センサーに込めた障害者への思い~事故ゼロ・不良品ゼロ~
2003年度作成
事業所名 | 山口金属曲板工業株式会社 陶工場 | |||||||||||||||||||||
所在地 | 山口県山口市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 金属加工、主としてプレハブ住宅用規格部材の製造 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 39名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 13名
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1.人身事故は皆無。製品は高品質。
山口市の南部を走る国道2号線沿いに、山口金属曲板工業株式会社(陶工場)はある。大手プレハブメーカー「積水ハウス株式会社」の指定協力工場として、主としてプレハブ住宅用規格部材を製造している。敷地内に第一工場と第二工場がならび、この第二工場が重度障害者多数雇用事業所だ。 第二工場では、プレス能力100トンを越すプレス機などが作動し、鉄板を加工する際の大音響が国道まで響く。耳栓をつけた障害者13名(内、知的障害者12名)が、それぞれの持ち場で、鉄板を金型に差し込んで切断したり、穴をあけたり、溶接するなどの作業に取り組んでいる。いずれも危険を伴う作業であるが、当工場では平成4年の設立以来、人身事故は皆無であり、一件の不良品も出していない。多数の障害者が働く工場で、長年に渡る安全確保、品質維持、高能率生産、納期厳守の全てを実現させてきた。 これまで当工場における障害者雇用と作業指導の中心的役割を担ってきた小川恒雄部長に話を伺った。 |

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2.重度障害者多数雇用事業所「陶第二工場」の誕生
山口金属曲板工業株式会社が障害者雇用の検討を始めたのは昭和63年である。近隣にある知的障害者更生施設「るりがくえん」からまず提案があった。その後、山口公共職業安定所からの支援により、「るりがくえん」との連携のもとで平成4年に重度障害者多数雇用事業所「陶第二工場」はスタートした。その前年には、「るりがくえん」に知的障害者通勤寮も設置されていたことにより、知的障害者にとっての働く場と生活の場が整った。 現在、「るりがくえん通勤寮」から10名が送迎マイクロバスで通勤し、自宅から3名が電車で通勤している。朝夕の送迎バスのハンドルを握るのは小川部長である。 |

3.設備改善によるバリアフリー
「障害を補うことのできる設備があれば、障害者は主力として働くことができます。設備改善は、職場をバリアフリーにします」と小川部長。 整理整頓が行き届いた工場内で、切断、穴あけ、曲げ加工、溶接加工が知的障害者を中心に進められているが、ここには小川部長による創意工夫が随所にほどこされている。 |

(1)センサーによる安全確保 |

プレス機に身体をはさまれれば人身事故につながる。管理責任者の心配はここにある。そこで小川部長はプレス機の前後左右にエリアセンサーを設置し、仮に危険ゾーンに身体の一部が入りかけると、センサーがそれを感知し、機械が瞬時に静止するようにした。この工夫が知的障害者の安全確保に絶大な威力を発揮している。 また、油塗布が必要な作動回数に機械が達すると、自動的にパトライトが点灯回転し、女性の声で「ピンポーン、金型に油を塗ってください」という指示が流れる。知的障害者の中には、見きわめや判断を必要とする作業を苦手とする人が少なくないが、この自動的な指示により、心理的にも安定した状態で作業を進めることができている。 |

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小川部長は障害者とともに作業を進めつつ、センサーの状態を常に点検している。 さて、こうしたセンサーの設置は業者に頼むと高価であり、時間もかかる。そこで、小川部長は当工場で障害者と働くようになってから、自分で専門書を読みつつ、障害者の失敗体験に学びつつ、「見よう見まね」でセンサーを設置した。ほぼ独学による作業であったが、このことが当工場の実状にぴったりフィットする設備改善につながった。 |

(2)ガイド設備による安全確保と品質維持 |

プレス機で鉄板を加工するには、正確な位置に鉄板を差し込む必要がある。仮にこれが不正確であれば、規格外の不良品が発生するのみならず、場合によっては鉄板の一部が周囲に撥ねるなどの不測の事態の生じる恐れもある。そこで小川部長は鉄板の差し込み部分に、両側ガイドを取り付け、鉄板の横位置が自動的に正しくなるようにした。この工夫は、知的障害者の安全確保と製品の品質維持に威力を発揮している。 |

![]() 両側ガイドをつけたプレス機 |

設備改善は工場内で500カ所以上にのぼる。こうした取り組みについては、小川部長によって「精神薄弱者のためのセンサー等を用いたプレス機の改善」と題する事例としてまとめられ、「第3回障害者雇用促進のための職場改善コンテスト」(平成8年度)にて最優秀賞の栄誉に輝いた。 「積水ハウスの部品は、ここ10年間その規格に大きな変更がなく、こちらとしては仕事の内容や段取りを変える必要がありませんでした。このことは、知的障害者による仕事への適応に大いにプラスでした」 |

4.障害者一人ひとりの特性を見抜く~安定就労をめざして~
働くためには、日常生活面での自立・安定が必要であるが、この生活面における指導は、パートナーとしての「るりがくえん通勤寮」が実施している。「働きたい」という意志、8時間労働をこなす体力を基本的にそなえた人たちが通勤寮から通ってくるので、当工場としては生活指導への負担がかからない。このことは企業側にとって大きな安心といえよう。 「でも、雇用を始めてからの1ヶ月間は大変でした・・・」と小川部長は語る。鉄板の切断、穴あけ、曲げ加工、溶接加工などの技術を一人ひとりに指導するには、そこに数多くの試行錯誤があった。こうした日々のなかから、障害者への接し方や技術指導の方法について貴重な知見が得られていった。そのうちのいくつかを紹介しよう。 |

(1)一人ひとりが得意な活動を適時に取り入れる |

事務室では、ドアを布拭きしている人がいる。道具を手にトイレ掃除に出向く人もいる。こうした作業は小川部長からの指示によるが、従業員の明るい表情からは自主性さえうかがえる。 |

当工場の勤務時間は午前8時から午後5時までだが、障害者のなかには、長時間の加工作業が苦手な人もいる。そこで適時に、事務所やトイレの掃除、送迎マイクロバスのワックスがけ、部長の仕事のサポートなど、障害者一人ひとりが得意とする活動を挿入させている。この工夫は、ややもすれば単調となりがちな加工作業の流れのなかで、心身をリフレッシュさせる良い機会になっている。 | ![]() ドアの布拭き |

(2)指示の声はソフトに |

「暑い工場のなかで、皆精一杯仕事をつづけています。そんなとき、上司が厳しい言葉で指示したり怒鳴ったりしてごらんなさい。誰だってイライラが爆発するというものです。人間関係は一瞬で険悪になります。そして、その修復には二週間くらいかかります。ですから、工場内での指示は、感情的なものであってはいけません」 これまでの苦い体験から生み出された金言であろう。 |

(3)「異常」についての申し出に対しては、まず褒めること |

たとえば、トイレの水がいつまでも流れ続けているとしよう。従業員のなかには、それに気づいても、その故障の責任を負わされるのではないかという思いから、周囲に知らせようとしないことがあるそうだ。知らせてくれたことに対し、まず褒めることを小川部長は実践している。 |

(4)宴会という目標・酒はひかえめに |

工場では二ヶ月に一回、近くのレストランで酒とカラオケの宴会を開くのが恒例となっている。カラオケと酒の楽しさが、皆の心をとらえている。宴会の日は、各自で会費を支払い、飲み、歌い、心からリフレッシュする。そして、次回の宴会に向け、給料を貯めておこうという目標もできる。この宴会の開催は、皆で楽しめる有意義な金の使い道を言外に教えているといえよう。 ただし、酒は「ビール1本まで」と決められている。実はこの酒が原因で、健康上の問題や勤務上のトラブルがこれまで生じたことがあった。酒で身をもち崩してほしくないとの小川部長の願いから、「1本まで」のルールがとり決められた。宴会では小川部長は酒を口にしない。 「皆の前では、まず上司が襟を正さなくては、従業員は言うことを聞いてくれませんからね」 ところで小川部長は酒がお嫌いではない。宴会の席での我慢はつらいのでは、との質問に「そんな時は、自宅に帰ってから飲む方法もあります」と目元が笑った。 |

(5)後任の指導者のこと |

誰にも定年がくるのは冷厳な事実である。後任の指導者についてどうお考えであろうか。 「今、私の他に7名の健常の従業員が指導してくれています。でも、指導のコツを押しつけがましく教えるといったことは、私はしておりません。私の後ろ姿でもって学んでいってほしいですね。仮に、定年で私がこの工場からいなくなっても、誰かが必ずその替わりをしてくれますよ。この世の中、そうしたものです」 小川部長は、障害のある従業員との日々を平成5年に「16人の障害者とともに生きる」と題していきいき綴り、労働大臣賞の栄誉に輝いた。 |

執筆者:山口大学教育学部 松田 信夫 |

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