視覚障害者の社会復帰を支援

1. 事業所の概要
(1)施設概要
北アルプスの連山を望む長野県松本市にある、信州大学医学部付属病院と松本盲学校との間に建つ3階建ての建物が、社会福祉法人長野県視覚障害者福祉協会が運営する当施設である。
隣接する松本盲学校に在籍していた視覚と聴覚の重複障害のある男子生徒の卒業後の地域生活を支援するために、平成3年に発足した「Fさんを囲む会」が母体である当施設は、平成8年に共同作業所「ふれっ手(しゅ)松本」として再出発、平成16年に視覚障害者を中心とする通所授産施設として開所し、現在は様々な障害のある人が作業をしている。
このような歩みの中で命名した「ふれっ手(しゅ)」という名称には、今日までの人々の“手と手のふれあいを大切に、いつも新鮮な気持ちで”という意味が込められている。
(2)障害者雇用状況
当施設においては、聴覚障害のある職員2人を職業指導員として雇用している。
なお、当施設を運営する社会福祉法人長野県視覚障害者福祉協会では、聴覚障害のある職員1人を点字製版士として雇用している。
社会福祉法人長野県視覚障害者福祉協会における従業員数
4人(うち「ふれっ手」8人)
うち障害者数3人(うち「ふれっ手」2人)
(3)事業内容
当施設の有している相談・生活支援部門と授産活動部門の2つの機能のうち、授産活動部門(通所授産施設、定員20名)については、以下のとおりである。
1)一般作業の部門
布の再生製品である“布(ふ)れっ手(しゅ)織り”(古布再生織物)、“ぞうりっぱ”(布ぞうり)、様々な表情をしたぬいぐるみ人形(今年はイノシシを作成中)、牛乳パックを使ったスツールやカードケースなどを、各自が分担して製作しているほか、美肌水・石鹸・地元産の大豆や黒豆等の委託販売なども手がけている。
古布を裁断する人・ミシンを巧みに操る人・その布を編み機で編む人・牛乳パックを加工する人など、ボランティアや職員と作業室で和やかに作業に取り組んでいる。

2)マッサージ・はりの部門
当施設固有の特徴的な部門である。
国家試験に合格し免許を取得してもすぐに開業や就職のできない人が、施術室を利用して、患者との会話や施術を磨きながら就労を目指す。

3)情報関連作業の部門
作業内容は、以下のとおり。
①名刺作成、名刺への点字印刷
②点字シールや点字ラベルの作成
③文書やチラシ等の作成・印刷 など
2. 障害者雇用の経緯
情報関連作業の部門の職業指導員として2人の車いす利用者を指導する前野さんは、大学で電気工学を専攻、卒業とともに地元のフードサービス会社にて、コンピュータによる財務・給与・販売等の管理システムの構築及びその後の管理・運用・改善などを担当する業務に就いたが、その後、急激に視力が低下した。
前野さんは、病院に通いながら悩んだ末に、「将来を考えると視力のあるうちに資格を取りたい」と考え、入社5年後に、松本盲学校理療科にてマッサージ師の道を目指す決意をし、勤務先を退職した。
盲学校を3年で卒業すると、幸い前勤務に産業マッサージ師として復職できたが、実際には仕組みのわかっているシステム関係の仕事を主に任され、マッサージ業務に携わることはほとんどなかった。
視力の低下が進み、拡大図面や音声パソコンのほか職場内で援助を受けながらも仕事はしていたが、勤務15年目で光以外はほとんど見えなくなり仕事の継続が困難になってしまった時に、当施設の開所にあたって、新しい仕事への転進を思い切って決意した前野さんを、施設長と現在の情報関連部門の責任者の兼任として迎え入れた。
3. 取り組みの内容
(1)盲導犬の受け入れと全員での声がけ支援
前野さんは、当初から盲導犬を伴って行動しており、通勤はもとより、点字ブロックや手すりを設置している廊下や階段など施設内の移動にも、常に愛犬「クール」が先導し、仕事中も常に足元に寄り添っている。
一方で、当施設内では視覚に障害がある人へ支援する社会勉強の一つとして、歩行上の障害となるものを置かない、置いたら声をかける、といった取り組みをはじめ、昼食メニューの説明や、周囲の状況や印象を伝えるといった行動を、スタッフを中心に全員で実践している。
前野さんは「移動は慣れれば見える方が思っているほど怖くはないのです。通路や階段の位置とか広さなどは覚えてしまいます。怖いのは普段はないところに突然何かが置かれていたりしたときですので、そのときはそのことを伝えていただくと、気をつけて避けることができるので助かっています。」と話す。
(2)ヒューマンアシスタントの配置
1)ヒューマンアシスタントについて
前野さんが施設利用者に対してデザインのアドバイスや確認などを行う際、施設内で「ヒューマンアシスタント」と呼ばれている障害者職場介助者のYさんが、文書を前野さんに読み上げながら説明を加える。
「資料などを読むときは、最初から全部を読み上げるのではなく、私たちが書類や新聞などを読むときと同じように、まず大項目を読み、全体の構成を説明した上で、読んでほしい部分を前野さんに選択してもらいます。私たちも必要のないと思うものは読み飛ばしますよね。どれが必要かを判断するのは、当然前野さんご自身です。さらに、図や写真などの印象もできるだけ伝えるようにしています。」とYさんは話す。
また、ヒューマンアシスタントは、外部の会議に同行し、配布された資料を会議中に簡潔に読み聞かせる介助も行っている。
外部から資料やデータが送られてきたり、「ファックスしておきましたから…」といった類の仕事が多い中、資料作成にあたって、ヒューマンアシスタントは、前野さんが入力した文書を編集したり、レイアウト変更等のアシストも行う。
「私の目の代わりをしていただいていて、本当に助かります。」と前野さんは話す。

パソコンのシステム不良が生じた際、前野さんは机の下にもぐりこみ、配線を手繰る。
一緒に机の下を覗き込み、顔を寄せる「クール」に応えて「大丈夫だよ、クール」と応える。イスに「クール」の体が当たるのを見て、Yさんがスッとイスを移動する。息のあった三人(?)の様子がうかがわれる。
2)障害者雇用助成金の活用
当初は障害者助成金の制度は把握していなかったが、H17年2月から重度障害者介助者等助成金制度を活用し、以前から勤めていたYさんに職場介助者として仕事をしてもらうようにしたことで、それまで互いに遠慮がちだった雰囲気が、介助を行う人と受ける人という立場が明確になり、仕事がやりやすくなった。
「私の場合、途中で目が見えなくなったときには、今のようなパソコンを操作しての事務的な仕事に復帰できるとは思っていませんでしたからね。この制度は雇用側だけでなく、障害者にとっても利用しやすい制度で、有り難いと思っています。ですから、雇用する事業所の事情で介助支援の人員配置ができにくいこともあると思いますが、その場合には、この助成金制度を活用して職場介助者の配置ができれば、私と同じように仕事を継続することができると思いますよ。ただ残念なのは視覚障害の場合は事務職に限定されていることですね。最近は事務職以外にも職場介助者を配置すれば、視覚障害者が活躍できる仕事が増えているように思いますので、ぜひ適応範囲を拡大してほしいと思っています。」と前野さんは話す。
4. さいごに
当法人の障害者雇用の取り組みにおいては、「蓮の実団地」の支援に拠るところも大きいが、何よりも重要なのは理事長を筆頭とした各職員の、障害者雇用に対する理解と協力、そして熱い思いである。
寮生活を送る知的障害のある社員に対しては、24時間体制の支援も欠くことができないが、「大変なことである」とか「すごいことである」という感覚ではいつか挫折してしまうことになる、と理事長は肌身をもって感じている。各職員もそれに呼応し、それぞれの持ち場で可能な限り支援を行っている。
しかし、障害者雇用は大変な側面を持つだけではない。彼らの純粋な心に触れることが各職員の癒しともなっている。業務を離れ、小旅行などの生活面での楽しみは、障害の有無を問わず喜びを分かち合う大切な機会となっている。
一人ひとりができることは小さいかもしれないが、皆が少しずつ手を貸すことで障害者福祉、また社会福祉行政がうまく行われていくことを、当法人は強く願っている。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。