障害者との共働が最良の社員教育の場だ
~金融業における車いす使用者の雇用~
- 事業所名
- 飯田信用金庫
- 所在地
- 長野県飯田市
- 事業内容
- 金融業
- 従業員数
- 325名
- うち障害者数
- 3名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 3 銀行内事務補助 内部障害 0 知的障害 0 精神障害 0 - 目次

1. はじめに
「私はこのエピソードを聞いたとき、本当に嬉しかったですね。
車いすの彼女に働く場を提供し、障害者と一緒に仕事をする職場づくりをしてきましたが、一緒に働く仲間としてどんな支援を、どのようにすればよいのかが“自然な形”で表現された出来事であり、良い社員教育になっているなーと本当に嬉しかったんですよ」

人事部の小池次長は、丸いお顔をさらに丸くされながら、「そのエピソードというのはですね・・・」と続けられた。
ある朝、マイカーで通勤してきた彼女が所定の駐車場で車いすに乗り移る時に、まだ不慣れでもあったのだろうか、思いがけず車と車いすとの間に落下してしまった。
その様子を見かけた同僚の女性社員が彼女に近づくと、「私は何をしたらいいですか?」と、問いかけた。
それに対し、彼女は「すみません、車いすを押さえて下さい」と頼み、自力で車いすに戻った——のだそうである。
小池次長は続ける。
「手を貸す前に、まず『私に出来る事はありますか?』と声をかけることができたことに大きな意味があると思っています。」
「当金庫は、飯田・下伊那地方を主要営業地区とする信用金庫ですから、地域社会に貢献しようという“経営ビジョン”(下記を参照)を掲げていることからすると、この出来事は日頃あまり営業の窓口として接客する機会の少ない事務センターの職員にとって、障害を持つお客様や高齢のお客様へのサービスや心遣いという面での実践的な体験教育になっていたことがわかり、嬉しかったですね」
<経営基本理念> 地域社会の発展に貢献する <経営ビジョン> 1 真に存在感ある信用金庫でありつづける 2 地域のみなさまから「真に頼りがいのある金融機関」といわれる存在となる 3 数字に現われるシェア以上に、取引先のみなさまの『心の中のシェア』を高める |
2. 車いす使用者受け入れの背景と経緯
(1)背景
当金庫は、大正年間創立の老舗の信用金庫であり、地域に根を張って堅実な事業を展開してきた会社である。今までも身体や心臓に障害を持つ障害者の雇用は続けてきていたが、定年や転職などでの退社が続き、法定雇用率の確保が困難になってきた。
そこで、障害者の雇用について改めて人事部を中心に検討し、
- 最近は支援や戦力化の工夫や改善策は、各方面からの有効な協力が得られそうだ。
- それに、当金庫は若い人が多く勤めている会社なのだから、障害者雇用でももっと若い人の雇用をめざしたらどうか。
- 障害が重くても、仕事ができる人がいれば雇用しようではないか。
ということになり、経営トップにも提案し、了解を取り付けたばかりであった。
(2)車いすの平沢さん
そんな時に、タイミングよく彼女こと「平沢さん」がハローワークから紹介があり、面接に臨んだのだそうである。
平沢さんは、小学生の頃から親元を離れて肢体不自由児の養護学校に転校して高等部まで学び、故郷の飯田に就職先を志したが卒業時には就職が叶わなかった。
ハローワークで求職活動中に、平成16年度から始まった“障害者民間活用委託訓練”として行われるパソコンの講座の受講を勧められて受講、修了後に始まった“就職活動支援”としてのハローワークからの紹介だったのである。
(3)平沢さんの採用
面接を担当した森山理事(人事部長)は彼女の印象を次のように話してくれた。
「彼女には“ガッツ”を感じました。『会社の制服を着て、皆と一緒に仕事をしたい』という言葉が印象的でしたし、誠実で、意欲的な言動が新社会人らしく新鮮で、若々しさを感じたので採用を決めたのです」
それから人事部を中心とした「車いすの女性社員」の受け入れと雇用支援の活動が、社内外の機関とも協同しながら始まったのである。
3. 車いす使用者受け入れの取り組み
(1)体制づくり
まずは、トップに支援計画の了解を取り付けた。具体的には、社内への協力体制づくりと、設備改善計画の策定・承認を取った。
続いて、24店舗を含めた事務処理を集中している「事務センター」に彼女の仕事を確保すると共に、建物や職場内の改修や具体的な支援・指導体制づくりを行った。
(2)職場環境の改善

障害者雇用に関するセミナーや見学等を通じて見識を高めていた小池次長に「実際に自分でやってみて、イメージしていたことと、個々人の特性によっていかに違いがあるかという事をつくづく勉強しました」と言わせた“施設改修”を紹介してみると・・・
この「事務センター」は、飯田信金本店とは離れた別の建物の2階にあり、事務作業の集中処理のセンターとなっている。
平沢さんを受け入れるにあたって、バリアフリー化を中心とした一般的に行われている車いす用の改修工事を行った。即ち、エレベーターの交換・トイレの改修・OAフロアの段差へのスロープ工事・開き戸から引き戸への変更などを実施した。
しかし、彼女が実際に使ってみると、上肢にも若干の制約がある平沢さんにとって不具合が多かった。
- 車いすが左右の傾斜に弱く、斜行してしまう。
- 駐車スペース横のU字溝のフタに車輪がはさまってしまう。
- インターホンや操作S/W、操作盤の位置が高すぎた。
そのため、追加工事をしたのだが、予想以上の工事が必要になったとの事である。
(3)各種の支援や助成制度の活用
ア | 障害者作業施設設置等助成金を活用し、車いす用エレベーターに交換した。 |
イ | 就労支援機器貸出制度を活用し、「オフィス用3次元電動車いす」を借りて、平沢さんの作業時専用の車いすとして使用した。この電動車いすは上下30cmの可動域があり、室内の机やテーブル、書庫などの高さの違いに対応できたので、一部改善を加えた上での購入を考えたいとのこと(※「オフィス用3次元電動車いす」の貸出は現在行われていない)。 |
ウ | トライアル雇用とジョブコーチを活用した。 |

(4)支援・指導体制づくり
ア 所属部署での体制

平沢さんが配属された「事務集中課」の北原副部長は、隣席の先輩女性職員である武田さんを“障害者職業生活相談員”として養成する一方、ジョブコーチと共に作業の確定・調整、作業マニュアルの作成などをはじめ、日常の作業指導や習得状況の確認、職場の生活指導等の指導体制を創り、指導役を担当して貰っている。
イ 5日間の新入社員教育
新入社員としての職場のルールやマナー、金融業に携わる職員としての心得、社会人とは何か?などの研修を行った。
ウ 職場内の勉強会
「受け入れにあたって予想される問題点と対策」をテーマに、雇用管理上のノウハウや障害特性・指導上の疑問等支援・指導について、ジョブコーチの助言を中心に職場の上司・同僚による「受入研修会」を実施し、職場内の理解や受入れ環境の整備を行った。
エ 家族に対して
当初は、ケース会議にも同席してもらいながら、本人の体調や疲労度、職場での進捗状況についての情報を交換し、“最も身近な支援者”の立場での協力依頼を行った。
4. おわりに~障害者雇用の効果
(1)障害者雇用という社員教育
当金庫は、飯田市の“市街地再開発計画”への強力な参加要請を受け、現在『新本店ビル』を建設中である。
社内に設置された「新本店建設プロジェクト」のなかで示されたコンセプトは、『環境にやさしく人にやさしい、そして、街並みに溶け込む憩いの場、それでいて先進に富んだ存在』というものである。
この“新生 飯田信金”づくりの取り組み中に、今回の“車いす障害者の雇用”と受け入れ準備の諸活動が行われており、若い職員の中に障害者や高齢者への理解が一段と深まり、全社イメージのアップに貢献するに違いないと思うのである。
これはまさに“新本店建設に向けたコンセプト”にふさわしい社員教育が着実に行われつつある印象を強く感じたのである。
(2)おわりに
これだけ周到に準備をして障害者を迎えた例を、私はあまり知らない。
これは、障害者や高齢者にやさしく・・・という社会の動きに対し、障害をもって入社する若い職員に対して、温かく、やさしく迎え入れることで思い切って能力発揮してもらえる環境づくりに努めた結果だということが随所に感じられたのである。
さらに、これだけの投資をしたので、さらなる障害者の雇用も考え、投資効率をあげることをしていくとのこと。
今回の取材に協力していただいた平沢さんだけでなく、新たに入社されるであろう障害を持つ職員の方にも、この恵まれた環境の中で思いきり自分の能力を伸ばし、元気いっぱいに会社生活や社会生活を楽しんで欲しいものだと祈りながら取材を終えた。
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