「企業側には労働力、障害のある人には雇用を」
—地域に根を張る就労を目指して—
- 事業所名
- あさひ製菓株式会社
(法人番号: 3250001012388) - 業種
- 製造業
- 所在地
- 山口県柳井市
- 事業内容
- 菓子製造
- 従業員数
- 396名
- うち障害者数
- 12名
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障害 人数 従事業務 肢体不自由 2名 販売、配送 知的障害 5名 菓子・パン製造、包装、洗浄、販売、接客 精神障害 5名 菓子・パン製造、包装、洗浄、緑化 - 本事例の対象となる障害
- 肢体不自由、知的障害、精神障害
- 目次
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事業所外観
1. 事業所の概要
あさひ製菓株式会社(以下「同社」という。)は、山口県柳井市に本社を置く、和洋菓子・パン製造を中心に販売店舗(果子乃季、36店舗)や飲食店を展開する企業である。創業は大正6(1917)年と歴史は長く、銘菓「鳩子の海」や全日空機内食に採用された「月でひろった卵」、インターネット販売で好評を博した「ザッハトルテ」などその名が広く知られている。また、平成24(2012)年に県内の菓子業界では初めてHACCP(ハサップ)対応工場として認定された(HACCPについては「注」を参照)。近年はSDGs(持続可能な開発目標)として食品ロス削減対策にも積極的に取り組んでいる。
本社工場敷地内には「琴名水」(きんめいすい)と名付けられた豊かな地下水が湧き出ている。菓子製造に使用するだけでなく、自由に持ち帰れるよう給水所を設置、連日多くの市民が訪れ喜ばれている。
障害者雇用にも積極的に取り組んでおり、令和3(2021)年には山口県の障害者雇用優良事業所等表彰(山口県と高齢・障害・求職者雇用支援機構共催)における障害者雇用優良事業所として機構理事長努力賞を受賞した。
注)HACCP(ハサップ)とは消費者に安全な食品を提供するための食品衛生管理手法。食品衛生法の改正により、令和3年6月から食品を扱う全事業者に対しHACCP導入・運用が完全義務化されている。
2. 障害者雇用の経緯
平成28(2016)年まで同社で雇用した障害のある従業員は身体障害者のみであった。そのうちの一人が定年退職を迎えることになり法定雇用率を下回る状況に何とか打開策を講じたいと担当者(人事部部長、以下「担当者」という。)が思案していたところ、特別支援学校(以下「支援学校」という。)から高等部在学中の知的障害のある生徒(以下「Aさん」という。)を紹介された。同社はAさんの採用を検討することとし、学校と相談しながら面接と職場実習(以下「実習」という。)を行うこととした。まず学校側から提示された情報を整理し、どのように対応すればよいか現場の従業員と協議を重ねるなどの受け入れ体制を整えた上で、面接と実習を実施し、採用を決めた。Aさんを雇用したことが契機となりその後、支援学校以外の高校、障害者就業・生活支援センタ—(以下「支援センター」という。)からも実習を受け入れ、採用に至っている。その結果、同社の実雇用率はは令和元(2019)年以降、法定雇用率を上回っており、現在12名の障害のある従業員(障害の内訳は身体障害2名、知的障害5名、精神障害5名)が就労している。このうち6名は支援学校の卒業生である。
3. 取組の内容と効果、雇用事例
(1)採用に向けた取組と効果
同社は採用に向けて実習を軸に4つのステップで進めており、それぞれの留意事項、効果は以下のとおりである。
ア.第一ステップ:情報収集
応募者(実習希望者も含む)に関する情報をできるだけ多く集めることである。具体的には、支援学校などの生徒であれば担任から、支援センターなどの利用者であれば支援担当者から障害特性や配慮事項などを詳しく聞く。
イ.第二ステップ:面接における見極め
応募者との会話を通して、本人の希望や適性を把握するとともに、同社の作業内容や会社として重視していることなどを伝え、実習を受け入れるかどうかを判断する。判断の際には、「自力で通勤できる」、「意思表示ができ、困った時は助けてほしいと言えるなど周囲とうまくコミュニケーションがとれる」の2点を重視している。
ウ.第三ステップ:職場実習受け入れ体制の準備
実習を受け入れる現場の従業員に障害特性や配慮を要する点、接し方のポイントなどを伝えると共に、準備作業(実習生がわかりやすい指示書の作成など)を行う。実習生にも現場が理解し、準備していることなどを説明し、本人の緊張感や不安を軽減したうえで実習が始められるようにする。
エ.第四ステップ:段階的な職場実習の実施
支援学校や支援センターからの実習生については原則として一人につき4回の実習を行う。1回目は面接で把握した適性を現場で確認し、採用するか否かを判断するため極めて重要な実習となる。2回目以降は雇用することを前提として担当予定の業務や時間帯での実習、繁忙期の実習、そして入社直前の実習と続く。
応募者によっては1回の実習で採用に至る場合もあるが、応募者には実習を必ず経験してもらうことを課している。こうした取組の効果は、4つのステップを踏むことにより、応募者はスムーズに職場に入っていくことができ、現場もスムーズに受け入れることができるようになる。そして、障害のある従業員が現場の戦力としても働く仲間としても成長することにつながり、長期的な定着を実現することにつながっていくことが期待できると同社は考えている。
(2)雇用事例
同社では菓子・パンの製造ラインのほか、商品の包装・配送、容器の洗浄、店舗あるいは飲食店における販売・接客、本社敷地内の緑化など、障害のある従業員の担当業務として切り出せる業務は多様である。その中から一人ひとりの適性に応じた業務が割り当てられるが、入社後の状況次第では従事する業務の変更や配置転換も実施される。
次に同社で就労している3名(Aさん、Bさん、Cさん)の事例を紹介する。
ア.Aさん(知的障害)
先に紹介したAさんは同社が身体障害者以外の障害のある従業員として初めて雇用した方で、同社が様々な障害のある方の雇用を進めるきっかけとなった方である。
担当者によると、支援学校高等部の作業学習では木工班に所属し、道具の扱いも上手く先生からの評価も高かった。面接では口数は少ないものの会話の途中で担当者が何気なく投げかけた冗談に、ニコッと笑った。その瞬間、話の内容がしっかり理解できていると確信し、実習を受けてもらうことにした。実習に際して担当者は、キーパーソンとなる年配の従業員に「同じことを何度も聞くかもしれないがその都度応えてほしい」、「あなたが手本を示してくれたら他の従業員もついてくる」、「自分の孫だと思って指導してほしい」と何度も伝えた。実習を終えるころにはAさんの真面目な実習態度に接して周りの従業員の理解も深まり、知的障害者に対するイメージが好転していく様子に担当者もいい意味で衝撃を受けたという。当初は商品の包装を担当していたが、現在は和菓子の重要な製造工程である餡作りも受け持つ。免許を取得し車で通勤している。週5日8時から17時までの勤務時間で、安定した勤務ぶりとのことである。筆者が本稿の取材で同社を訪問した際に感想を尋ねたところ、「仕事が面白い」と満面の笑みで話してくれた。
担当者は今でも支援学校の教員と密に情報共有し、入社6年目を迎えるAさんの就労継続を後押ししている。
工場内で笑顔を見せるAさん
商品を包装するAさん(手前から2番目の方)
イ.Bさん(身体障害)
Bさんは下肢に障害がある方である。運転免許を取得しており、2トントラックに台車を使って荷物を積み込み配送する業務を担当している。配送中に大きな事故に遭い一年近く入院を余儀なくされ、復帰は厳しいと思われたこともあったが、懸命にリハビリに取組み驚異的な回復で復職した。現在は配送のほかにも車両のメンテナンスや後進の教育も担っている。令和3年、Bさんは勤続27年の努力と功績が評価され優秀勤労障害者として機構理事長努力賞を受賞した。社内においても社長賞が授与されている。
このように大きな困難を乗り越え働くBさんの存在は障害をもつ従業員の模範・励みであり、彼らの将来に明るい希望を与え、就労意欲にもつながるものとなっている。
トラックに商品を積み込むBさん
ウ.Cさん(精神障害)
Cさんは支援センターからの紹介で面接、実習を経て採用となった方である。大変真面目な性格で、原付バイクで険しい山道を40分かけて通勤してくる。悪天候であっても出社するので、担当者もさすがに心配になり「雨のひどい時は電話をしてね。無理せず休んでもいいからね」と声をかけた。このように真面目すぎるほど真面目なことはCさんの長所でもあるが、そのため緊張しやすかったりトラブル収拾が苦手というようなことがあった。
Cさんの担当業務は本社敷地内の緑化作業であり、忙しい時は担当者の要望に応え週5日8時半から16時半まで勤務をこなすこともあった。
あるとき、草刈り機を使用中に跳ねた小石が近くに駐車していた車の窓ガラスに当たり割れてしまったことがある。Cさんは「どうしよう」と顔面蒼白で担当者に報告しに来た。担当者との相談に基づき、車の所有者(前述の記事例のBさん)に謝りに行くと「事情は分かった、気にしなくていいよ」と慰められ、安堵の表情を見せた。落ち着くことのできたCさんは、同様のトラブルを防ぐためにはどうすればいいかを担当者の助言も得ながら考え、草刈り機の刃を用途に応じて使い分けることで防げることに気づき、その後は同様のトラブルは起きておらず、Cさんは自信をもって作業に取り組めている。
業務を遂行する過程では想定外のことが起こりうるものである。しかしそれを正直に報告し、周囲の助言を仰ぐことで適切な対応がとれ、解決につながる。解決することで気持ちも落ち着き、自分の行動のどこに問題があったか振り返る余裕が生まれる。Cさんの事例は周囲の適切なサポートがあれば失敗体験も成功への体験に転換でき、本人の自信につながることができた事例といえる。
草刈りに励むCさん
3名の方はいずれも就労が継続している方であるが、担当者によると採用したが離職に至った方もいる。新卒者や就労経験が少ない方の場合は離職原因の一つとして、自分の気持ちや感情をうまく表現できないことなどから職場に適応することが難しいと感じることが挙げられる。会社側はそうした各人の障害特性を把握しその方に応じた業務を提供することが重要である。入社した方が安定して長く就労を続けることは、障害のある社員にとっても会社にとっても意義がある。担当者によると、初めて社会に出て働くというスタートラインに立つ新卒者を採用する際はより慎重に適性を判断するという。同社での就労経験が将来の職業生活の継続に良い影響を及ぼすものであってほしいとの担当者の強い思いがあるからである。前述の4つのステップはそうした状態を実現することを目指した取組であり、実際に効果があるものと同社は考えている。担当者は「離職しても再チャレンジは喜んで受け入れる」と述べている。
(3)地域の社会資源の活用 ~支援学校とのコラボレーション~
同社の本社工場敷地内には150種、約20,000株のあじさいが植えられている。毎年見ごろを迎える6月にはお菓子とあじさいをテーマにした「あじさい祭り」を開催しており、地域住民や会社関係者など多くの人が訪れるが、敷地内が広いため、会場である「あじさい園」の場所に迷う人が少なくなかった。そこで担当者は、支援学校高等部木工班の生徒に案内板の制作を依頼した。同時にイベント期間中会場の一角に支援学校のブースを設け、木工製品やジャムなど生徒による手作り製品の販売を開始した。いずれも担当者が障害者の「できる姿」を来場者に発信したいと考えて提案したもので、学校側の協力を得て実現した。
製品の販売も生徒自身が行っているが、自分の作った製品が目の前で売れていくという経験は生徒にとって貴重である。「障害のある生徒にとっては、色々な立場の人と接する機会が多ければ多いほど卒業後の社会生活・職業生活がイメージしやすくなり成長につながる」と担当者は述べている。それ以外にも、校外学習の一環として生徒による同社敷地内の梅の収穫と梅ジャム作りも毎年実施している。このように、地域に存在する様々な社会資源(教育機関など)と企業が連携・協力することで新たな活動、付加価値を創造することができると筆者は考える。同社と支援学校とのコラボレーションは、障害のある児童・生徒の活動を広く知ってほしい教育機関、障害者に働きやすい職場を提供したい企業、そして障害者の社会的自立を支える地域社会のそれぞれにメリットがあり、障害者がより働きやすく、生活しやすい社会につながる効果があるといえよう。
「あじさい園」に設置された案内板
4. 今後の展望
同社が知的障害や精神障害のある人の雇用を始めてから5年が経過した。この間掲げてきた障害者雇用のコンセプトは「企業側には労働力、障害のある人には雇用を、互いにWin Winの関係を目指す」である。同社の障害者雇用が進展した背景には、事例でも紹介した支援学校の卒業生であるAさんの雇用が順調にスタートしたことが挙げられよう。同社は入社後もAさんの担任教諭と定着に向けた途切れることのない支援で連携している。一方で担当者は支援学校が推進するコミュニティ・スクールの学校運営協議会委員として産業現場の声を届けるとともに地域の関連機関との情報共有に努めている。そして、これまで実践してきた取組を今後も丁寧に続けていくことに重点を置き、障害者雇用を進めていくことを方針としている。5. 終わりに
同社の本社玄関を入るとすぐに高さ2メートルにおよぶ大きな展示物が目にはいる。かつて山であったこの地に工場を建設する際に切り出された木の根っこだという。取材に応じてくださった担当者の方は「今年、在学中に自分で収穫した梅でジャムを作り、そのジャムをあじさい祭りで販売した生徒が入社した。これまで蒔いてきた種が芽吹いたように感じられ嬉しかった」と語られた。
実をつける大樹も地面に深く伸びる根があればこそである。あさひ製菓株式会社が、雇用する障害者一人ひとりの自立を誠意と創意で支える企業として一層存在感を増していくことを確信した出会いであった。
執筆者: 周南さわやか家族会 相談員 板村 七重
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