病院内で食器洗浄業務に取り組む3人の知的障害者
~ジョブコーチ支援制度の活用~
- 事業所名
- 財団法人厚生会仙台厚生病院
- 所在地
- 宮城県仙台市
- 事業内容
- 地域医療支援病院(心臓・呼吸器・消化器・糖尿病)
- 従業員数
- 838名(法人全体)
- うち障害者数
- 7名(法人全体)
(当院勤務は、肢体不自由3名、知的障害3名の計6名)障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 4 医師(診療)、看護士(外来)、検査技士(検体)、医療事務 内部障害 0 知的障害 3 食器の洗浄、清掃 精神障害 0 - 目次
![]() 事業所外観
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1. 知的障害者の就労における課題
知的障害があると、抽象的な概念を理解しにくく、自分の意思表現や質問が苦手である。そして、偏見や差別に悩むことも多いので周りの人の理解が必要とされる。
障害者基本法(平成16年改正)では、「障害者」を「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と定義している。そこで、日常生活や社会生活における相当な制限を少なくするためには、わかりやすい言葉でゆっくり話したり、言葉以外のコミュニケーション手段を活用したり、障害の特性を正しく理解することが重要である。
現在、知的障害者全体の1/3が施設に入所しており、地域移行が大きな課題だ。親元に帰るのではなくふるさとに戻るのだから、地域で主体的に生活できるような基盤整備が重要である。そのためには様々な工夫によって「できる」ことを発掘して、向上心や自信を引き出し、一人一人に適した就労を実現する必要がある。これまでの授産施設などの福祉的就労から一般就労に移行する人はきわめて少ないとされているが、この移行がスムーズに行なわれることが是非とも望まれる。
職務によっては障害者が就業することが困難であるため、一律に雇用率を適用することが不適当な職種に対する「除外率制度」があるが、これは障害があると一定の職種に全く就きえないことを想起させるので、その割合を縮小させる傾向にある。そこで、今回は除外率制度が設定されている医療業、すなわち、病院内の知的障害者の就労例について紹介する。
2. 病院の概要と給食業務
財団法人厚生会仙台厚生病院は仙台駅から車で15分、東北大学医学部附属病院と道路を隔てて位置している。同病院は、ベッド数383床を有しているが、総合病院形式をとらず、心臓・呼吸器・消化器・糖尿病の4部門の専門性を充実させている地域医療支援病院である。地域のかかりつけ医から紹介を受けた患者や救急車で搬送された患者たちを中心に、高度先進医療と救急医療に力を入れている。とくに、心臓カテーテル手術件数、心臓バイパス手術件数では、東北一位の実績を示している。
仙台厚生病院は医療分野において先駆的な専門性を有するユニークな病院であるとともに給食提供においても他にない特徴を備えている。すなわち、多くの病院では外部業者に委託して給食業務を行っているが、仙台厚生病院では直営で食事の提供を行なっているのである。
同病院の入院患者への食事の提供は、6人の栄養士、14人の調理師、1人の調理助手、6人のパート従業員、そして3人の知的障害のある従業員が行っている。担当の栄養管理課長によると、患者一人一人の大切な食事を自信を持って提供するにあたって、給食業務を直営することは職員の業務に対する責任感につながっている。
3. 障害者雇用の取り組み
(1)3人の知的障害者による食器洗浄業務
当社は、障害者作業施設設置等助成金の補助で全自動食器洗浄機を交換設置したことによって食器洗浄業務が比較的単純な幾つかの作業工程に分けることができ、知的障害者の就労が可能になった。
食器洗浄の業務が知的障害者によって行われるようになってから1年8ヶ月になる。現在、2人の重度知的障害者を含む3人の知的障害者が、適宜指示を出す1~2人のパート従業員と食器洗浄を行っている。
3人は、午前8時半に仕事を開始し、午後5時15分に終了するが、食器洗浄は午後3時までには終了し、その後は掃除や器材の清掃を行う。洗い場で指示を出すパート従業員は午後4時に仕事を終えるので、清掃を行うにあたっての混乱を防ぐため、指示は調理場の特定の従業員が行う。
3人の仕事は、現在は順調に行われているが、取り組み開始直後の1ヶ月は、毎日が困難と混乱の連続であったと大友課長や指導担当者は振り返る。なにしろ、知的障害のある人とともに働いた体験がまったくない従業員達にとって、当初はどのように関わったらよいのか皆目検討もつかなかったのである。
そこで、地域障害者職業センターに依頼して配置型ジョブコーチによる支援が行われることとなった。
(2)雇用開始直後におけるジョブコーチによる支援
食器洗浄には3名の知的障害者が想定されたが、初めから3名の雇用は事業所の負担が大きいと判断し、先ず2名を採用し、1ヵ月後に1名を採用した。
ジョブコーチによる支援は3ヶ月にわたって行われたが、支援開始直後は週に3~4回程度、それ以降週に2~3回、さらに週1回程度というように徐々に支援回数が減った。そして、現在は、2~3ヶ月に一度、本人と母親、指導を担当するパート従業員、給食担当課長、病院事務職員の情報交換会のときに地域障害者職業センターの障害者職業カウンセラー及びジョブコーチのフォローアップのみで、就労は順調に継続されている。
職務内容の調整、作業内容、作業工程などについてもジョブコーチの支援が行われた。混乱や不安を感じないように業務を行い、自信を深めていくことが大切であるため、簡素に単純化した洗浄作業についてもそれぞれの役割、行うべきことを大きな文字でわかりやすく記して、壁に貼って示した。
また、当初は午後3時以降の時間帯の作業内容が決まっていなかったため、器具の洗浄等従事できる作業を列挙し、一人一人がどの作業に対応可能か事業所担当者とジョブコーチが一緒に考え、この時間帯の作業内容と工程を決定した。
障害の理解と障害に配慮した対応方法も大きな課題であった。言葉だけの指示では理解できないことが多かったので、一つ一つ丁寧に指示するとともに、当初は職場の指導担当者が行って見せ、やらせてみての繰り返しを行った。担当者も、「何でこのようなことがわからないのか」と思ったこともあったが、一つ一つのステップを繰り返し、注意したり、ほめたりの繰り返しを根気強く続けた。
また、指示の出し方にも工夫が必要であった。不特定多数の人が指示を出すと知的障害のある人は混乱する傾向があるので、指示を出す人、当事者が困ったときに確認を求めたり、質問したりする担当者を限定した。なお、本人がミスしたときや良いことはその場ですぐに話すよう取り組んだ。
知的障害のある人はコミュニケーションが苦手なことがあり、言葉の理解にも気を配る必要があった。重度知的障害のあるPさん(男性)が、Qさんの背中を叩いてしまったとき、叩いたPさんが、「Qさんが叩いた」と言った。他の従業員は、「Pさんが叩いたのに、何を言っているのだろう」と思ったが、Pさんは言語表現が苦手で、特に助詞をうまく使うことができないためであることが判明した。一人一人の障害特性の理解もジョブコーチから助言を受けながら進めた。
仲の悪くなったPさんとQさんの気持ちを受け止め、家族に状況を伝えたり、他の従業員の障害理解を深めることにもジョブコーチが大きな役割を担った。その後、Qさんは1年働いた後に離職したが、かわりに若いSさん(男性)が採用された。Sさんの採用時にもジョブコーチ支援が行われた。次に、現在働いている3人の状況と簡単なコメントを紹介する。
(3)3人の知的障害者の勤務状況と意欲
3人のなかで年長のPさんには年齢相当の関わりをもつよう従業員達は意識している。Pさんは何事も速い動作で行う特性があるが、反面、仕事が雑になりがちである。以前は、ほかの人がPさんの仕事を行って、Pさん自身は仕事がとられたと思い怒りを表したこともあるという。また、採用当初は片言の会話だったが、従業員達からのはたらきかけもあり、現在は言葉が出るようになってきている。Pさんに仕事について尋ねたところ、「今の仕事は大好きでとても楽しい」と答えてくれた。
Rさん(女性)は、かつてクリーニングの仕事をしていたが、社員数削減に伴い仕事を失った。現在の仕事は大変だが頑張って働いている。休みの日に外出したり、くつろいだりすることが楽しみだ。「ずっとこの仕事を続けていきたい、一生やっていきたい」と率直に話した。会話のやり取りから着実に仕事に取り組む姿勢が感じられた。
最も若いSさんの仕事のテンポは、Pさんとは対照的にとてもゆっくりしている。Sさんもまた、「今の仕事をずっとやっていきたい」と話した。
テンポの速いPさん、のんびりテンポのSさんと2人の大きく異なるテンポを変えることはできないので、周りの従業員は2人の持つテンポに応じた注意深い配慮をしている。
![]() 適切な指示を出す職員(中央)
とともに働くPさんとSさん |
![]() 壁に貼られた作業内容等
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4. 病院内就労の可能性について:適切な支援とは
医療業には雇用義務の軽減措置である除外率制度(40%)が設定されており、一般的に病院内の障害者雇用例は少ない。しかし、障害特性に応じた機器を設置するなど適切な配慮を行なえば、病院内でも障害者雇用が可能であることを当社は示している。
また、障害理解や関わり方についてはジョブコーチによる支援を活用している。知的障害者の場合は精神障害でも同様であるが、偏見と差別が大きな問題である。障害の理解不足による様々な誤解があり、仕事を遂行する上でのマイナスイメージ、「できないというイメージ」が大きい。確かにわかりづらいことや「できないこと」もあるが、「できること」や「できそうなこと」に着目し、適切な支援や職場の環境条件を整え、さらに「できること」を発掘し、仕事に結びつけていくことが重要である。その際ジョブコーチ制度の活用が大きな成果を導く。
当院の取り組みは、一見複雑と思われる作業工程でも、機器の導入や構造化によって比較的単純な作業工程に分解することができ、障害のある一人一人に応じた支援のもとに、充実した就労が実現できることを示している。比較的単純な作業工程に対し、継続して取り組むことに優れている特性のある障害者も多いことを指摘したい。
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