一つの仕事に集中して働ける「理想の職場」づくり
- 事業所名
- 有限会社三寿司
- 所在地
- 岩手県盛岡市
- 事業内容
- 飲食業(すし店)
- 従業員数
- 50名
- うち障害者数
- 6名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 6 食器洗い、魚介類の下処理、配送 精神障害 0 - 目次
1. 事業所の概要
(1)経営方針
おいしい寿司をお手頃価格で提供する
(2)障害者雇用の理念
一人一人の障害者の性格を生かして職場に配置する
(3)その他
昭和37年創業。昭和45年に有限会社化し、現在盛岡市内中心部の繁華街で3店舗を経営している。今では一般的なすしメニューとして知られる「納豆巻」は、実は同社社長が開店と同時に考案したもの。最初の頃はお客にも職人にも不評だったが、次第に人気が出てきて、今では「三寿司といえば納豆巻」といわれるほどだ。のれんや配達専用車などにも「名物なっとう巻」の文字が入っている。また、すしを注文するとサービスで提供される「アラ汁」も好評。
もちろん魚介類を使ったにぎりも評判で、質・ボリュームに対し値段が手頃なので、食事時には多くの客でにぎわう。5年ほど前に改築してからは、宴会客も増えている。
店舗営業のほか出前注文も多く、「出前部」と名付けた出前専用の電話番号も設置している。
2. 障害者雇用の経緯、背景
(1)経緯
約20年前、市内の福祉施設から頼まれた社長が、一人の知的障害者を預かったのが始まり。最初は施設から「飲食店の仕事を見学させてもらうといった意味合いで預かってほしい」と言われたので、「研修」という形で車の運転や電話の応対をやらせていた。「障害の程度が軽かったので、そうした仕事を頼めたようだ」と、社長の息子で専務の柳邦夫さん。これを機に、2,3年に1回の割合で同じ施設から知的障害者を受け入れるようになった。皆、まじめで能力もあったので、やがて正社員として採用するようになった。
これまで採用した知的障害者は9人。そのうち現在も働いているのは6人で、長い人だと10年以上働いている。一人一人性格も能力も違い、それが「長く働いている人と、途中で辞めていった人との違いだと思う」と専務。
また、10年間ほど勤務している障害者の一人は、調理師免許を取得。魚の下処理などを担当している。「もともと仕事に対する意欲があったので、もっと向上させたいと、最初からギリギリ教えました。私に厳しく言われて、途中でその場を逃げ出すこともありましたが、やはり調理の仕事が好きなのでしょうね、職場に本を持ってきて休憩中などに黙々と勉強し、無事合格しました。『自分は他の障害者とは違う』というプライドが高い人なので、それも資格取得の原動力になったかもしれません」と専務は分析する。
それ以外の障害者には、食器洗い、手作業で行う魚介類の下処理、配送、炊飯を担当させている。それぞれ持ち場をきちんと決め、基本的にその担当の仕事に集中させるやり方をとっている。


(2)背景
3店舗を営業し、出前部門もあるなど、企業として規模が大きいので、一日中、食器洗いだけ、あるいは下処理だけ、と一つの仕事だけをやらせることができる点が、障害者の継続的な雇用を可能にしているのだろう。これが小さい規模の職場の場合、他の仕事も掛け持ちしなくてはならなくなり、知的障害者には負担になる。
また、食べ物を扱っているせいか、同社の職場では基本的に私語がほとんどない。その点で、「自分の世界を持ち、一つの仕事に集中する知的障害者の人たちにとっては、働きやすい職場ではないか」と専務は推測している。
もちろん、社長や専務に「障害者に働く場を提供しよう」という強い意志がなければ、20年も雇用することはできない。社長が採用を決めたため、「最初はどう接して良いかとまどった」という専務も、「できるだけ怒らないように」「きつい言い方をしないように」と気遣って接してきた。それが他の従業員にも伝わって、周囲も理解を示し、時には我慢をしながら、彼らを見守っている。

(3)その他
以前は全社的に親睦会を実施していたが、時代の流れから現在は実施していない。しかし、健常者の従業員が障害者の人たちの反応や性格に慣れてきたこともあり、以前よりも従業員同士の会話は多いという。時には冗談を言い合って、障害者の人が笑うことも少なくない。
障害者は自分の興味のある分野(例えば、アニメや車、プロレスなど)についてはいろいろ話すが、知識が深すぎて、他の従業員が付いていけず、なかなか長い会話が成り立たない。が、上記のとおり障害者の人たちは自分の世界を持っているので、それについて特に「淋しい」とか「つまらない」とか感じていない。
3. 取り組みの内容
(1)具体的な内容
基本的には一人に一つの仕事を担当させている。というのも、知的障害者は一つの仕事を与えるとそれだけをまじめに丁寧にこなすからだ。が、反面、緊急で別の仕事を手伝うよう指示されるとパニック状態になってしまうという難点がある。「うちは出前も多いので、どうしても緊急の作業が生じてしまうことが少なくないんです。だからこっちもわかっていても、やはりその場にいるとつい手伝うように指示を出してしまって、大変なことになるんですよね」と専務は苦笑する。その点で、事務担当の女性従業員も「うちの仕事は単純作業ばかりでなく、自分たちで考えながら動かないといけないこともあるので、障害者の人たちも大変だと思います」と同情的だ。しかしそうした中で残っている現在の6人は、少しずつそうした「緊急性」にも慣れてきたようで、動けるようになった人もいるのだとか。それでも専務たちは、できるだけそうした「特別な指示」は出さないように配慮している。
個人差はあるが、障害者の多くは、注意されると反抗的になったり、ムキになって言い返すことが多い。中には、その場からいなくなったりする場合もあるので、専務はじめ「指示を出す立場」の他の従業員は、基本的に怒らないようにしているという。ただ、その場ではひどく怒る障害者たちも、気持ちがおさまればすぐに落ち着き、後を引かないので、その点は気遣いをする必要がない。
新規採用の障害者が入社すると、その人を中心に障害者同士でちょっとしたケンカが起きるという。「おそらく、先輩・後輩という意識の差からだろう」と専務。それを考えると、仕事の割り振りが難しいように思える。というのも、彼らの場合は障害の程度に差があるので、単純に入社歴で仕事の内容が決められないからだ。その点の秘訣を専務に聞くと、「彼らも、『あの人は後輩だけど、自分よりも技術が上だから仕方ない。自分はその仕事ができないし』と割り切るようで、仕事の割り振りでトラブルになることはないですね」とのこと。ただ、一つの仕事に対して一人を配置させ、独立させている。
従業員の中でもっとも戦力になっているのが、調理師免許を取得し、現在、魚の下処理を担当している男性。他の知的障害者同様、自分の世界に入って黙々と作業をするのだが、加減ができないので、やりすぎないように目を離さないようにしている。やりすぎた場合、「もうストップだよ」とやさしく声をかけると、おとなしくそれに従う。

上記の男性は、前述のとおり「他の障害者とは違う」という意識が強い。そこで他の障害者と接することがないよう、離して配置している。
従業員が逃げ出した時には、すぐに施設に連絡し、連携を取り合う。「施設のサポートが厚いので、助かっている」と専務。もちろん、入社前にも性格など事前情報をもらっており、それも配置の参考にしている。
基本的に知的障害者は自分の世界を持っているので、仕事中は他の従業員は話しかけないようにしている。その方が仕事にも集中してもらえる。
「障害者だから、食器を洗っている時にたくさん割ってしまう」といったロスはない。もちろん割られることはあるが、「それは担当者で、他の人よりも多く器に触っているから」と専務。逆にそれくらいおおらかに考えないと、雇用は難しいのかもしれない。

(2)活用した制度や助成金
新規採用の時にもらえる助成金のみ。
4. 取り組みの効果、障害者雇用のメリット
(1)取り組みを実施したことによる効果
最初から担当を決めてその仕事を継続させているので、間違いなく、きちんと仕事をこなしてもらえている。その点で貴重な戦力になっている。
全社的に仕事中はムダ話がないので、障害者自身も自分の仕事に集中できるし、余計な気を遣う必要がない。そういう意味で彼らにとって居心地の良い職場である。それが10年や20年という長期の勤務につながっている。
(2)障害者雇用の波及効果やメリット
障害者に担当させている仕事は、いわば「下働き」の仕事。これを健常者に長期間担当させるのは難しいが、彼らは文句を言わずに継続して担当してくれているので、「会社にとっては貴重な存在」と専務は話す。
「一つの仕事をやらせておけば間違いない」「手抜きをしない」という安心感がある。これが健常者の場合だと、すぐ辞めたり、ずるさが出たりするかもしれない、と専務は分析する。
ひたすらまじめで仕事が丁寧なので、他の従業員たちにとっても模範になっている面もある。
障害者たちは施設であいさつなどの躾をしっかり受けているので、他の従業員の中には、「その点では健常者で若い従業員よりもしっかりしている」と評価する声もある。例えば、自分がミスした時にすぐに「すみません」とあやまるのも障害者の方である。
同社に勤めたことで初めて知的障害者と接した、という従業員は少なくない。そうした従業員にとっては、いろいろなことが経験でき、考えるきっかけになっているに違いない。前出の事務の女性従業員も「接してみるとみんな良い子で、かわいいですよ。最初はどの程度仕事ができるのかわかりませんでしたが、実際に仕事ぶりを見て、彼らはとてもまじめで仕事が丁寧であることがわかりました」と語っている。
5. 今後の課題・展望
専務が今一番気になっているのが、「彼らは最終的にどうなるのか」ということ。この先、20年後、30年後までがんばっても、他の従業員のように独立するなどはできない。「そうなると、うちでがんばっても使い捨てになってしまうようで、それではかわいそう」と悩む。「一緒に働いているとどんどん情が出てきてしまって・・・」と苦笑する専務。専務の彼らに対する愛情の深さがうかがえる。
同社では約50人の従業員に対し1割以上の6人の障害者を雇用しており、現実的に今後これ以上の障害者を雇用するのは難しいと思われる。むしろ、現在働いている障害者たちが定年まで働き続けることが期待される。
執筆者 : フリーライター 赤坂 環
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