障害者の立場に立ち構築した作業基準「絵柄を見て理解する」仕組み

1. 事業所の概要
(1)概要
当社は、UCC上島珈琲株式会社の特例子会社として、UCCコーヒーグループ企業へのビジネスサポート業務、人材派遣等を行っており、グループの本体となる親会社(本社)に程近い、神戸市内中心部のアクセスの良い場所に設置している。
当社は2000年5月に設立し、その後2004年秋から約半年かけて特例子会社申請手続等の準備を進め、2005年5月に認可を受けた。現在110人の社員のうち、26人の障害のある社員を雇用している。
なお、2007年1月現在のUCCグループ全体での雇用障害者数は37人。内訳は以下のとおり。
UCC上島珈琲株式会社 1人
ユーシーシーフーヅ株式会社 5人
株式会社ユーシーシーフードサービスシステムズ 5人
当社 26人
(2)事業内容
人材サービス、総務人事サービス、財務経理サービス、業務支援サービス、データ処理サービス、各種コンサルティングサービスの6つの事業部体によって運用している。
(3)企業理念
元々人事系の事業所ということから、人材を重要な資源と位置づけ、「人」をキーワードに「人を大切にする会社」、「人の個性を活かす会社」、「人の能力を開花させる会社」の三つを掲げている。
2. 障害者雇用の経緯
特例子会社を立ち上げる場合、新規に子会社を設立するケースが多い中、UCCグループは、当社という既存のグループ企業の中に障害者雇用の場となる部署を新たに設け、特例子会社の認可を得てスタートした。
当社では今、人材活用の事業所ならではの障害者雇用のあり方を模索している。
(1)障害者雇用の背景
特例子会社立ち上げに携わり、社員の採用や教育などに携わっている大本正巳常務取締役が1995年に大阪へ転勤した当時、聴覚障害のある社員が配属された。初めて障害のある社員と一緒に仕事をし、その社員とコミュニケーションを取り、働く姿を見るなかで、障害のない社員と変わらぬ働く意欲を実感した。
その後、常務が本社人事部へ異動となった2000年当時、UCCグループは事業拡大に伴う社員数の増加により障害者の雇用率が下がっていたため、社長は障害者雇用について抜本的に見直すよう指示し、障害者雇用を積極的に推進していく方向性が定まった。しかし、全国に150を超える支店単位で障害者を雇用していくことは、生産性や効率性の観点からも難しいと見られていた。
(2)特例子会社の立ち上げ
そのような状況の中、2004年の経営者協会主催のセミナーにおいて、特例子会社制度があることを知り、自社でも取り入れてみようと検討したところ、新たに子会社を作ることはせず、既存のビジネスサポート事業の中に障害者雇用の部門を設ける方法を採用した。
ビジネスサポート部門であれば、パソコンを使用する業務であることから、障害が理由で、働く意欲と能力がありながら就労の機会に恵まれない人へ働く場を提供できることや、距離が近い本社の業務からの請け負いが容易であることなどが、この方法を選択した理由である。
地元の企業として地域社会に貢献しようとの観点から、地域の障害者の雇用を進めた。
なお、県内には既にいくつかの特例子会社があったが、設立にあたっては、これまでのUCCグループにおける障害者雇用の経験から、どのような業務内容を用意すれば良いかある程度イメージができていたため、他の特例子会社をモデルにするには至らなかった。
3. 障害者雇用の状況(職場配置と職務設定)
当社のオフィスは建物の1階と2階にあり、障害のある社員を両フロアに配置している。エレベーターが無いため、1階は車いすを使用する社員が勤務しやすいようバリアフリー化し、スペースを広めにとっている。
UCCの外食事業の売上伝票をチェックしている車いすを使用するある社員は、通勤時にはクラッチと呼ばれる握り(グリップ)の部分と「カフ」という前腕を支える部分のある杖を使用し、職場では専用の車いすを使用している。
1階においては、当社立ち上げを機に新設した「事業開発チーム」に聴覚、内部、肢体不自由、知的障害の計10人の障害のある社員を配置するほか、健康保険組合においても障害のある社員を配置している。
「事業開発チーム」では、UCCグループへの名刺・社員証作成、各種入力代行、印刷物のセットアップや発送業務などの業務を行っている。
当社売り上げの58%を占めている名刺作成業務は、もともと本社が行っていたものを当社に移管した。また、聴覚障害の社員もパソコンと専用の機械を使って名刺作成をしている。
2階においては、財務経理部門に聴覚障害のある4人と内部障害のある1人を配置、業務支援部門に下肢障害のある2人と知的障害のある1人(トライアル雇用中)を配置し、障害のない社員の中で違和感なくパソコンと向かいあっており、業務支援部門で得意先への請求書の集中発行や受注伝票の確認作業をしている下肢障害のある社員もいきいきと取り組んでいる。
また、業務支援部門でトライアル雇用中の知的障害のある社員については、検算業務を正確にこなしていたため、現在は第2ステップとして請求書の発行業務を任せている。


(1)職務の割合
名刺作成 58%
販促資材発送、在庫管理 22%
データベース作成(入力) 6%
挨拶状印刷、発送 6%
カタログ、ポスター類梱包、発送 5%
その他 3%
(2)障害種別ごとの業務内容・配置
1)聴覚障害(6人)
①事業開発チーム(1人)
名刺の作成業務全般として、UCCグループ28社、約4,500人の名刺作成、新規作成、追加注文のチェックを担当。特に3~4月にかけて各社組織変更に伴う名刺増加に対応している。
②財務経理サービス(4人)
経理処理伝票の入力・チェック、支払い計上伝票の入力・マスター登録、振替伝票入力・チェックを担当する。
③UCC飲料工場での勤務(1人)
缶ドリンクのライン製造現場に配置。
2)肢体不自由(15人)
①事業開発チーム(7人)
データ入力(キャンペーン・モニターアンケート)、社員販売ギフトの受注入力、自動販売機商品ステッカーの発送業務、名刺の作成、文具 ・帳票 ・手帳 ・カレンダー等の発送業務、新製品発送業務、顧客管理データ入力、喫茶伝票管理を担当。
②業務支援サービス(2人)
受注(電話対応)受注入力、専門伝票整理 ・専用請求書作成業務。
③UCC勤務者(4人)
人事部 ・財務経理部 ・健康保険組合、各部門の事務作業、文章作成 ・支払い処理 ・データ作成等、各部門での電話応対業務、会議資料作成。
④ユーシーシーフーヅ株式会社での勤務(2人)
お得意先の電話対応、売り上げ伝票の整理、仕入れ担当、商品の入荷 ・出荷業務、入金処理業務。
3)内部障害(2人)
①財務経理サービス(1人)
経理処理伝票の入力・チェック、支払い計上伝票の入力・マスター登録、振替伝票入力・チェック。

伝票の連番をチェックし、抜け番がないか確認する。
②事業開発チーム(1人)
データ入力・パソコン業務全般、資材発送。
4)知的障害(3人:データ入力・販促資材発送/在庫管理)
①事業開発チーム(2人)
データ入力、販促資材発送業務、在庫管理。
②業務支援サービス(1人:トライアル雇用中)
検算業務、請求書発行
4. 取り組みの内容
(1)求人から採用までの流れ
雇用にあたっては、多くの場合、就労前の職場実習を経てトライアル雇用を活用後、正式雇用する流れを取っている。
養護学校等の新卒者の場合には、在学中に職場実習を行って採用の可否を判断し、卒業と同時にトライアル雇用後、正式雇用につなげている。これまでにトライアル雇用終了時点で解雇したケースは無く、業務遂行能力の程度や、それに基づいた雇用の可否については職場実習の期間に判断している。
(2)採否判断のポイント
第一のポイントは、就労意欲である。何かしらキラリと光るところや感性の合う人を採用している。
第二のポイントは、実務能力や技能のレベルと業務内容とのマッチングである。なお採用するにあたっては、最初から特定の障害の人を念頭に置いたり、逆に外すことはしない。
雇用の契機は、ハローワークが主催する障害者就職面接会や、ハローワークを通じて個別に実施した面接会などである。2006年2月の個別面接会では、経理を担当できる求職者については、当社の業務内容と合致することから、2人の聴覚障害のある人を採用した。
逆に、採用後にその人の能力に合う仕事を探すこともある。障害や病気が原因で入退院を繰り返している人もいるが、契約期間にかかわらず、雇用の継続を保証することで安心して回復に専念し、長く就労できるよう配慮している。
(3)設備環境の改善
「事業開発チーム」におけるバリアフリー化の内容については、出入口の段差を解消し、通路幅を確保したほか、車いす使用の社員が使いやすいようトイレの改修やコピー機の低位置化などを行った。なお、トイレ2室の改修にあたっては、障害者作業施設設置等助成金を活用した。

なお、トイレに関しては、障害特性のため体調を崩す可能性のある社員が、時間がたっても席に戻らず、周りの社員が心配することもあったことから、トイレ3室それぞれの使用状況がフロアのどこからでも把握できるよう、天井に青・赤・緑の自作のランプを設置した。
また、事務所内の誰でも見えやすい場所に「提案ボックス」というポストを設け、社員が業務内容の改善や職場環境の改善などの具体的方法について提案ができるようにしている。


また、「提案ボックス」で寄せられた提案の中から、事務所内の通路で車いすと歩行者の接触を避けるためのカーブミラー設置の提案を採用し、角にカーブミラーを設置した。
他には、休憩時間に横になれる畳の部屋も設け、体調が悪くなるまで我慢することのないよう配慮している。

(4)知的障害者の雇用と業務開拓、フォローアップについて
1)職務設定(グループ内からの移管)
知的障害者雇用については、当社立ち上げを機に、初めて1人を採用した。その後、2006年秋の就職面接会で2人に対してトライアル雇用を実施中。
業務量と障害のある社員の増員とのバランスは常に課題ではあるが、新たに2人を雇用した背景には、様々な特性や能力を見ることで、将来の布石を打とうと考えたからである。
また、2人の雇用に伴い、従来、外部に依頼していた発送業務を当社の業務に切り替えた。彼らが対応できる業務内容を移管するための営業活動についても立ち上げ当初から行っており、UCCグループの別部門の業務内容の一部を当社で行えるよう、大本常務や斉藤吉一マネージャーはグループ内を駆け回っている。
2)社員教育・社会教育
文字を書く力が不足している社員に対し、漢字を書く宿題を毎日出したところ、半年後には筆書きの年賀状をもらい、ゆっくりではあるが成長していることを実感した。
3)面接結果による判断の困難性
斉藤マネージャーは、知的障害のある人の面接に対して、就労支援施設や学校で皆同様の指導を受けてきたことから、面接場面では皆同じような挨拶や受け答えをするため、その人について十分知ることができないと感じ、全ての求職者の実習を受け入れる訳にもいかず、判断に迷うことが多い。
4)社員の勤務状況
「事業開発チーム」でトライアル雇用2ヶ月目の、知的障害のあるAさんは、メンバーズカード申込者のデータ入力作業において、申込書の手書きのため読みにくいまたは分からない箇所に付箋をつけながら入力作業をしている。
Aさんは、職場実習の段階で障害者職業センターのジョブコーチ支援を受けた後でトライアル雇用に移ったが、気を緩めてしまわぬよう、1ヶ月単位で区切って見極めをしている。県外出身者であるため、地域の関係機関でAさんの状況が十分に把握できないこともあったが、トライアル雇用をスタートする際に、その位置づけについてAさんとその家族が十分理解していないようであったので、家族に来社してもらい面談と説明を実施した。
また、「事業開発チーム」の作業スペースでは、下肢機能に麻痺のあるBさんと、知的障害と筋ジストロフィー(肢体不自由)の重複障害のあるCさんの2人が、各支店あてに送る「今月の一番さん」という社内キャンペーンの記念バッジと関係書類を支店ごとのにビニール袋に詰める作業をしている。指示書に基づき袋に入れる内容と数量を2人でチェックするが、「この作業に慣れているので大変ではありません」と話すBさんは、後輩のCさんをフォローしながら作業を進めている。


(5)聴覚障害者とのコミュニケーション、業務の伝達方法
1階に配置した聴覚障害の社員は口話ができるので、コミュニケーションに大きな支障は生じていない。また、2階に配置した聴覚障害のある4人のうち3人は口話ができ、他の1人は口話のできる社員を通して伝えている。
なお、複雑な内容の時には筆談や、重要な連絡事項の伝達には社内メールを活用している。また、社内全体会議に手話通訳の派遣制度を利用したこともある。
5. 取り組みの効果
(1)効果
立ち上げから2年足らずという状況もあり、企業としてのメリットについて結論を出すにはまだ早い状況であるが、大本常務や斉藤マネージャーは、特例子会社を立ち上げたことにより、地域の障害者施設や関係機関との関係が生まれ、多く学ぶところがあったほか、障害に対する理解が深まるだけでなく考え方も変わったと話す。
(2)障害者雇用の留意点
障害のある人を実際に採用する際の留意点について、人事担当者は以下について話す。
就職面接会での面談の時に「パソコンができます」と回答した身体障害のある求職者に対して、さらに詳しく尋ねたところ、インターネットやメールをしていることを「パソコンができる」と答えていた人がいたことなどから、事業所が求める内容と本人の解釈や考えに差異や隔たりがある場合があり、十分な確認が必要であること。
また、知的障害のある人については、挨拶や言葉遣いなど、社会生活上最低限の常識を身につけること、ビジネスをする場である企業で働くのであれば、できないことに対して障害を理由にするのでは困る。宿題によって漢字が書けるようになった社員の例のように、それまでできなかったことができるようになった事を考えると、学校や支援施設には、就労指導・訓練をする段階でより実践で役立つ支援を願いたい。
(3)障害のある社員からのコメント
1)腸の機能障害のあるDさん
当社の立ち上げ当初から勤務しているDさんは、腸機能の障害のために時期によって体調を崩すことがある。これまで働いていた職場では障害があることを伝えず就労していたため、事業所との関係や自分自身にも心理的な負担があり、継続して働くことが困難であった。
当社では面接の段階から障害を伝え、理解を得てもらい働いていることで、何よりも気持ちが楽になったと話す。
また、同じような病気や障害のある人でこれから就労を目指す人に対しては、障害に対するコンプレックスを取り払い、思いっきり働いてほしい、と伝える。
斉藤マネージャーは、Dさんについて、パソコンに精通しているだけでなく業務提案なども積極的に行い、事業開発チームの中心的存在として頑張っていると話す。
2)脊椎系の下肢機能障害のあるEさん
2006年4月に養護学校卒業と同時に入社した新卒社員のEさんは、伝票処理などの業務を担当している。在学中に障害者のための就職面接会の場で当社を受けた。Eさんは、その障害のため定期的にトイレを使用する必要があるが、自分に自信をもつことが働くうえで大切であると話す。コーヒーが好きなEさんは今、お客にコーヒーを提供する事業所で自らの力を発揮しようと頑張っている。
6. 今後の課題
(1)人材派遣事業特有の課題(コストと社会貢献のバランス)
人材派遣事業をしている当社の特有の課題として、一般の派遣社員が増えた場合はグループ内の障害者雇用率が低下してしまうことがあげられる。なお損益においては、子会社のマイナスをグループ全体でプラスにしているのが現状であり、営利企業としてコストを考えざるを得ない面と、企業としての社会貢献とのバランスの取り方も課題である。
また、新たに障害者を雇用するには業務内容を拡大する必要があるが、「いかに仕事をつくるか」も大きな課題である。設立時はグループ内で当社に仕事を提供する流れがあったが、次第にコストとの関係を問われるようになってきている。「障害者雇用率の課題はクリアしたので、次は『ビジネス』という大きな課題をクリアしていかなければならないが、両方をクリアすることは難しい課題だ」と大本常務は話す。
(2)精神障害者雇用に向けての課題
現在のところ身体障害者と知的障害者を雇用しているが、精神障害者の雇用はまだ無い。知的障害者を初めて雇用する時同様、未知の障害分野に取り組む際のリスクについて考えねばならない。予期せぬ状況が発生した時には大きなダメージにつながってしまう。
そのためにも雇用した社員の病気や障害の特性を理解し、フォローするための仕組みを作る必要があるが、管理する側の人数に限りがある現状では困難な面もあり、今後の課題ととらえている。
(3)さいごに
当社は、障害のある社員と他の社員が一緒に働く2階と、障害のある社員によりパソコン業務や発送作業をする1階という、二つの職場形態を有している。
大本常務は「働き方にはいろんな形があるのがいいのではないか」と話しているが、人と仕事の組み合わせ次第で、障害のある人が活躍する可能性を広げている。
企業理念に基づき、事業所として一人ひとりの社員を尊重していることが十分に感じられる当社は、今後も人材を活用する企業ならではの障害者雇用の取り組みについて、他の企業のモデルとなることが期待される。
植田 博士
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。