特例子会社における聴覚障害のある板金・塗装熟練工の取り組み
~コミュニケーションの配慮を通じて技能の向上を図る~
- 事業所名
- 株式会社カローラ宮城テック(トヨタカローラ宮城株式会社の特例子会社)
- 所在地
- 宮城県仙台市
- 事業内容
- 自動車車体整備業(板金・塗装)
- 従業員数
- 17名
- うち障害者数
- 8名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 8 自動車の板金・塗装 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 0 精神障害 0 - 目次

1. 事業所の概要(特例子会社設立の経緯)
(1)当社の前身事業所における取り組み
当社は初めから特例子会社として創立されたわけではなく、保家邦郎社長により1971年3月にトヨタカローラ宮城株式会社の社内外注会社として創立されたアポロ自動車工業株式会社が前身である。
板金・塗装を業務とするアポロ自動車工業は、創立2年後から宮城県立ろう学校塗装科の卒業生の採用を始めたが、そのきっかけは、社長が修業時代に勤めた事業所で聴覚障害者たちと働いた経験があったからである。
コミュニケーションの重要性を認識した社長は、独学で手話を勉強したが、努力して覚えた手話は通じないことが多かった。やがて社長は、自分の手話が問題なのではなく、覚えた標準的手話が通じないことに気づいた。
当時のろう学校では、唇や口の動きで相手の話すことを読み取る口話こそが健聴者とコミュニケーションを図るために必要な手段と考えられ、手話教育は行われていなかった。しかし、口話は身につけるのは至難の技で、十分可能な人はきわめて少ない中、聴覚障害者たちは先輩や仲間から見よう見まねで手話を覚えたが、仕事上の複雑なコミュニケーションが十分とれず、手話が不得意な人や文章が苦手な人の方が多かった。
そのような状況の中、板金・塗装作業を行う場合には、毎朝、一台ごとにその日の作業について綿密に打ち合わせる必要があるため、当初は、手話、筆談、ジェスチャーなどを繰り返し、情報のやりとりに時間を費やした。
1979年、社長の修業時代に5年間ともに働いた経験を持つ岩本さんたち3人の聴覚障害のあるかつての同僚たちが「いっしょに働きたい」と入社した。以前の職場では、社長と岩本さんは一緒に通勤したり野球をするなど互いに仲の良い友達であった。時間をかければ口話ができる岩本さんは、標準的な手話だけではなく、仲間同士の我流の手話などもわかるため、岩本さんを介してコミュニケーションをスムーズにとることが可能となった。
(2)特例子会社への移行
社長は創立20年後に、トヨタカローラ宮城株式会社に経営権を譲渡し、大きな組織のもと特例子会社として、安定した障害者雇用の充実を図る決心をした。
特例子会社への移行(当社の設立)という社長の決断は、長年、仕事上の関わりが強かったトヨタカローラ宮城の経営者が障害者雇用に深い理解を示していたことや、両社の従業員同士がすでに互いによく知り合っていたことを根拠とした。当社設立の際、当時のトヨタカローラ宮城の菅野邦彦社長が社長を兼務、保家社長は常務となった。
(3)親会社との交流(技術指導の実施)
コミュニケーションや職場環境に対する配慮の取り組みにより、長期にわたる聴覚障害のある従業員一人ひとりの技術力の向上が当社に対する評価を高めた。やがて聴覚障害のある熟練工たちが今度は手話やジェスチャー、筆談などを介して、それまでに培ってきた技術を親会社から出向してくる社員たちに指導するようになり、指導を受ける社員も真剣に取り組んだ。
なお、当時の様子は1994年、NHK教育テレビの聴覚障害者の時間に、「聴障の熟練工たち、板金塗装工場20年の歩み」として全国に放映された。当時、月平均の車体整備台数が他社より飛びぬけて多く、聴覚障害のある熟練工による高い技術力によって修理後の仕上がりの質の高さを維持する当社には各地から多くの人々が視察に訪れるようになった。
それから10年以上たった2006年3月、それまで9人の聴覚障害のある熟練工のチームの中心的な役割を担ってきた岩本さんが定年のために退職した。
2. 取り組みの内容
(1)聴覚障害に対する取り組み
障害者基本法による「日常生活または社会生活において相当な制限」に関して、聴覚障害者の場合は、コミュニケーションに関する制限によって情報不足や経験不足が積み重なり、信頼関係を築くのが難しくなったり自信を持てなくなったりする場合がある。当社では、それらの「相当な制限」を軽減するため、環境や人間関係について配慮を重ね、本人のやる気を引き出し、成功体験ができる環境を通して一つ一つ達成感を持たせることにより技術の向上を図ってきた。これらの取り組みにより、長い年月のうちに彼らは熟練した仕事人となった。
周りの健聴者同士の会話に対し、彼らは、自分のことを言われているのではないかという不安を持つ場合があるため、今何を話しているかについて簡単な説明をすることも重要である。また、健聴者同士が当たり前に理解できることでも、彼らには背景となる経験が不足しているため理解しがたいこともある。そのような場合は、さらに時間をかけ工夫して情報のやり取りに努めている。
彼らの職業生活を充実させるためには、事務職で生活相談員の菊地さんも手話を使っているように、コミュニケーションに留意しながら信頼関係を築き、一人ひとりの潜在的な能力を引き出して、その人ならではの作業遂行力を伸ばすことが重要である。

(2)聴覚障害者雇用の状況
従業員数17名の当社では、うち8名が聴覚障害のある社員であり、親会社から出向してきた社員とともに板金・塗装作業を行っている。また、親会社の県内24の拠点営業のうち3か所に設置している板金工場で働く社員は、聴覚障害のある熟練工によって指導を受けた出向社員である。
板金・塗装は技術力が仕上がりの質に正直に反映する。大破した自動車の修理など、難度の高い作業が聴覚障害のあるベテラン熟練工の担当になる。ほとんど原形をとどめない車体が、ついにはどこを修理したのか判別できない仕上がり状態になる。エンジンルームや車輪の取り付け個所などはわずかな狂いも許されない。
板金作業において、てきぱきとした動きで複雑な工程に従事している彼らは、塗装科で技術を習得したこともあり、仕事を覚える際に非常に苦労したが、現在はコンピュータによる計測や機器を活用し、微妙な個所は長年培ってきた勘と技術で仕上げている。また、現在も常に新しい技術を習得することが要求されている。
また、塗装作業においても板金作業と同様、繊細な技術が要求される。機器の発達も著しく9割程度は調色器に頼れるが、1割は勘と経験に基づく熟練した技能がものをいう。


3. 障害者雇用に対する考え
2006年6月に親会社と当社に着任した伊藤潔社長は、企業の発展に大切なことは、①トップの理解とビジョン、②実行するキーになる人、③当たり前のように仕事ができる環境、の3点を挙げる。特例子会社設立に携わった初代の菅野社長の理解とビジョン、また現場のキーマンとしての保家常務の努力によって、コミュニケーションの円滑化と日々の技術力向上のための環境が整えられ、それらによって彼らの意欲と向上心が、板金・塗装業界において今日高い評価を受けている。
保家常務は伊藤社長の障害者雇用に対する理解の深さとビジョンによってさらに障害者雇用が発展・充実すると期待している。
誰もが障害を持つ可能性がある中で、事業主の方たちは障害者雇用にあまり臆病にならなくていいのではないかと保家常務は話す。障害の種別や等級ではなく、本人が潜在的に持っている能力に期待してその人を信頼することが障害者雇用を充実させるための基本である。
特例子会社といえども企業である以上、障害者雇用を達成するという社会的責務とともに、収益を上げ株主に還元する責任がある。健常者が障害者を支援することは当たり前のことではあるが、そのことが健常者の負担になってはならず、障害の有無を問わず生産性は追求される。その期待に応えることができなければ、事業所にも社員にも将来はないと保家常務は強調する。
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