義肢製作を誇りとする技能集団
- 事業所名
- 株式会社大坪義肢製作所
- 所在地
- 山口県宇部市
- 事業内容
- 義肢装具の製作販売、車いす等補装具の販売
- 従業員数
- 28名
- うち障害者数
- 4名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 4 営業1名、義肢製作技能士3名 内部障害 0 知的障害 0 精神障害 0 - 目次

1. 事業所の概要

昭和32年に山口県宇部市に誕生して以来、義肢装具の製作ひと筋の道を歩んできた。現在では、初代所長の長男である大坪健治氏が、初代所長の志を受け継ぎ、二代目所長として陣頭指揮をとっている。所長の自宅続きにある製作所では、全28名の従業員が勤務しており、そのなかに下肢障害のある4名の従業員が働いている。
※義肢装具について
交通事故や疾病によって上肢や下肢に障害を負った人々は、日常生活上さらには社会生活上の不自由や不利益をこうむることが多い。こうした人々にとって、義肢装具は不自由や不利益の程度を軽減させる力をもつ。
義肢装具には、障害の部位により様々な種類がある。骨盤から頸椎までを支える体幹装具、肩から指先までを支える上肢装具、骨盤から足先端部までを支える下肢装具など、患者一人ひとりの疾病の状況や障害の程度によって、様々なバリエーションがある。いずれも患者の体に直に接する装具であるため、その製作には高い技能が要求される。
2. 取り組みの方針等
(1)技能資格の取得とそのレベルアップ
大坪所長に、義肢製作についての話を伺った。「義肢は、人の体に直に接するものですから、その製作には細心の心配りや、高度な技能が必要とされます。また、この技能を絶えず高めていく姿勢も求められます。」
大坪所長は、当事業所で40年勤務してきた。今では事業所経営に専念する毎日であるため、義肢製作に直接携わることはなくなったが、所長自身、技能検定1級資格と義肢装具士資格を有している。
技能資格の取得とそのレベルアップの必要性について、所長はこれまで従業員に語り続けてきた。そのため、当事業所では技能資格を有する従業員が多く、いわゆる技能集団が社内に形成されている。下肢障害のある従業員4名も、その全員が技能資格を既に取得している。技能資格のレベルアップに関しては、講師(医療関係者)を招いて社内研修会を開いたり、検定試験への事前対策として、事業所内の機材や素材を使って練習する機会も適宜設けてきた。

(2)時間をかけて人材を育てる
有能な人材を他社から引き抜くことが現代企業の日常になった観もあるが、当事業所はそうした風潮から一線を画している。
「よその事業所から従業員を引き抜くことは、これまでしておりません。引き抜かれた側の事業所は、困り果てますからね。人が迷惑するようなことを、私はしたくないのです」
大坪所長は、当事業所のなかで、時間をかけながら人材を育てることをモットーとしている。そのため、当事業所には長年勤務し、高い技能を有する従業員が多い。
3. 取り組みの内容(障害のある従業員の活躍)
(1)Aさん(下肢障害;身体障害者手帳3級)
Aさんは事業所の営業車を自分で運転し、山口県内の整形外科病院などを営業に回っている。歩行する時には、両下肢に装具を装着している。
営業活動で注文を受け、患者の人体モデルを当事業所に持ち帰った時点から、義肢製作が開始される。Aさんはこの製作にも携わっている。


Aさんは30年前、交通事故により瀕死の重傷を負った。1年8ヶ月に及ぶ長期入院により、幸い健康は回復したが、脊髄損傷によって両下肢に障害が残った。社会復帰をめざし、Aさんのリハビリが開始されたが、その時に下肢装具の製作を担当したのが大坪所長である。そして、所長から「大坪義肢製作所で働いてみませんか」との誘いを受けた。
「生きているのだから何かをしなければ、と思い、入社を決意しました」と、Aさんはその時の心境を語る。それから27年が経過した。
資格取得に関しては、当事業所に入社して5年後に東京で102時間の講習を受け、義肢装具士の国家試験を受験し、合格した。私生活に関しても、結婚、自宅の新築と、Aさんは入社して以来、幸せな生活を着実に築いてきた。現在、4人の子どもの優しい父親である。
(2)Bさん(下肢障害;身体障害者手帳2級)
Bさんは小児麻痺により、下肢に障害を負った。現在、事業所内では杖(クラッチ)を使用して移動し、外出時には車いすを使用している。
以前は大型の装具も製作していたが、現在では指装具などの製作を中心としている。この指装具は、事故や疾病によって指の神経や筋を損傷した患者が治療時に使用する。



Bさんは、入社して既に40年近いベテラン従業員だが、今も謙虚な姿勢で装具製作に打ち込んでいる。
「患者さんに喜んでもらえることが、一番嬉しいです。でも、自分で納得のいく装具を作り上げるのは難しいですね。正直、泣きたくなるような時もあります」とBさんは語る。
技能の世界では、絶えず研修が必要とされる。時代とともに、新素材が装具に用いられるからである。Bさんは入社する前、福岡県にある職業訓練校で勉強し、技能検定2級の資格を取得したが、技能のレベルアップを目指し、1級の取得を目指して現在も勉強を続けている。
「この試験には学科と実技があります。当事業所では、この実技試験のシミュレーションもしてくれます。また、材料なども提供してくれます。こうした配慮がありますので、ありがたいですね」
(3)Cさん(下肢障害;身体障害者手帳3級)
Cさんは、主に靴を製作している。筆者が取材に訪問した日には、患者の足裏の形状にフィットした靴の製作に取り組んでいた。
製作の過程としては、まず患者の陽性モデル(石膏による足形)をもとに、その足裏の形状にフィットするプラスチックソールを製作する。続いて、そのソールを内側に敷く靴を製作する(この段階では、まだ仮合わせの靴)。その後、患者から寄せられる意見や要望をもとに、必要な修正点を確認した後、実用の靴を製作する工程に入る。
「いつも患者さんのことを思って、靴を作っています。」とCさんは語る。




Cさんは、当事業所に入社する前の約30年間、他社で背広仕立ての仕事に従事していたが、縁あって大坪所長と出会った。そして、大坪所長の提案により、当事業所に入社する直前の1年間、国立身体障害者職業訓練所で研修を積むことができた。そこで製靴士補の技能資格を取得し、入社となった。研修によって習得した技能、そして、背広仕立ての時代に鍛えたミシンの技能は、現在でもこの靴製作の工程にいかんなく発揮されている。
(4)Dさん(下肢障害;身体障害者手帳3級)
Dさんは、6歳の時の疾病により下肢障害を負った。高等学校卒業後、名古屋にあるリハビリ専門学校で勉強し、義肢装具士の国家試験を受験し、合格した。当事業所に入社して13年目を迎えた今も、技能の向上をめざし、研修を続けている。その努力の甲斐あって、2007年(平成19年)に静岡市で開催された第7回国際アビリンピック(国際障害者技能競技大会)の義肢部門で、Dさんは見事銅賞を獲得した。本大会には大坪所長も応援に駆けつけた。
「この部門の金賞は、韓国からの出場者が獲得しました。韓国の技能レベルはとても高いです」と語るDさんの表情からは、自身の技能をこれからも高めるという決意が伺えた。
Dさんは、Aさんと同じく、営業車を自分で運転し、広島市内の整形外科病院などを営業に回りながら、同時に事業所内で装具製作にも携わっている。製作では、上肢装具・下肢装具ならびに装具一般を担当している。
筆者が取材に訪問した日には、上肢の形状にフィットする装具の製作に取り組んでいた。これは、負傷した部位を手術後に保護する装具であり、素材として軟性ポリエチレンが用いられていた。製作の過程としては、まず患者の陽性モデル(石膏による腕型)に軟性ポリエチレンをあて、その形状にフィットするよう、熱をあてて曲げていく。その後、不具合な箇所にペンで印をつけ、その周囲を研磨機で削り落としていく。こうした微調整が何度も行われ、上肢装具は完成に近づいていく。下肢装具の製作についても、Dさんによる円滑な作業が手際よく進められていた。



4. 従業員への支援
障害のある4名の従業員に向けた支援のなかで、共通する内容を以下にまとめた。
(1)相互に支え合う態勢づくり
高度な技能をもとに装具を製作するという職種ゆえ、上肢や視覚に障害がある場合、当事業所への雇用は困難とならざるを得ない。しかし、当事業所の従業員にも、加齢とともに上肢障害が現れつつある人もいる。また、下肢障害ゆえ、重量のある装具の製作が困難な人もいる。そこで当事業所では、従業員の体調の状況や変化に応じて、製作する装具の種類を変更したり、従業員同士で相互に協力する対応を行っている。
(2)技能手当の支給
4名の従業員は、その全員が技能資格を有している。当事業所では、それぞれの資格に応じた技能手当を全員に支給しており、日々の勤労や研修への励みとなっている。
(3)研修の推奨と機会の整備
技能を向上させるためには、研修は不可欠である。前述したように、当事業所では大坪所長自らが研修や技能資格取得の必要性を従業員に語り、研修環境をこれまで整備してきた。そして、事業所内で時間をかけて人材を育成するという方針を貫いている。
4名の従業員は、その全員が宇部市内に家庭を持ち、当事業所で生き生きと勤労する毎日を送っている。そして、障害の程度を軽減させうる高品質な義肢装具の製作を通し、障害のある人々に大きな喜びを与えている。自らの仕事に誇りを抱き、社会参加と社会貢献を実現させている技能集団が、株式会社大坪義肢製作所である。
執筆者 : 山口大学 教育学部 教授 松田 信夫
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