知的障害者の雇用上の課題をトライアル雇用、ジョブコーチを利用しながら解決し、雇用継続している事例
- 事業所名
- イチプラ株式会社
- 所在地
- 愛知県蒲郡市
- 事業内容
- 自動車空調ダクト、ウオッシャータンクなどのプラスチック製品の製造・加工
- 従業員数
- 13名
- うち障害者数
- 3名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 3 バリ取り、プラスチック成形器操作 精神障害 0 - 目次


1. 事業所の概要
イチプラ株式会社(以下、「イチプラ」とする)は昭和46年に愛知県蒲郡市に設立された。当初は繊維製造業を営んでいたが、産業構造の急速な変化は当地でも例外ではなく、愛知県の地場産業ともいえる自動車製造業の協力工場として、昭和56年に大きく方向転換した。その結果、プラスチック製品の製造・加工を行う事業所となった。
同社代表取締役の市川秀人氏は地元の経営者団体の勉強会にも積極的に参加する一方、この地域の障害者就労支援機関関係者らに知らない者はないほどに、障害者雇用にも前向きにとりくんでいる。また、障害者自立支援法にもとづく蒲郡市の障害者自立支援協議会にもメンバーとして加わっており、福祉関連のまちづくりにも積極的に発言している。
福祉的就労にあった知的障害者が、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、ジョブコーチ(第1号職場適応援助者)を利用し一般企業へ就労し、4年間経過した現在も職場定着に至っている状況を紹介する。
2. 取り組みの内容及び効果
(1)養護学校高等部の現場実習
さて、今回の具体的な取り組みを紹介するAさんは知的障害B(中度)の20歳代男性である。
実は、今回就労にいたる支援が始まる前から、Aさんとイチプラとの接点はあった。地元の養護学校在学中に、当時の進路指導担当教諭の紹介でイチプラにおいて現場実習を行ったのである。そのときのことを市川社長はこうふりかえる。「あいさつどころか何も話さない。これでは就職なんて全く無理だ」と。
養護学校の実施する「現場実習」は年に2回、春と秋に2週間程度行われる。生徒が社会に適応するために具体的、実践的に職場や福祉作業所を体験する機会になると共に、卒業後の進路に直結する機会になる。とりわけ一般企業を目指す者にとっては、企業との最初の接点になり、本人の力を試す重要な機会ともなる。
Aさんと家族は市川社長の判断を受けて一般企業への就職という目標を福祉的就労へと転換することになった。その後、卒業と同時に地元の知的障害者授産施設を利用し、そこで8年間作業に従事することになる。知的障害者授産施設とは、「一般企業への就職が困難な知的障害者が必要な訓練(作業、スポーツなど)を行い、一定の経済的収益を得るもの」である。これがいわゆる「福祉的就労」と言われるものだ。しかし、収益といっても1ヶ月数千円から3万円程度と一般企業の給与からは想像できないほど安価なものであった。
授産施設では、工業用プラスチック部品の計量や検品作業に従事していた。利用者の中には計量器の数字を読むことさえも困難な人が多い中、Aさんは正確に読み取り、まじめに作業に従事していた。そこを担当職員の竹内さんが目をつけ、一般企業へのチャレンジを促したのである。これが平成14年の頃であった。
当時は、障害者自立支援法制定の前で、就労移行支援事業の実施前であったが、地元にはすでに愛知障害者職業センター豊橋支所、豊橋障害者就業・生活支援センターが設置されており、さまざまな就労支援が行われていた。そこで、竹内職員は豊橋障害者就業・生活支援センターを訪ね、まずは、何から準備すべきかを相談したのである。
(2)就業・生活支援センターのアドバイス
まず必要であったのが、本人や家族の意思の確認である。
ここに注目すべきデータがある。「雇用するに当たり事業所が重視する事項」(労働省1994年調査・全日本手をつなぐ育成会発行「働く・はたらく」より)として「作業意欲がある」という項目が最上位に位置している。しかも、障害者を雇用していない事業所よりも雇用している事業所の方がその割合が高い。つまり雇用した企業ほど、作業意欲を重視しているということを表した数字である。
家族や支援者の一部には限られた授産施設や作業所に「通えていられるだけでもいい…」といった考え方が残っている。これは福祉サービスの不足について身をもって感じているがゆえのやむを得ない考え方で、一概に非難することはできない。これらの考え方をうまくときほぐしていくこと、これはその人が就職するにあたりたいへん重要になる。就労支援機関や授産施設が担当する分野として位置づける必要のある部分だ。
Aさんの家族には竹内職員からAさんの作業の様子、就職までの支援体制、万が一就職できなかったときの支援方法などの説明が丁寧になされた。それを受けAさん家族も就職に同意し、具体的な支援方法の計画が立てられることとなる。
(3)支援の開始
まずは就職を目指すために、地元公共職業安定所にて求職登録を行った。その後、すぐに愛知障害者職業センター豊橋支所に出向き、障害者職業カウンセラーの職業相談・評価の実施、授産施設での作業の様子を見学するなどを行った。不慣れな場所への適応に苦慮したり、言葉を発しにくいAさんの障害特性に留意し、障害者職業カウンセラーは現場に出かけて作業の様子を確認することにしたわけである。
一方で、養護学校から授産施設に進んだAさんにとっては、職場実習はとりわけ未体験の機会である。そこで、豊橋障害者就業・生活支援センターが設置されている社会福祉法人岩崎学園にて行われている「基礎訓練」を受講することになった。ここでは職業習慣の確立、体力づくりを主なメニューとして3ヶ月間の水耕栽培を中心に行われる作業訓練を実施している。
(4)ジョブコーチとの出会い
委託訓練と同時進行で、「どこに就職するか」が授産施設、職業センター、就業・生活支援センターらと検討された。そのときに地元の公共職業安定所から「イチプラという積極的に障害者雇用に取り組む企業がある」との情報を得、早速、イチプラと本人と面談するという段階になった。この場で初めて養護学校時代の現場実習のことがお互いに思い出されたのである。
イチプラへは、まずは職場実習を1ヶ月間実施し、就労の見通しが立ちそうな場合は、トライアル雇用を実施することとなった。また、職場実習当初からジョブコーチを同行させ作業方法を本人にわかりやすく説明することとなった。さらに、通勤には不慣れな公共交通機関を利用し、駅から会社までは徒歩で移動することになる。行程時間の管理、安全面の確保なども含めジョブコーチがかかわり、スムーズに職場実習、トライアル雇用をすすめられるように支援することとなった。
ジョブコーチとは障害者が職場に適応できるよう、地域障害者職業センターの障害者職業カウンセラーが策定した支援計画に基づき職場に出向いて直接支援を行うものである。しかも雇用後の職場定着支援も行う。事業主の雇用支援を行うパートナーとも言える存在である。これならイチプラ側に必要以上の負担がかからない状態で障害者本人の作業スキル、障害特性はもとより、その性格、生活スキル、家庭状況に至るまで、4ヶ月にわたる期間において、ジョブコーチを介して十分に把握できるというメリットがある。

(5)本人の変化
1ヶ月間の職場実習中には通勤経路の誤り、作業理解の不十分さなど多くの点で問題点が指摘された。しかし、それらの問題点はジョブコーチによる支援で解消できる見込みのものであり、何よりも重要視されたのは「本人が話した」という市川社長のプラス評価であった。
前述したように、養護学校時代の現場実習時にはほとんど話さなかったAさんが、今回の実習中には、小さな声であったがあいさつができるようになったことである。これには市川社長が驚いた。養護学校時代の悪い印象が強く残っており、全く話さない人が話したと言うことが強く印象に残ったというのである。長い年月を要した市川社長が成長を感じた瞬間にAさんに対する雇用の可能性を感じたようである。これが3ヶ月間のトライアル雇用へと進んでいく契機となったのである。
【関係機関の連携による就職までの支援の流れ】
準備期(2ヶ月程度) | 職場実習期(1ヶ月) | 就職期(3ヶ月~) | 定着期 |
---|---|---|---|
●就職のための支援方法相談(障害者就業・生活支援センター) ●求職登録(公共職業安定所) ●職業評価(障害者職業センター) ●支援計画の策定(障害者職業センター) |
●職場実習・通勤指導(ジョブコーチによる支援) ●生活支援(障害者就業・生活支援センター) |
●トライアル雇用(公共職業安定所・引き続きジョブコーチによる支援) ●生活支援(障害者就業・生活支援センター) |
●ジョブコーチによる定着支援 ※生活支援については、家族、事業所、ジョブコーチからの連絡に基づき障害者就業・生活支援センターが実施することとなっている。 |
(6)定着支援
トライアル雇用に入ると実習中に加え、従事する仕事内容も本格化する。この段階では作業指示書を他の従業員と同様に渡され、一日の達成状況なども確認させることが指示された。
ここでもジョブコーチの支援が効果を発揮した。知的障害のあるAさんは文字を読むこと、数字を数えることが苦手である。時間がかかる。
会社へはジョブコーチから作業報告書への記入はなるべく簡単にわかりやすく表記することがアドバイスされた。その結果、現在では数字に加え、仕事上必要である簡単な漢字、アルファベットも判読できるようになり、記入も限定的だができるようになった。
その後も1ヶ月から2ヶ月に1度は本人の状況確認のためジョブコーチがイチプラを訪れている。時に意欲が減退する時期があったり、時に遅刻が目立ったりとすべてに順風満帆とはいかない。そんなときのジョブコーチの訪問について市川社長は「なんとも頼もしい」と絶賛している。

3. 今後の課題・展望
市川社長のもとには新たに養護学校生徒の現場実習の依頼が入ったそうである。親身に障害者雇用に取り組む姿勢の「熱さ」に加え、関係機関との信頼関係が構築され、継続して雇用されている現実は「安心」も備わっての結果である。
冒頭に示した「成長力底上げ戦略」や障害者自立支援法の方向性、そして、わが国の労働人口の減少は、障害者の一般企業への就職を大きくすすめる要因となっている。そんな中、イチプラ株式会社とそれに関わる就労支援機関の取り組みは、福祉的就労から一般企業への就職をすすめる「就労移行支援事業」のモデル的ケースになり、大いに参考にすべき取組みと考えるものである。

執筆者 : 蒲郡市障がい者支援センター センター長・相談支援専門員 鈴木 康仁
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