皆同じ仲間、一緒に成長していこう~ジョブコーチの視点で見た知的障害者雇用の取り組み~
2004年度作成
事業所名 | 株式会社スリーエム | |||||||||||||||||||||
所在地 | 山形県新庄市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 婦人・子ども服の製造・販売 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 120名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 5名
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![]() 会社の外観 |

1.事業所の概要
株式会社スリーエムは、山形県の北部に位置する最上地区の中核都市である新庄市に、昭和62年4月に創業した。年々業務を拡大し、平成2年には同市内に、子会社である有限会社サンエムファッションも設立。現在は主に婦人・子ども服の製造・販売をトータルで展開している。 また平成14年3月より、中国からの研修生受入事業を開始、年間30名の研修生に職能開発を行っている。選りすぐられた研修生達は、当社で約3年間、縫製の技術や日本語を学び、山形県知事が行う婦人子供服製造2級技能検定を受けることになる。 この事業所の業務取引先には、伊藤忠商事をはじめとして多くの大企業が名を連ねており、有名一流ブランドの洋服を多角的に製造している。 バブル崩壊後、縫製業界は極めて厳しい情勢を迎えている。しかし株式会社スリーエムは、創業以来一度も業績を落とした年がないという。その要因を問うと社長は語った。「約束を守ることですよ」納品期日から製品の完成度に至るまで、取引先との契約内容をきっちりと果たす、このことが取引先の信用を得、次の仕事を引き寄せる。そのためには業務上の指示やメーカーコメント等を全社員が確実に把握することが必要で、毎朝行われる綿密なミーティングにより社員間の共通認識を図り、全社員が一枚岩となって業務に邁進している。 また社長はこうも語る。「うちだけのものを持つことです。」婦人服と一口に言っても多種多様であるが、これだけはどの会社にも負けないと絶対の自信を持って取引先に売り込める得意分野を持つ。社内には『開発保繕研究室』を設置しており、いかに早く・美しく作るか、という点を追求した技術開発に常に努め、また自社の製品製造に適した機器用アタッチメント等を自ら開発・製作しており、それがオリジナリティの幅を広げることにつながっている。こうした努力を続けることにより、大手商社の方から仕事を持ってきてくれるようになる、という。 「この規模の会社の社長は、社長業をしてはいけない」と語る社長は自ら現場に入り、現場で物事を判断し、自らも体験した上で指示を出す。まず社長から社員に声をかけ、現場の声を聞く。これが現場社員の負担を軽減し、質の高い業務へと社員を専心させている。社員の賃金体系は、学歴・国籍・障害の有無にかかわらず皆一律である。これが社員の会社に対する信頼感を生んでいる。 会社全体が高いモチベーションを保ち続けるには、付け焼刃的な何かではなく、毎日の中に常に存在する“空気”“社風”その色が重要なのであろう。取引先企業との信頼関係と、社内の信頼関係を、社長と社員一同は努力と情熱によって築き上げてきた。そしてその根底には、お客様を大切にするという信念が一貫して流れている。社訓は“心”。信用、信頼、信実をモットーに、より良い製品を心をこめて作り、お客様から喜んで買い求めていただくことを目指している。 ![]() 代表取締役社長 監物 千代士 氏 |

2.知的障害のある方の就労
この事業所には障害のある方が現在5名働いている。うち3名は難聴者、2名は知的障害があり高等養護学校卒業後、入社した。以下にその知的障害のある2名をご紹介する。 |

(1)裁断機械操作のBさん |

入社当時は生地を並べ、揃える延反作業の補助を行っていたが、CAD/CAM導入にあたってコンピュータが好きだったBさんに白羽の矢が立った。裁断部門を統括する松田取締役常務は、BさんにCAM操作を任せる決断についてこう語る。「たまたまそこにBくんがいたから彼に頼んだだけ。“お前しかいない”と背中を押した」Bさんはもう1人の社員と共に、メ—カーオペレータからの1週間にわたる技術指導を受けて操作方法を習得、現在は他社員に教えるまでになっている。 Bさん自身も、CAMを任されることにはそれ程負担を感じることもなく取り組めたようである。「やれと言われた仕事をやるだけですから」と謙虚な姿勢だ。 常務らは、Bさんが今まで他社員の指示を受けて行っていた延反作業において、生地の柄合わせを自分で決定・指示できるようになることを次の目標と位置づけている。これにより裁断部門の中核的役割を担えるまで成長することが期待される。 Bさんは「将来はお金を貯めて、自分自身ステップアップしたい」と語る。勤勉で、かつ家族をいたわる優しい一面も持った好青年である。 ![]() CAMを操作するBさん |

(2)プレス部門のCさん |

Cさん(男性・25歳)は県のインターンシップ型雇用事業を利用して平成11年に入社、現在は正採用となりプレス部門に従事する。学校の現場実習の時は簡単な人型のスチームを行っていたが、現在は洋服の肩の部分のアイロンがけを専門に行う。 担当する星川係長は当初、Cさんの指導方法について悩んだ。教えたことがなかなか定着しない、指示したことを忘れてしまう、丁寧にアイロンがけしようとするあまり必要回数の倍かけてしまう、といった点が見えてきたのだ。係長はCさんの飲み込みのスピードに合わせて教え方を変えた。同じことでも何度も繰り返し伝えた。指示は1つ1つ細かく出した。間違えてから聞くよりわからない時にすぐ聞くよう伝え、Cさんの動きに注意を払った。流れ作業は1分1秒も無駄にしてはならないと常々伝え、効率の良いハンガーの数え方まで丁寧に教えた。そしてCさんに自分の仕事への責任感を持ってもらうため、人に頼らずできる限り自分でやるよう伝えた。 ある日Cさんが体調を崩し、会社を休んだ。その時係長は、Cさん1人の不在で仕事が非常に滞ることに気づいた。他社員に比べれば確かに数はこなせない、しかし本人なりに相当の仕事をやっているのだ。いつしかプレス部門になくてはならない存在となっていた。星川係長は目を細める。「Cくんも、やればやっただけ覚えてくれます」現在係長らは、Cさんの作業目標として1時間に60枚という目標を設定している。 Cさんもいろいろなことを周りの方に聞きながら仕事をしていると語る。将来の目標は「もっとアイロンがけが上手になりたい、仕事は大変だけど頑張っていきたい」と意欲を示す。人にすんなりと溶け込める、笑顔が素敵なCさんだ。 ![]() 素早くプレスをかけるCさん |

3.障害のある方を雇用する事業所の取り組み~ジョブコーチの視点から
筆者は、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(当時)が行っているジョブコーチ支援事業に、協力機関型ジョブコーチとして携わっており、山形障害者職業センターと連携して、障害のある方の職場適応を支援している。ジョブコーチは事業所を訪問して、実際に職務についている場面で支援を行い、事業所側の相談に応じたり、家庭と連絡を取り合ったりすることもある。以下にジョブコーチ支援でよく見られる状況や具体的な支援方法を、株式会社スリーエムの実践と照らし合わせて記載する。 |

(1) 配置は“できる面”を見て |

一般的に、障害のある方を雇用するにあたって事業所側が抱く不安には、合う職務が見つけられない、生産力や能率が低下するのではないか、どう指導したらよいのか、人間関係はうまくいくのか、といったものがある。 まず配置を検討するとき、うちには障害者にできる仕事はない、或いはこの部署くらいしかない、という判断で配置して特定部署に任せきりにしてしまうと、その部署の従業員の負担感ばかりが増大してしまう。一社員として受け入れるには今まで描いていた障害者のイメージで括るのではなく、その人の個人特性、中でも“できる面”をよく見て、将来性まで見込んで適合性を見極める必要がある。将来性とは、事業所がこの人の能力を開発していくという意味で、である。 |

(2)指導はスモールステップで |

職務の能率維持と本人の能力向上のため職務指導を行う場合、作業を細分化しスモールステップで進めることが大原則である。例えば「シャツ1枚にアイロンをかける」と一言で言えるこの作業も、細分化すれば(1)シャツの片袖をアイロン台の中央に乗せる(2)アイロンを持つ(3)袖ぐりにアイロンを当てる(4)~~の向きにアイロンを滑らせる(5)袖口をかける(6)アイロンを置く(7)もう片方の袖を・・・(13)次は前身頃を・・・と、何十もの段階に分けられる。勿論この分け方はその人の能力に応じて変える。細分化により指導する側からすると本人がつまずく箇所が見えやすくなる。「この人はシャツにアイロンがかけられないんだな」ではなく「この人はシャツのここがかけづらいんだな」という理解から、何を指導すればよいのかが見えてくる。また本人の側からすると作業を構成する要素が少なく単純なほど能率が上がり、成功の体験をより多く積むことができ、次への意欲が湧き出てくる。 また障害のある方の中には、周囲の人の何気ない会話から状況を把握するのが苦手な方や、周囲が“社会人としてこれは常識だろう”と思っていることを“何となく身につけていく”のが苦手な方もいる。職業人としての姿勢、職業人はこんな時こうするものだ、といった理念的なことも必要に応じて1つ1つ教え、知っておくべき情報はしかるべき形できちんと伝える必要がある。常識と情報の細分化である。教わっていないことはやれない。教わればできる。 |

(3)居場所感をもてるように |

人間関係の不安に対しては、本人の適応と事業所の受け入れ体制が大事である。障害のある方の多くが、他の社員と同じことを習得したいという希望をもっている。習得までの過程に差はあっても、目指す地点は一緒でありたい。職業人として同じ土俵に立てるような環境を作ることが、障害のある方を雇用する事業所の責務となろう。よって彼らにも職能向上のための次なる目標や、職務評価に合致した一般的な報酬が、他従業員と同じようにあってしかるべきなのである。これら条件は障害のある方のモチベーションと職場適応を高める。また事業所側は、本人を特別な目で見ることなく仲間として受け入れ、多すぎず少なすぎずタイミングよく褒め、励ましの声がけをくださることで、本人はその事業所に安心感と居場所感を持ち、わからないことも周囲の人に質問しやすい雰囲気の中で正確を期した仕事ができる。 知的障害のある方が長く勤める事業所には、特筆すべき特徴が2つある。本人が仲間と呼べる関係の相手がいることと、社員旅行や忘年会といった行事に隔てなく参加させていただけることである。 |

4.社員教育の姿勢
以上でおわかりのように、障害のある方を雇用するための方策は、一見特別で手間のかかる作業のようだが、実際は大変一般化できるものであり、このような指導と改善は誰にでも適用できる。つまりこれら方策を普通に行っている事業所は、障害のある方を受け入れるのにそれ程負担感を抱かない。 株式会社スリーエムは、障害のある方も外国からの研修生の皆さんも普通に受け入れ、普通にいきいきと働いている。「皆が自分の能力を100%出せればよい」(社長)、「学歴は関係ない。相手を信じることが人を伸ばす」(松田常務)、「1つ1つ教えた、何度でも教える」(星川係長)、これがこの事業所の社員教育の姿勢である。勿論ミーティングも、残業も、社内行事も、全て皆一緒にやっている。“仲間”という求心力が、より良い仕事をしようという前進力へとつながっていることを、強く感じさせられる事業所である。 |

5.学校との連携
最後に学校と事業所とのつながりについてご紹介したい。現在この地域には『T高養支援の会最上ブロック』という会が結成されており、株式会社スリーエムを初めとして地域の企業数十社が参加し、隣接地区にあるT高等養護学校の実習生の受け入れと卒業生の採用を、協力し合いながら積極的に進めている。どの企業も、障害のある地域の方が1人でも多く社会人として自立できるように、との使命感を持っておられ、長い経験の中で障害者雇用・就労継続に深い理解を示されている。 不況下では、ごく一部の企業だけが毎年卒業生を採用し続けるということはあまり現実的でない。よってこのような企業集団が組織されることは、障害者雇用の維持・拡充のために有効といえるであろう。今後はこの『支援の会』への新規参加企業を更に増やすことが課題であるという。全国の多くの地域で、このような組織が増えていくことを切に願う。 (執筆者:山形県社会福祉事業団西村山精神障害者地域生活支援センター 小竹由子) 参考文献:『障害者雇用ガイドブック』独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:編 2004 「事業主の皆様へ—雇用アドバイスNo.2」山形障害者職業センター 2002 |

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