気負いのない“配慮”をさりげなく
2004年度作成
事業所名 | 弘木工業株式会社 | |||||||||||||||||||||
所在地 | 山口県下松市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 鉄道車両部品製造業 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 45名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 4名
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![]() 「 弘木工業株式会社 」 |

1.弘木工業株式会社における支援
山口県下松市には、JR新幹線の車体を製造する大手企業がある。近隣には、その協力企業が広大な工場地帯を形成し、そのなかに弘木工業株式会社はある。 当社では、生産高の9割以上を、鉄道車輌の主要金属部品の製造が占めている。設計、板金、溶接、機械加工等の業務を中心とした社内に、重度の身体障害者4名がたくましく働いている。その勤務年数は7年から14年であり、今も安定した就労が続いている。もちろん、その全員が当社に無くてはならない人材(戦力)である。 「当社では、身体障害者と健常者を別々にとらえず、両者に同じように対応しています。特別な対応をすることが、かえって本人にプレッシャーをかける場合がありますからね」。 これは、弘中伸寛社長の言葉である。気負いのない配慮を社内でさりげなく進めることが、当社の方針となっていることが伺える。そして、こうした対応の仕方が、4名の重度障害者の安定就労につながっているようだ。 |

2.支援のもとでの力の発揮
(1)コンピューターによる情報処理に従事するNさん |

当社の玄関を入ると、すぐ左手にNさんの働く部署(生産技術部)がある。事故による頸髄損傷のため、車いすを使用しているNさんは、平成9年に入社した(身体障害者手帳1級;体幹機能障害)。現在、製品の工作図をコンピューターで作成する仕事に従事している。当社では助成金制度の利用により、車いす専用トイレや専用車庫が設置され、通路等の段差も解消されているので、車いすによる社内の移動に支障はない。
Nさんは、コンピューターの技能をほぼ独学で習得した。現在Nさんのデスクには、OA機器に関する月刊専門誌などが積み重ねられている。これらを自ら購入し、丹念に目を通し、日進月歩にある技術革新の状況を学び続けているNさんは、今や当社における情報処理業務の中心的役割を担っている。 また、これまでNさんは、“ひろもく意識向上だより”というミニ新聞(A4サイズ)をパソコンで執筆し続けている。平成16年現在で、第27号目が発刊された。記事としては、社内での指示のあり方や顧客からの注文の受け方など、示唆に富む内容が掲載されている。その内容は当社の認めるところとなり、毎号が社内で回覧されている。「指示のあり方」について書かれた一文を以下紹介しよう。 「指示はフォローしないとなかなか守られないのですから、指示を出した人の責任においてフォローする必要があります。(中略)管理者は職場巡回の際にこれらを確認し、守られていないようであれば注意を行い、指示内容を徹底させることが大切です。そして指示内容が守られ、定着して、はじめて指示が終了したことになるのです。」(第26号より抜粋) こうした執筆と発刊は、Nさんがその余暇を利用しての自発的な取り組みである。常日頃からの学びの姿勢に加え、こうした積極的な取り組みにより、Nさんは“当社に無くてはならない人材(戦力)”との評価を高めつつある。
Nさんには、高温多湿を避けなければならぬ身体的事情があるため、定期的に専用体温計で体温調節をする必要がある。そうしたNさんへの配慮(特に夏期)として、デスクの左横には個人用のスポットエアコンが設置してある。デスクに伸ばされたスイッチを押すと、エアコンからの涼風がNさんの体に注がれるようになっている。このエアコンは助成金制度によって設置されたのであるが、そのかなりの箇所が当社の手作りであることも見て取れる。社員の手によってアルミニウム板が丁寧に溶接され、組み立てられ、壁に備え付けられたこのエアコンが、Nさんの夏場の就労生活を支えている。初期には、デスク真上の天井からエアコンをつるす試みもあったが、当社とNさんによる検討の後、現在の位置に定まった。
また、欠かすことのできない水分補給については、周囲の社員がさりげなく麦茶を用意したり、あるいは昼食の弁当をデスクに配達するなどの配慮が社内でなされている。 なお、Nさんは車いす専用車で通勤しているので、交通事故等には十分注意するよう当社は適時に伝えている。 |

(2)板金加工作業に従事するRさん |

コンピューターの部屋を出て、製造工場内に一歩入ると、鉄板プレス機や研削機などによる音響や振動に体が包み込まれる。ここには聴覚障害者3名が配属され、それぞれの持ち場で、板金加工や溶接組立などの作業に取り組んでいる。 Rさんは、平成2年春に県立聾学校を卒業し、同年入社した(身体障害者手帳2級;聴覚障害)。聴覚障害者の中でRさんは勤務経験年数が一番長く、今も安定した就労生活が続いている。重度の聴覚障害のため、聞き取りは困難であり、補聴器は使用していない。手話や筆談などで日常的な意思交換を行っている。当社としては、Rさんが障害者雇用の最初の人材であったため、専任の指導員をつけて指導する体制をまず整えた。約2年間の指導の後、Rさんは独力で仕事に取り組めるようになった。現在では、当時の指導員の山田さん(現 課長)が時折見守る中、作業を独力で滞りなく進めている。金属部品の表面に記された実線に沿い、研削機で正確に穴をあける作業に取り組む視線は真剣そのものだ。危険を伴う作業であるため、当社では掛図などを用いた安全教育も実施しているが、山田さんの指導によって培われた高度な技術と慎重な作業により、事故は生じていない。
Rさんは社内の諸行事をはじめ、障害者の集いやスポーツ等に積極的に参加するといった前向きな性格であるが、これに加え、当社からの人的支え(指導員の配置等)のあることが、Rさんの就労を今日まで安定させてきた要因であろう。 |

(3)溶接組立作業に従事するBさんとTさん |

Bさんは平成4年に、Tさんは平成9年に県立聾学校を卒業し、入社した(二人とも身体障害者手帳2級;聴覚障害)。周囲からの指示等の聞き取りは困難であり、前述のRさんと同じく、補聴器は使用していない。手話や筆談などで日常的な意思交換を行っている。二人を適時に支援する役を担っているのが森田さん(当社社員)である。森田さんは時折手話を用いつつ、円滑に意思交換している。 手話をどこで専門的に学んだのですか、と森田さんに問うと、「聴覚障害の皆さんから教えてもらいました」との回答がさりげなく返ってきた。当社には、社員同士が互いに教え合い、学び合い、支援し合うという気負いのない関係がある。支援者が障害者を支えていくのだ、といった過度の気負いは見受けられない。支援を受ける側の立場からすれば、支援者が懸命に対応し続けてくれることが、時にはある種の「心苦しさ」を感じ取る結果につながる可能性もある。支援者からのさりげない対応は、障害者の安定就労を促進する上でも、また共生社会を築く上でも重要な鍵となろう。
溶接組立作業に関する公認資格として、『基本級』と『専門級』がある。『基本級』は、主に「下向き」姿勢での溶接技能に与えられる資格である。『専門級』となると、さらに高度な技能が要求され、その取得には「水平」「縦」「上向き」の溶接技能も磨かねばならない。当社では、技能資格取得を社員に積極的に奨励しており、その環境のなかでBさんとTさんは、これまで着実に自己研鑽を積み重ねてきた。その結果、まず『基本級』を取得した後、上級の『専門級』を取得することができた。この資格については、今後も定期的に更新試験が待ち受けており(3年に1回)、しかも障害の有無にかかわらぬ共通の試験内容であるため、二人は自らの技能の維持・向上に今日も努めている。 |

3.特技や趣味を生かす
特技や趣味を生かすことは、本人の生活の質を高めるうえでも、地域貢献のうえでも意義がある。Rさんは手話指導のベテランであるため、地域からの講師依頼があれば出向くことがある。Bさんは、聴覚障害者同士でチームを組む和太鼓演奏(名称“翔龍太鼓”)にこれまで参加し、平成13年度全国障害者雇用促進大会ではその見事な鉢さばきで好評を博した。いずれも、当社での業務に支障のない範囲内での活動であるが、当社の理解と協力がその基盤にある。 |

4.当社からの推薦に基づく表彰
4名の社員全員は、当社からの推薦に基づき、山口県雇用開発協会から「優秀勤労障害者」として表彰を受ける栄誉に輝いた。 当社からの気負いのない、さりげない配慮のもとで、各自がその責任と役割を前向きに果たしてきた結果であろう。 (執筆者:山口大学教育学部 松田信夫) |

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