保育士になりたい~知的障害のあるQさんの保育園での就労~
2004年度作成
事業所名 | 社会福祉法人仙台YMCA福祉会 YMCA南大野田保育園 | |||||||||||||||||||||
所在地 | 宮城県仙台市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 保育所 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 36名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 1名
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1.運営理念
社会福祉法人仙台YMCA福祉会のYMCA南大野田保育園(2002年4月オープン)は仙台市の南の郊外に位置している。明るく楽しそうな雰囲気が感じられる建物(1階面積583.80平方m、2階面積315.34平方m)の保育園では120名の子どもたちが毎日を楽しく過ごしている。 同園では子供たちの人格の中に思いやり、誠実さ、責任感、尊敬心というYMCAの4つの価値が生涯にわたって大切な価値として育まれていくこと、そして一人ひとりが「自分を大切にすると共に、自分以外の人も大切にする生き方を身につける」を目標として掲げている。 また、提供する食事にも力を注ぎ、できるだけ農薬を使ってない無添加で安全な食材を使用し、昔ながらの日本の食である和食を中心とした献立、調理の工夫を行って、子どもたちがおいしく楽しい雰囲気で食事をすることができるように心がけている。そのように食事を大事にしているYMCA南大野田保育園の給食助手としてQさんが勤務し始めたのは2004年4月のことである。 |

2.保育園での就労にいたった経緯
白い歯がこぼれるような笑顔にまだあどけなさが残るQさんは、明るく素直で正直という形容詞がすべてぴったり当てはまる、18歳の元気な女性である。2004年3月、Qさんは開学まもない岩沼高等学園(養護学校)を第1期生として卒業した。Qさんの子どもの頃からの夢は保育士になることだったが、お母さんと話し合って、保育士になるためには苦手な勉強をたくさんしなければならないこと、そして、それはQさんにはとても難しいということを理解して保育士になることはあきらめていた。 保育士になることはかなわなかったが、Qさんは、現在、YMCA南大野田保育園での調理補助の仕事につくことができ、毎日子ども達と接しながら、充実した生活を送っている。年齢的に最も近いQさんは保育園児たちにとって、とてもよいお姉さんなのである。 Qさんが卒業した岩沼高等学園は、全員就職を目標に掲げて、少しずつ自分の力を引き出して自信につなげるための実習に熱心に取り組んでいる。Qさんはまさに岩沼高等学園のモットーどおり、本人の希望と夢を汲み取った仕事につくことができた。一人ひとりの生徒の個性を把握し、無理なことは無理と伝えて希望だけでは実際にはかなわないこともあることを理解できるように指導することはとても大切なことである。根気強く、個人の適性や個性を十分に把握するためには、職場実習を通して十分に見極めることが重要である。Qさんが3年生の秋にYMCA南大野田保育園で実習生していたときには、自分から進んで質問したり自分の判断で仕事を行うことはほとんどできなかった。しかし、就職後は、自分で「できること」を行い次に何をするのかを確認するという、積極的に取り組む姿勢が次第にみられるようになってきている。現在のQさんの大きな目標は、「のんびりペース」から「時間のスピードアップ」に向けて実践できるようになることである。 ![]() |

3.1つ1つ「できること」を増やしているQさんとそれを支える環境
(1)家族の協力 |

「働き始めてたいへんなことや嫌になったことはありませんか?」という私の質問に対して、Qさんの応えは、やはり子ども好きのQさんらしいものであった。子ども達はとても可愛くかかわることはとても楽しいのだが、0歳児の食事介助のときなどに、おちびちゃん(0歳児)たちは口の中で食べ物をクチャクチャにして、Qさんの手などにペッタとつけてしまうことがある。このことが仕事を始めたばかりのQさんにとってはとても嫌なことだったそうだ。そこでお母さんに相談したところ、お母さんはそのような行為は子ども達によるQさんへの親愛の情の表現なのだと教えてくれた。その結果、Qさんも今ではおちびちゃんたちのそのような行為を嫌だとは思わなくなってきている。 松田園長によると、何でもお母さんやお父さんに相談できる環境に育っているQさんの素直で明るい、一人間としての資質の素晴らしさがそこにあるとのことである。そして、何よりもそのQさんの人間性のすばらしさが保育園の中で必要なので、雇用につながったのだという。たしかにQさんには複雑なことに対する理解力や臨機応変の判断力は少ないかも知れないが、人間の関係性が大切と考えられる保育などの現場では、家庭内でどのように親と接してきたかが大きなポイントになる。今回のQさんに関する事例は、とかく家族の関係性の希薄化が問題になりがちな現代社会において、今何がもっとも大切なのかについてじっくり考えさせてくれるとても貴重な事例である。 |

(2)体験発表 |

就職して4ヶ月がたった頃、知的障害者の就労や地域で仕事を続けながら生活するために必要なことについて考える「地域活動部研修会」で、Qさんは自分の体験を通して話題提供を行った。質問に応える形式で、現在の勤務先とそこでの様子、実際に就職して感じることや今困っていることなどについて話した。Qさんによればとても大変だったそうであるが、松田園長によるととてもよい発表だったそうである。研修会では、Qさんの話題提供を受けて、松田園長、公共職業安定所上席職業指導官、そしてQさんのお父さんなどが報告、評価し、これに対して、進路充実事業地域連絡協議会委員や地域福祉サービスセンター所長たちがコメントした。同研修会におけるQさんの果たした役割はとても大きい。研修会自体も参加者にとってとても実りあるものだったに違いないが、それとともにQさんにとっても大きな自信となった。一つ一つ体験して自信をもって「できること」を確実に増やしているQさんである。 |

(3)通勤 |

これまでに通勤途上でとても困ったことがあったとQさんが話してくれた。それは、事故のために列車が大幅に遅れたときのことだったが、保育園に遅刻するという大きな不安によって、列車内でどうしたらよいかわからずに(Qさんの言葉によると)パニック寸前になったのである。気が気ではない状態で車内で列車が動きだすのを待っている間に、やがて、Qさんは困ったときにはお母さんに携帯電話で連絡することを思い出した。そして携帯電話でお母さんに連絡をとったところ、保育園に状況を電話で知らせるようにという、もっとも適切で必要な次の行動を教えてもらってとても助かったそうである。そして、出勤時間までには間に合わないことを保育園に連絡することができた。その場にいない人に相談する場合などにおいて携帯電話も大きな役割を果たしたのである。このように予想もつかない重大なことに初めて遭遇しても、それに的確に対処することができたという経験などをとおして、少しずつ実践的に「できること」を積み重ねている。 Qさんの自宅から保育園までの通勤の順路は、自宅のある岩沼駅から仙台市内の長町駅までJRで移動し、その後仙台市地下鉄に乗り換えて南下し、終点の富沢駅で下車して徒歩で保育園まで通うことである。仕事が終わって帰宅するときにはその逆の行程をたどる。お母さんと一緒に1つずつ覚える努力を重ねて、現在、Qさんはひとりで職場との往復ができるようになった。次の課題は、途中下車して自分ひとりで買い物などの用事を果たすことができることを目標として、お母さんといっしょに練習しているところだと話してくれた。地下鉄の途中の駅には、大規模ショッピングセンターがあり、JRに乗り換える長町駅付近にもショッピング街がある。ステップ・バイ・ステップで、少しずつ、根気強く経験を重ねて、自信をつけて、自分自身の行動の範囲を広げていきたいとQさんの希望はふくらむ。じっくり時間をかけて暢気に、根気強く、元気に、やる気をもって取り組むことが重要なのである。 ![]() |

4.今後のQさんへの期待
松田園長は、Qさんにとって、一つ一つのステップを確実に積み重ね少しずつ自信をつけて「できること」を一つずつ増やしていくことがとても大切だと強調する。子どもの頃からの夢にかなり近づいて、現在は、元気いっぱいに楽しく仕事を行っているQさんではあるが、就職直後の1ヶ月間は、初めての体験による緊張や臨機応変な対応の仕方などの難しさなどに自信も揺らぎ精神的にも大きな不安をかかえ、とても大変だったようである。そのようなときに、ちょうどタイミングよく5月の連休にはいって十分な休養をとるとともにお母さんともじっくり話し合って、ゆったりとした気分になれたことはとてもよい 結果をもたらした。何でも語り合える家族の力は大きい。 そして、現在、ようやく定型的な仕事はできるようになって自信もついてきているQさんだが、これからはその場その場の判断力が必要な臨機応変的な応用力、いわゆる定形外の課題を自分で見つけて仕事ができるようになることが期待されている。周囲の人々も、Qさんが応用力を身につけるためには、長い眼で見守るゆとりが必要であることを十分に承知している。現段階では、Qさん自身が合間を見て「今トイレの掃除にいってきていいですか」等と確認して、仕事を行えるようになってきている。次のステップでは、確認しなくても自分で判断して仕事を行えるようになることが大きな課題だ。応用実践力のいっそうの向上を、周囲は温かく時間をかけてじっくりと見守っているところなのである。 「できること」を一つ一つ積み重ねているQさんであるが、それらの積み重ねには周囲の人々のかかわりがとても大きい。このような周囲の協力があるからこそ、そしてその協力に対して意欲的に取り組むQさんだからこそ、さらに一つずつ「できること」が増えていくと期待される。 知的障害があっても子ども好きな人の雇用の機会がさらに多くの保育園に広がっていくことを松田園長は期待している。適切な支援や協力があれば子ども好きな知的障害者にとっても、有する温かさや和やかさを活かした就労の場と位置付けられるのではないだろうか。子ども好きな職員に接してこそ、児童もすこやかに、思いやりのある人格を育んで成長するのである。 (執筆者:東北福祉大学総合福祉学部教授 阿部一彦) |

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