社会適応訓練事業から雇用に移行した精神障害者のケース
2003年度作成
事業所名 | 医療法人 M病院 | |||||||||||||||||||||
所在地 | 石川県金沢市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 病院(精神科、神経科、内科) | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 330名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 2名
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1.事例の概要
これは、精神障害者社会適応訓練事業の制度を3年間利用し、訓練終了後短時間労働者として雇用されたケースである。訓練の段階から保健所の職員、通院している病院のソーシャルワーカーや、地域生活支援センターのジョブコーチ等がかかわりをもち、現場でのフォローや個人の生活面での支援などを通して、本人が安定した職業生活を営めるようになり、そのまま雇用にまで至った経過を紹介する。 本人は現在週3回、1日4時間の就労をしている。将来は常用雇用労働者として雇用されることを目標に努力している。なお、月2回の診察は仕事のない日に受けている。 対象者が作業に従事している部署は、給食課で、栄養士4名、調理師21名、給食員3名がおり、仕事内容は、入院患者や職員への食事の提供である。 |
2.本人プロフィール Aさん
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(1)就職に至るまでの経緯 |
Aさんは東京の大学を卒業後、いくつかの職場を転々としていたが、幻聴、独語などの症状が現れたため、最初の入院に至る。平成9年の退院後は病院に附属しているグループホームに入居し、デイケアを利用しながら生活のリズムを整え、2年後にはアパートに移り、独立して生活を送っていた。平成12年4月からM病院で精神障害者社会適応訓練事業を開始する。(週3日、1日3時間) 以後、3年間訓練を続け、訓練期間が終了した後、訓練中の業務内容そのままで、事業所と本人の希望が一致したため、短時間雇用の形態で就職することとなった。 |
(2)現在のAさんの仕事の手順および内容 |
なお、雇用後のAさんは、訓練生の時の経験を活かし、現在、社会適応訓練事業中の3人が食堂で訓練を受ける日には、訓練生のチーフとして、上司と相談しながら彼等の気持ちや病状を理解して仕事の分担を決めるなどの面倒をみている。 野菜の品出しや下処理に際しては、調理師の指導の下にその補助作業を行っているが、Aさんは食材を一見しただけで、当日の行われる作業が大体わかるようになった。この段階ではジョブコーチが実際に技術指導をする必要はほとんどなく、担当の職員と連絡を取り合い、様子を見て本人にフィードバックを行っている。 |
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3.仕事の流れを理解するための取り組みと効果について(社会適応訓練の段階から)
Aさんは、仕事を理解し覚えることは比較的早い方だが、仕事の質や量の変化から来るストレスを負担に感じることが多い。そこで、全体の作業の流れを把握するため自分の仕事をチェックする日誌を作った。 *本人の感想や体調管理なども同時にチェックできるようになっており、本人が仕事の流れをつかみ、かつ、自分で体調管理などを行えるようになるまで続けられた。 Aさんは作業を理解することは苦手ではなかったので、早々に一日の流れを把握できるようになり、安定して作業が進められるようになった。また、自分自身の過去も振り返ってみることができるため日誌を活用していた。その日の体調をチェックする項目も設けたため、体調管理にも役に立った。 |
(実際の日記から一部抜粋) |
4.訓練終了後の評価について
3年間の訓練が終了した段階で、訓練中に従事した仕事に対する評価を行った。評価表は、2通りの表を使用した。 表1はAさんが自分で立てた目標に対して、本人、事業所、ジョブコーチの評価を書き込むもので、下記のとおりであった。 この表は本人が立てた目標の達成度についての評価である。Aさんは、しっかりしており、就労にあたっての問題点は特に見当たらないが、この評価表を通じて、Aさん自身が抱えている問題点がわかってきた。(1日3時間の仕事に対して疲労を感じてしまうので、どうすれば体力が養えるか、太り過ぎで体が重いのでいいダイエット方法はないか、など。) 表2は、就労するに当たって必要だと思われる要件を項目毎に分類し、本人の自己評価と事業所の評価をそれぞれ行った上で、お互いの認識の差を確認し合い、今後の目標を共有することに役立てるために用いた。 この表は、本人、担当職員、ジョブコーチが各自記入した後、お互いに評価について話し合った。「仕事に対する姿勢・自主性・体調の管理に関すること」では、「遅刻・早退・欠勤をする場合は連絡をする」に関して休みがほとんど無かったということもあり、Aさんの安定した勤務状況がうかがえる。そのことは客観的な事実として証明されるので、Aさんも「できる」の1を付けたが、それ以外の項目は、Aさんが付けた自己評価よりも事業所側からの評価の方が高かった。このことはAさんにとっては自信につながり、雇用されることへの不安を軽減させることとなった。しいて言えば、担当職員の評価が低かったのは、「作業がスピーディに行える」、「周りの状況を見ながら作業できる」であった。このことは、Aさんも自覚しており、具体的なケースをあげて、その場合にはどのような行動をとればよいのかなどを話し合った。 以上の話し合いの後、次に、雇用されるためには何が必要かを話し合った。その結果、Aさんには新たな課題を自覚するヒントとなり、事業所にはAさんとの認識の差異を踏まえて、より本人の仕事に対する自信につながるようなかかわり方が必要だと感じた。また、今後どのように勤務して欲しいかを具体的な数値としてAさんに示せたこと、また今のAさんに何が出来ているかを把握することで、このまま雇用に移行する際の検討資料にもなった。 |
5.Aさんの雇用に対する気持ちを支える
Aさんは、そのまま病院の給食課に雇用されることをすんなりと決めたわけではなかった。頭ではこのまま就職したほうが自分にとって有利だということは分かっていたが、仕事についての幻聴に左右され、そっちのほうに気持ちが引き込まれることもあった。そのたびに、スタッフが話を聞きながら本人の気持ちを整理していき、幻聴はあっても、現実に即した選択をおこなうことの大切さについてAさんと話し合った。現在、Aさんは、今でもある幻聴を幻聴と割り切って仕事をこなしている。 |
6.生活面での支援
Aさんは、仕事のとき以外は主にデイケアや支援センターを利用している。デイケアではレクリエーションやプログラムに参加をしており、「息抜きする場所」として利用している。支援センターでは仕事帰りに立ち寄り、新聞を見たり、仲間との交流を図ったり、仕事の様子などをスタッフに話したりしている。最近では、支援センターで行われているパソコン教室にも参加するようになり、活動の幅を広げている様子である。また、月に1回訪問看護がAさん宅に出向き、生活面で不調などがあった場合は、地域生活支援センターのジョブコーチに連絡が入るようになっている。 |
7.まとめ
Aさんは、社会適応訓練を終えた後、そのまま短時間雇用に移行し、働いている。 今回のケースでは、ジョブコーチの支援は訓練期間中と雇用に移行する場面とで行われた。 訓練期間が3年間と長期間であったため、職場と本人との間である程度の信頼関係ができていた。また、当然のことながら雇用に当って職場環境や仕事の内容はこれまでと同じであるので、あらたなトレーニングも必要なかった。ただ、雇用された際、本人や事業所の職員が、「今までの訓練とは違う」という気持の切り替えを意識させるような働きかけが、雇用後のフォローアップには必要であった。社会適応訓練事業や障害者職場実習制度などを利用した方が双方共にプラスになる面は多い。雇用後はいつまでも訓練生と同じ接し方ではなく「雇用労働者」として認めてもらえることが、本人の自信にもつながっていくのではないかと思う。 |
執筆者:地域生活支援センターいしびき 林田 雅輝 |
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