和太鼓の指導から始まった知的障害者の雇用
~さらなるネットワークの構築に向けて~
- 事業所名
- 有限会社なか川
- 所在地
- 広島県大竹市
- 事業内容
- 麺類製造、調理麺製造、スープ製造、麺類専門店「宮島競艇場食堂」経営
- 従業員数
- 32名
- うち障害者数
- 5名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 5 製造業務 精神障害 0 - 目次
![]() 事業所外観 |
1.事業所概要
(1)沿革
明治23年 醤油醸造店として創業。
昭和23年 製麺工場を併設。
平成4年 有限会社なか川設立。
平成7年 障害者雇用優良事業所として県協会長表彰を受賞。
平成13年 ハサップ対応型新工場完成。
(2)事業内容
当社は、競争の激しい食品業界の中で原料の厳選をはじめとした麺作りにひとかたならぬ努力と研鑽を積み重ね、麺類製造、スープ製造、調理麺製造などの製品構成を充実させるとともに、最近では手作り感などの独自色を打ち出しながらインターネットを活用した販路拡大策にも力を注いでいる。また、宮島競艇場内に食堂を出店している。
2. 障害者雇用の経緯
当時、地元大竹市を拠点とした和太鼓グループ「亀居城太鼓」のチームリーダーとして活躍中であった中川忠社長へ、「大竹市手をつなぐ育成会(知的障害のある本人と親の会)」から、地元での県大会を控えていた同会の出し物として障害児による太鼓演奏の構想を聞くとともに、彼らへの太鼓の指導依頼を受けた。社長は「お役に立つことならば応援したい」と引き受けたことから、社長と障害のある子ども達、その保護者との交流が始まった。
その後2年弱、和太鼓指導を通した付き合いを重ね、保護者とも交流するなかで、卒業後の進路相談を受けたことから、当社での障害者雇用に至った。
当社が障害者雇用に取り組んだのは平成2年3月からであるが、現在は5人の知的障害者を保護者や学校などの支援を受けながら雇用し、安定した就労生活を続けている。
また当社は、常時、障害者福祉施設から研修生を受け入れている。
3.取り組みの内容
(1)従業員のフォロー体制の構築
最初に雇用したFさんに対して、当社は特別な作業を用意していたわけではなく、社長も従業員も気負わずに普段着で接した。存在したのは2年近く和太鼓指導を通した付き合いで培った本人と保護者との人間関係と、「できるところまで受けとめていきたい」という社長の人間観であった。
最初の一年は様子を見ることを基本に、作業内容は、本人の理解が得やすい箱洗いとスープタンクの水洗いを設定した。当初Fさんは、腹痛を訴えて出社拒否を繰り返したり、作業途中にダンボールの隙間で寝ていたりと、学校生活と異なるリズムに戸惑っていた様子が窺えた。
このような状況に対し、他の従業員に対して、従業員同士お互いに注意をしたり受けたりすることから本人にストレスが溜らないよう、厳しい注意は行わないことを申し合わせ、可能な限り単独作業ができるように心がけ、従業員は離れたところから見届けフォローするよう、社長主導による細心のバックアップ体制作りに取り組んだ。

(2)成功体験を通したステップアップ
Fさんが徐々に作業に慣れてくることによって、作業内容も拡大した。製品を入れる箱は洗い終えた後は決められた数にセットする内容であるが、数のカウントが苦手なFさんも取り組み、経験を重ねることで箱の組み合わせごとに適切にセットすることができるようになった。また、「ゆで麺」部門を任せ、麺の下地作りをほぼ習熟すると、いつしか従業員の輪の中に加わるようになった。

自由な社風の中で次々と新たな作業をこなし、できなかったことができるようになることで周囲から認められ、自信を深めることで新たな作業へのトライを続ける。こうした障害者の視線に合わせた受け入れ体制は、無意識のようで実は細かい観察の上に成り立っている。
製造現場で活躍できるよう粘り強く指導し実績を重ねてきたことは、平成13年の最新設備を有した新工場への移転に際して、特に作業効率が落ちたという話は出なかった。また、Fさんの雇用から順次、障害者雇用を推し進め、現在では5人が職場で誇りを持って活躍している。
(3)もう一歩高いところへ
嗜好が目まぐるしく変容する食品業界にあって、作業工程は実に広範囲で、決して単純作業が継続して固定されているものではない。臨機応変な対応が絶えず求められる職場で、彼ら5人は全社をあげてのバックアップ体制を受け、生き生きと働いている。
社長は、できる作業を増やすこと、できるようになったらもう一歩高いところを目指すこと、を方針として障害者雇用に取り組んでいる。障害の程度も特性も異なる5人は、各部門を単独でこなし、また他の従業員とコンビを組み前向きに作業に取り組んでいる。


(4)三者一体のネットワーク
定着率については、Fさんが丸16年の勤務。最後に採用したSさんも8年目である。
社長は、「本人には必ず適切なポジションがある。粘り強くトレーニングすると能力が開花されてくる」「雇用に当たっては、親の顔が見える関係を望んでいる」「われわれの関係はオーケストラに似ている。フォローし合っていかなければ・・・」と語る。
彼らとは和太鼓を通した指導による信頼関係が醸成されており、同時に、保護者とも良好なコミュニケーションが図られている。社長自らの和太鼓を通した企業人としての地域還元がもたらす「功績」により、事業所・本人・保護者の厚みのある三者一体の関係になっている。
この三者は、ともに和太鼓グループ「ともしび太鼓」の演奏メンバーとして県内各地から依頼がくるほどの実力を備えてきた。演奏者として溌剌と活動している彼らの輝きは、職場では従業員として反映されている。
4.今後の課題と展望(さらなるネットワーク構築に向けて)
(1)社長から学校・保護者への提言
社長はこれまでの経験から、学校に対し、彼らに多くの作業内容を提供するためには、職場実習は高校3年生からでは遅いと直言、就労を意図した実習は高校1年生から始めるべきと提言している。その方がお互いにとってプラスになると言う。
保護者と学校そして当社は、この人は就職できると先ず信じ、目標を三者が共有し普段から連携を図っていくことが重要なポイントになる、とも言う。
併せて、社長は親に対しても「しつけは家庭で厳しくしていただきたい」と明確に言い切る。トラブルなど生じた際に一番に対応できる親の顔が見える関係を望んでいるだけに、その思いは強い。
(2)経営者としての責務
社長は、「Fさんの雇用をきっかけに事業所経営が順調になった」と言う。また、「われわれ(企業)は社会貢献をしなければならない」。「障害者雇用に対して、雇用率などにこだわるのではなく、社会全体がもっと積極的に応援するよう取り組んでいく風潮をはぐくむべきだ」とも言う。
障害者を見つめる社長には、一貫した暖かさと同時に企業人としての社会的責務及び経営を担う厳しさがうかがわれる。
(3)地域資源の活用
現在当社が雇用する5人の年齢は20歳代から30歳代前半と、保護者も壮年となってきている。長期的な視点で考えると本人の自立に向けた具体的な支援、とりわけ余暇の過ごし方と権利擁護に関する内容は必要となる。
和太鼓仲間との交流も心強いが、さらに障害者自立支援法によるガイドヘルパー制度などを活用することによって地域と繋り活動領域も拡大し、また、金銭の使い方に今のところ問題はないが、悪徳商法が横行する昨今、権利擁護の視点で「福祉サービス利用援助事業」の活用について学習することで、障害者の地域生活をより強固なものにする必要がある。
障害者雇用は、保護者と学校、事業所による三者のスクラムが重要であるが、さらには、様々な社会資源を活用した地域ぐるみのネットワークにより安心して障害者雇用に取り組める体制を整えていく必要がある。
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