身体障害者雇用と休職者に対する復帰支援の取り組み
- 事業所名
- 東海大学医学部付属病院
- 所在地
- 神奈川県伊勢原市
- 事業内容
- 特定機能病院
- 従業員数
- 2,600名
- うち障害者数
- 19名
障害 人数 従事業務 視覚障害 1 理学療法士(マッサージ) 聴覚障害 0 肢体不自由 11 看護師・一般事務 内部障害 7 医師・一般事務 知的障害 0 精神障害 0 - 目次

1. 障害者の適性を見極め、できる仕事を見つけ出す
東海大学は全国(北海道、東京、神奈川、静岡、熊本)に10のキャンパスを持ち、日本最多の20学部を擁する総合大学である。
東海大学医学部付属病院がある伊勢原キャンパスは、小田急線伊勢原駅から徒歩10分。ここには医学部と健康科学部の2学部があり、約1,400人の学生が、明日の医療・看護・福祉の分野での活躍をめざし、整備された環境のもと日々勉学に励んでいる。
(1)2,600人の職員が働く大規模病院
医学部とともに設置された東海大学医学部付属病院は、2005年に新病院棟が完成。地下1階、地上14階の建物に病床数は803床、一日の平均外来患者数約2,500人という大規模病院だ。地域の中核医療機関として、高度救命救急センター、健診センターなどの多彩な施設・設備を併設し、常に最先端医療の提供を行っている。
医師は約350人、看護師は1,000人以上、その他にも薬剤師や放射線技師、臨床検査技師、理学療法士、管理栄養士などの医療技術職員、さらに事務職員を加えると、病院で働く職員の数は2,600を超える。
「思った以上に多くて、びっくりしたでしょう?」と言うのは、一野谷陽一人事課長。「病院もこのくらいのスケールになると、本当に多種多様な仕事があります。患者さんに接する仕事や技術職だけでなく、それを支える裏方でも多くの人が働いているんですよ。それだけに、障害を持つ人にできる仕事だって、いろいろと見つけられると思っています。実際、肢体不自由の2人の障害者には、中央滅菌材料室という手術用の器具を準備する部署で働いてもらっているし、本気で彼らの仕事を探そうと思えば、可能性はいくらでもあるんじゃないでしょうか」

病院で働く障害者は19人。内部障害など、もともとの職員が障害を負ってしまったケースもあるが、2000年からは意識的に障害者の採用を続けている。主に身体障害者だが、「さまざまある病院の仕事のなかで、どんなことならできるのか。その障害者の適性に合わせ、仕事を見つけ出すのが我々の役目です。」とズバリ。
採用時にはあまり枠を設けず、面接によって、まずはその能力や人となりを見極めることを心がけているという。
2006年の採用は3人。秦野市で行われた「障害者雇用合同面接会」で20~30人を面接したなかから、採用を決定した(2007年は松田で行われた同面接会にて2人採用)。
(2)トライアル見学でマッチングを確認
「採用の一番の決め手となるのは、やはりやる気と積極性ですね。何度も言うようですが、『はじめに仕事ありき』じゃなくて、『人ありき』。前もって肢体不自由の人にもできそうな仕事をピックアップはしておきますが、面接を進めるうちに、『この人ならあの仕事が向いているかも…』と組み合わせを頭に描いていきます。」
また、雇用したいと思った人には、最終的な採用決定前に一度、働く現場を見学してもらう「トライアル見学」を行っている。見学は半日をかけてじっくりと。職場の雰囲気を見て、働く意欲と覚悟を持ってもらうことが狙いだ。
「『病院の仕事』というと、一般になんだかカッコいいようなイメージを持たれることもありますからね(笑い)。しっかり職場を見てもらい、それからお互い納得した上で、採用を決めることにしています。」と、ユーモアまじりに語る一野谷課長。
半日のトライアル見学は、障害者を受け入れる職場にとっても心構えが生まれ、環境づくりにも効果的だという。
2. 働きたいという意欲と立ちはだかる壁
さて、2006年に「障害者雇用合同面接会」で採用が決まった一人、瀬賀康昭さんの就職への道のりと、その仕事ぶりを覗いてみよう。
(1)社会に参加したい
瀬賀さんは、現在43歳(2007年取材時)。印刷会社に勤めていた11年前、両手をプレス機に挟まれる事故にあい、左は手首より先を切断、右は指一本を残すだけの身体障害者となってしまった。
回復後はパラリンピックの射撃選手として10年間、スポーツの世界で活躍していたが(アテネパラリンピックでは日本代表の座を狙うほどの腕前だった)、本人曰く「社会の一員として働き、認められたいという気持ちが高まった」ことから、就職を希望するようになったという。
「正直言って障害年金と労災保険がありますから、お金のためじゃないのです。それよりも、社会に参加したい、自分の居場所が欲しいという衝動が強かったですね」
パソコン教室にも通い、ワード、エクセルなどの基本操作をマスター。就職への準備を進めながら、ホームページなどで求人情報をこまめにチェックしていた。そこで偶然見つけたのが、秦野市による「障害者雇用合同面接会」の開催だった。

(2)50社以上に断られ
当日、瀬賀さんは喜び勇んで「障害者雇用合同面接会」に向かった。しかし面接会場では50社以上の会社から、その場で断られるという目にあってしまう。
「はっきりとは言わなかったけれど、面接官の表情には『指一本で、何ができるの?』といった感じがありありでしたね。事務職募集と書いてあっても、せっかく覚えたパソコンスキルについて、全然耳を貸してくれない。なかには『生活に困っていないんなら、働く必要ないんじゃないの?』なんて言う人もいました」
彼らの心ない言葉に傷つき、うなだれる瀬賀さんの目に入ったのが、東海大学医学部付属病院の面接ブースだった。思い起こしてみれば11年前の事故のとき、救急車で担ぎ込まれて一時入院していた病院が、ここだった。
不思議な縁を感じながら面接を申し込んだ瀬賀さん。そして、このとき面接を担当した一野谷課長も、長年のカンから「この人なら!」と感じたという。
「とにかく熱意があったのと、持ち前の明るさ。スポーツをやっていたから、粘り強さと根性だってあるだろうし…。ほとんど即答でOKした覚えがあります」(一野谷課長)
もちろん一野谷課長の頭のなかには、瀬賀さんに、どの部署で働いてもらうかという青写真がすでにあった。前出の中央滅菌材料室である。
3. 障害者を受け入れる環境づくり
一方、看護部・中央滅菌材料室のリーダー、染宮栄子師長は、トライアル見学で訪れた瀬賀さんを見て、最初はとまどいを隠せなかった。
「指一本ですからね、さすがにはじめは驚きました。もちろん前もって一野谷課長からは打診があったし、覚悟してはいましたが、いざ目にして見ると、一体、何をしてもらえばいいのかと考えちゃって…」と、当時を思い出して苦笑い。
しかしやらせてみると、意外や意外。物は持てるし、文字も書ける。器用に何でもこなす瀬賀さんの姿に、染宮師長はびっくりした。
「できないことはできないとハッキリ言う彼の性格も頼もしく感じたし、これは戦力になるメンバーが増えたと、内心喜びましたよ」

(1)安全面を考慮し、仕事を割り振る
中央滅菌材料室は、手術に使用されるあらゆる器具を大型洗浄機で洗浄・滅菌し、手術の種類ごとに必要とされる器具を一回分ずつパッケージする部署である。そこで瀬賀さんを受け入れるにあたり染宮師長が気を配ったのは、安全面だった。
「障害者の方は感染症になりやすい人も多いし、ケガやヤケドには特に注意を払う必要があります。この部屋にはメスなど危険な器具類もあり、また洗浄機や高圧滅菌機は高温になりますから、瀬賀さんにはそれらを扱わない仕事をお願いすることにしました」滅菌室のメンバーは15人。作業の割り振りを工夫し、主に瀬賀さんには外部のクリーニング業者から仕上がった術衣をワンセットずつパッケージする作業が任されることになった。
「時間はかかってもいいから、まず慣れることから」「できないことはできないと遠慮なく言うように」という染宮師長の力強い指導のもと、瀬賀さんは与えられた仕事をどんどんこなすようなる。



(2)自分から仕事を求める
病院で働くようになって約一年。瀬賀さんの勤務時間は平日の午前8時から午後2時までで、現在はパートの臨時職員だが、「ゆくゆくは正社員に」との意欲もある。
「最近は術衣のパッケージングだけでなく、その他の手術器具のパックも少しずつやらせてもらえるようになりました。いつまでも与えられた仕事をやっているだけの『指示待ち君』じゃダメ。自分から積極的に『この仕事、やらせてください』『やり方を教えてください』とお願いしています。」と笑顔を見せる瀬賀さん。
また、瀬賀さんは誰から指示されることなく、パッケージされた器具を並べる棚を整理し、入庫・出庫を一覧できる物品リストを作った。これには職場の同僚も大助かり。
一野谷課長も「勉強熱心だし、本当によく頑張っていますから、仕事量とバランスを見ながら徐々に勤務時間を増やし、いずれは正社員になってもらいたいと考えています」と太鼓判を押す。
障害者だからと甘えているだけでは、仕事仲間として一人前には見てもらえない。「この職場にいなくてはならない存在。」としてみんなに認められたいと、瀬賀さんは熱意を語った。



もらった
4. 精神障害、発症予防への取り組み
東海大学医学部付属病院で働く障害者は主に身体障害者(肢体不自由、内部障害)だが、精神障害者に対する取り組みにも特記すべきものがある。
「といっても、精神障害者を雇用するということではなく、いかに精神障害を発症させないかという防止策です。人の命を扱う医療の現場は非常に大きなストレスに日夜さらされていますから、そこで働く人の心のケアも、病院を運営する上で重要なことと考えています。」と一野谷課長。
「取り組みは、まだスタートしたばかりですが…」と断りながらも、詳細を説明してくれた。
(1)復帰支援プログラム
ある事務職の職員が、どことなく調子が悪そうで、繰り返し休みを取っていると報告されたのは昨年のこと。本人にもうつ状態であるとの自覚があり、「このままではいけない」と対策を練ることになった。
まずは本人には長期休暇を取らせ、病院に通って治療を始めることにした。その一方で、人事課では他の私立大学との交流のなかで同様のケースを扱った事例を集め、「復帰支援プログラム」作成の参考にすることにした。
治療の成果を睨みながら、復帰は段階を追って行うことになった。もともとの職場に復帰させることにはこだわらず、しかし、その人の能力を活かした仕事を用意することが大切だ。さまざまな職場の理解を求めながら、いくつかの候補を探した。
復帰は簡単な仕事から始め、勤務日も半日を週2、3日というスケジュールからスタート。受け入れ先の職場以外にも、いざというときの心の拠り所となる居場所を作るため、人事課に席を準備した。
徐々に慣れさせるという時間をかけたプログラムが功を奏し、現在、この職員はフルタイムの仕事に復帰。今はまだ人事課に所属し、様子を見ている段階だが、そう遠くないうちに他の課に配属し、完全復帰となる予定だ。
「早い段階で気付き、休みを取らせたのが何より良かった。これをモデルケースとして、今後、より我々の環境に合ったプログラムを作り上げる予定です。」
(2)カウンセリングルームの設置
東海大学伊勢原キャンパスには学生を対象としたカウンセラーがいるが、医学部付属病院にも職員が利用できるカウンセリングルーム「心の相談室」がある。
「心の相談室」は職員のプライバシーを守るため、他の職員の行き来から目に入らない場所に設置。完全予約制で、メールや電話、専用用紙などで予約を入れることができる。また、組織は完全に独立しており、具体的な相談内容は人事課にも報告されないという徹底ぶりだ。
「実際に部屋を訪ねているのは、悩みを抱えている本人よりも、その上司や同僚が多いとも聞いています。先ほどの例のように、休みがちの職員に対して、どういった対応をすればいいのかなどのアドバイスを求めることもあるようです。」
例えばうつ状態の職員がいた場合、そのまま有効な手だてを打たずに放置してしまうと、最悪の場合、精神障害を発症する可能性もある。そうなる前に手が打てる受け皿を用意することで、発症を予防できるなら…。さまざまなストレスを抱える現代人の働く環境づくりの一環に、「心のケア」は不可欠な取り組みなのだ。
(3)院内情報紙を「心のケア」の啓蒙にも利用
また、東海大学医学部付属病院では、職員に配る院内情報紙として、隔週でA4サイズ4ページの「いせはら かわら版」を発行している。この情報紙にも「心の相談室」からのメッセージが掲載されている。
「心の相談室」の存在を知ってもらうため、そして毎日忙しく働く職員にも、自分の「こころとからだ」の健康に目を向けるよう啓蒙を促すことが狙い。2007年8月に発行された号には、心とからだをリラックスさせる自律訓練法について触れている。このように、カウンセラーのほうから職員に向けて積極的に情報発信することも、「心のケア」のための大切な取り組みであろう。
5. 知的障害者などの雇用は今後の課題
最後に、一野谷課長に今後の課題を聞く。
「まずは今後も一定したペースで障害者の採用を続けていくことですね。それから瀬賀さんの話にもあったように、臨時職員から正社員にするなど、本人の熱意と仕事量とのバランスを見ながらですが、彼らの立場向上をめざします。」とキッパリ。
一方で課題が残るのが、身体障害者以外の障害者の新規雇用である。
例えば知的障害者だが、入院患者だけでなく、1日に2,500人もの外来患者が訪れる病院という環境では、いくら裏方の仕事を任すといっても、患者との接触を完全に断つのは難しい。万が一何かの事故が起きた場合のことを考えると、なかなか採用に踏み切れないのが実情だという。
「病気やケガを抱える患者さんは精神的にもデリケートですし、また、知的障害者の行動を完全に把握することはできません。ですから現状としては身体障害者の方を中心に採用し、徐々にノウハウを培っていくなかで、ゆくゆくは他の障害の方も採用できるように環境を整えていきたいと…。そんな長期的なビジョンで考えています」
病院で働く障害者は、全国を見てもまだまだ少ない。東海大学医学部付属病院の展開がモデルケースとなり、多くの病院がそれにならって雇用の門戸を広げていけるよう、息の長い取り組みを期待したい。
執筆者 : 山笑堂 社長 小川 亜紀子
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