オープン一周年を迎えた「障害者が働くパン屋さん」
- 事業所名
- 株式会社空とぶ亀
- 所在地
- 神奈川県伊勢原市
- 事業内容
- パン製造・販売
- 従業員数
- 13名
- うち障害者数
- 6名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 2 パンの販売・その他 内部障害 0 知的障害 4 パンの製造・販売 精神障害 0 - 目次

1. 株式会社設立の経緯
小田急線伊勢原駅から徒歩10分。国道246号線につながる大通り沿いに、白地にブルーの「SWAN」の看板がひときわ目を引く「スワンベーカリー湘南店」がある。
オープンは2006年11月。元養護学校教諭や障害者の保護者たちが集まって立ち上げた株式会社「空とぶ亀」が経営するパン屋さんだ。
「障害者が働ける場所を少しでも作りたくて…」と設立のきっかけを語るのは、代表の加藤裕子さん。飲食業や小売業の経験ゼロからのスタートだったが、多くの仲間の協力があって、加藤さん曰く「なんとか助成金の支援で収支とんとんの状態」にまでもってきた。
(1)フランチャイズチェーン「スワンベーカリー」に着目
加藤さんは、神奈川県内の養護学校で、およそ30年にわたり先生を務めてきた。しかし一年後に定年を控えた頃、教諭生活に「潮時」を感じたという。
「ちょうど受け持っていた高校3年生を無事卒業させて、肩の荷が下りた時期でもあったのですが、学校でできることは、もう十分やったかなと。一方で、卒業生たちの就職がいかに大変かを長年見てきて、今度は彼らが働ける場所を作ることに力を入れてみようか…、まわりの人たちに強く後押しされたこともあって、そんな気持ちになったのです。」
もともとの料理好きから、弁当屋や食堂などを始めることも考えたが、そのときふと思い出したのが、フランチャイズチェーンのパン屋「スワンベーカリー」だった。

スワンベーカリーは、元ヤマト運輸会長の故・小倉昌男氏が、障害者の働く場を作り出そうと1998年に設立し、現在はヤマト福祉財団が展開しているパンの製造・小売のフランチャイズチェーン。銀座の1号店を筆頭に、現在、全国に23店舗がある。
1999年に2号店としてオープンした十条店(東京都北区)の店長を務める小島靖子さんと加藤さんは30年来の教諭仲間でもあり、前々から「湘南地区でスワンの新店舗を開店したら?」とアドバイスを受けていたのだ。
「最初は私にできるかしらと二の足を踏んでいたんですが、小島さんという先輩もいるし、フランチャイズだからパン作りのノウハウなども教えてもらえるということだったので、とにかく一緒に頑張ってくれる仲間を探すことから始めました。」
養護学校の同僚や生徒の保護者らに声をかけたところ、思った以上に多くの人が手を挙げて、加藤さんは驚いたという。
(2)助成金を有効活用
集まったのは人だけではない。全国にあるスワンベーカリーは、その多くが福祉団体による運営だ。しかし加藤さんがこだわったのは、株式会社を設立し、会社としてパン屋を経営しようということだった。
「障害者の仕事場を作るだけでなく、名実ともに『自立』を目指したかった。障害者が働き、その利益から税金を支払うことで、本当の意味での社会参加になると考えたんです。」とキッパリ。
そんな加藤さんの信念に賛同した仲間が資金を持ち寄り、加藤さんを含め14人の株主のもと、念願の株式会社を設立することができたのである。
また、会社を設立するために相談に訪れた神奈川県雇用開発協会では、重度の障害者を雇用する際に支給される「重度障害者介助等助成金」、障害者を雇用する施設などに支給される「障害者作業施設設置等助成金」などについて有用な助言を得ることができた。
その他にも、神奈川県のコミュニティビジネス創業実現モデル事業に申請し、認定されたことにより設立時の助成金15万円を調達。
設立資金の半分は助成金で補うくらいの覚悟で、各方面から多くの情報を集めたというが、その甲斐あって、まだ認定待ちのものも含め、なんとか予定の額には達しそうだという。
さまざまな人に助けられて、できた会社の名は「空とぶ亀」。ゆっくりだが、いつかは広い世界に羽ばたいていきたいとの思いが込められている。
2. 「スワンベーカリー湘南店」の仕事分担
スワンベーカリー湘南店は、広さ88平方メートル。その半分が、パンの陳列棚とレジカウンター、イートインコーナーがある販売スペース、残りの半分がパンを製造する厨房となっている。奥には事務室と休憩室を兼ねた小さなバックヤードもある。
営業時間は、平日は朝7時30分から18時、土曜日は朝9時から17時まで。
現在、4人の知的障害者、2人の肢体不自由者、そして加藤さんを含め7人のスタッフが、シフトを組んで働いている。
障害者の仕事は、大まかに製造担当と販売担当に分けられているが、「販売業務のほうは、全員ができるようにしたい」と加藤さん。仕事内容を決めつけず、できるだけ多様な作業をさせるように日々のシフトを工夫しているという。

(1)スタッフとともにパンを製造
フランチャイズチェーン「スワンベーカリー」では、パンの生地は指定業者から冷凍のものを購入し、店ではその生地を成形して焼き、トッピングをのせるなどの加工を加えるシステムとなっている。食パンやフランスパンをはじめ、さまざまな菓子パンや総菜パンなどのメニューも決まっており、マニュアルに従ってパンを製造する。
とはいえ、毎日数十種類も作るパンの製造現場は、てんてこ舞いの忙しさだ。その日に全部の商品を売り切ることをモットーとしているため、朝、パンを作り上げるまでは、一息つくひまもない。
パンは商品ごとに成形や加工の方法が違う。厨房では、製造担当のメンバーがスタッフの手順を見習いながら、手を粉だらけにして生地を練ったり、形をまとめたりしている様子が見られる。集中している彼らの表情は真剣そのものだ。
一方、パンを焼くのはスタッフの仕事。焼いている最中は高温になるオーブンの前に必ずスタッフが立つようにし、障害者が近づけないように配慮している。

(2)販売・接客も障害者に任せる
販売業務では、今のところ、客がトレイに載せて持ってきたパンを包装し、代金を預かるのはスタッフ、その間に釣り銭やポイントカードなどを用意するのは障害者と、役割が分担されている。
現状のレジは、高さが車いすの障害者の目線より高くて使いにくいので、今後はバーコードシステムなどを導入し、誰もが使いやすいレジに改良する方向だ。
その他、客がいないときなどには、棚に並ぶパンの在庫数を調べたり、値札を回収するなどの作業も販売担当メンバーの仕事となっている。

する

店の一角にあるイートインコーナーでは、コーヒーや紅茶、ジュース、中国茶など、ホット・アイスも含め十種類以上の飲料を提供している。このコーナーも障害者のメンバーの担当。注文に応じて飲み物を作るだけでなく、ときにはパンを温めたり、食器の上げ下げや洗浄なども受け持っている。

メニュー

(3)事務はパソコンが得意な障害者に
また、事務室を兼ねたバックヤードにはパソコンが設置してあり、売り上げを入力するなどの作業を、パソコン操作を得意としている障害者が担当している。宣伝パンフレットの制作や電話の対応なども任されており、落ち着いて事務作業に時間を割くことができない加藤さんの力強い味方となっている。

3. 「外販」「委託販売」など多様な販売ルートを開拓
スワンベーカリー湘南店は、店内での販売だけでなく、出張販売、いわゆる「外販」にも力を入れている。実は、売り上げの6割は外販で得た収入。クルマで30分の県立高校へは毎日、その他にも曜日を決めて付近の学校や障害者施設などに出向き、パンを販売している。
加藤さんの教諭時代の人脈などをたどって各方面に理解を求め、パンを販売させてもらえるようになったという。安定した収入を確保するには多様な販売ルートを開拓することが必要と、早くから準備を進めたことが成功につながったといえよう。


また外販以外にも、数は少ないが、市役所の食堂や近所の工場の売店、商店などにパンを置かせてもらう「委託販売」を展開している。
「店の外での販売は手間がかかりますが、私たちのパンを気に入ってくれる多くの人にできるだけお届けできるよう、これからも頑張ります」
ニッコリと笑う加藤さんの表情には、ほのかな自信が見られた。
4. 障害者の変化と成長
(1)働く自分に芽生えた自信
現在、スワンベーカリー湘南店で働く6人の障害者は、全員が開店時からのメンバー。彼らの熱心な働きぶりには本当に驚かされたと加藤さんは言う。
「もちろん最初は手取り足取り教えていたんですが、仕事を覚えるスピードは予想以上でした。あるメンバーなんて朝9時からのシフトなのに、そのうちに8時半、8時、7時半、7時と、どんどん出勤時間が早まってきて、びっくり。私が早い時間から店で準備しているのを見て、自分も手伝おうと思ったのでしょうね。早朝6時40分頃に出勤してきたこともありますよ。さすがに早すぎて、二人で笑ってしまいましたけど。」
自主的に早く出勤するようになったというのは、責任感が芽生えた証拠に他ならない。
「彼はもう、私の指示がなくても何時にどのパンを作る準備をすればいいのか、全部自分で段取りできるようになりました。仕事の日は絶対に休みませんし、休日の前には『俺がいなくても大丈夫?』と気を遣ってくれるほど。逆にこちらが頼りにしているくらいです」と加藤さん。
大事な仕事を任せてもらっているという自信が、働く意欲を支えているのだ。
(2)客とのコミュニケーション
オープン時からスタッフとして働いている芳賀正子さんにも話を聞いた。
「みんな仕事にすっかり慣れて、自分で仕事を見つけて、率先してやっていますよ。障害者の人に仕事を任せると時間がかかってしまうこともありますが、せっかくやる気になっているのだから、なるべく手を出さず、できるまで待つように心がけています。」

カウンター業務などでは、ときには客を待たせてしまうこともあるが、ほとんどの客が「障害者が働く店」と知っており、嫌な顔をせずに待ってくれる。むしろ積極的に声をかけてくる客も多く、コミュニケーションの場になっているという。
最初は恥ずかしがって、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」を大きな声で言うことができなかった彼らだが、今は店中に明るい声が響いている。彼らの笑顔が店のアットホームな雰囲気を作り出し、訪れる客の心を和ませているのだ。
5. 今後の課題(「経営と雇用の安定」、そして…)
現在、スワンベーカリー湘南店の売り上げは、パンの販売個数にして1日800個から900個で、10万円相当。さまざまな助成金を含め、「収支とんとん」という状況だが、加藤さんは、今後、さらに売り上げを伸ばしていきたいと意欲を語る。
「ベーカリーの機能だけ考えれば、1日1,200個から1,500個は可能なのです。ただ、それだけの数を作ることのできる人数と、売ることのできる販路については、もっと考えなければいけません。イートインコーナーだって、コーヒーや紅茶だけでなくスープを提供するなど、メニューを改善すれば、いっそう有効に使えるはずですし…。」
開店から一年、とにかく力を合わせて一生懸命やってきたが、これからは利益をより上げるためにも、儲かる仕組み作りについて勉強しなくてはならない。
フランチャイズチェーン「スワンベーカリー」では、月に一度、各店の店長たちが集まる会議が行われるが、今後はそういった機会を積極的に利用し、情報交換を行っていくという。
「先輩店長に経営手法を学んだり、また障害者の雇用に伴う悩みなどを相談できる場としても活用したいと思っています。」
スワンベーカリー湘南店のもっかの課題は「経営と雇用の安定」だが、その先のビジョンについても尋ねてみた。
「店の規模を拡大して、例えばグループホームのように活用できる空間も作りたいですね」と加藤さん。
夢は一歩を踏み出したばかりだ。
執筆者 : 山笑堂 社長 小川 亜紀子
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