障害者主体の工場の設立を目指して
1. 事業所の概要
アルミ、亜鉛のダイカスト鋳造で、主にガス部品、船外機、自動車の部品等を製造する当社は、これら業界の三本柱と称している大手3企業からの受注をメインに、多様な需要に応えながら厳しい状況の中、運営している。
昭和39年2月、現在のT会長が24才の時に設立した当社は、その後の景気の変動や会長の病気などにより紆余曲折を経てきたが、平成に入って5カ年計画により工場を新しくし、駐車場など周辺の整備も進め現在に至っている。
工場は3階建てで、1階は溶解炉やホットチャンバー、コールドチャンバーダイカストマシン等の機械設備や原料インゴットが並んでおり男性従業員が多い。2階は検査など製品仕上げや出荷など女性従業員を中心にしたラインがある。
2. 障害者雇用の経緯
平成7年頃、家庭的に複雑な事情を抱えた「県立あしたか障害者職業訓練校」を卒業予定の生徒の雇用について、近隣の人から相談を受け面接し採用し、次いで同校からもう一人を採用したことが障害者雇用の始まりである。その後も、同校の卒業生の採用を毎年続けており現在に至っている。
障害者雇用に取り組み始めてから10年余りが経過するが、障害者雇用の歴史はそんなに長いわけではないものの、採用後の教育訓練については、作業面だけではなく、朝夕の挨拶、終業時の業務報告などの指導を徹底している。
その結果、本人の事情によるやむを得ない離職もあったが、ほとんどの従業員が定着しており、かけがえのない人材として成長している。
ハローワークの障害者選考会に際して、「2名の障害者の雇用を予定している」と語る会長からは、新しい従業員との出会いを楽しんでいる雰囲気が感じられる。
3. 取り組みの内容
（1）雇用条件
当社は、『障害のある従業員が自らの働きで自分の生活を支えられる』ことを実現させるため、以下の取り組みを行っている。
1）賃金
自身の賃金で生活が成り立つようにするのが企業の責任である、と考えており、重度知的障害のある従業員も含め、全員が最低賃金額を上回っているのは当然のこと、時給800円の従業員もいる。
なお、彼らの父母に対しては、いつも「障害年金は積み立てて将来のために活用してほしい」と、家族の心構えも含めて言い伝えている。
2）勤務時間
勤務時間については、本人の健康管理やその他の事情に対応できるよう、フレキシブルなパート勤務契約も行っている。
採用当初に一日4時間勤務とした障害のある従業員について、現場から「彼の勤務時間を6～7時間に延長してほしい」との声があがった。理由を問うと「彼がいないと困る」との回答があり、会長は「この時は本当に嬉しかった」と感激している。
（2）段階に応じた配置
1）製品仕上げ、出荷部署
採用した知的障害のある従業員は、最初にこの部署に配置し、女性の従業員のラインの間に入って、バリ取りや検査を中心に行う。
周囲の女性から直接指示や指導を受けるとともに、業務遂行援助者が導入時期の指導援助を的確に行っている。
女性の従業員による指導は優しく、彼らにとって受け入れやすいものになっている、と会長は評価している。
なお、1、2年程度の経験を経て作業に習熟すると、鋳造現場に配置転換する場合が多い。
2）鋳造部署
精密につくられた金型に溶解した合金を注ぎ込み、製品をダイカスト鋳造する現場では、各種機械の操作に直接従事する人、オペレーターの補助作業をする人、製品の検査をする人など、みな黙々と作業に従事し、障害のない従業員と同等の仕事ぶりが感じられる。
ちなみに、この現場には、フィリピンからの研修・技能実習生も数名配置しているが、知的障害のある従業員とは互いにゆっくりした言葉を使って会話するので、仕事や生活面で、意思の疎通を図る上で予期しなかった良い効果を生んでいる。
（3）家庭と職場の理解
家族との関係を大事にするとともに、障害者雇用に対する従業員の理解も重視している。また必要に応じて、父母やジョブコーチを交えた意見交換も行っている。
家族の協力があってはじめて受け入れも可能となることに加え、本人もやる気になり、今では独立した仕事ができるようになっている従業員もいる。また、現場の担当者からは「指導は任せてくれ」という雰囲気ができている。
また、療養等で長期の休職がやむを得ない場合でも、籍を抜くことなく「いつでも戻っておいで」という姿勢を貫いている。
（4）障害者職業訓練校との連携
養護学校出身の重度知的障害のあるNさんは、卒業後直ちに雇用してもらうよう依頼を受けたが、基礎的訓練の必要があると考え、寮生活を心配する両親を説得し、「あしたか障害者職業訓練校」に特に依頼し、2週間の入所訓練生活を経験してもらってから採用したこともある。「県立あしたか障害者職業訓練校」とは密接な連携と協力関係が構築されている。
4. 今後の展望
最近、社長や専務、常務など主要幹部は従業員から抜擢し、T会長は、社長職を退いたことで、ようやく念願の夢の実現に向けて力を注ぐ時期がきたと考えている。
会長の夢とは、人間らしく自らの力で生産することで自信を持ち、生活を成り立たせていく「障害者のための工場」の設立であり、現在彼らに任せている仕事や協力会社に委託している仕事の一部をまとめて、障害者だけの独立した工場にする計画である。見学に来た人が「これなら障害者だけでも十分戦力としてやっていける」という現場を見せたいと考えている。
従来、会長は障害者雇用に特段の理解や熱意を持っていたわけではなかったが、10年以上にわたる障害者雇用の実績を通じて考えが大きく変わってきた。「障害者のため」の努力は、逆に会長自身が彼らから様々な力を与えてもらっているようにもうかがえる。
小学校時代の教室に掲げられていた標語「努力・協力」の言葉を例に出し、「努力の努の字には力が一つ。協力の協には三つ。(個人の努力は評価しつつ)協力し、皆で力を合わせることが何より大事」と会長は話す。
出会いを大切にして、皆が幸せになる夢を実現させようとしている会長は、半年～1年後にその夢を実現させたいと考えている。
中島 義夫
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