発達障害者の雇用および職場定着に向けた取り組み
- 事業所名
- 大阪赤十字病院
- 所在地
- 大阪府大阪市
- 事業内容
- 医療保険事業(病院)
- 従業員数
- 1,418名
- うち障害者数
障害 人数 従事業務 視覚障害 聴覚障害 肢体不自由 内部障害 知的障害 精神障害 - 目次

1. 事業所の概要
大阪赤十字病院は大阪市内のほぼ中央に位置する名所旧跡や緑豊かな公園の多い区にあり、JRを中心として地下鉄、私鉄の各線が集結したきわめて交通の便利なところに位置している。院内は広大な敷地を有し、落ちついた環境が広がっている。
明治42年の創設以来、約99年幾多の変遷を経て長い歴史と伝統のもとに発展をとげてきた。病院の基本理念に基づいた活動を実践する総合病院として地域社会の医療に貢献している。
許可病床数は1,021床で全国的に見ても大型の大学付属病院に劣らない規模のものであり、一日平均外来患者数約2,300名と地域の中核病院として信頼され親しまれている。職員数は臨時職員も含めて約1,300名。医療・看護に携わる職種、事務処理等を行う職種、施設維持・管理等を行う職種等さまざまな職種の職員が働いている。
2. 障害者雇用の経緯、背景、考え
これまで身体に障害のある人、内部障害のある人を中心に障害者雇用を行ってきている。障害に配慮した職務内容の検討や職場配置を行い、職場定着に力を注いでいる。
3. 取り組みの内容
(1)経緯
人事担当者が「発達障害」という障害の存在を知ったのは、大阪府下の病院間で実施されている勉強会であった。ある病院で発達障害のある人を雇用した事例が紹介され、発達障害の特性を知り、雇用の可能性を感じたことが今回の取り組みにつながった。
(2)職場見学
当院事務部門での求人が出ていることを知ったAさん(就労支援機関で事務周辺業務を訓練中)から「実際に現場を見て業務内容を具体的に知った上で応募を検討したい」という希望が出されたため、就労支援機関を通じて見学の機会を作ってもらった。
(3)職場実習
Aさんの見学時の様子、受けてきた訓練内容等から院内の事務補助業務に従事できる可能性があると人事担当者に判断してもらい、期間を設定した職場体験実習を実施することになる。Aさんの能力を把握し、職場がそれに合うような業務内容を準備できるか探ることを目的とした。
(4)従業員(職員)への周知
実習受入れ前に人事担当者が発達障害の大まかな特性を配属部署の職員に周知。また、配属部署の業務特性として他部署の職員とのやりとりが発生するため、関係部門にもAさんの特性等の情報を伝えた。
就労支援機関の支援者は配属部署の職員に、訓練時や過去の就労経験の中で見られたAさんの特性とその対応内容等を本人同席の上で説明した。
Aさんも現場も多少の不安を感じながらも、実際に一緒に働く中で疑問や課題が出てきた時はそのつど就労支援機関とともに考えていくことにし、実習を開始した。
(5)職務設定(特性に適した作業内容の選定)
Aさんは明確なルールに基づいた仕事はとても得意である。作業の一つ一つが丁寧で、期限を守らないと気が済まないという特性がある。一方優先順位をつけることや相手の立場に立って物事を考えることが苦手であるため、定例の仕事を準備し、接客のような臨機応変さを求められる仕事はできるだけ避けるように配慮した。
現在Aさんは主に院内の印刷業務と郵便物発送業務を担当している。 印刷業務は、院内の各部署から依頼された印刷物を締切日までに印刷し、定められたメールボックスへ入れておく(依頼があれば部署まで配達する)。指定されたサイズに用紙を裁断したり、丁合なども行っている。




郵便物発送業務は、院内から発送する郵便物を回収・整理・決められた処理を行い、郵便業者に引き渡すという作業である。
いずれも毎日必ず行わなければならない業務であり、単調な作業であるが量は膨大である。
(6)課題への取り組み
①対人場面での臨機応変さへの課題
Aさんの従事している業務は病院受診に来る患者とのやりとりは無いものの、院内の職員とやりとりをする必要があるため、臨機応変さを求められる場面を完全に避けることはできない。Aさんは障害の特性上、場の雰囲気を察して自分の行動を修正することが苦手であるため、不適当と思われる場面が見られたらそのつど同じ部署の職員が指摘や修正を行っている。たとえば、ひとつしかない印刷機材を使うために順番を譲り合うことが出来ずトラブルになりかけたり、相手の院内での職責や職種、立場を意識することなく行動してしまうことで「失礼な行動」と捉えられかねない場面もあったが、そのつど職場の中に「暗黙のルール」として存在するものを言葉で表現し望ましい行動を伝えることで、Aさんはルールを理解し行動を修正することができている。
②業務遂行場面での臨機応変さへの課題
決められたことを忠実にこなすことが強みであるが、一方で手の空いた時間を上手く使うことも課題となっている。印刷・郵便物発送という担当業務に慣れ作業効率が上がるに従って処理にかかる時間が短縮できるようになり、手の空く時間が増えてきた。
当初Aさんは「自分が担当している業務だけをやっていればよい」と理解していたので「空いた時間をなるべく作らないために、担当以外の業務も積極的に覚えていこう」と意識改善を促した。Aさんの意識が改善されてくると「何かすることはありませんか?」と同じ部署の職員に質問するといった行動の変化が見られるようになる。当初はAさんの能力に見合った内容で且つできるだけ定型化したもの、という条件を満たす業務を準備するために周囲が振り回されることも多かったが、Aさんの丁寧な仕事ぶりが評価されるに従って作業依頼は増え、現在は書類整理、コピー、ラミネート、社内報の配布準備、会議室の掃除などのほか、週一回他部署へ出向して事務処理の補助などを行っている。
手が空いている事を自分で意識し自発的に動けるようになることが目標であるが、現段階では、周りの職員が声をかけるなどしてAさんが意識できるような「きっかけ」を作っている。



(7)障害者制度の活用
正式な雇用までに、障害者インターンシップ(職場体験実習:NPO大阪障害者雇用支援ネットワークが実施している大阪府の委託訓練)を2ヶ月間、障害者試行雇用(トライアル雇用)事業を3ヶ月間利用した。
①雇用側のメリット
これらの事業を利用することで、病院側はAさんの仕事ぶりをじっくり評価する時間が与えられ、Aさんに適した業務内容を準備することが出来た。また、仕事以外の課題についても余裕をもって対応方法を検討することができた。
②被雇用側のメリット
Aさんにとってもこの事業利用は大いに有効であった。利用した事業の終了といった節目にあわせて「どういう点を克服すれば雇用の可能性が出てくるか」という具体的な目標を立て、職場の担当者と共に振り返りを実施することで自分の評価点と課題点の整理が出来た。きめこまかな目標設定によって、先の見通しが立たない不安感から調子を崩すということもなく落ち着いて仕事に取り組み、確実に業務を身につけ技能を向上させることが出来た。
(8)就労支援機関との関わり
職場でAさんに関する疑問や課題が出てきた際は、随時就労支援機関と連携し解決に向けた取り組みを行っている。就労支援機関の支援者は、職場の中で課題を解決していけるようにAさんや人事担当者・配属部署に助言等を行ったり、Aさんと職場の意思疎通が円滑になるための架け橋のような役割を担っている。
4. 取り組みの効果、障害者雇用のメリット
(1)人事担当者から
発達障害のある方を受け入れるのは今回初めてでしたが、勉強会で事前に特性などを聞いていたので、大きな戸惑いはありませんでした。
受け入れた部署を中心に、Aさんへの対応を通して職場内で発達障害のある人への理解が進んだと感じています。また、Aさんの「ルールをきちんと守らないと気がすまない」という特性に対応するために、職場では業務内容の整理が進みました。
今後はできるだけたくさんの業務を身につけてもらい、細かい指示が無くても動ける人に成長して欲しいと思っています。
(2)本人のコメント
Q1 実習期間も含めて約1年経過しようとしています。順調に続いている理由は何だと思いますか?
A1 職場の支援と就労支援機関の支援のおかげだと思います。
Q2 職場の支援とは具体的にどんなことですか?
A2 初めての仕事は脇について丁寧に教えてくれることです。また、質問しやすい雰囲気があることです。
以前働いていた会社では失敗したときに注意されるだけで、何が失敗の原因なのかわかりませんでした。同じことを質問したり失敗を繰り返したときは「何でわからないのか?」と言われていたため、質問がしにくかったです。
ここでは失敗したときや間違ったことをしたときに、ただ注意されるだけではなく、その理由と次からはどうしたらいいのかという事を言葉に出して丁寧に教えてくれることが私にはとても分かりやすく納得もできます。仕事のやり方で自信のないときは質問すると必ず教えてくださるので安心して仕事ができます。先日は私が何回も同じ質問をしていたため、自分も相手も時間を無駄に使っていることを指摘され、教えてもらったことはメモしておくようにと助言をもらい実行しています。
Q3 職場で一番嬉しいことは何ですか?
A3 仕事ができたと報告をしたら「ありがとう」や「助かりました」と言ってもらえることです。やって良かった、私は必要とされているんだと実感できます。
Q4 これからの目標はありますか?
A4 ずっとここで仕事を続けていきたいと思っています。今の目標は、1つの仕事をしながらもう1つの仕事をするという工夫がもっとできるようになることです。
5. まとめ
発達障害は見た目ではわかりにくい障害であるため、周囲の人は日々接する中でその特性や特徴に気がつく。これまで大阪赤十字病院で受け入れて来た障害のある方とは障害種別が異なるため、戸惑われることも多かったのではないかと思うが、職員の方々はその特性を把握し、特性と場面に応じた対応方法を確立するために根気よく取り組んでこられた。周囲の方々が障害の特性や特徴を知り、それに応じた対応の仕方や必要な支援の方法を身につけることによって、Aさんの良い面や得意なことが業務の中で生かされるようになった。徐々にではあるがAさんは職場で必要な存在となってきているようである。
今回の取り組みはAさんの「大阪赤十字病院で働きたい」という熱意と業務を身につけ課題を克服しようとするがんばり、大阪赤十字病院の職員の方々のAさんの成長を見守る根気と特性を理解し良い面を上手く業務に生かしていこうとする努力、双方が上手く作用しあった結果の好事例と言えるだろう。
執筆者 : 社会福祉法人大阪市障害者福祉・スポーツ協会
大阪市職業リハビリテーションセンター
職業指導員 山田 加奈子
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