知的障害者の雇用定着ー適切な職場配置と指導担当者によるきめ細かな配慮ー
2003年度作成
事業所名 | 医療法人宏友会介護老人保健施設うらら | |||||||||||||||||||||
所在地 | 山形県酒田市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 介護サービスの提供 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 105名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 3名
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1.事業所の概要
老人保健施設うららは在宅医療を重視した医療を提供している上田診療所を中心とする医療法人宏友会が経営しており、平成8年4月に開設。同施設には在宅介護支援センターが併設されており、平成12年4月には痴呆性老人グループホームも併設された。 施設入所サービスと、通所リハビリテーション(デイケア)や短期入所療養介護(ショートステイ)、ホームヘルプサービス等の居宅支援サービスを提供している。地元の婦人会や中学生・高校生など年間延べ300名以上のボランティアを受け入れ、また、ホームヘルパーや介護福祉士などの実習にも積極的に取り組んでいる。 施設は小中学校、保育園に囲まれた立地条件にあり、施設内部は全館段差のないフロア設計、施設独特の嫌な臭いを取り除くオゾン脱臭、黄色をベースにして明るい雰囲気を作り出している。 |
2.障害者を採用するまでの経緯
平成13年、ハローワークの呼びかけで「さかた・障害者就職面接会」に参加したとき、Aさん(男性・重度知的障害者)と出会った。法人職員の1人が彼のことを以前から知っていたこともあり、訓練を始めることとなった。 平成14年2月より職場適応訓練を開始し、6ヶ月の訓練期間を経て同年8月より雇用を開始、同時に最低賃金免除の申請も行った。10月に重度障害者介助等助成金を申請した。 |
3.現在の雇用形態
Aさんの雇用形態は、パートで週40時間である(8:30~17:30 1日8時間、休憩1時間、月曜日から金曜日まで週5日勤務)。給料は時間給で最低賃金除外申請が行われている。平成15年4月に昇給して時給が30円あがった。 |
4.仕事の内容
Aさんの現在の仕事は以下のとおりである。 |
(1)入浴に関する仕事 |
入浴の準備(お湯張り、タオルの準備)、利用者の洗髪後の髪にドライヤーをかける、 利用者への氷水の提供、爪きり(簡単なもの) 衣類の着脱の手伝い(どのような順番で衣服を脱がせたり着させたりしたらよいか、どのように手伝ったらよいかについては、あらかじめ職員から指導がなされた) 入浴後の風呂場の片付け |
(2)休憩室での仕事 |
お茶の準備、氷水の準備、テーブルを拭くなど(職員が利用者を迎えに行っている間に行う) リネン交換(職員と一緒に行う) 配茶(配膳はしていないが、下膳は受け持つこととになった) 「3時のおやつ」の準備 利用者が帰宅する際の靴の履き替えの手伝い 車いすや歩行器の片付け(職員が利用者を送っている間に行う) お茶の片付け、休憩室の掃除 Aさんの仕事は介護そのものではないが、当該事業所のサービスには欠かせないお茶の準備や入浴の準備、部屋の片付けなどを行っている。これはAさんがやらなければ他の職員の誰かがやらなくてはならない業務である。また、髪の乾かし、衣服の着脱の手伝いなど、利用者の身体に触れる業務も少しであるが行っている。 |
5.事業所の取り組み
(1)訓練開始時における職員への働きかけ |
Aさんはそれまで別の事業所(製造業)で働いた経験はあったが、そこで生産性が低いこともあり、よくしかられていたらしい。そのことがAさんにとって「いやな思い出」として残った。この事業所を辞めた後は、何も仕事に就かず自宅にいた。 Aさんはお年寄りが好きということもあり、最初から当該事業所での仕事に向いているように見受けられた。ただ、前職の経験から、職場の人間関係(特に上下関係)に対して強いストレスを感じる傾向にあり、しかられたりすると、おなかが痛くなることがあるらしいということが、家族から伝えられていた。 そこで、Aさんが訓練を始める前に、事業所の責任者から全職員に対して、「Aさんの『上下関係に対するストレス』については十分気をつけよう」「注意するときは言い方を変えたりして、できるだけ彼のストレスにならないようにしよう」という話しをした。 |
(2)訓練場面の選択 |
Aさんは通所リハビリテーション部門で訓練を受け、雇用された現在も同部門で勤務している。 この事業所での事業は大きく分けて、入所サービス部門と通所サービス部門、そして在宅介護支援サービス部門があるが、入所部門の仕事は柔軟な対応が求められる割合が高い。入所部門は利用者の生活を丸ごと引き受けるので、毎日の日課が決まっているとはいえ、さまざまな変化に対して迅速かつ適切に対応できなければならない。また入所部門には100人の利用者がいるので、大人数と接しながら仕事をしなければならず、慣れていない者にはストレスとなる。 これに対して通所リハビリテーションは毎日約50人の利用で、入所部門より負担が少ない(通所リハビリテーションの登録利用者は200人いるのだが、一度に接するのは50人まで)。また、入所部門に比べると、仕事をするにあたって、多少試行錯誤の余地がある。 このような理由から、通所リハビリテーション部門が訓練の場として選ばれたのである。 |
(3)仕事の幅を広げるタイミングの見極め |
最初はお茶の準備から始めたが、利用者の顔を覚えていくに従って、仕事の幅も広がっていった。対人サービスのため、利用者とのコミュニケーションは欠かせない。例えば靴の履き替えの手伝いや靴の整頓は、利用者とその靴を結びつける必要があり、利用者を認識できないと難しい作業である。また、最近の洗髪後の髪を乾かすことも行っているが、これも利用者とのコミュニケーションに支障があるとスムーズに行えない作業である。 さらに、訓練を続ける中で、事業所の側が、Aさんは教えればできると判断し、徐々に仕事を増やしていった。 |
(4)指導担当者の固定 |
上記のように、障害者の状況を細かく見極めることは重要であるが、そのためにも指導担当者を固定したことは大きな意味をもつ。 事業所では訓練期間から現在に至るまで同じ指導担当者(女性)をつけている。彼女は通所リハビリテーション部門で以前主任をしており、現在は主任ではないが部門の事業全体を見ることのできる立場にある。また、Aさんより年長で親子ほどの年齢差があるが、これはAさんが自分よりも年下だと思う相手からの指示を聞かず、かえって相手に命令するようなことが最初の頃見受けられたからである。Aさんはこの指導担当者の指示なら素直に受け入れている。 |
(5)指導担当者による配慮 |
[1] 注意するときは理由をはっきりさせる 誉められる場合、その理由については本人も大概わかっているが、注意された場合、その理由が本人には理解していないことがある。他の職員が理由を言わずに注意したときには、指導担当者はすぐにAさんに注意された理由がわかっているか聞いて、理解していないようであったら、指導担当者がその理由を説明するようにしている。理由がわかると、次回から気をつけるようになる。また、このことによってAさんと指導担当者の間の信頼関係が強くなっている、と指導担当者は考えている。 [2] 窓口は指導担当者1つにする 仕事内容の説明や指示、Aさんからの相談を受ける「窓口」を1つにすることで、Aさんが混乱しないようにしている。 [3] 指導担当者から他の職員への働きかけ 指導担当者から他の職員に対して、Aさんとの付き合い方について、「特別扱いはしない、話は聞いてあげよう、本人の性質を理解しよう」と働きかけて、理解を促している。 [4] 利用者にも理解を求める 一緒に働く職員だけでなく、痴呆症ではない利用者にもAさんのことについて必要な部分については説明し、理解を求めた。 [5] 指導方法 指導方法は、まずやり方を教えて、本人がやっている様子を見守る。教え方は言葉だけでなく、本人も体験できる形でやってみる。見守った結果、不十分であれば、また教える。 また、指示するだけでなく、Aさんの「やり方」を尊重することもある。例えば、食器の並べ方について、Aさんの「どのように並べたいか」を優先し、それで問題があれば職員が直す、というやり方をとっている。少しぐらい失敗しても、それによって指導担当者が学ぶことも多い、ということである。 このように、他の職員や利用者にも理解を求めた上で、Aさんの状況に合った指導・訓練がなされた結果、Aさんがもともと持っていた能力やこの仕事に対する適性などともあいまって、雇用の定着に成功している。 |
6.まとめ
(1)Aさんへの評価 |
当該事業所の責任者はAさんが訓練を始めた当初から「Aさんにはこの仕事は向いている。長く続けられるだろう」という印象を受けたという。Aさんは祖父母に育てられたこともあり、お年寄りが好きである。利用者(高齢者)からも「一生懸命にやっている」「頼んだことはきちんとやってくれる」と評価が高い。また、祖母から掃除のやり方などを祖母からしつけられたため、テーブル拭きや部屋の掃除を丁寧にやる習慣があり、そのこともAさんに対する評価を高めている。 挨拶は最初の頃はほとんどできず、かなり指導を受けたが、仕事の覚えが速く、時間を守る、挨拶をする、仕事に集中するなど、現在のAさんには職業人としての基本が身についている。 |
(2) 今後の展開 |
現時点でAさんはかなり忙しい毎日を送っている。ただ、他の職員の仕事を見て、Aさん自身がもっと直接利用者を介護する仕事をしたいと思い、また、自分にもできると思っている様子がみられる。しかし、介護サービスには「質の高いサービス」「効果の高いサービス」が求められる分野である。今の仕事には臨機応変さが求められる場面は少ないが、実際に柔軟な対応が求められることがあれば、Aさんにはそれはまだ難しい。責任のある仕事、事故の可能性の高い仕事はどうしても任せられない、というのが現在の事業所側の判断である。 しかし、Aさんは当該事業所にとって欠かせない人材となっていることも確かである。Aさんは土日は休みなのだが、そのときはAさんの仕事は他の職員が行っている。そのことによって、Aさんの仕事の重要性が他の職員にも実感され、またAさんの丁寧な仕事ぶりが改めて評価されている。 Aさんについては最低賃金免除の申請が行われているが、そのなかで仕事の幅の広がりと作業能率の向上によって昇給があった。今後も昇給し、それが最低賃金水準のクリアにつながる可能性もある。 この事業所では、平成15年8月より、重度知的障害者をもう1人採用した。この人も職場適応訓練から始め、現在はパート(1日4時間、月曜日から金曜日まで週5日間勤務)で、やはり最低賃金免除の申請がなされている。 |
(3)事業所の取り組みと介護サービス分野の障害者の雇用について |
当該事業所では、Aさんの状況をじっくりと見極めて、指導方法を考えたり、仕事の幅を広げたりしている。それについては指導担当者に適切な人材をつけたことも成功の一因であろう。また、職員だけでなく、利用者(の一部)にもAさんについて説明を行い理解を求めたため、利用者側の受け入れもスムーズであった。 近年、福祉分野、特に介護サービス分野での知的障害者の雇用の可能性が注目されている。しかし、介護サービスはサービス対象者が介護の必要な高齢者で、「生命」を預かる仕事という認識が必要である。福祉施設だから、障害者の雇用も何とかなるだろう、という安易な発想は危険である。その一方で、福祉分野では職場実習の必要性の理解もあり、また、訓練計画をたてたり指導方法を工夫したりすることに慣れている点が、知的障害者の職場として優れている部分であろう。 Aさんの仕事のように介護サービスには介護以外の業務が多数存在する。その部分を知的障害者が受け持つことにより、介護スタッフが介護に専念でき、結果としてよりよいサービスを利用者に提供できるであろう。 |
執筆者:東北公益文科大学講師 澤邉 みさ子 |
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