できることに着目して職務を再構築した知的障害者雇用の取り組み
1. 事業所の概要
昭和43年に設立した当社は、本店事務所ほか石川県内に7店舗、富山県内に1店舗設置し、パーマ、カット、セット、メイク、婚礼着付けといった美容業を行っている。
全従業員100名のうち、障害のある従業員が1名、石川県内の一店舗「カミオCION」店で勤務している。


2. 障害者雇用の経緯
(1)富田代表取締役の判断
将来は美容師を目指し補助業務をしてくれる人材を求人していた富田代表取締役が、ハローワーク金沢の障害者担当官と知的障害のあるAさんが利用している施設の職員が詳しい話を聞きたいとの申し出を受けたことが始まりであった。
直ちに面接とはせず、障害のある人の雇用を検討するにあたって説明を受けながら、富田代表は前向きな姿勢で検討し、どのような場所でどんな仕事をするのかについて判断した。
実は大学時代に教育心理学を専攻していた経歴があり、その折に講義で知的障害児について学び関心を抱いていた富田代表は、今回の障害者雇用を検討して欲しいと相談を受けて、「将来、何らかの形で役に立ちたい」思いが呼び起こされたことがきっかけとなって具体的に話が進み、空間的にも働きやすい環境であるCION店にて雇用への取り組みがスタートした。
3. 取り組みの内容
(1)知的障害のあるAさんの雇用に向けた取り組み
Aさんは、養護学校の高等部を卒業後、社会的な自立を目指して金沢市にある知的障害者通勤寮『愛育通勤寮』に入所、現在に至っている。通勤寮の生活では、今まで家族に依存して自分ではほとんど行わなかった掃除や洗濯などを自分でするようになり、日常生活に関することが徐々に自立してできるようになった。
また通勤寮入所と同時に、就職に必要となる技能を修得するため、石川障害者職業能力開発校へ入校し、清掃管理や介護サービスなどのさまざまな技術を1年間にわたり学んだ。残念ながら卒業と同時に就職をすることはできなかったが、その後はハローワーク金沢や石川障害者職業センターと連携して就職活動が進められることとなった。
(2)障害者雇用援護制度やサービスの活用
1)障害者職場実習・トライアル雇用・助成金制度の活用
就労経験を持たないAさんは、すぐに障害のないスタッフと同じ扱いを受けると対応が困難な旨説明を受け、当店の負担を防ぐため、石川県障害者職場実習制度やトライアル雇用を計4ヶ月活用することとした。この期間中に当店のスタッフの、Aさんへの理解がさらに深まり、Aさんも段階的な支援により仕事も覚えることができ、大きく雇用に向けて前進することができた。
なお、本採用にあたっては、業務遂行援助者助成金を活用した。
2)就労支援機関の活用
当店のスタッフが、石川障害者職業センター(ジョブコーチ)や通勤寮の担当職員と役割を持ち、Aさんへの対応を図った。
①作業支援(スタッフ、ジョブコーチ)
職務内容について、スタッフとジョブコーチが協議しながらAさんのできることに着目し、職務を整理し割り当てた。また、作業技術の付与については、Aさんは言語での理解を苦手とするため、モデリングや絵・写真等で説明するなどAさんに合わせた形で対応が図られた。
②生活支援(通勤寮の担当職員)
Aさんの就労にあたり、まず解決すべき課題に通勤手段の確立があったため、通勤寮の担当職員に課題解決を依頼した。通勤寮の担当職員は写真などを使い、乗車バス選択や降車のタイミングを視覚的に自分で判断できるようにマニュアル作成などの支援を行った。
他にも生活の場の支援として、スタッフが通勤寮の担当職員と協力して体調不良時の連絡調整や出勤時の身なり(服装・寝癖など)の確認などを行った。
(3)職務の再構築
当店における職務が限定されるなかで、Aさんが「できること」に着目し、作業内容を見直し、作業の入れ替えをしてAさんの職務を再構築した。
以下、Aさんの職務再構築のプロセスである。

(4)作業内容と支援内容
実習を始めた頃は、Aさんの職務は上図③まで設定していたが、仕事に慣れることにより作業効率が上がり、手の空いた時間が出てきたため、上図④以降の作業を追加した。
なお、Aさんの、写真や絵を用いることにより判断がしやすい特性を生かして、Aさんの役割(上から順番に優先する作業や手順)を示した写真をドアに貼り、手が空いた時などはこれを見ながら、次に何をすれば良いのか確認をして作業を行うようにした。

1)①タオルの洗濯
☆ 洗濯・乾燥
☆ タオルたたみ
☆ 棚への片付け
タオルも用途に合わせて使用され、5種類以上があり、たたみ方も違ってくる。
繰り返して作業することにより、理解することができた。
作業上の課題点 | 取り組み |
---|---|
カウンターでの作業にあたってお客さんに対し、挨拶がうまくできない |
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洗濯(30分)・乾燥(30分)を合わせると約1時間の工程時間が発生するため、機械の終了ブザーがなるとすぐに次の工程に取り掛かる必要があるが、作業に集中するとブザーが聞き取りづらく気づかないことが多い。 |
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2)②器具の洗浄
この作業に関しては特に問題が無く習得できた。
3)③シャンプー用のエプロンたたみ
シャンプーの際にお客さんの体が濡れないように使うエプロンをたたむ作業をAさんに任せたが、形が複雑なため、きれいにたたむ事ができなかった。勤務時間中は練習時間が持てないため、エプロンを1枚、通勤寮へ持ち帰ってもらい繰り返し練習する事により技術の習得を図った。
4)④駐車場の掃除
タオルの洗濯や乾燥が終わるまでの繋ぎの職務であるため、タイマーをセットし時間を区切って作業させた。なお、小休憩時間もタイマーを使うことにより時間をきちんと守ることができ、有効な道具となった。
5)⑤雑誌に挟まった髪の毛取り
お客さんへの配慮として大切な職務であるが、1ページ毎に髪の毛を取る作業は、時間が掛かりスタッフにとって大きな負担となるため、単調な仕事を好んで黙々と作業をすることができるAさんに任せることにより、スタッフは専門業務に専念することができた。
6)⑥ゴミの回収
スタッフの手作りによる絵を使った手順書で、作業順序の理解を促した。

7)その他
Aさんへのスタッフの対応方法がきちんと確立し、容易に状況確認ができるよう図るともに、作業指示が複数化しないようにしたため、Aさんは混乱せずに作業ができた。
(5)事業所の所感
障害者を雇用しての事業所の感想は以下のとおりである。
1)富田代表取締役
「事業所としては、仕事をとても真面目に取り組み、きちんと役割を担ってもらえ、期待以上の働きでした。また、心配されていたスタッフとのコミュニケーションも少しずつですが取れるようになり、楽しそうに働いている姿を見ると全く問題は感じていません。
これからの課題として、作業内容の更なるレベルアップやそれに伴う昇給の額などがありますが、関係機関と連携をしながら検討したいと考えています。
今後はAさんの雇用をきっかけとして、仕事をする場所が確保できれば障害のある方の雇用をさらに検討していきたいと考えています。」
2)山内カミオCION店長
「Aさんを雇用して大変さを感じたのが、仕事を教えることでした。今はそうでもありませんが、覚えるまで繰り返して教えなければならない負担がありました。また、目つきの鋭さ(じっと見てしまう)を数名のお客さんから指摘されることがあり、作業位置の変更を行いました。
雇用して良かったことは、他のスタッフが美容師としての専門業務に集中できること、Aさんが素直であることが挙げられます。総じて考えるとメリットの方が大きく、雇用して良かったと考えています。今まで障害のある方と接することがなく、障害を考えることもありませんでしたが、今は障害のある方のことを考えるようになりました。」
4. さいごに
美容室は専門技術を必要とし、接客などのサービスを提供するところとして捉えられるため、知的障害のある方の就労の場として判断されていない部分があるが、実際は美容室でも様々な職務が存在し、その中には障害のある人でも十分従事できる内容があること、そして彼らが「できること」を一つでも多く見出すことが大切であることを当社の取り組みは示している。
なお、Aさんは、就労という目標が達成されたことにより、次は生活の場を施設からグループホームへ移行する目標も持ち始めている。地域での生活も簡単ではないかもしれないが、経済的にも安定しており、就職をすることができた自信から必ず地域での生活も成功するものと期待している。
生活支援ワーカー ジョブコーチ 長谷川 剛
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