精神障害をオープンにした訓練から雇用までの取り組み
~病気を持ちながら働く尊さ~
- 事業所名
- 有限会社大場製作所
- 所在地
- 宮城県栗原市
- 事業内容
- 自動車用組電線加工
- 従業員数
- 50名
- うち障害者数
- 8名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 1 携帯電話・パソコン加工の検査 内部障害 0 知的障害 1 パソコン加工 精神障害 6 ハーネスの導通検査、組立ラインの部品準備・組立 - 目次

1. はじめに~課題と事業所の概要~
(1)精神障害者の就労における課題
誤解や理解不足に基づく偏見や差別により精神障害者の就労の機会は少なく、就労できても継続が難しくなることがある。また、「ゆれる」と表現される精神症状のため医療機関との連携が必須である等、精神障害者の就労を実現するためには様々な課題がある。これらの課題について先進的な精神障害者雇用に取り組んでいる大場製作所の実践をもとに考えたい。
(2)大場製作所の概要
有限会社大場製作所は、平成17年4月に10町村が合併して誕生した栗原市の中心部から遠く離れた田園地帯に位置している。
昭和60年創業で自動車用組電線加工を主業務とし、外注先に精神障害者(4ヶ所)と知的障害者(1ヶ所)の小規模共同作業所がある。社員数50名中8名が障害のある社員だが、そのうちの6名に精神障害がある。その他に訓練生も受け入れている。現在の大場俊孝社長は2代目であるが、就任以来積極的に精神障害者雇用に取り組み、現在は宮城県精神保健職親会会長そしてNPO法人全国精神障害者就労支援事業所連合会理事長もつとめている。

2. 障害のある社員の体験発表から
障害のある社員は機会のあるごとに体験発表に取り組み、障害者雇用の理解を深めるための活動に貢献している。次に社員3名の体験発表の一部分を紹介する。
(1)Yさん(33歳、女性)

Yさんは、採用時に社長から「病気を隠さないように。通院もあるし、隠すことより周囲から理解、協力を得ることが大事」と言われた。精神病には世間一般の偏見が根強いと常々両親から聞いていたので、病気を隠して働こうと考えていたYさんは大きな戸惑いを感じた。
しかし、Yさんは社長の言葉の意味をやがて理解できるようになってきた。病気を隠すよりも、オープンにすることによって真に病気と向きあい、統合失調症という病気と付きあう気持ちをもてるようになった。また、オープンにして気が楽になり、隠すことに神経を使うのではなく、逆に周囲から理解や協力を得ることができるようになっている。
(2)Sさん(31歳、女性)
Sさんは、統合失調症と診断されて、4年間働いた前の会社を辞めた。その後、4ヶ月間作業所に通い、保健師の勧めで大場製作所で社会適応訓練を開始した。ドア・ハーネスの導通検査を担当したが、初めは他の社員の半分くらいしかできなかった。わからないこと等を親切に教えてもらったり、社員の協力により訓練が進み、仕事のスピードは遅いながらも3ヶ月後に正式雇用になった。
働き始めて3年後に、Sさんは社長夫妻の媒酌で結婚した。オムツがとれないこと等子育てでとても悩み、社長や奥さんに何度も相談して励まされた。調子を崩して長く休んだり、8時間就労が無理になり時間短縮もせざるを得なかった。そのような時、保健師と社長が自宅へ訪問して相談にのってくれた。今後も子育ては社長の奥さん、仕事や病気についての相談は社長や保健師にと考えている。
一緒に働く社員の協力や励ましにより働き続け、Yさんは大場製作所で間もなく10年目を迎える。現在、月に1回通院し、服薬により症状は出ない。子育ても順調だ。
(3)Tさん(42歳、男性)
長年のひきこもりに苦しんだTさんは、約1年半、意欲の向上や対人関係の改善等を主目標にデイケアに通い、3年前に大場製作所の訓練生になった。
就労経験の乏しかったTさんの毎日は不安と緊張の連続だった。簡単そうな作業も実際やってみると頭も体も思うように動かず、周りの人についていけなかった。そのような時、主任に「ゆっくりでいいから正確に」と声をかけられ、周りの協力もあって徐々に自分のペースをつかめるようになった。そして社会適応訓練(10ヵ月)と職場適応訓練(6カ月)を経て正式雇用になった。
朝7時に家を出て8時間働いて帰宅するという、単調だが当たり前の生活がとても貴重だとTさんはいう。月に一度の外来通院、なじみのデイケアスタッフとの面談、そして休日には読書やドライブ、山登り等を楽しんでいる。
「病気だからしょうがない」ではなくて、「病気があってもこれだけできるんだ」という姿勢を大事にして、Tさんは難度の高い仕事に挑戦している。
(4)3名の共通点
3名の方々の体験発表の一部を記した。ところで3名に共通する内容として、障害(病気)をオープンにして障害と向きあうことの大切さ、仕事のスピードが遅いことに悩んだが「ゆっくりでいいから正確に」といわれてほっとしたこと、障害を意識しないで他の社員と話したり交流することの大切さ、デイケア・作業所等の経験をもとにスタッフや保健師との連携が現在もあること等があげられる。
すべてを取り上げることは紙面の都合で難しいが、幾つかの大事な点について以下に整理する。
3. 精神障害とつきあいながら仕事を継続するポイント
(1)病気と付き合いながら取り組む~病気を隠さないで通院をきちんとする~
Yさんの体験にあるように、大場製作所では病気をオープンにすることを基本にしている。新しい職場で働く時には、職場に慣れることや仕事を覚えるというプレッシャーがある。この時に病気を隠すとプレッシャーをさらに大きくし、不安状態を増大させ、職場を辞める原因になったり、病状を悪化させる可能性も高くなる。
体調の悪い時には無理をしないことが重要だ。明らかに精神症状が生じた場合には保健師に連絡する必要がある。眠れなくなる、薬を飲まなくなる、行動に落ち着きがなくなる、会話にまとまりがなくなる、変な内容のことをいう等の明らかに「いつもと違う面」には、社員が気づくことも多い。また、通院のための欠勤を堂々といえるような環境づくりが大事である。
(2)段階的なチャレンジシステム~訓練から雇用へ~
2~3時間という短時間の訓練から段階的にステップアップし、やがて1日8時間働くことを目安にする。8時間働くことができるようになると雇用を目指す。雇用の基準は8時間、3ヶ月間、比較的安定して働けることがひとつの条件だ。
作業能率も大事な条件だが、平均的社員の能率の70%を目安に、場合によっては60%台でも雇用する。雇用後に能率は向上し続けるからである。訓練の延長上に雇用があることや精神障害の先輩が働いていることも大きな安心となる。「訓練は当事者、事業主お互いにとても大事な習熟期間であり、これがうまく展開できると信頼関係が成立し、事業主の理解も深まって、雇用に結びつきやすくなる。」と大場社長は強調する。
訓練期間でも時給制にしてステップアップとともに時給もあがるようにして、就労意欲を高めることも大切だ。
(3)障害理解と働く意欲、そして社員全員が良き支援者
環境調整(社員教育)も重要だ。障害を理由に誰がやってもいいような仕事をするのではなく、一生懸命やれるような環境をつくりながら、本人の能力を伸ばす取り組みに心がけている。大場社長は「病気を持ちながら働く尊さ」を常々社員に話す。職場の雰囲気を大事に、とくに相手の立場にたった言動が対人関係の基本であり、中心なのだ。
働けなかった人が訓練で徐々に働けるようになり、やがて雇用にいたることは、一緒に関わった社員の大きな喜びであり、いい意味での刺激である。不在の多い社長に代わって、現場の社員が臨機応変かつ柔軟な姿勢で、障害のある社員を支援する力がついてきた。
大場社長は症状があっても働く環境次第で、雇用が可能になるという。就労経験のある人や症状の少ない人は、比較的順調に訓練が進むが、慢性の経過をたどった人、就労経験のない人、症状が不安定な人は訓練期間を多く要する。そのような時には一緒に働く社員のフォローが重要で、保健所、障害者就業・生活支援センター等との連携も大切だ。
4. 精神障害者就労支援ネットワーク会議~地域のチームワーク~
平成15年12月から2ヶ月に1回の割合で精神障害者就業支援ネットワーク会議が開催されている。会議はメンバーの仕事終了後の午後6~8時までの間に行われる。メンバーは保健所、各支所(旧10ヶ町村)の保健師と事業主、作業所スタッフ、ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、地域生活支援センター、宮城県精神保健福祉センター、行政職員その他の20数名で構成されている。
ネットワークの短期目標は各研修会の実施やケースに応じた職場開拓等。中期目標は通所型福祉的工場の設立だ。小規模共同作業所と企業の中間的機能をもつ工場が必要なのである。そして、長期目標として普通に一般就労できる仕組み・地域づくりを年月を要しても将来は実現したい。
このネットワークは訓練時や雇用後のフォローにも大きな力となる。保健師がきたり、関係機関、ハローワークからもきたりして、顔の見えるネットワークが大きな役割を果たしている。
5. まとめ~就労支援の好循環~
(1)大場製作所の取り組み
大場製作所の基本的な取り組みについて、大場社長に以下の5つの項目に整理してもらった。
○ | 精神疾患という病気を隠さずに、通院をきちんとして病気と付き合いながら就業に取り組む。 |
○ | 実習から訓練を経て雇用へと段階的チャレンジを約束する。 |
○ | 障害の有無に関わらず、仕事や処遇に差をつけない。 |
○ | 適任の指導者をつける。 |
○ | 環境調整(社員教育)を大切にする。 |
(2)精神障害者の就労に関する考察
上記の整理をもとに、精神障害者の就労に関して以下の三つの視点から考察する。
A. | 「していること」:就労に関する現状 |
B. | 「支援があればできること」:適切な支援があればできる潜在能力 |
C. | 「やりたいこと」:やりたい仕事、行いたい仕事の内容 |
一般的に精神障害者は理解不足や誤解による偏見と差別の対象になりがちである。「A.していること」に関しても周囲の過小評価や誤解、理解不足のために就労が困難になっている。そのような環境下では、当事者自身も自らを否定的にとらえがちになって過小評価したり、障害を隠す不安と緊張のなかで、「B.支援があればできること」でも支援が得られず、「C.やりたいこと」への意欲も大幅に低下して、自信を失う傾向にある。
これに対して、精神障害をオープンにする大場製作所では、障害を隠す不安と緊張が取り除かれるのみならず、社員の理解と協力を得ることができ、「B.支援があればできること」をさらに大きく伸ばし、「C.やりたいこと」に取り組む自信と意欲が向上する。「B.支援があればできること」は、支援者側のみならず、支援を受け入れる気持ち、すなわち信頼関係を築くことが基本であり、障害の有無に関わらず仕事や処遇で差をつけないという姿勢が大きな意味をもつ。
雇用を目指した段階的チャレンジを約束することや適任の指導者をつけること、環境調整(社員教育)により社員全員が十分な時間をかけて、障害当事者にあった能力向上の支援を段階的に提供することは「B.支援があればできること」を無理なく徐々に伸ばすことにつながる。それにともない、「C.やりたいこと」に取り組む意欲が向上するとともに自信もついて、「A.していること」も上達、すなわち徐々に複雑で高度な仕事に取り組むことができ、仕事内容の充実とともにその人の能力を存分に発揮したその人らしい就労を可能にする。このような好循環が円滑に行われれば、障害当事者にとっても真にやりがいのある就労が実現できるのである。大場製作所では、これらの好循環をもとに一人一人の充実した就労が実現していると考えられた。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。