障害者雇用の理念・ノウハウを全社的メリットに
2020年度掲載
- 事業所名
- Peach Aviation株式会社
(法人番号: 7120101047384) - 業種
- 運輸・物流業、うち除外率設定業種
- 所在地
- 大阪府泉佐野市
- 事業内容
- 航空運送事業
- 従業員数
- 1,702名
- うち障害者数
- 38名
-
障害 人数 従事業務 視覚障害 1名 書類整理、ファイリング、伝票チェック、資料発送、制服クリーニング取次等、PC でのデータ入力(給油量概算管理、空港業務委託関連データ)、フライトタイムに基づく勤怠やライセンス等確認、整備記録確認、社員用航空券発券変更キャンセル業務、キャンペーン用ポイント発行業務、メールマガジン、セールバナー作成、機内販売売上金管理、社員名刺のデータ作成・印刷・カッティング等 聴覚・言語障害 8名 同上 肢体不自由 5名 同上 内部障害 7名 同上 知的障害 7名 同上 精神障害 9名 同上 その他の障害 1名 同上 - 本事例の対象となる障害
- 視覚障害、聴覚・言語障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害、その他
- 目次
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1. 事業所の概要、障害者雇用の経緯
(1) 事業所の概要
Peach Aviation株式会社(以下「同社」という。)は 平成24(2012)年3月に就航した、全く新しい概念の航空会社であり、「空飛ぶ電車」をコンセプトに、航空業界の不可能を可能にしながら、日本の航空史上最速のスピードで次々と路線を展開し、事業を拡大している。
同社が目指すのは「アジアのリーディングLCC (ローコストキャリア)」であり、令和元(2019)年11月にバニラエアとの統合を完了した同社は、関西空港、新千歳空港、仙台空港、那覇空港に加え、新たに成田空港を拠点空港と位置づけ、首都圏からのネットワークも拡充を進めている。
(2) 障害者雇用の経緯
同社は、航空運送事業会社として以前から国籍、性別、年齢、経歴、スキルなど、多様な人材が活躍しており、その更なる推進、ダイバーシティ化に力を入れている。障害のある社員(以下「障害者スタッフ」という。)の雇用やそのサポートについては、平成30(2018)年9月に、専任部署である「ほなやろ課」を設立し、障害者スタッフの採用、育成、合理的配慮検討、業務の切り出しと調整、理解啓発研修の実施(社内・社外)、障害当事者教育、就労移行支援事業所職員への指導研修の実施などを担っている。
社内研修の一例を挙げると、発達障害の疑似体験があり、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)がある人の文字情報の取り入れ方(特性、困難さ)について、動画視聴を通じて同社の社員が学ぶ機会を設けている。例えば、全文ひらがな・句読点なしの文章を読み、読むことに困難さのある人の疑似体験をすることなどである。こうした取組は、単に障害特性を理解し、障害者の働きやすい職場づくりに寄与するだけではない。障害特性や業務役割、進捗などの目に見えないものを可視化する取組は、誰にとってもミスや解釈の齟齬の少ない、効率的な業務遂行のあり方につながり、ひいては航空会社としての「安全理念への回帰」(全社的メリット)に連動している。
2. 障害者の従事業務と職場配置
取材当日は、エンプロイーリレーション部ほなやろ課の黒木均課長にお話を伺ったが、以下はその内容をまとめたものである。
熱弁を振るっていただいた黒木課長
(1) 障害者の従事業務
業務の範囲は大変広く、延べ80種類程あり、下記はその例である。
書類整理、ファイリング、伝票チェック、資料発送、制服クリーニング取次など、PC でのデータ入力(給油量概算管理、空港業務委託関連データ)、フライトタイムに基づく勤怠やライセンス等確認、整備記録確認、社員用航空券発券変更キャンセル業務、キャンペーン用ポイント発行業務、メールマガジン、セールバナー作成、機内販売売上金管理、社員名刺のデータ作成・印刷・カッティングなど
いずれも、やりがいのある業務として取り組んでもらっている。例えば、給油量概算管理は、各空港にある給油会社からの月次請求をパイロットが持ち帰る給油レシート額と照合している。航空会社にとって給油量は経営上も重要なデータであり、欠かすことのできない業務を障害者スタッフが担っている。ほかにもリース機の整備記録や、出張時の同社機使用記録の整理なども行っており、会社全体に関わるモノやヒトの流れの管理業務を、「ほなやろ課」が担当している。
(2) 障害者の職場配置
障害者スタッフの働き方には、次の図のように4つのパターンがある。
なお、この図は同社の障害者雇用の取組を説明する際の資料の一部である。
「ほなやろ課」所属としては、事務系・清掃系・他部門業務の3つがあり、それ以外に、他部門でシステム管理等の仕事に従事している例がある。
なお、働き方については、本人を最も高パフォーマンスで人材活用できるパターンを選択しており、本人希望をできる限り反映させ、契約更新時に限らず変更は可能としている。
また、「ほなやろ課」には障害者スタッフのサポートを行う社員(以下「サポートスタッフ」という。))が置かれている。なお、サポートスタッフの中には、健常者だけでなく障害者もいる。
3. 取組の内容と効果
(1) 取組の効果3点
具体的な取組の例については次項で紹介するが、主な効果は次の3点である。
1点目は、離職率の低さである。同社で障害者スタッフが担う業務は、重要度が高く負荷がかかるものも少なくないが、それ故にやりがいがあり、この2年間、「ほなやろ課」創設以降、定年退職などの退職者は3名のみで離職率は1割に満たない。
2点目に、高い生産性を保っているという効果である。そのため、自社の業務に加え、公的機関等からの業務を受託できているのも、その一例である。
3点目に、他部門の社員から見て、対等の立場であると認識されているという効果がある。障害者雇用について、過重なサポートが必要であるとか、業務をこなせなくても仕方ないという印象を持たれると、パフォーマンスは低いとみなされてしまう恐れがある。しかし、同社の場合、必要なサポートはもちろんあるが、障害者スタッフのパフォーマンスが高いと受けとめられているので、社内からの信頼を得ることができている。
こうした効果を生む背景となった取組については、以下のとおりである。
(2) 効果を産んだ背景にある取組の例
ア.基礎的環境整備の充実と、ミニマムな合理的配慮の提供
合理的配慮は、定期面談を通じて、またサポートスタッフによって、ミニマム(過剰でなく、かつ本人が能力発揮するのに必要な範囲)で行われている。障害者スタッフが就労移行支援事業所出身者の場合、自分に必要な合理的配慮を整理し、職場に伝えてくれるケースが多い。しかし、実際に採用してみると、「タスクマネジメントをサポートスタッフが行っており、見て分かりやすい業務のマニュアルがあって、定期面談もある。こうした環境であれば合理的配慮は想定していたほどは必要なかった」というケースが非常に多いそうである。
これは、個々の合理的配慮以前に、会社全体に通じる基礎的環境整備の充実あるがゆえのことである。また、周囲の意識の問題としても、合理的配慮への理解が深まっており、このことも基礎的環境整備の充実として捉えられる。なお、「ほなやろ課」では新人及び管理職登用者に対する研修も実施しており、全員が障害理解や合理的配慮について学んでいる。
イ.合理的配慮は定期面談でアップデート
黒木課長は「合理的配慮は水ものであり、生ものである」と社員に言っているとのことである。
「水もの」とは、意識をしないとすぐに無くなってしまうという意味であり、「生もの」とは、同じ会社でも入社したてと、業務に慣れた数年後に必要な合理的配慮は変化しているという意味である。そこで定期的な面談でアップデートが必要になる。
面談は、プロファイルシートをもとに行っている。この種のシートは支援側が作りがちだが、同社では本人に白紙で渡して書いてもらう。「分からない」ということもあるが、それも本人のマインドセット(経験に基づく思考様式)になる。
「本人が発信をしないと分からないので、自分から発信をしてほしい。分からないなら、分からないなりに書いて、その後、私たちが客観的に見て一緒に作ろう」と黒木課長は障害者スタッフに言っているとのことで、このような取組が、本人の自立心や合理的配慮の自己発信力を養うことにもつながっている。
次に、面談により課題解決に取り組んだ3事例について紹介する。
ウ.発達障害者との面談の例(ミスについて)
発達障害(自閉症スペクトラム障害(ASD))のあるスタッフの例だが、ミスをした時、凡ミスなのか障害特性によるものなのかをかなり悩み、それがまた次のミスにつながることがあった。本人との話し合いのラリー(やりとり)の中で、大事なのは原因の特定ではなく、自分の起こしやすいミスは何かという傾向を認識することで対応を考える方が、原因追及よりも大事であるとの考えがまとまっていった。
また、原因の特定、線引きはそもそも無理ではないかともなっていった。更に、仮に原因が特定されたとして、それが障害特性によるものである場合、「仕方ないでは済まされない」と本人自身もの弁。であれば、特定自体難しく、仮に特定できても、そのこと自体は本人にとって意味がなかったので、原因よりも傾向をとらえる方が良いとなった。そして、こうした面談の内容は、プロファイルシートに記録され、アップデートしていった。
エ.精神障害者との面談の例(残業について)
精神障害のあるスタッフとの面談例では、残業のことがある。精神障害者の心身の安定を考えた場合、負担軽減の視点からは確かに残業はしない方が良いが、本人の場合には、あと少しで仕事のきりがつくという時に、一切残業してはいけないということでストップをかけると、かえってストレスになった。
そこで、本人の心身状態と仕事の進捗を見て、その都度、判断すべきとなった。具体的には、産業医の意見も踏まえて、この人の場合は月間6時間から8時間くらいの残業であれば、必要な場合は残業しても大丈夫だろうといった判断になった。その後は、残業がゼロの月もあるが、本人との信頼関係を作りながら、面談という名のラリーを通して、こうしたことも決めていっている。
オ.精神障害者との面談の例(挨拶について)
精神障害のあるスタッフで、調子の悪い時に周囲に挨拶しづらくなり、その結果、好印象を持たれにくくなった人がいた。面談の中で、コンディションのアップダウンがあるのは確かにそうなので、いつも同じ方法で挨拶をしなくても良いが、ほかの方法、例えば、チャットを使って、出退勤時に挨拶をしようという話になった。定形的な挨拶の強要ではなく、逆に障害があるから挨拶をしなくてもよいでもなく、その時の調子によって、できる方法で最低限必要な挨拶を発信してもらうようにした。
なお、この面談時もそうだが、ラリーの内容をホワイトボードに絵や図も交え書いていき、本人の言っていることを「見える化」している。このことは、悩みについて本人自らが整理して、問題解決に踏み出す助けになっている。
カ.周囲の社員のナチュラルサポート
前述のような取組が行われる中で、周囲の社員の意識や取組については、ナチュラルサポートができるようになったことがある。少しだけサポートを受けながら、仕事をしている障害者スタッフを毎日目の当たりにしていると、社員の気づきや学びが進んだ。
以前はサポートスタッフが半日出張に行っただけで、周囲の社員からかなりの量の問い合わせが来ていたのが、今ではそれどころか、障害者スタッフの表情が暗くて心配であるといった気づきも、さりげなく知らせてくれる。サポートスタッフだけで得られる情報では限界があり、こうした全社的なナチュラルサポートは実に有益である。
4. 今後の展望と課題
(1) 全社的なマネジメントスキルの向上へ向けて
障害者雇用の理念や培ったノウハウを障害者雇用に限定せず、全社的なマネジメントスキルの向上にシェアしていきたいというのが今後の展望である。ダイバーシティ推進の一環として障害者雇用を行ってきたが、法定雇用率を満たしているから障害者雇用にはもう力を入れないということでは全くない。
障害のあるスタッフの雇用管理、サポートを通して分かることは、障害のない社員たちに当てはめて考えても、活用できるものばかりであるということだ。
(2) 障害者スタッフ自身による製品マニュアルの作成を推進
コロナ禍によって、テレワークが強く推進されるが、実は出社しないとできない業務も多々ある。そうすると、事業収入が減る中で、外注化していた仕事をできるだけ内製化しようという動きが全社的に起きてくる。そこで「ほなやろ課」では、受けた業務についてマニュアルと共に納品するということを行った。すると、あそこに頼めば業務の質が良い、加えて引き継ぎや業務に便利なマニュアルも一緒に付いてくると好評であった。こうしたメリットがあり、今年度受注している他部署からの業務は何千万円レベルとなり、外注費を抑えることができている。コストメリットがあり、「ほなやろ課」は、無視できない集団になっている。
なお、業務マニュアルは、サポートスタッフではなく、習熟度の高い障害者スタッフ自身が作り、ほぼ全て完成している。また、マニュアル作成者が、新入スタッフの教育も行う。サポートスタッフが業務のレクチャーをすることはもちろんあるが、サポートスタッフだけで行わない。得意な人がすれば良いという発想である。今後もこうした動きを進めていきたい。
障害者スタッフ作成のマニュアルの例
(3) 他社へのメッセージ
障害特性やダイバーシティへの対応は、企業としての価値に加え、社員のマネジメント力向上につながる。このことは、他業界でも必ず通じると思う。障害者雇用を、障害のある人たちだけのものとせずに、そこをきっかけにして、会社として一生懸命取り組めば、その先にあるのは、雰囲気の良い生産性の高い企業であるということ。このことをぜひ知っていただきたいと思う。筆者の取材の感想を一言で述べると、障害者雇用の普遍化を、一般企業でここまでされていることへの驚きである。障害者問題は、人間社会のあり方の本質に迫ると筆者もよく話すが、企業現場にその実践を見たことは、得難い体験であった。今後、他企業・他業界への波及にも期待したい。
執筆者:一般財団法人フィールド・サポートem.(えん)
代表理事/日本福祉大学実務家教員 栗原 久
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