特別養護老人ホームに、知的障害者の独立した職域として洗濯部門をつくった事例
2004年度作成
事業所名 | 社会福祉法人わらしな福祉会 特別養護老人ホームりんどう | |||||||||||||||||||||
所在地 | 静岡県静岡市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 特別養護老人ホームの運営 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 120名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 6名
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![]() 「りんどう」 建物全景 |

1.事業所の概要
玄関を入ると、清潔で落ち着いた気配が感じられる。磨き上げた長い廊下のはるか先で、ゆっくりとモップを使う職員の姿が一人見える。二階の洗濯室では、二人の職員が大型の乾燥機から、一つ一つ確かめながら、洗濯物を取り出している。その横の部屋では、今乾燥したばかりの洗濯物を、丁寧にたたんで、ずらりと並んだ個人の棚の名前を確認しながら収納している。どこも静かで、黙々と確実に作業がすすんでいる、そんな雰囲気がみんなの職場なのである。 静岡市街地から西北へ11キロのバス停、さらにそこから渓流に沿って北へ5キロの地に、「水と緑の里 自然をおしえてくれる里 水見色」の集落と、この特別養護老人ホーム「りんどう」(入所者170名、職員120名)がある。 2年ほど前に、前役員等の不祥事により、デイサービス、ショートステイ、居宅介護支援事業の介護保険指定取り消しを受けた。現在は、特養のみの指定で運営が行われている。 事業の縮小にもかかわらず、職員は以前より大幅に増員され、介護体制は整備された。いまは施設も、介護の様子も、基本的にいつでも、家族はもちろん誰にでも開放されていて、職員は自信をもって介護にあたっており、走り回ったり大声を出すこともなく、入所者も安定した状態ですごしている。 床面積9500m2の建物は、部屋もベッドも「余裕」のある感じである。 |

2.障害者雇用のはじまり
(1)施設長A氏のこと |

2002年7月、法人役員が一新されるなかでA氏が施設長に就任。A氏は、保育園園長13年余、企業生産技術者8年の経歴がある。保育園には、障害を持つ保育士が1人在籍していた。また、ダウン症の子供など障害児を毎年4人は受け入れていて、園退職後も保育士や在園児、卒園児との交流があり、障害者との「おつきあい」は全く自然であった。 |

(2)経営改革のとりくみ |

就任後、A氏は、施設全体の仕事の見直しとコスト計算を行った。 ○ 洗濯は、それぞれの介護職員が随時行っており、量に関係なく24時間洗濯機を使っている。電気や水、時間にロスが多く、職員も介護に集中できていない。 ○ 入所者の下着など衣類は、週2回とか汚した時や入浴時など最低限のレベルで交換されていて、入所者も職員もあきらめなのかそれで当たり前という感じなのか、特に問題意識もない。 といった実態にあり、このことの改善の必要を痛切に感じた。 「特養を姥捨て山にしたくない」、「家庭介護の延長として充実した介護にしたい」という思いから、「あなたたちは下着を毎日替えているでしょ」と、問題意識をもって仕事をするよう職員の意識を変えていった。同時に、介護職員の負担軽減を考える必要も痛感した。 |

(3)クリーナー部門の立ち上げ |

一方、障害を持つ当時の保育園の子どもも今は18、9歳となっていて、最近の交流の中で「障害者の働く所をつくってよ」という要望も聞いており、「授産所を作ろうか」とも考えていた。 法人の経緯もあり、新規事業の立ち上げも難しい下で、「現在の施設の中に洗濯・清掃をやる部門をつくれば、障害者の雇用も可能。彼らの特性を活かした作業で下着を毎日替えられるし、職員の負担も軽減できる」という判断をした。 就任1年後の2003年8月、理事会にかけて「いいじゃないか」と決定。 9月にハローワークの合同面接会に参加、面接選考、そしてすぐに実習を開始して10月にはトライアル雇用へとすすんだ。 いままで全く障害者雇用の経験もないところが、いきなり5人6人まとめて雇用することに対して、ハローワーク、障害者職業センター、他の施設の人々からは「無謀ではないか」といった意見も聞かれた。
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3.クリーナー部門について
(1)部門の独立、責任の分担 |

障害者の配置にあたって、職員の中に分散混在させず、守備範囲を明確にしたうえで、全員をひとつのセクションにして独立させた(クリーナー部門)。こうして、独立した集団として責任の分担を明確にしたことは非常に効果的であった。 部門内では、一人一人に「これをやってくれ」ということは決めていない。リーダーも交代でやり、分担された洗濯物の処理を全部彼らがレイアウトしている。 送迎のワゴン車の中で、「あの仕事はこうしよう」といった、自分たちの仕事の工夫や能率向上の会話が、カラオケに行く話と一緒にごく自然に交わされている。
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(2)担当区分の明確化 |

洗濯物を分類してカートに入れるのは介護職員、回収・洗濯して本人に返すまではクリーナー部門、と分担をキチンと決めた。また、調整窓口をつくり、トラブルは職員同士の問題にせず、必ず窓口に上げて解決した。この調整窓口の統括は、生活指導員のI氏が担当している。 障害者は決められた分担はしっかり守る。むしろ介護職員が守らないでトラブルとなるケースが多い。 例えば、汚物のついたものは、介護職員が水洗いで汚れを落として持ってくることになっているが、「このくらい」というあいまいさがあり、知的障害者はその点妥協しないなど。
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(3)大型洗濯機や必要用具の整備 |

1日200kgにもなる洗濯物は、物理的に処理出来ない場合があったが、助成金を活用して大型洗濯機・乾燥機を導入し、可能となった。洗濯物の量に合わせて水や洗剤も自動供給なので、洗濯機と自分の持っているタイマーのスイッチをセットすればフロアの掃除にとりかかることが出来る。タイマーで洗濯完了を知り、両方の仕事をこなしている。 また、清拭タオル、バスタオル、おしぼりなどは3日分揃えてあり、多忙なときには翌日回しにするなどの柔軟な対応が可能となっている。 下着、靴下などは名前が入っていても間違いやすくトラブルとなる場合がある。そこで入所者170人分のネットが用意され、介護職員はそこに入れて出す。それを洗って棚に返すまでがクリーナーの仕事になっている。
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(4)モチベーションを持つ |

知的障害者は単純作業がいい、というのは誤りである。彼らもストレスがたまる。 モチベーションを持たせるためにも、リーダーを交代で勤めたり、仕事のやり方の工夫・改良や必要用具の提案、担当区域をフロア毎に変えるなど気分転換をしている。 一人ではつぶれるかもしれないが、複数で任せてセクションとして独立していることが、作業援助者やスタッフの細かな配慮とあいまって効果を上げている。 |

(5)入所者との関係 |

入所者はみな自分のテリトリーをもっている。クリーナー部門の障害者がタンスに洗濯したものをしまうため入所者の部屋に入室する時、最初は「おじゃまします」と言えないことなどがあって、入所者とのトラブルもあったが、時間の経過により解決している。 周りの職員のフォローもあり、今では「洗濯して、きれいにしてもらっている」と入所者に理解され、喜ばれ、励まされてもいる。 訓練ではないのだが、仕事を通じて能力が向上しているのがわかる。一言しか喋らなかった障害者も今では会話をするようになっている。 |

4.まとめ~老人福祉施設の可能性
(1)知的障害者雇用の可能性 |

「りんどう」では、今あらたな雇用の拡大をすすめ、実習中の障害者が8人いる。 クリーナー部門では、「毎日下着が替えられる」ために、増員してローテーションを組み、土曜、日曜も含めた365日のサービス提供を考えている。 クリーナー部門の設立は、障害者の雇用がすすんだのみならず、特別養護老人ホームにあって、洗濯物から解放された職員が本来の業務に専念出来ることで、介護サービスの内容が、ゆとりをもって質的に向上していることは事実である。これを365日続けようとしている。 障害者の雇用は、結果として介護職員のやりがいにつながり、仕事の意欲を高め、また入所のお年寄りにも喜ばれているのである。 また、いま厨房でも、一人の障害者が、調理の仕事で実習をしている。 ステップアップと、「出来るんだよ」と個々の障害者の“可能性を止めない”ことを念頭において、希望している厨房職員や介護職員への道をつくろうとしているのである。 将来、何人かの障害者が、介護に直接従事する姿が現実のものになっている。 こうした中で、これから先の介護保険指定取消の解除、再指定も念頭におきつつ、いま、施設全体が意欲的に様々な取り組みを行っている。 |

(2)障害者雇用で良質な介護サービスを |

はやりの「効率」「コスト」を考えるとき、施設の清掃・洗濯部門等は、業務委託かパートで賄うのが通例で安上がりかと考えてしまう。 「りんどう」では、処遇こそが「良質な介護の保証」であるとして、介護職員の待遇を改善するとともに、クリーナー部門の障害者全員に時給800円が支払われている。それだけの仕事をしているということで、期待もあり、仕事上は厳しい指導も行う。 重度知的障害者について、A氏は保育園での経験から次のようにいっている。 「知的障害者の限界を“ムリではないか”と周りで決めつけ、一列に並べたり低い方に合わせようとするが、一人一人は違う。その人に決めさせてやる必要がある」、「スタートは皆同じ。基本的にみんな伸びて成長していく。知的障害者は、ゆっくりだが今も伸びている。限界を決めるのは誤りである。彼らは必ず出来るし、ここでは実際にやっている」と。 いま、全国に特養が何カ所あるか、おそらく相当な数であろうと思う。 介護労働者は、ともすると立ち遅れた雇用管理の環境で、「福祉」の美名の下に、体や感性を酷使しているとも聞く。 ここ「りんどう」では、障害者の雇用により、その一生懸命働く姿に接した職員の意識が明らかに変わった。全ての特養でなくとも、いくつかが、こうした雇用の取り組みをしていただけたら、障害者の職場は大きく広がり、介護労働者のやりがいを高め介護の質も向上し、入所しているお年寄りも満足する結果が期待できるのではないか、と思う。 (執筆者:障害者雇用推進技術顧問 中島 義夫) |

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