知的障害者とともに夢と希望のミカンづくりを

1. 事業所の概要
(1)事業の概要
熊本市における県内有数の柑橘類の生産量を誇る地域で、永く農業を営んできた寺本家は、昭和53年に果実園の形態を取り、平成6年に有限会社を設立した。
作目は、温州みかん、イヨカン、ネーブル、甘夏、八朔、デコポンなど多岐に渡り、夏向きの冷凍みかんや生ジュースなどの加工食品も生産している。生産農家として流通機構に納入するだけでなく、生産から加工、販売までの一貫体制をとっている。
特に、低農薬農業による美味しいミカン作りをテーマとし、生協を主に販路を広げている。

(2)低農薬農業・販路拡大と知的障害者雇用との関係
当社は、低農薬農業と販路開拓という2つの大きな特色を有している。これらは知的障害者の雇用と深く関連している。
低農薬農業の取り組みを始めたのには、きっかけがあった。社長の入院中、代わりに除草剤散布を行った婦人が体調を崩し、「今の農業をなんとかしなければ。」という思いが芽生え、直ちに知人の勧めもあって、生協との取引を始めた。
市場では、味はよくても見かけが悪ければ扱ってもらえない。だが、生協の場合は、安全第一で、高品質で美味しい品物であれば、見かけが多少悪くても扱ってもらえる。一方、知的障害のある社員にとっては、果実の選別を指導しても、実の付き方が大きい物と小さい物を区別するという作業を習得するのは困難である。では、落としてしまった小さなミカンをどうするのかという問題が生じる。
そこで、捨てるしかなかった小さなミカンを冷凍みかんに加工して、生協ルートで販売することにした。現在、当社の冷凍みかんは、生協を通じて年間1千万円を超える売り上げに成長し、さらに多くの冷凍みかんを納品するよう相談を受けている。
(3)新たな試みへ
冷凍みかんの販売が軌道に乗ってきたので、新たな商品の開発に取り組んでいる。
例えば、薄皮まで剥いたパックみかんである。ジュースは、輸入品との価格競争が激しい。パックを開封すればすぐに食べることができて、食味がよいパック商品ができないかと、現在、関係機関と協議し、酵素等を使った試験を行っている。
2. 障害者雇用の経緯
1人目の障害者と関わりを持ったのは、42年前のことである。まだ本人は中学2年生で、寺本家で家族同様に一緒に暮らし、中学に通わせていた。卒業と同時に働き始めた彼はもう57歳になるが、今も当社で働いている。
以来、障害者が1人ひとりと増えてゆき、現在では9名になった。
最初に障害者と関わりを持った42年前には、社長自身も若く独身であったが、2年後に結婚。若い夫婦と知的障害者2人の家族。そこに、一人また一人と障害者が家族の一員として加わっていく。
「嫁いできてはじめて、障害者のこともよく分からず、こんなにも大変なことなのか知りました。何度も実家に帰ろうかと思いました。」と夫人は笑うが、「どの子にも理由がある。親に恵まれない、環境に恵まれない。そんな子を預かって欲しいと連れて来られると断れない。私たちが断ったら、何処に行くのだろうと考える。これは、私たち夫婦の運命なのかもしれないと思っている。」と話す。
※知的障害者にとっての「職場」づくり
知的障害者の就労支援・自立支援の場としては、小規模作業場等があるが、それらの多くは事業としては成立しておらず、本当の「職場」とは言えない。
生産した物をどうやって商品にしていくのか。あるいはまた、どうやって事業として成立させていくのか。そこには知恵が必要であり、仕組みが必要である。
当社は、知的障害者の雇用だけを目的にするのではなく、それが事業として成立する仕組みを作っていきたいと考え取り組んできた。
3. 取り組みの内容
(1)障害者の従事業務
障害者は総数9名で、いずれも重度の知的障害者である。携わる業務内容は、柑橘類の栽培に関する農作業、および加工や出荷作業等ほぼ全般に渡っている。
育成時期が異なる多様な作目を扱っているため、一年を通して作業があり、彼らは年間を通した作業に携わっている。そのため、短ければ一日、長くても3~4日ごとに作業場所と内容が変わる。
日々の仕事は、朝7時半の朝礼に始まる。その後、皆の前で、誰と誰はどこの農園、誰と誰は何の作業と割り振りを行い、マイクロバスで作業場まで送迎する。
なお、知的障害者9名は全員住込みであるので、8時から午後4時半くらいまでの現場管理・監督だけで終わらず、24時間つねに指導・支援を行っている。

(2)知的障害者が安心し成長していくために
9人もの知的障害者が安定した状態で長く定着していることに対して「何故できたのか」とよく尋ねられるが、マニュアルといったものはないし、おそらくマニュアル化できないだろう。一人ひとりと向き合い、一緒に暮らし、働いていく中で、日々培った経験こそが方法論である。いくつかを紹介する。
1)安心できる環境と目標
彼らを安定した状態に保つには「ノルマをかけない」ことが大切である。作業の内容や量は、それぞれの能力に合わせて無理をさせない。その上で目標を与える。それも遠い目標でなく、ちょっと高い目標、頑張れば手が届くラインである。
頑張ると達成でき、まわりも「できてよかったね。」と声をかける。達成できればうれしくて、次の仕事に向かうのが楽しくなる。
2)集団生活によるオープンな意識づくり
何かトラブルが生じた場合、その夜に全員を社長宅に集め、皆の前で何が起こったのかを説明し、謝るべき時は謝り、「今後はこうしていく」と表明させる。
そうしていくことで、皆には、嘘をつく必要はないということ、「皆は仲間なんだ」ということが自然に理解され、それが安心へと繋がっていく。安心感があるから表情もだんだん穏やかになっていく。連帯する意識、開かれた意識が大きな成長の鍵となる。
3)時間をかけた納得ゆく指導
ある社員は、数を5つまで数えられない。しかし、皆と協力して働くということは、時間をかけて指導していけば学ぶことができる。時間をかけて教えていくと、理解して正しくできるし、また嘘はいけないこともそのとおり仲間に教えたりもする。
当社の一員としての自覚が生まれるまでには、4~5年を要する。さらに、10年経てば、一人で任せてもほぼ大丈夫という状態になる。知的障害者の雇用と成長には長い時間を必要とする。
4)後輩ができることによる意識の成長
責任や自我というものを意識する機会は非常に少ない彼らにとって、後輩が入ってくると意識は変わっていく。自分が教えられたように、後輩を教えていかなければならないという責任の意識が芽生え始める。
「先輩なんだからしっかりしろよ。正しく教えてやれよ。」と回りから言われると、そこで働くことへの自覚が生まれてくる。
従って、先輩を育てていくことが大切になる。「次に後輩が入ってくる。教えてやれるように、仕事を覚えておかないといけない。」と教育していく。こうやって、先輩から後輩へと続くラインを作っていくことが必要である。
5)知的障害者が働けるための小さな工夫(正確な個数の扱い)
例えば、「冷凍みかん」を生産する際、袋に入れるみかんの個数は決められている。しかし、彼らは個数を数えることが難しい。そこで、ある小さな容器一杯の状態をひと袋分と決めた。
1人がみかんを容器に入れ、樋で作った漏斗を通して、転がり出てくるみかんを他の1人が構えた袋で受ける。その小さな知恵や工夫が、生きた職場になるかどうかの大きなポイントとなる。
(3)知的障害者同士の結婚への関わり
これまでに3組の知的障害者同士の結婚をまとめている。最初は20年ほど前、知的障害者同士の結婚があまり見られなかった時代であった。もちろん、苦心の末の結婚である。相手を探し始めてから結婚にいたるまで、実に10年かかった。
平成12年に障害者助成金を活用しアパートを建設した。上下2部屋あり、ここに結婚している3組のうち2組が居住している。
また、平成18年には、倉庫であった建物を自己資金で改装し、2部屋あるアパートにした。こちらにも結婚した1組が居住している。
先輩たちが結婚したことで、後輩たちにも意識の変化が生まれた。自分達も頑張れば、結婚できるかもしれないという希望が生まれているのである。そのため、仕事に対する取り組みに積極性が出てきた。
「彼らにとって結婚とは『神様からの人生のご褒美』だ。頑張れば、生きてきてよかったと思える日がやってくる。彼らも夢を見るし、希望も持てる。そんな夢や希望が持てる職場や社会にしていきたい。」と社長は熱く語る。
(4)障害者助成金の活用
重度障害者通勤対策(住宅の新築・通勤バスの購入・通勤バスの運転手)
障害者作業設備設置等1種(シトラスセンサー)
業務遂行援助者の配置
4. さいごに
「顔の見える生産者」という試みは多分、当社が草分けであると考えている。出荷する際、皆の写真を添付して、障害者と一緒に、安全で美味しいみかんづくりに取り組んでいることを自己紹介している。
その反響は大きく、「顔が見えて安心」「障害者の仕事に感動」といったハガキも多数いただく。それらを社員にも見せ、今日の出荷先は、東京と北海道、今度は大阪だよと知らせる。こうすることが、彼らのやる気を引き出していく。
彼らは認められたいのである。結婚だってしたい。背広だって着たい。劣等感ばかりの人生の中で、優越感を味わいたい。だからこそ、当社では、認めることを中心に据えている。
誰しも人間は誰かに認めてもらいたい。人前で歌うことができる人は、それで認めてもらえるが、できない人をどのように認められるのか。これは知的障害者のことだけではなく、社会の普遍的な問題であろう。
当社の取り組みが、障害者雇用の促進、よりよい地域社会づくりに役立つことが願われる。

執筆者 : 有限会社エアーズ マーケティングディレクター 森 克彰
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