障害を特別視せず、熟練工の育成に取り組む
- 事業所名
- 横浜ゴム株式会社平塚製造所
- 所在地
- 神奈川県平塚市
- 事業内容
- タイヤ・工業用ゴム製品製造
- 従業員数
- 1,646名
- うち障害者数
- 31名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 18 製造作業 肢体不自由 5 製造作業 内部障害 7 製造作業 知的障害 0 精神障害 1 休養中 - 目次
1. 事業所の概要
1917年に創立し、日本でもトップ3 に入る老舗タイヤメーカーである横浜ゴム株式会社は、国内外に10以上の製造拠点を構えている。当製造所は1952年に操業を開始。戦後の復興を経て、まさに日本のモータリゼーションの隆盛とともに発展を遂げてきた。
現在、広大な敷地には研究施設と、コンベアベルトやマリンホースなどのゴム製工業品、飛行機の機体部材やロケットの配管などの航空部品、ゴルフ用品「PRGR」ブランドのクラブなどを生産する工場群が並ぶ。
当製造所で勤務する障害者31人のうち、18人が聴覚に障害がある。付近の県立平塚ろう学校をはじめ、北海道や東北など地方のろう学校にも声をかけ、毎年1~2人を雇用する。
「基本的には彼らがハンディキャップを持っていることを認識し、その対応はしながらも、障害者も健常者も区別なく扱う。それが私たちのポリシーです」と及川常男製造所長代理は話す。
障害者雇用率は2.72%と、横浜ゴム株式会社の他工場に比べ、障害者の雇用に積極的な取り組みを見せている。
障害者の従事業務
工業品・航空部品・接着剤などの製造部門、実験部、品質保証部、お客様サービスセンターなど

2. 新入社員研修で「助け合い」を学ぶ
障害のある社員に与える最初の試練が、1泊2日の新入社員研修である。
4月1日の入社式後、すぐに始まる新入社員研修では、まずグループ意識を持つことから指導する。20~30人の高校新卒者を4~5グループに分け、研修中はすべてグループで協力して課題をこなしてもらう。
まずは、グループ内で、初対面で名前も知らない、学校も出身地も違う18 歳の若者たちの自己紹介からスタートする。
さて、この新入社員のなかに一人だけ聴覚障害者がいるとする。どうやって自己紹介すればいいか彼は戸惑うに違いない。困った表情で指導役の先輩の方を振り返っても、先輩は無表情に「自分で考えろ」とジェスチャーするだけだ。

「すると一生懸命考えるでしょう?それが大事なステップなんです」と研修を担当する仲野貞夫さんは話す。
「過去には怒り出す人もいましたよ。『自分は障害者なのに、なぜ特別扱いをしないんだ』ってね。小・中・高と、ずっとろう学校で障害者の世界にいた分、外から特別に扱われるのが当たり前と思ってしまっているのかもしれません。それが社会に出て、初日にこの研修ですからね。混乱するのも分かりますが、ここで意識改革を行うことが、すべての始まりになるんです」
紙とペンを探してきて筆談から始める人、必死に声を出して身ぶり手ぶりを加えながらアピールする人など、それぞれが工夫を凝らし、つたないながら自己紹介を始める。
そしてさらなるテーマが彼らに課せられる。今度はグループメンバー全員の名前を覚え、その紹介を皆の前でするというものである。
「自分の名前をメンバーに覚えてもらうこと、自分がメンバー全員の名前を覚えること、そしてそれを間違えずに発表すること。たった3つの課題ですが、自分が間違えればグループ全員がやり直しを命じられます。時間は限られているし、気持ちは焦る。なかなか難しいですよ」
グループのなかに障害者がいればなおのこと。健常者もどうすればスムーズにコミュニケーションがとれるか頭を悩ます。健常者にとっても彼らと一緒に作業を進めるのは初めての体験となる。
それらの活動のなかで、ともに力を出し合い、助け合う気持ちが自然と生まれてくる。「そのプロセスが大事なのです」と仲野さんは力説する。
時には少々トラブルも起きる。数年前には、研修初日に人前で大きな声を出すことがどうしてもできず、恥ずかしさと悔しさに顔を真っ赤にして涙を流し、家に帰ってしまった聴覚障害者がいた。
仲野さんは彼の自宅に出向き、両親も交えて説得した。「うまく声が出せないのは当たり前。誰も気にしちゃいない。恥ずかしいことじゃない」と何度も声をかけ、励ました。
翌日、無事研修に戻った彼は、ひとつの壁を乗り越えたのか、晴れ晴れとした表情で発表をこなした。今も元気に仕事を続けており、時々仲野さんと顔を合わせると、「その節はどうも」と照れくさそうに挨拶する。
研修終了時には全員が報告書を提出するが、障害者の記した感想はひときわ印象深い。
「自己紹介ではっきり話すことを学んだ」「グループの人に名前を覚えてもらうのに苦労した」「コミュニケーションが少しずつできるようになったのがよかった」など。
人の意見を聞き、自分の意見を言い、お互いに表現しあう、つまりはコミュニケーションが健常者、障害者を問わずグループ活動の基本であることを、新入社員は体感する。
当製造所では、障害者と健常者に対する接し方にほとんど差は見られない。障害者がいて当たり前という職場の理解は極めて高い。障害者の方にも、与えられた仕事をこなし当製造所に貢献しているという自信がうかがえる。
3. 適材適所の職場配置により熟練の技を磨く
新入社員研修を終えた聴覚障害者のほとんどが製造部門に配属し、現場に出る。彼らの配置に際しては、「軽作業を中心にと配慮してはいますが、適材適所。特別扱いはしていません」と製造所長代理はきっぱりと述べる。
最も多く障害者が勤務する航空部品工場では、溶接用のヘルメットを被り、ロケットの配管部品のアーク溶接に集中している人、出来上がった部品をていねいに研磨機にかけピカピカに仕上げている人など、熟練の職人のように黙々と仕事に取り組む様子がうかがえる。
巨大な製造設備を操り、またベルトコンベアを利用した流れ作業に従事するより、ひとつのものをじっくりと作り上げていく単品作業が彼らに適しているように感じられる。


他の作業者を指導するほど技を磨き上げたベテランや、チームメンバーのスケジュールを組むなどリーダー的な仕事まで手がける障害者もいる。彼らのキャリアアップについては、「障害者だからといって給与に差はつけていませんし、もちろん昇級のための研修に関しても、門戸は開けてあります。あとは本人次第です」と製造所長代理は話す。
実際には、研修を勧めても本人が辞退することが多い。コミュニケーションに自信が持てず、他者に迷惑をかけてしまうのではという心配が、彼らに二の足を踏ませている。作業者からリーダー、そして作業長へ。彼らの中からそういった人材が一人でも出てくれば、後輩の障害者たちの選択の幅が、今後より広がっていくこととなる。
4. 聴覚障害に対する取り組みと勤務状況
(1)Aさん
2002年に雇用した聴覚障害2級のAさん(25歳)は、新入社員研修後、航空部品工場に配属し、安全担当者と職長による1週間の安全作業教育と、作業長や先輩から2週間程度の直接作業教育を受けた後、現在は金属製造の部署で溶接の仕事に従事している。
聴覚障害者への教育や指導は筆談と口話によって行っているが、現場には写真入りの標準作業書や安全作業書を用意し、様々な作業が目で見て分かるよう工夫している。
仕事にもレクリエーションにも積極的で明るい性格のAさんは、自称「宴会副部長」である。職場に溶け込み、また仕事に対する姿勢がまじめで欠勤もないことから、職場のみんなに頼りにされている。
溶接の単品作業はほぼ任せられるようになってきたので、職場としては、そろそろ工程全体の流れに関わる仕事に就かせたいところである。彼への重要な指示は主に筆談で行っているが、今後仕事の拡大を考える上でも、手話による綿密なコミュニケーションが必要と考え、上司の職長は、現在手話の習得を検討している。
(2)Bさん
1996年に雇用した聴覚障害2級のBさん(30歳)は、航空部品工場に所属している。
勤続11年で無遅刻・無欠席という優良作業者であり、新人作業者に指導する役目もこなす熟練である。
職場としては、ベテランのBさんにリーダークラスの仕事を任せたいと考えているが、音による判断作業ができないので、苦慮している。
このたび、自分が教えた後輩がどんどん自分を追い越していく今の現状にプライドが傷つき、以前の素直な性格が影を潜め頑固さが目に付くようになったBさんから、当製造所に対し「やりがいの持てるシステム」を作ってくれるよう要望が出された。具体的な対策としては、改善技師などの専門職への登用制度や、現在展開しているマイスター制度に障害者に対する専門知識の取得システムを入れ込むなどが考えらている。
このようなケースは初めてであるが、Bさんの持つスキルを活かし、また生き生きと仕事に打ち込むことができるよう、当製造所では実現に向けて取り組んでいる最中である。
5. 現場のコミュニケーション
生産現場では、リーダーのもと障害者を含め5人から10人のメンバーがチームに所属し、チームがあらゆる活動の基本となっている。
現場でのコミュニケーションについては、ある作業長は「ミーティングでは、ジェスチャーしながらですが、他の健常者と変わらず普通に会話できていますよ」と話す。聴覚障害者は人の唇の動きを読む口話に長けている人も多く、大きな支障はない。意識して大きく口を開け、はっきりと話すようにするほか、難しい内容にはホワイトボードで筆談すればほぼ問題ない。なお、障害者と仲の良いメンバーが通訳として伝達をスムーズにしている。
従業員全員が手話ができないながらも、現場では仲間同士が助け合いながら、口話と筆談で無理なくコミュニケーションがとられている。
企業年金の制度変更など、重要事項の説明会については、最近、外部のボランティアスタッフにより手話通訳を導入するようにしたが、製造所内でも手話ができるスタッフが必要とされるところである。手話講座などに積極的に参加しているのは、研修担当の仲野さんと労務課の諏訪間彩子さん。
「こちらの言いたいことを伝えるだけなら、なんとかできるようになってきましたが、相手の手話を理解するのが難しい。まだまだ初級です」と話すが、障害者にも教えてもらいながら、少しずつレベルアップを目指している。

6. 安全管理
当製造所で基本としているのは、「一人作業は絶対させない」ということ。これは障害者がいる部署だけではなく全職場が徹底していることだが、必ず一区画に2人以上を配置するよう考慮している。
単品作業の場合でも、必ず隣りか向かいの席で、誰かが作業をするようにしている。一番確かな安全センサーは「人の目」である。
また地震や火災などの際には、チームリーダーが必ず障害者の身体に触れて知らせ、共に行動をとる役割が決められている。
災害に備え、火災報知器や非常ベルなどと無線で連動した聴覚障害者用の警報ツールを導入することも検討している。障害者には一人一人に小型で軽量な振動装置を身に付けてもらい、災害時に報知器が鳴ると同時に装置がブルブルと振動することによって危険を知らせる計画である。
「安全管理に関しては、特にバックアップの発想が重要だと考えています」と製造所長代理は話す。五感のうち、音だけで警報するシステムの場合、その装置が故障したり音に気づかない人がいた場合は大きな被害が出る可能性があるため、健常者に対してはベルの音とランプの光の二感、聴覚障害者に対してはランプの光と振動という二感を使って、いざという時のバックアップ体制を作る。
障害者が健常者と同じように安心して仕事に打ち込めるよう、早急なシステムの実現が望まれている。
7. さいごに~職場と地域への貢献を図る~
当製造所では、全従業員を対象に、2年前から普通救命士の技能講習を開いている。従業員の防災技能を高め、地震や火災などのいざというときに地域社会に貢献できるようにしたいという思いから取り組み始めた。
「もちろん障害者も例外ではありません。昨年1月から健常者と一緒になって、彼らも心肺蘇生法の技能講習を受けています」と担当の仲野さんは話す。聴覚障害者がいる講習では口話と手話を用いている。
心肺蘇生法は全員が履修し終えたため、今年は止血法などの応急手当てのカリキュラムがスタートした。
横浜ゴム全社で、社員1割以上の人数の普通救命修了資格保持者を育てるのが目標だが、特に当製造所は、公認の普通救命技能講習ができる指導員を多く育成したいと考えている。

また、当製造所に隣接する平塚盲学校の教師に防災技術を教えたり、所内で集めたカレンダーを付近の養護学校や社会福祉協議会に配布するなど、草の根的なボランティア活動にも積極的に取り組んでいる。
「地域に信頼され、地域とともに生きることが、これからの企業の生きる道なのではないでしょうか。少しずつではありますが、末長く継続して地域貢献活動に取り組んでいくつもりです」
自らも平塚ろう学校の評議員を務める製造所長代理は、力強く話す。
当製造所で働く障害者に、守られる立場の弱者のイメージはあまり感じられない。立派な戦力として、また地域社会に貢献する頼もしい存在として、彼らには健常者と同等の期待が寄せられている。
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