知的障害者一人ひとりの能力を引き出し高める職場づくりの挑戦
2002年度作成
事業所名 | 株式会社宇佐ランタン | |||||||||||||||||||||
所在地 | 大分県宇佐市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | うちわ・扇子・提灯(ちょうちん)製造業及び卸業 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 17名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 11名
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1.事業所の概要
ビニール提灯の製造が中心で、地域の祭り、神社の祭り、商店の宣伝等に使われる。 |

(1)関連業種 |

提灯を商品にするまでには、以下のような部品業種との関連が必要である。 [1]印毛屋 [2]木地屋 [3]塗屋 [4]房屋 [5]書き屋 [6]印刷屋 [7]木型屋 [8]鋲屋 [9]糊(ふのり)屋 [10]紙屋 これらの内、[2][3]は自社で、[5][6]は近隣に別途会社を設立して賄っている。[9]は試行錯誤の後、ビニール用に社長が独自開発した製品(糊)を使用。[1][4][7][8][10]は名古屋方面を中心とした専門業者へ外注する。 |

(2)提灯の製造工程 |

[1]型を組む(8枚一組)→[2]ひごを巻く→[3]ひごに糊をつける→[4]ビニールを張る→[5]乾燥 — この工程のプロフェッショナルは、業界では「張り師」と呼ばれる特別の称号があるほど難しい専門性のいる仕事とされている。 |

(3)工場(分業・分担)方式による、知的障害者中心の「提灯製造」 |

この業界は従来から、内職(前述の全工程[1]→[5]を『張り師』一人で受け持つシステム)で製造しているところが多い。当社のように、工場方式で、しかも従業員の65%が知的障害者(内55%が重度認定)ということは全国的にも稀有である。会社設立後の早い時期から知的障害者の雇用に取り組み、採用後は、時間をかけ(約1年間)もろもろの作業を経験させたうえ、能力・適性に応じた適材適所に配置する。指導は、男性は男性、女性は女性の従業員が行う。生活相談は社長自らが応じている。 |

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![]() 提灯の上部に「サイン」が見えますが、それぞれの制作者の「サイン」が入っています。 |

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2.職場改善に取り組んだ経緯、背景
(1)「張り師」養成システムでは、知的障害者は育たないと痛感する日々 |

知的障害者を雇用する以前は、この業界では当たり前のシステムである「張り師」を養成し、一人で全工程をさせる従来の方法で製造していた。しかし、この方法では知的障害者にはハードルが高く、日を追うごとに不良品の山が生じ、彼らが作った不良品の補修に追われる日々が続いた。 |

(2)技術が定着しない日々が続き、従業員同士の人間関係にヒビが生じて来た |

知的障害者についての知識や理解もない先輩が、手取り足取りの状況で根気強く、誠心誠意を持って指導しても、技術が定着しないために、お互いの気持ちの中に不信感が山積みするようになって来た。 |

(3)労働時間を見直すきっかけ |

「分業・分担方式に転換して、経営もどうやら目鼻がつき始めたある時、いっしょに働いている『おばさん』から、昼からの作業がだらだらしている、との指摘がありました。 知的障害のある人は『緊張の持続性に欠ける』と教えていただいたことを思い出しました。彼らに力がついたお陰で、このような指摘にも耳が貸せるようになったのです」 |

(4)よりよい商品作りのための検品制度導入のきっかけ |

ある程度仕事が出来るようになってきてからも、不良品はかなりの量で生じる。指導には「誰がどの製品に関ったかを確認できる手立て」の必要が生じた。 |

(5)職場適応・能力開発等、知的障害者の指導方法を見直す必要を感じたきっかけ |

「仕事の途中で、一人が頭が痛いと言えば、他の人も頭が痛いと言い出す始末で、この仕事は難しすぎて無理なのではないかと考える日々が多くなっていきました。・・・。 ある日、仕事をしないで、そこらにある道具や木材を使って好きなように遊ぼうと言いました。仕事の時と皆の表情が全然違うのです。伸び伸びと、そして晴れやかなのです。 これまでの指導のあり方、仕事の内容等について考えさせられました」 |

(6)社会性の育成こそ彼らに必要な指導内容であることに気づく |

「会社の旅行で宮崎に行った時、お土産等の買い物をするのに、テーマパークへ寄りました。気になって早めにバスに行ってみると、案の定バスの中には何人かが固まっているのです。訳を聞くと、何を買っていいか分からないと言います。一緒に行って、入口に私が居るだけで、自由に伸び伸びと買い物を楽しんでいます。社会的な体験の少なさが彼らを臆病にしているように思いました。仕事の面での技術の向上を目指すだけではなく、社会人として彼らを育てるための指導の必要性を考えさせられました」 |

3.取り組みの具体的内容及び効果
(1)分業・分担システムの導入 |

種々の工程を体験させ、能力・適性を見極め、その上で個々の力に応じた、一工程に配属(性別による仕事の適否も考慮して)。 ・ 知的障害者の特性をとらえたこの方式は、徐々に効果が見え始めた。到底困難と思えた仕事の工程を分業化することで、彼らに働く喜び・楽しさを体感させた。「出来ないことを鞭打って教える」のではなく、「出来る状況を工夫して、より良く出来るようにする」ことが「間違いを少なくする方法」である。このことは知的障害者の能力開発の原点である否、人間教育の基本である。 器用な人、力の強い人、手際が良く作業の早い人等々、人にはそれぞれ特性がある。個々の特性を見極め一工程を習熟させる分業・分担システムの導入は、彼らの自信を生み、就労意欲の向上につながっている。1年後ころから急速に生産性がアップした。 | ![]() 谷川社長さん |

(2)誰が、どの仕事を、どれくらいしているかが、従業員同士互いに把握できるような席の配置 |

指導者やベテランは後方の席にして、困っている者や手際のわるい者への指導ができる態勢にした。 お互いの仕事が見える環境作りは、暗黙のうちに怠けを排除し、助け合いの心を育て、補完し合う行動が従業員全体に見られるようになった。 |

(3)家庭的雰囲気を創造 |

奥さんの協力で、弁当から「あたたかい味噌汁つきの昼食」で、テーブルを囲みながら人間関係を高め合う。 「同じ釜の飯を食った仲」と言うが、奥さんを含めて「和」「輪」「話」を生んだ。 |

(4)勤務時間の改善 |

3時から30分間の休憩(おやつ)時間の設定と午前・午後の終了時間前の20分間を検品の時間に当てる。 30分間の休憩時間の設定は、以後の就労中にトイレに立つことがめっきり少なくなり作業の連鎖性が確保され、作業効率が極めて向上した。 |

(5)責任ある商品づくりのための検品制度の導入 |

検品の際、誰の仕事かが分かるように、商品に支障のない場所に各自の符丁を記入したり、生産量を(正)で記録したりして検品の時間に、お互いより良い商品づくりのため、技術向上のための学習をしあう。 |

![]() 「今日」よりは「明日」への意気込みがうかがえます。 数が若手の彼等はこの「正」を多用しています。 |

当初は不良品を返品されることを恐れるあまり、障害者を雇用していることを言えなかったが、この制度を取り入れて以来、技術の向上が著しく、現在の不況下にも拘わらず、「品質が良い」、「納期がしっかりしている」との評価を得て、毎年右肩上がりの実績につながっている。不良品ができるのは、楽に仕事をしようとして覚える職人芸の「悪い癖」が習慣化することが原因である。検品制度は、悪い癖の定着防止に役立っている。 |

(6)指導方針の転換 |

「みんなと仲良くしましょう。仕事を早くおぼえましょう。」から「みんなと仲良くします。仕事を早くおぼえます。」へ。 従業員全員が自主性に目覚め、本人参加・自己決定を大切にするようになり、よい意味での上下の関係がなくなった。社員旅行のハワイでは、一般のギャルと見分けのつかぬほど、物怖じせず、計算機を駆使して買い物を楽しんだ。 |

(7)総括 |

最も称賛したいことは、どの工程にも要所要所で知的障害者が中心的な役割を担っていることである。知的障害者でも出来そうな仕事をさせているのではなく、ある工程の一部分を知的障害者が担うとか、申し訳に障害者を雇用し雑用をまかせているのでもなく、彼らが居ないと操業が成り立たないのではと思えるほど、健常者に伍して働いていることである。皆さん、表情が豊かで、明るく、華やかな応対が見事であった。一見しただけでは、どの方が障害者なのかまったく見当がつかないほど顔や身体が引き締まっている。適切な支援があれば、知的障害者もここまで昇華できるのか。改めて人間が働くことの意義を問われた思いである。 一つのことができるようになるということは、別のこともできるという切符をもらったことである。人間は学ぶ存在である。自信が生まれることで、隣の人の仕事を見ながら、次には自分もあの仕事をしてみたいという意欲が必ず出てくる。その時が、彼らのキャリアアップの時である。当社の知的障害者全員が『張り師』さんと呼ばれる日も近いと感じた。 |

![]() しんけんな表情がみられます。 |
![]() 後方からみても作業場のきんぱく感が伝わってきます。 |

4.今後の課題・展望等
今後の課題や展望についてお尋ねしたところ、つぎの2点を強調された。 |

(1)生産性の向上に向けて宇佐商工会議所との連携による産学異業種交流会の活用 |

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(2)余暇利用(アフターファイブ)の充実 |

当社の休暇は、土・日・祝祭日、12/29~1/6、4/29~5/5、8/12~16の135日を保障している。当社の知的障害を持つ従業員は、働くことの意義は十分理解している。しかし、休暇を含めアフターファイブの楽しみ方を知らない者が多い。充実した人生を送るための楽しみ方をどうするかを一緒に考え、このことを促進していくことも企業経営者としての役目だと考えている。一企業だけの問題とせず、広く地域や自治体との協力のもとで解決していきたい。 |

執筆者:別府短期大学大学部初等教育科 佐藤 賢之助 |

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