雇用で問うのは働く力~聴覚障害者との意思伝達と職場の和~
2004年度作成
事業所名 | 三和産業株式会社 | |||||||||||||||||||||
所在地 | 山口県下松市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 金属製品の表面研磨処理 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 49名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 4名
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![]() 「 三和産業株式会社 」 |

1.三和産業株式会社
山口県下松市の南部(瀬戸内海側)には広大な工場地帯が広がり、大手企業がひしめいている。新幹線車両を製作する日立製作所、そして住友重機械工業(株)、旭化成(株)、武田薬品工業(株)などである。これらの企業を主要な取引先とする三和産業株式会社は、主に金属研磨の分野で高品質製品を世に送り出している。 工場内に入ると、コンプレッサー(空気圧縮機)の力でグラインダーを回転させ、金属製品の表面を研磨している従業員の姿が見える。力強い音が工場内に響き渡る。 |

2.障害の有無でなく、働く力の有無に注目する雇用方針
「うちの会社では、障害のある従業員に向けて、何かことさら支援しているというわけではないのですが・・・。でもお陰様で、聴覚障害の従業員は本社に馴染み、元気に活躍してくれていますよ。」 この言葉で、弘中静雄社長は話を始められた。これまでの障害者雇用の実績をアピールしようとは決してなさらない。社長のこの言葉から、障害のある従業員が社内で自然に受け入れられ、定着している様子がうかがえる。現在4名の聴覚障害者が雇用され、その全員が正社員である。 当社で障害者の雇用が始まったのは、先代の社長の時からである。先代社長は、かつて重い内臓疾患ゆえの手術を余儀なくされ、身体障害者手帳の交付を受けられた。また、会社経営に関しては、もとより合理的に判断される人柄でもあり、「働く力があるなら、障害の有無を特に問わぬ」という雇用方針を定められた。後日、公共職業安定所から聴覚障害者を紹介された時から、当社での障害者雇用が始まった。障害の有無ではなく、本人の働く力に着目する方針は今に受け継がれている。 |

3.聴覚障害者との意思伝達
(1)本当に理解できたかどうかを確かめる |

「聴覚障害の従業員に対しては、情報が正しく理解されたかの“確認”をとることが大切ですね。」と弘中社長は語る。 たとえば、従業員に対して上司が仕事内容について説明し、「わかりましたか?」と最後に問いかけたとしよう。それに対し、従業員が「はい。」と頷けば、上司は内容が相手に正しく理解されたと判断するであろう。 しかし、弘中社長のこれまでの体験からは、この「はい」という返事が必ずしも正しい理解を意味していないことがあった。理解できていないにもかかわらず、上司からの問いかけに「はい」と返事する習慣がついているなら、両者の間に大きな誤解が生じる。結果として作業は滞り、人間関係は支障をきたしてしまう。この誤解を避けるためには、「はい」の返事で安心するのではなく、何度も繰り返し説明することが大切であることを弘中社長は力説する。
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(2)従業員の意思を正しくよみとる |

前述したように、職場での人間関係を悪化させてしまう原因の一つに、従業員同士の誤解があげられる。弘中社長から、さらに二点のアドバイスをいただいた。 ア 不明確な理解の状態でとどめぬ 手話を用いて、「私」と「駅」の二語を順番に表わしたしたとしよう。すると、「私は駅に行きたい」(要求)のか、「私は駅に行ったことがある」(経験)のか、さらには別の意味なのかが判然としない。ここに誤解が生じないよう、複数の選択肢から正しく相手の意思をよみとる必要がある。 イ 「助詞」に注目する たとえば「私は」と「私に」では意味が異なる。いわゆる「てにをは」(助詞・助動詞)の理解を誤ると、ここに誤解が生じる。この点に留意し、正しい相互理解につなげる必要がある。 |

4.働きやすい環境設定
(1)手話の研修 |

当社では、従業員が講習会に出向いて手話を研修する機会を設けている。また、外部から講師を呼び、社内で研修する場も設けている。 |

(2)文書による伝達 |

健常者とのコミュニケーションや、会議等での内容伝達が確実にできるよう、業務上の細かい指示は必ず文書で行うよう配慮している。 |

(3)手話通訳者の派遣 |

重要な会議や打ち合わせ会などには、専門の手話通訳者1名を社外から呼び、同席させている。こうした会議はおおよそ月1回(所用時間;約1時間から1時間半)開催されるので、円滑で正確な意思疎通をはかるためにも、手話通訳者の同席は心強い。 |

(4)資格取得への配慮 |

公的資格の取得は、その本人にも事業所にも大きなプラスとなる。当社で必要とされる資格のひとつに、フォークリフトの運転資格がある。資格取得に際しては、その必要経費を当社が負担しており、できるだけ従業員に無理がかからぬよう配慮している。 このように、きめ細かな配慮や支援が社内で継続的に進められていることが、聴覚障害者の勤労意欲を高め、健常者との自然な相互理解をも促していることがうかがえる。 |

5.職場内に和を築き、それを向上させるために
(1)かつての悩み |

職場では従業員が協力しつつ仕事にあたる必要があるので、人間関係に何らかの問題が生じた時には、すみやかな対応が求められる。 現在、当社で働くAさん(身体障害者手帳2級;聴覚障害)は、人間関係上の調整役としても活躍し、社内から絶大な信頼を寄せられている。しかし、このAさんが入社する前までは、当社でも聴覚障害者同士の人間関係がギクシャクしたことがあった。手話通訳者を介してその調整をはかってみたが、なかなか事態が好転しない。通訳者や関係者による真摯な取り組みがなされたにもかかわらず、障害者の互いの心にモヤモヤした不満が残り、しっくりした人間関係が戻ってこないという悩みの日々が続いた。 Aさんが入社したのは、このような時期である。 |

(2)Aさんによる調整 |

Aさんは、トラブルの理由を皆で考えながら解決につなげようと、トラブルの原因について手話で問いかけたり、仕事上の問題についても別方法を提案するなどのアドバイス役を担った。このように親身になって対応するAさんの働きかけと、同じ聴覚障害者同士であるという心の通じ合いが功を奏し、トラブルは解決の方向に向かって進み始めていった。 「あの頃、健常者が仲立ちをしてもなかなかうまくいきませんでした。健常者はついつい自分の常識をもとに事を判断してしまうことがあります。それが、障害者の心のなかに“壁”をつくっていたのかもしれません。今でもAさんが対応すると、人間関係がスムースになるんですよ。人と人との橋渡しの役をしてくれています。」と弘中社長は微笑む。 障害者同士で悩みを話し合い、アドバイスするという「ピア・カウンセリング」の手法が障害者福祉の分野でも注目されているが、Aさんは社内でこの役割も担っていると言えよう。 |

6.職場での作業
当社では4名の聴覚障害者が雇用されているが、そのうち2名の様子を紹介しよう。 |

(1)Aさん |

前述したように、Aさんは身体障害者手帳の2級(聴覚障害)であり、音声の聞き取りは困難である。聾学校高等部を卒業し、他社勤務を経て当社に入社した。社内ではグラインダーによる金属製品の研磨作業に従事している。近隣の事業所に車で単独で出向くこともあり、そこでは先方との意思疎通を筆談で行っている。 社内では、誰かが何かで困ったときの相談役になる。書類上の手続き等のアドバイスをしたり、会社側に要望を提案することもある頼もしいリーダーである。 社外では、聴覚障害者の会の会長、身体障害者相談員、母校の同窓会事務局の仕事も引き受けている。
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(2)Bさん |

Bさんは身体障害者手帳の3級(聴覚障害)であり、補聴器を使用している。私立高等学校を卒業し、当社に入社した。 社内では、Aさんと同じく、グラインダーによる金属製品の研磨作業に従事している。
「雇用で問うのは働く力」という方針のもと、周囲からの細やかな配慮に支えられつつ、4名の聴覚障害者は当社を背負う“戦力”になっている。 「時間をかけて研修や支援に取り組んだ分だけ、従業員は本社に定着しているように思いますね。」と弘中社長は目を細めた。 (執筆者:山口大学教育学部 松田信夫) |

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