家族(親族)ぐるみでの目配りと気配り~知的障害従業員のための社宅を用意して~
2004年度作成
事業所名 | 松井製陶所 | |||||||||||||||||||||
所在地 | 山口県山陽小野田市 | |||||||||||||||||||||
事業内容 | 陶器製造販売 | |||||||||||||||||||||
従業員数 | 7名 | |||||||||||||||||||||
うち障害者数 | 7名
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![]() 「 松井製陶所 」 |

1.松井製陶所の歴史
山口県の小野田市(平成17年3月22日より市名を山陽小野田市に変更)は、隣接する宇部市とともに、その地下には石炭層がひろがっており、この石炭を活用した産業で栄えた歴史をもつ。この石炭層の上部には、窯業に適した土が豊富に堆積していることから、小野田市は古くより窯業の町としても栄えた。昭和の初期には、市内に58もの窯が林立していた頃もあったが、今では松井製陶所の窯一つとなった。当社では、現在7名の知的障害者が働いている。社長の松井孝示さんは、この窯元の4代目にあたる。 敷地内には、製陶所(窯場、ロクロ場、成土場、乾燥場)、社宅一棟、社長自宅などが隣接し、家族的雰囲気が伝わってくる。 松井社長から、窯場で話を伺った。この中には、昔の大窯(昭和4年建造)を改造した休憩室がある。この大窯は、燃料が重油であった時代に活躍していたが、時代の要請でガスに切り替わってからは使用されなくなった。今は休憩室としての再利用である。耐火レンガに囲まれた堅牢な部屋にはレトロな雰囲気が漂い、かつての時代を彷彿させる。 「戦後、山口県内の学校や施設に陶芸の科が数多く設置された関係で、その指導者が必要となりました。当時工業高校に勤めていた私の祖父(2代目窯元)は、各方面からの要請に応じて陶芸指導に出向くことになりました。養護学校にも訪問指導をしました。このことが知的障害者と出会い、雇用するきっかけになったのです。今でも、養護学校から見学者がたくさんおいでになりますよ。」と松井社長は語る。
小野田地域の土は鉄分を多く含んでおり、耐酸性の器を作るのに適している。当社ではこの土を使用し、梅を入れる容器や、高アルコール度の焼酎を入れる容器を製造しており、これらが当社の主力商品となっている。また、蛸壺などの漁業資材も製造している。梅を入れる容器については、後に“ねり梅”入りの商品として関東や関西の大手百貨店で販売され、好評を博している。
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2.家族(親族)ぐるみで知的障害者を支える
ロクロ場では、社長夫人と社長の弟さんが中心となって器の製造に取り組んでいる。当社では、家族(親族)ぐるみで7名の従業員の指導を行い、共に作業に従事していることが大きな特徴である。 「従業員が事故なく元気に働くためには、その一人一人への目配りや気配りが必要です。当社では、家族全員で従業員に目を注ぐようにしています。」と社長は語る。一般の大企業には見られないような細やかで温かな家族的支えがこの事業所にはある。
ロクロ場の中央に、大きな薪ストーブがある。薪は、家屋解体業者が運んでくる材木である。寒い季節、このストーブのまわりには従業員を含めた多くの関係者が集う。炎と木の焼ける香りが、アットホームな会話を引き出す。ここで焼肉会をしたり、イモを焼くこともあり、従業員の心を癒やす貴重な空間ともなっている。 器の製造は、ろくろとカンナだけで進められる。定規などに頼らぬこの工程は、長年の勘を頼りの熟練作業である。
ロクロ場に隣接した窯場では、数百もの器が窯出しされていた。従業員に作業を指示しているのは、社長の長男智氏とその夫人である。二人は松井社長の腕として、従業員とともに作業に取り組んでいる。
自閉傾向のあるTさんが、ダイヤモンド砥石で容器の底を研磨していた。器を製造する一連のプロセスの中に、従業員が取り組むことのできる作業内容が用意されている。
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3.従業員への支援
(1)社宅 |

当社は20年以上前から、従業員に社宅を提供している。窯場に隣接するこの社宅は、以前は社長家族が利用する建物であったが、従業員用の社宅に転用した。7名の従業員のうちの3名はそれぞれの家庭等から通勤しているが、残る4名は諸般の事情によって、この社宅での生活を送っている。生活の安定は就労の安定につながるため、社宅の存在はこの4名の従業員にとって心強い支えとなっている。
一棟二階建の社宅は、Kさん、Hさん、そしてNさん夫婦(Nさん・Fさん)の3部屋を中心に構成されている。 Kさんの部屋にはベッド、テレビ、テーブル等があり、きちんと整頓されている。Kさんには体調管理に課題があるため、当社はKさんの家族と密に連絡をとりつつ、健康面への配慮を続けている。
Hさんも体調管理に課題(発作等への対応等)があるため、当社はHさんのかかりつけの病院や家族との連絡を密にとっている。日頃からの細かな目配りがHさんの体調維持に欠かせぬため、窯場や社長宅に隣接した社宅で生活できる意義は大きい。 同じく社宅を利用しているNさん夫婦は、互いが県内の福祉施設で生活していた時に出会い、当社に一緒に勤め始めた後に結婚した。新婚旅行では、社長の長男智氏が二人の乗った車を運転し、新婚カップルの幸せに花を添えた。社長を含めた家族(親族)全員で従業員を支えようとする当社の方針が、このエピソードからも伝わってくる。 |

(2)一人一人への目配りや気配り |

安全は何にも増して優先されなくてはならない。例えば、成土場で土練機(陶芸用の土を練る機械)が力強いうなりをあげているが、ここにうっかり指をはさむと大きな事故につながる。また、乾燥場の乾燥器も、高熱ゆえの事故が懸念される。従業員の心身の状態によっては、その注意力が低下する日もあるため、当社は細心の目で従業員一人一人の様子を観察・察知し、早めに対応している。家族(親族)ぐるみの目配りや気配りが、不測の事故を未然に防ぐことにつながっている。 |

(3)「叱る」ことについて |

従業員によるトラブルに対し、どのように接すれば良いのだろうか。まず、言葉がけについて伺った。 「人格を否定するような言葉を発する叱責は、絶対にしてはなりません。相手が自閉症の従業員であれば、その心が純粋であるだけに、大変なショックを受けることにつながります。作業上のミスに対しては、叱責というより“作業手順の再確認”を相手と一緒にしながら、励ますように心がけています。反復が大切です。私自身が感情的になるのをぐっとこらえるわけですから、その意味では“忍の一字”ですね。」 職場は共同作業の場である。従業員同士のトラブルへの接し方について伺った。 「当事者同士の仕事場をしばらく離すようにしています。しかし、それでもトラブルが解決しないこともあり、頭の痛いところです。ただ、従業員には皆プラスの面があります。例えば“時々トラブルを起こすけれども仕事は速い”といった面です。マイナス面だけに目を向けるのではなく、プラス面を見つめ、それを認めていくようにしています。」 |

(4)意欲を高めさせてからの技能習得 |

当社では、一人一人の障害の状況に応じて、ある程度の技能を従業員に身につけさせることをめざしている。Kさんには、器をカンナで削る技能を習得させてみたいと社長は夢を描く。 「Kさんの心は今、削る作業をやりたくてうずうずする時期に来ています。“彼はもうできるようになったよ。君もやってみるか?”と、従業員の競争心をうまく高めることがコツですね。技能を習得させることで、後継者を育てたいと考えています。障害が重度の従業員であっても、仕事の段取りはできるのですよ。」と社長は微笑む。 |

(5)地域への製陶所の開放 |

当社では以前より、製陶所を地域に開放してきた。陶芸に関心のある人たちが毎晩集い、ろくろを回している。この噂は口コミで徐々に広まり、地域の高齢者や、陶芸に興味をもつ外国人など、数多くの人たちが集い始めた。この中には、Hさんのかかりつけ病院の医師も含まれており、当社と医療機関との連携がさらに強まるという嬉しい展開につながった。 |

4.悩みと対応
(1)近年の若者の勤労意欲低下 |

社長は、若者の勤労意欲の低下を懸念する。 「当社には学校、福祉施設(作業所を含む)などから見学や研修にこられます。ところが、根気のいる作業が長続きしない人が年々増えてきました。これまでの生活が、ご本人にとって“ぬるま湯”であるなら、事業所での勤労意欲は高まりません。この点が今とても心配です。どのように意欲をかき立てていくかが課題です。」 勤労意欲については、学校、家庭、福祉施設等での指導のあり方が問われる極めて重要な問題である。“勤労を通して自分自身の人生を歩む”という前向きな姿勢を障害児・者一人一人に培う指導に、保護者や教師を含めた関係者は今後ますます力を入れる必要がある。 |

(2)通勤途上のトラブル |

通勤途上のトラブルとして、従業員が金品を恐喝されるという事件が以前あった。仕事帰りにゲームセンター等に頻繁に足を踏み入れると、こうした事件に遭遇しやすくなることが予測される。従業員の保護者としては、金銭をわが子に持たせぬようにしたいとの願望がある。しかし、社会生活には趣味的活動が欠かせぬため、ある程度の金銭は所持しておく必要もある。関係者にとって、判断と対応のむつかしいところである。事件発生後、地元の警察署の協力のもと、再発を防ぐための監視を続けた。 また、都会の盛り場には様々な誘惑や危険が渦巻いている。多額の金銭を失うといった危険性が高いと判断されれば、そうした盛り場や誘惑情報から従業員を離す必要もあると思われる。 「完成した商品を、従業員数人とともに大型トラックで運ぶのですが、その搬送先は小倉です。市内の店でラーメンなどを食べることが皆の楽しみになっているのですが、享楽街をなるべく通らぬよう、運転の道順には気をつけています。」 従業員の人権を守り、豊かな就労生活を実現させるため、松井孝示社長と家族(親族)の取り組みは続く。 (執筆者:山口大学教育学部 松田信夫) |

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