焼きたてのおいしさを提供するベーカリー
~NPOによる精神障害者の雇用事業所~
- 事業所名
- 特定非営利活動法人中央むつみ会 ふらわあぽえむ
- 所在地
- 兵庫県神戸市
- 事業内容
- パンの製造・仕分け・店頭販売・配達・出張販売
- 従業員数
- 9名
- うち障害者数
- 6名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 0 精神障害 6 工房内でのパン製造担当、店舗内レジ担当、外商担当 - 目次

1. 事業所の概要と障害者雇用の経緯
(1) 事業所の概要
「ふらわあぽえむ」の前身は、「スワンベーカリーKOBE店」であり、ヤマト運輸の特例子会社である(株)スワンが全国で展開しているパンのチェーン店「スワンベーカリー」の兵庫県内における1号店であった。
このスワンベーカリーの運営に名乗りを挙げたのが、精神障害者の地域生活支援に長年携わってきた「中央むつみ会(坂井宗月代表)」である。
翌平成17年4月にはスワンベーカリーより独立し、「ふらわあぽえむ」として中央むつみ会が独立運営している。他の障害種別と比べ相対的に仕事に就くことや仕事を続けることが困難といわれ、雇用支援施策の面でもより困難な状況にある精神障害者の雇用の場を自ら創りだし、独自の運営を展開しているケースである。
(2)沿革と障害者雇用の経緯
ア 中央むつみ会
昭和56年、こころの病をもつ本人と家族が中心となり、地域の中で気軽に集まれる場、作業ができる場として「中央区むつみ会」が誕生(平成13年、NPO法人中央むつみ会となる)。
神戸市中央区において精神障害者の作業所などを運営しており、以前よりいかに精神障害者の一般就労を支援するのかが会の中でも大きな課題であった。作業所に通うメンバーが一旦就職しても様々な理由から長続きせず、作業所に戻ってくるケースもしばしばあった。就職すること自体も困難であるが、それと同様に就労を継続し自立した生活を維持することも、精神障害者の就労支援においては重要な課題なのである。
一般就労が続かない要因はケースによって異なるが、個々の就労経験が不足していることや、作業所の中では力を出せるが作業所の外ではそれをうまく表現できないことも理由の一つとして考えられた。こうした課題を克服するには、障害者自らが自信をつけることはもちろんのこと、そのための場所と仕組みをつくることが支援する側に求められていた。
イ 作業所パン部門の設置
そこで、平成13年から、福祉的事業所の一つとして「ホッとなベーカリー わくわく」を約3年間運営し、社会適応訓練事業所として作業所のメンバーの中から希望者を受け入れてきた。しかし、パンの工房内で製造を担当する職人と同じだけの職人技を習得するのは難しく、また居心地のよい作業所からあえて外へ飛び出そうという意識の変化はなかなか見られなかった。そのため、「わくわく」をさらに発展させ、一人ひとりが実力を出せる場を一つでも創りだし、雇用の場へと発展させるべく内部で議論を重ねた。
ウ スワンベーカリーKOBEの設立
こうした経過の後、障害者の自立と社会参加を支援するためヤマト福祉財団が全国で展開している「スワンベーカリー」の神戸でのフランチャイズ運営を申し出、厳しい審査を経て、平成16年5月、神戸市長田区の再開発ビルの一角に「スワンベーカリーKOBE」としてオープンするに至る。

設立には神戸市や兵庫県など自治体の協力を得、また採用にあたってはハローワークの協力により求職中の精神障害者に求人を紹介するなどして、最終的に5名の精神障害者を採用してスタートすることとなった。(平成17年5月には新たに1名雇用している。)
エ スワンベーカリーからの独立
オープンして約1年、平成17年4月にはスワンベーカリーより独立し、「ふらわあぽえむ」と名前を変え、中央むつみ会の独自運営店となった。
2. 仕事内容と職場内の支援
(1) 仕事内容
仕事の内容は主に三つに分かれており、役割分担されている。
・工房内でのパンの製造 (4名)
・店頭での販売・レジ担当 (1名)
・外商(配達・出張販売)担当(1名)
配達先は約15ヶ所で、平成16年11月からは法人内の作業所に販売業務を委託している。配達先は具体的には企業、学校、福祉施設、病院、役所関係など様々で、病院では売店での出張販売もしている。
(2)勤務時間
勤務時間については、オープン当初は週20時間程度から始め、仕事に慣れるのに従って週30時間へと徐々に増やすなど、個々の従業員に合わせて勤務時間を調整している。
また従業員の給与は県内の最低賃金を確保している。
(3)職場での支援
障害の特性上、緊張を感じやすくストレスをため込んでしまい、それを言えずにさらにストレスが大きくなるケースもあるが、そのような場合は無理をせず休むこと、それをきちんとスタッフに話すことを約束事にしている。スタート当初は特に、仕事をきちんと理解することが難しい人も中にはいたが、この点に関してはスワンベーカリーの業務マニュアルがあることが助けになったという。そのノウハウは独立後の現在も役立っている。
しかしながら、スタッフサイドとして日々特別な支援をしているわけではない。普段は見守りや必要最小限の支援にとどめている。支援が必要かどうかの見極めは重要、と代表の坂井さんは話す。
(4)業務手順の柔軟化
スワンベーカリーのフランチャイズとしてオープンして約1年、スワンベーカリーKOBE店は「ふらわあぽえむ」と名前を変え、平成17年4月より中央むつみ会の独自運営店として生まれ変わった。
独立の背景として、坂井さんはお店のある長田区の地域性を挙げている。この地域は客のニーズが明確で、これに対応していくにはフランチャイズとしてマニュアルを守っていては、地域のニーズに対応できないと判断したため。商売として継続していくために、独自のアイディアを打ち出す必要があったのである。
独立運営にともない、従業員の業務手順の柔軟化にも取り組んでいる。先述したとおり、マニュアルがあることで仕事内容が明確化され、働きやすい面はある。ところがその反対にマニュアルの通りに仕事をこなすことが難しかったり、プレッシャーになるケースもあるというのだ。このあたりは独自運営の利点を活かし従業員一人ひとりに合わせた対応を取るようにしている。
3. 「ふらわあぽえむ」の効果と障害者雇用のメリット
(1)障害を受け入れあう仲間と職場
オープン以来、心身の不調や職場内の人間関係等の理由で離職した従業員はいない。これには、もともと精神障害者の支援組織が運営しているため、病気と障害の違いを踏まえた職場の環境づくりを基本に据えていることから、障害のある従業員にとっては、我慢をしなくても良いという安心感を持って働くことができる環境にあることが挙げられる。
事業所側のバックアップもさることながら、共に働く「仲間」の存在が継続就労においては大きい、と坂井さんは指摘する。オープン当初から一緒に働き始めており、仲間がいることが言葉に出さずとも互いに支えになり、励みになっている。また新しく入ってきた従業員に対しても戸惑うことがないよう互いに気を配っているのである。
ある従業員は自らの障害を受け容れることが難しかったというが、仲間と共に働くことで障害を受容し、仕事を続ける自信をつけることができた。こうした成長の過程を経て、一年後には他の仕事への就職が決まるなど、この場所をステップに自立への道を進む者もでてきている。
これはパン屋の立ち上げ当初から、単に就労の場を作ることが目的だったわけではなく、その先にある「自立」を最終的な目的に取り組んできたことの一つの成果といえよう。
(2)精神障害者雇用のメリット

精神障害者を雇用するうえでの「売り」は何か?との問いに、坂井さんは「まじめであること、誠実で責任感があること」を挙げている。問題は経験の不足と自信の無さであり、事業所の少しの理解と工夫次第で、精神障害者の能力を生かす職場づくりはできるというわけである。
4. 今後の課題・展望等
(1)事業の安定
今後の課題として、大きく分けて二つの点が考えられる。一つ目は障害者の安定雇用の場となるために、いかに儲かる店になれるか、である。パンが売れなければ事業所として、また障害者就労の場としても成り立たなくなる。
現在は店頭販売よりも配達や出張販売など外商での売り上げのほうが大きなウェイトを占めているというが、やはり地域の客をどれだけ増やせるか、リピーターをいかに作るのかが重要なところである。お店がビルの地下にあることや(ただし隣には食品スーパーがある)、近所には競合店が一階に店を出していることも含め、違いをどれだけ出せるかも考えなくてはならないだろう。
これらの課題を乗り越えるための具体的な方法として、すでに始めていることもある。カフェとして店内でくつろげるようにしたり、周りの商店街と協力して月1回のセールを実施して地域に住む固定客の確保を図るといった営業努力はその表れである。
課題の二つ目は、いかに地域とつながるか、である。運営主体がNPO法人であることからいっても地域との結びつきは欠かせない。例えば地元の小学校との交流、婦人会と協力して作品展を店内で開催するなど地域に根ざした交流活動も検討しているという。こうした地道な取り組み・仕掛けをくりかえし展開していくことも必要であろう。
(2)障害者の受け入れの拡大

雇用の場と継続就労のしくみができたら、次は従業員以外のより多くの人にとっての、就労体験を積む場としての機能も期待できる。
例えば、卒業後の一般就労を希望する養護学校の生徒や社会復帰をめざす施設利用者を対象に実習生の受け入れも検討しているというが、就労経験がない、または不足している者にとっては貴重な実地体験の場となるだろう。その場合には社会適応訓練の登録事業所として訓練生を受け入れるなどの可能性も考えられる。
雇用面では、今後事業が広がりを見せれば、手帳を持たないいわゆるボーダーの人たちについても雇用の門戸を広げていくことも考えているという。
(3)独自モデルへの期待
精神障害者の雇用支援施策が大きな転換期を迎える中、「ふらわあぽえむ」はスワンベーカリーで学んだ経営の視点・ノウハウを活かしつつ、独自のモデルをつくり上げようとしている。
近い将来「ふらわあぽえむ」が経営の面でもさらに強化された時、精神障害者の就労の場を創ろうと願い、後に続く者にとって本当の意味でのモデル事例になるであろう。そうなることを筆者も願ってやまない。
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