在宅勤務と職場整備で、車いすでも仕事のしやすい環境を
2004年度作成
事業所名 | 株式会社ドリームアクセス | |||||||||||||||||||||
所在地 | 岩手県滝沢村 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | コンピュータソフト開発・販売 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 22名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 2名
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1.事業所の概要~医療用動画情報システムの開発で大躍進
(株)ドリームアクセスは、盛岡西リサーチパーク(滝沢村)に本社および情報技術開発センターを置き、他に、東京支社とカナダ営業所を展開しているコンピュータソフト開発・販売会社。年商は約3億円。利益率は毎年5%くらいずつ上昇しているという、まさに伸び盛りのベンチャー企業である。 創業は平成2年。(有)フューチャーという社名で、システムコンサルテーションなどを業務とする会社を立ち上げた。ソフトの販売・サポートやDTP出力センターの開設など業務を展開する一方、平成8年、関連会社として(有)アクセスR&D(平成12年にアクセスM&Dに組織変更)を設立し、本格的なソフト開発に携わるようになる。翌年、本体である(有)フューチャーが(株)アクセスと社名変更し、平成12年に(有)アクセスR&Dを合併。現在の(株)ドリームアクセスとなった。 ドリームアクセスの製品は、ビジネス向けシステムと医療用システムを2本柱としてきたが、近年、医療用の画像情報システムにおいて画期的な開発が相次ぎ、現在は9割以上が医療用システムの開発・販売に費やされている。開発・商品化において成功のきっかけとなった岩手医科大学循環器医療センターをはじめ、大阪大学、東北大学、京都大学、東京大学、慶応義塾大学など名だたる大学の付属病院をはじめ全国100箇所以上の医療機関で、ドリームアクセスのコンピュータソフトが使われている。 昭和36年生まれの若き創業者であり、CEOである高橋和良さん率いるドリームアクセスは、その社風も新しい時代にふさわしいものである。アクセスの社名は「既存から飛び出して世界へ接触(アクセス)する、『新しさ・先進的・革新性・独創性・独自性』を表している。また、社員の名刺にも記されている企業理念が「Simple,Hot & Deep」。簡単・単純で使いやすいもの(商品)を作ること(Simple)、熱い思いを胸に抱いて仕事に向かうこと(Hot)、そこに奥深い思想があること(Deep)、を示している。 |

2.取り組みの経緯、背景~「障害者だから」とは考えていない
商品企画開発部でソフトウエアデザインを担当している大久保朝弘さんは、高校3年の時、事故によって頚椎を損傷し、車いす生活を送っている。プログラミングの勉強は、プロップ・ステーション(神戸市)がインターネットで行っている講習で1年ほど勉強し、それを生かした仕事がしたいと、アクセスの求人に応募した。メールを受け取った高橋CEOはそこに熱意を感じ、大久保さんの自宅へ会いに行き、採用を決めたと言う。平成9年6月のことだった。 「シリコンバレーにいた経験から、障害者がITの分野で仕事をすることは見慣れていました。むしろ日本では障害を持っているということに甘えているような人が多く、自立しようという人が少ない気がしていました。ですから大久保さんがこうしてアプローチしてくるという気持ちの健康さに対して、採用したいと思いました。もう一つ、個人的なことを言えば、私自身、子どもの頃、家庭の事情で苦労をし、努力してここまでやってきたという経験があるので、やりたいという人にはチャンスを与えたいという思いがあります」 大久保さんが在宅勤務になったのは、現実的な事情によるものだった。当時の事務所がビルの6階にあり、車いすで行くことが相当な負担だったのである。大久保さんはチームのメンバーとともに、旅館・ホテルの顧客管理システム「ブーメラン1号」の開発に着手。重度身体障害者が全国展開するようなソフトを開発したのは全国初の事例として注目された。
さらにアクセスでは、平成13年に経理職として下肢機能障害を持つ熊谷圭子さんを雇用。平成14年に、盛岡西リサーチパークに自社ビルを新築する際には、車いすでも勤務しやすい環境を整えることとなった。また、熊谷さんに関しては助成金を活用し、通勤用自動車を購入。銀行などへ行く業務もこなせるようになった。
自社ビルの建築にあたり、関係機関への申請や交渉などを担当した副社長の小原美栄子さんは、「障害者のため」とは何を意味するのか、根源的な疑問を持ったと言う。「障害者に関するアドバイザーという方と面接をしたことがあるのですが、図面に対して不適切であると言われました。たとえばスロープに雨に濡れないための配慮がないとか、入り口が自動ドアになっていないとか、そういうことでした。ただ、うちの社員にとっては、傘を差したりドアを開けたりすることは‘できること’なので、それ以上の‘やり過ぎ’はどうかと思い、お伝えしましたが、理解していただけませんでした」と、残念そうに説明した。 高橋CEOもまた、「障害者はこうだからと、ひとくくりに考えるほうがおかしいのではないでしょうか。例えば、当社には日本語のあまり話せないカナダ人社員がいます。コミュニケーションにおいては、大久保さんより彼と話すほうが‘障害’は大きいわけで、何をもって障害というのかは、環境によっても違ってくるわけです」と話す。このような柔軟でヒューマンな姿勢がドリームアクセスという企業に浸透していることは、取材の随所に現れていた。 |

3.取り組みの内容及び効果~自己管理とコミュニケーションが大事

大久保さんは現在も在宅勤務を基本とし、出勤する日は平均すると週1回程度となっている。社屋の環境が整ってもあえて出社を強要しないのは「本人が一番力を出しやすい環境だから」と小原副社長。「ただ、大久保さんに関しては私たちがその仕事ぶりを納得できての在宅勤務ですが、本当は環境を変えてチャレンジできるのにチャレンジしないというような在宅勤務があった場合は、その社員に対して言うべきことを言わざるを得ないと思っています」と、補足する。 ソフトの開発はチームで進められるが、作業自体は同じ場所にいる必要の少ないもの。大久保さんの場合、作業上のやりとりはチャットで行い、必要に応じて仲間が自宅に来ることもある。チャットの使用は大久保さんに限らず、カナダ営業所などとの打ち合わせも同様で、社員にとっては日常的なコミュニケーション手段となっている。
会社としては自己管理能力を信頼し、全社員に日報と進捗状況の報告は求めるが、時間による拘束はしていない。逆に言えば、在宅勤務であろうと出社する社員であろうと、自己管理能力を持って仕事を進められなければ、社員失格なのである。「来た仕事はやりますよ、というくらいの受身の姿勢だったり、出社しても朝と帰りのあいさつしか言葉を発しないような、コミュニケーションに消極的な方などは、実際、辞めてもらったこともあります」と、小原副社長はきっぱりと話した。 一方、仕事を離れると、気心の知れた仲間となる。忘年会などでは、高橋CEOの生ギター演奏に合わせて歌を歌ったり、社員旅行は家族を伴って行ったりする。旅行先で段差が多く、移動に苦労する際には、大久保さんや熊谷さんに社員が自然に手を貸す。すべてが「当たり前」であるこの雰囲気をあえて書き立てること自体、気が引けるほどである。 |

4.今後の課題・展望~採用のポイントは「チャレンジと情熱」
「一時は働けないと諦めていた時期もあったので、働くという‘夢’が実現できたことは何よりです。常に技術を磨き、勉強していくだけ。そういう意味で、ドリームアクセスはやる気にさせてくれる会社です」と大久保さんは今の思いを話す。また、熊谷さんも「(リハビリセンターを修了して)こんなに早く、勤められるとは思っていませんでした。皆さん毎日本当にがんばっているので、私もできるだけ皆さんのサポートをしていきたい」と、意欲にあふれていた。 「障害者であれ、健常者であれ、チャレンジと情熱を持ち、求めれば道は開けると思います。採用に関しては、去年からはカナダにも応募枠を広げ、いい出会いがあれば採用します。ただ、開発が中心なので会社の規模としてはあまり大きくすることはありません」と、小原副社長は今後について話した。 取材を通して脳裏に浮かんだ言葉は「ヒューマニズム」。バリアフリーとかノーマライゼーションとかいうような今の福祉用語を用いることがそぐわないほど磐石な「理念」がある。「社会に役立つ製品を創っていきたい」とするドリームアクセスの目的は、製品だけでなく、人や社会に対する姿勢にまで貫かれているように感じられた。 (執筆者:フリーライター 成田 木実) |

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