精神障害者の就職と定着に必要なキーワード~Aさんの事例からヒントを探る~
2004年度作成
事業所名 | 平和興業サイクル・ドクター | |||||||||||||||||||||
所在地 | 大阪府摂津市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 自転車販売、自転車修理 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 2名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 1名
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![]() 平和興業サイクル・ドクターの外観 |

1.はじめに~Aさんの紹介
摂津市と大阪市の境界近くにある平和興業サイクル・ドクター。東海道新幹線の高架下で、リサイクル自転車の販売と自転車修理を行っている店である。店長とAさん(30歳代男性)の2人で切り盛りしている。 原稿の執筆のため、初めて会社に訪問した筆者。挨拶もそこそこに店長と色々な話をしていると、店の奥から再生する自転車を運びながらAさんがやってきた。「なんでも聞いてくれたらええよ・・・」と笑顔のAさん。気さくな方だ。 20歳頃に発病し、入退院を繰り返していたAさん。保健所の人のすすめで平和興業サイクル・ドクターでの社会適応訓練に取り組むことになった。社会適応訓練とは、協力事業所での作業訓練を通して、精神障害者が自信や意欲を取り戻し、社会復帰のきっかけにしていくことを目的とする保健所の事業である。障害者の就労支援の場面で取り組まれることの多い「職場実習」とは異なり、実習後での雇用の可否の判断を前提とするものではない。 初めは、ひとまずの社会体験の一環として、会社に通い始めたのである。 Aさんの社会適応訓練の期間は3年間。最初から仕事内容こそ、解体した自転車部品の洗浄といった難しくない仕事からだったが、時間を守る、挨拶、作業場の片付けといったケジメの部分は、店長も厳しく関わっていったようだ。 訓練終了後、そのまま引き続き従業員として働くことになったAさん。働き始めて5年が過ぎた。訓練期間を含めると8年あまり会社に通っていることになる。「今年からは薬の量も減ったんや。」とAさん。調子もよさそうである。 会社に通う前のAさんは、どうしても家にいる時間が長くなりがちだった。そのため、隣近所から聞こえる生活騒音が気になってしまい、余計に体調を崩してしまうという悪循環になっていた。しかし、現在は、火曜日と木曜日以外は、働きに出て、休みの木曜日についても3週間に一度は通院のため外出する生活となっている。そんなこともあり、隣近所の音も気になることなく過ごすことができている。働けて、収入を得て、体調もよくなって・・・と、よいことずくめである。 |

2.Aさんが活き活きと働けている理由
このように、平和興業サイクル・ドクターで活き活きと働いているAさん。しかし、今のように働けているのは、何よりもAさんの努力ではあるが、制度を効果的に活用し、会社と関係機関が、うまくAさんをサポートできた部分も大きい。Aさんの事例から、精神障害のある人が働き続けるためのヒントを探るべく、その要因の一つ一つを検証していきたい。 |

(1)まとまった就労体験期間 |

3年間という、一見長く感じる訓練期間。でも、この3年間があったからこそ、店長にとっては、Aさんの病気のこと、仕事をする力をしっかりと理解した上で、引き続きAさんに従業員として働いてもらおうという決断ができたのである。知的障害者などの雇用現場では数日から数ヶ月程度の職場実習で事業主が雇用をするかどうか判断することが多い。3カ月間のトライアル雇用の制度もその一つである。だが、店長に「もし、3カ月間のトライアル雇用期間だけでAさんの雇用を判断できたか?」と尋ねると、「その場合は、難しいと思うなぁ。」という返事であった。 Aさんにとっても、長い訓練期間があったからこそ、焦らずに自分のペースで仕事を覚え、店長との信頼関係も築くことのできたと思われる。 精神障害のある人が長く働き続ける会社と出会うためには、3年間とまではいかなくても、雇用前の段階で、ある程度のまとまった期間の就労体験の機会を設定することが効果的であるように感じた。 |

(2)店長との十分なコミュニケーション |

会社を訪問して何より印象に残ったのは、店長がAさんに対して自然体で接しておられるということだった。 店長によると、最初からAさんと店長とのコミュニケーションがうまくいっていたわけではなかったようだ。特に仕事のやり方を伝えるという点では、スムースにいかないことが多かったようである。 しかし、指示を出した結果が、Aさんが店長にとっての見当違いな行動だった場合は、「ああ。こういうふうにAさんは理解をするのだな。それなら、別のこういう伝え方をすればよいのかな。」と、一つ一つの関わりを通して、Aさんにとってのわかりやすいコミュニケーション方法を考えていったそうである。「自分自身も人への仕事の教え方の訓練やと思って社会適応訓練を受け入れてきた。そりゃ、時には『なんでわからへんねん』と腹がたったこともあったけどね・・・」と、店長。 作業の合間には、コーヒーを一緒に飲みながら冗談を言い合っているのだそうだ。もちろん、人間対人間のこと、ときには感情的に衝突することもあるだろう。でも、Aさんが気分を害している様子を感じたときは「今の言い方のどこが悪かった?」と問いかけ、誤解を解いていったり、逆に「そんなことで腹をたてるのはおかしいやろ。」とたしなめたりするのだそうだ。そのような関係のため、Aさんと店長とのあいだには、わだかまりがない。 ときどき、言葉がスムースにでなくなることがあるAさん。でも、「Aさんが何を言おうとしているのかは、わかるからね。」と店長。普段の密なコミュニケーションがあるからこそ築けている人間関係である。 |

(3)Aさんの「働きたい」という意欲を最大限に引き出した関係機関の連携 |

社会適応訓練が終わる時期に、引き続き店長の会社で『障害者緊急雇用プロジェクト』(注:当時の労働省の制度)の職場実習に挑戦することになった。ちょうどその頃、職業安定所のジョブガイダンス事業で、同じように社会適応訓練を経て就職した人の就職現場を見学する機会が設けられた。当時のAさんは、活き活きと会社で働いている「先輩」の姿を見て「絶対に働いてやる・・・」との決意を強くもったのだという。 「働きたい」「働き続けたい」という自らの意欲なければ、就労場面での様々な困難を乗り切ることができない。同じ障害のある人の就職現場を見学することで、Aさん自身にとっては働くことのイメージが形成され、「働きたい」という思いを強く意識するようになったようだ。Aさんを取り巻く保健所と職業安定所の連携がなければ、ここまでの強い意欲を引き出すことができなかったかもしれない。 |

(4)会社への貢献度をわかりやすく本人にフィードバック |

Aさんの仕事での会社への貢献度を店長、社長が理解していることが、Aさんにしっかりと伝わる事業所の粋な計らいである。仕事後にビールを飲むのが至福の時間となっているAさん。更なる仕事へのやる気を生み出すことができている。仕事が辛いときも、終業後のビールを思い浮かべると、自ずと働く元気が出てくるそうだ。 |

3.これからのAさん
![]() 今後の夢をたずねると、Aさんはこう答えた。「ずっとここにおりたい。そのためには、まず番頭さんみたいになって、店長がおらんときでも安心して店を任せてもらえるようになりたい。」 その言葉を聞いた店長、意地悪っぽく「ほんなら、Aさんの夢が実現するかどうかのカギは俺が握ってるんやな」。どんなときでも冗談が言い合える、自然体の関係なのだ。 (執筆者:財団法人箕面市障害者事業団 下司良一) |

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