの電信端末機能を使用し、「店長コメント」⇔「本部通達」の交信システムをフルに活用し、メールでやりとりすることにより多店舗に対応している。
⑤事業所で対応困難な問題は、本部から担当者を派遣し対策に当たる。必要に応じ家庭、通勤寮等を訪問し改善策を協議する。
4. 取り組みの効果
(1)職域の拡大と障害者の雇用が促進され、定着率も高い
①総事業所数と障害者を雇用している事業所数
事業所数 : 4工場、756店舗
うち障害者を雇用している事業所数 : 2工場、 85店舗(首都圏中心)
②過去5年間の障害者雇用数と実雇用率等の推移(6月1日調査)
平成13年 | 平成14年 | 平成15年 | 平成16年 | 平成17年 | 合計 | |
人数(人) | 3 | 13 | 17 | 37 | 28 | 98(4) |
雇用率(%) | 1.0 | 1.3 | 1.7 | 2.2 | ||
退職人(人) | 1 | 0 | 1 | 2 | 2 | 6 |
*( )は重度障害者数、全て身体障害者(肢体不自由)
* 退職者数は年度の雇用数には含まれていない。
(2)障害者雇用の先進的な取り組み
①養護学校の文化祭の食品加工班によるピザ販売について、社員を派遣し作業工程など指導支援するほか、OBの従業員もサポーターとして参加させている。
②障害のあるアルバイト社員(短時間勤務)を正社員に登用することにより、他の障害者に希望と働く意欲を喚起している。
5. 現状の課題と今後の方針、具体的取り組み
(1)現状の課題
障害者雇用を行ってから5年が経過し、その間実習者をほぼ100%採用してきたことにより、問題行動のある社員や、継続就労や短時間労働から定時社員への移行が困難な(雇用率にカウントされない)社員などがおり、その対応を迫られている。
(2)障害者雇用についての対応の転換
従来、障害者雇用について、ややもすれば情緒的対応を図ってきたきらいがあったが、訓練をベースに戦力化を図り、真の職業的自立を目指して行くことに方針を転換する。一定の訓練期間(再教育期間)を定め、訓練の結果によっては転職等進路変更も検討する。
(3)対応の転換の具体的取り組み
1)評価基準の策定
1店舗1名の雇用形態に即した「評価基準」の策定により、定時社員資格条件の標準化を行う。評価内容を「戦力評価(生産性)」「成長評価」「人間評価」の3項目に設定した。各評価内容は以下のとおり
(A)戦力評価(生産性)
①仕事に対する理解度、②作業の完成度、③適応性(判断と動作)
(B)成長評価(戦力評価に至らない従業員に対する期待度評価及びやる気を促す手法)
特性、能力にかかわらず入社時を起点とし、作業習得をポイント制で評価する。
(C)人間評価
①コミュニケーション評価 | : | 報告・連絡・質問・返事・礼儀 | |
②生活評価 | : | 着替え、トイレ、食事、身だしなみ、手洗い 趣味、金銭感覚(買い物・ATM・交通利用・携帯電話)、 家庭環境、家族 |
2)チャレンジドに関するアンケート調査(聞き取りによる調査)の実施
チャレンジド雇用店長会として雇用管理の実情をより正確に把握することで、個別対応の見直し、職場環境の改善及び定時社員の賃金制度改訂に資することを目的に行う。なお、調査票は記入者を含め個人情報として管理し非公開を厳守する。
調査項目と内容の概要は下記のとおり
○勤務状況:1日の労働時間、指定休日、遅刻・早退・欠勤
○休憩について:時間管理、食事、休憩回数
○家庭・施設寮:生活の場、家族構成、保護者
○コミュニケーション:連絡帳の活用、挨拶、報告・伝達、質問、会話、返礼等
○給料の使い方:管理者、主な使用目的、預金
○休日の過ごし方
○健康状態(体力・体質):持病など
○運動能力:機敏性等
3)作業評価の策定と実施
①作業評価票の項目毎に、以下の5段階評価で行う。
A:たいへん優れている(健常者の従業員と同等)
B:規定時間内にできる
C:時間をかければできる
D:指導、訓練次第では、できるようになると思う
E:できない、無理だと思う
②作業評価項目及び内容の主なものは、以下のとおり。
○出勤手続き:手洗い、着替え、出勤入力、日報入力等
○洗い場作業:下洗い、機械洗浄操作、仕分け、定位置に戻す等
○メニュー(サラダ、スパ等など)を作る:トッピングの食材、量、ルック等
○スパ、リゾの盛り付け:オーダーに応じた食材
○ピザを作る:オーダーに応じたピザを作る
○肉料理を作る:オーダーに応じた肉料理を作る
○補充:在庫の定量補充、トッピングの消費期限の確認、皿などの備品の補充
○フロア作業:ドリンクバーの補充、スポットヘルプ(キャッシャー)等
○週毎の各作業(エントランス、冷蔵庫等)
○月毎の各作業(空調機、洗浄機、レジ周り等)
○退勤手続き:作業引き継ぎ報告、退勤入力・日報記入、次回出勤日の確認
○その他のできる仕事について
等
4)「定時社員に登録されないチャレンジドの労働時間の延長(作業能力の向上)を困難にしているものは何か」について調査
調査項目と内容は以下のとおり。
①本人について
○特性(障害)要因:理解、判断力、・計測能力・読み取り能力
○精神的要因:やる気、ムラがある、情緒不安
○体力的要因:身体能力・健康疾患
○対人関係:人見知り・孤独・嫌われる・癖・無視
○職場外要因:生活環境・通勤・交友関係
②職場について
○指導者(サポーター):不在、不適、指導する余裕がない、理解・指導手法の教育ができない、放任(依存)している
○労働時間の延長:パートの職域を狭める、ローテーションが難しい、拘束性が強まる
○休日(任意指定):土日勤務は店の効率を妨げる(時期早尚)、生活パターンを変えることに躊躇がある
③家庭について
○家計の問題:不明、社会保険料控除による給与の手取り減少
○親の都合:不明
○親の理解度:不明、学校と職場の区別の理解不足、被害者意識(子供に無理をさせないなど)
5)事業所内サポーターの育成強化と専任制度の導入
各職場で行き届いた指導や対応ができるよう、本社で店長に伝達された内容を、各店舗において店長から事業所内サポーターに伝えている。
6)社内ジョブコーチの制度化(人事制度として確立)
チャレンジド雇用の経験と実績のある店長経験者を専任のジョブコーチとして任命し、サポーター不在の店舗を巡回し、作業指導、生活指導を行う。
また、社内ジョブコーチは、事業所では対応困難な問題、保護者からの職場や対人関係に関する苦情、不満への対応や、チャレンジド雇用の経験の浅い店長やサポーターの指導育成にもあたる。
6. チャレンジドを雇用して~一店舗の店長から~
多摩地区で運営している店舗の店長の話を紹介する。
当店には2年前、実習を経て採用したKさんが働いている。初めて彼女に会ったとき「こちらの言うことが正しく伝わるのかな?」「指示したことができるのな?」などの不安感があった。このような話は多かれ少なかれいずれの企業でも経験することであり、多くは杞憂に帰する場合が多いが、彼女の場合も同様であった。
当社では、本社人事部が主催し、障害者の人が働いている店舗の店長が参加する「チャレンジド協議会」がある。この会では各店長から障害者雇用の現場から、特に苦労していること、指示した事が伝わらない等の悩みや、どのようにして問題を解決したかなど多くの経験談が話され、とても参考になり実践上役立つとともに、自分一人ではないという店長同士の連帯感を感じ、何事にも前向きに考えることができるようになったとのことであった。
この2年間、特に困るようなことはなかったが、ある時「食器の洗い方が早くなったね」と褒めたところ、Kさんはそのことを素直に受け止められず、「店長の言葉には裏がある」と悩んでしまったことがあった。その原因はパート従業員がいつも「仕事が速いのはやり方が雑だからだ」と言っていたのを記憶していたことにあり、よく説明し理解を得ることができた。
現在週4.5~5時間で勤務しているKさんの今後の課題は、勤務時間の延長であるが、当面は週6時間を目標に、本人の負担にならぬよう徐々に延長していく方針のもと、空時間を利用し、新しい仕事(鉄板やご飯ジャーなど熱いものを洗う)の指導に取り組んでいる。
雇用管理上留意することについて、指導者として彼らに接する時、「誉めること」、「声かけをすること」、彼等の仕事に対し「ありがとう」の言葉をかけることを心がけている。
元気な挨拶、一生懸命に仕事に取り組んでいる姿、純粋な気持ちなど彼らから学び元気づけられ、職場全体が和む。
副理事長 小林 幸夫
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