知的障害者の成長を育み、自立を促すために

1. 事業所の概要
(1)事業の概要
昭和43年の創業で、集成材加工業者としては九州で2番目に誕生した。その当時は、高度経済成長期の住宅建築ラッシュで、木材が不足していたが、森林の乱伐に対して大きな疑問を持った時でもあった。そこで、それまでは焚きつけにのみ使われていた木の端材を有効利用して建築材に加工できれば、自然環境保護にも貢献できる。当社創業の背景には、このような思いがあったのである。
近年、接着剤などの有害物質が問題になっているが、当社では、比較的早い時期に、その課題対策に取り組んだ。それは、ある時、若い女性従業員が手荒れを起こしているのを見て、「肌にやさしい接着剤」を接着剤メーカーと共同開発した。接着剤である以上無害であると同時に接着効果が求められる。その効果測定やメンテナンスなどを当社で担当した。その開発した接着剤が、今や業界の定番となっている。
(2)今後の展開
木材を組み合わせたり、貼り合わせたりとすることは、古くは法隆寺の柱にも見られる手法で決して新しいものではない。また、木材加工の基礎技術は「切る・彫る・削る」で、機械が発達してスピードアップはできるが、その基礎技術自体は変わるものではない。
つまり、他の製造業のように技術革新や新製品開発などによって、業界地図が塗り変わるといった業界ではないということである。
今後の展望は、厳しく、予断は許さない。最盛期には、全国に同業者が340社ほどあったが、現在では270社ほどになっている。市場の動向や森林の状況などを考えると、2013年頃までは業界の経営の安定は見込めるが、その後は「木質系」産業に吸収されていくのではないかと考えられている。つまり、木の質感が欲しいという需要、それは表面さえ木質であれば、内部は必ずしも本物の木ではなくても良いということである。
そうであれば、1本の木から4枚の厚板が切り出されていたものが、100枚の薄い板として使用されるということになる。いずれにしても、厳しい状況ではあるが、森林資源の涵養及び自然環境の両面から、是非、守っていかなければならない業種ではないかと思い、日々業務に取り組んでいる。
2. 取り組みの概要
(1)障害者の現状と従事業務
従業員43名のうち、障害を有する従業員は7名である。いずれも知的障害者である。うち5名が本社工場、残り2名が第2工場で働いている。業務はいずれも加工作業である。20代が3名、30代が3名、40代が1名と、まだみんな若い。いずれもこの近辺に居住し、通勤はほとんどが自転車である。
(2)障害者雇用の経緯
障害者雇用を始めたのは、15~16年ほど前である。養護学校からの研修生の中から1人を雇用、今も働いている。その後、養護学校やハローワークからの紹介で1人また1人と雇用してきた。
当初は、コストダウンということも念頭にあった。大手と呼ばれた建材メーカーが倒産するような状況にあって、10,000円の労働力よりも3,000円の労働力を雇用したいという思いが当然あった。その人が、たとえ7割の能力しかない人でも2人雇えばメリットが出てくる。そのような意識があった。
しかし、今は変わった。特に、現社長が就任してから、障害者雇用への考え方も取り組み方も大きく変化した。労働力として捉えるだけでなく、人間として、縁ある子供たちとして、長くどのようにつきあっていくかという姿勢に変わっていった。
(3)知的障害者にとっての働きやすい職場
ある女性の障害者が、転職のため退職した後、再び、戻ってきたことがある。真面目な人だったが、併行して二つの仕事をするのは困難であった。しかし、当人は「もっと適応できる職場なら当社より待遇もよくなるのではないか」と思い、他社の面接を受け、入社した。しかし、4ヶ月ほどして、本人から「帰って来たい。自分には、ここしかない。ここが働きやすい」と申し出て来たので、パートとして働いてもらったことがある。
また、以前、当社で働いていた重度障害の従業員も、「この会社は楽しい」と言っていた。健常者の従業員は「うちの会社は暗いよね」などと言っているのに、障害者の彼らがなぜ「楽しい」とか「働きやすい」と言ってくれるのか、不思議である。給料は安いが、居心地がよいのだろうか。それとも、彼らが健常者よりも辛抱強いということなのだろうか、その理由はわからない。
ところで、障害者雇用は、地域の問題だという面もある。限られた行動半径の中で生活していることが多い障害者たちを雇用し、育てていくのは、地域の役割でもある。
しかし、知的障害者を雇用できる企業は、小さな地域の中にたくさんあるわけではないので、特定の企業に集中してしまう。
当社にも多くの障害者が紹介されてくる。しかし、これ以上の雇用は難しいというのが現実でもある。7~8名が限界かなと思うのである。工場では、従業員がマンツーマンで彼らに付かなければならない。現状でいうと、これ以上の増員は困難である。できるだけのことはしたいと思うが、企業経営にも限界があるのも事実である。
(4)知的障害者の成長を促す業務指導
入社して1~2年は、誰かが付きっきりで仕事を教えたり、監督していかなければならず、それはとても難しいことである。人の話を聞くのがうまい人、そうでない人、一人一人違うので合わせていくのが大変で、それは今でも同じである。
また、やさしいばかりでもいけない。同じ仕事だけを続けて、できるようになったから「よかったね」ではない。時には、難しい仕事を与えたり、別の仕事をしてもらうことで、やる気を持たせ、成長させていかなければならない。健常者も障害者も同じことで、成長しようという意欲が停滞してしまってはいけない。
そのためには、社長自ら、誰にどういう仕事をさせてみようという指示を出し、それを現場主任が受けて、業務上の指導と監督を行っていく。
そのことにより、ある者は機械操作を担当、また、ある者は「突板(つきいた)」の加工という当社でも重要な作業を担当できるようになった。また、社長は、もっともっとやらせてみたい仕事があると。たとえ知的障害者であっても、あきらめずに仕事を教えていけば、重要な仕事もこなせるようになる。
(5)長い目でみた雇用
知的障害者の場合、1年ですぐに仕事を覚えられるというものではない。健常者の5倍くらいの時間がかかる。覚えるまでの時間もそうだが、1つの作業でも健常者が10できる仕事が2しかできない、ということもある。だから、1~2年で結果が出るという姿勢ではなく、長い目で付き合っていくことが大切だといえる。
知的障害を持つ人たちは真面目である。ひとつの基本を覚えたら、それをずっと守りつづける。健常者から見たら「少しぐらい曲がっていてもいいじゃないか。それよりも速さが大事だ」ということが、障害者には納得ができない。そういう時には、周囲の人がいらつくこともあるが、そこで諦めてはいけない。また、基本を守るという大切な意識をずっと持ち続けることは大事であり、逆に、ルーズになりがちな健常者の側が学ぶこと、反省することでもある。その上で、急ぎの仕事はささっとやるといった能力を持たせたいと思うのである。
(6)コミュニケーションの重要性
人によっては叱ると萎縮して離れていくケースがある。そうならないように、どのようなコミュニケーションを取っていくのがいいのか。また、彼らが職場の中で、どこに自分の居場所を見つけるのか。このことは、とても難しい問題である。
以前は、障害者にはコミュニケーションができない、人と接するのが苦手な人だと思い込み、マンツーマンの指導担当者を1人決めたら、他の従業員とは交流させないというように個別的な業務指導を行っていた。しかし、現在では、いろんな仕事に従事したり、いろんな人の中で働くことで、人間的な成長を促していこうという考え方に変わり、それに伴って、職場でのコミュニケーションのあり方も変化してきた。
このような雇用のあり方にとって、まず大事なのは、雇用をするかどうかという最初の判断である。そのため、はじめに3ヶ月の研修期間を設けて、当社になじんでもらえるかどうかを判断する。明るく働けるか。挨拶はできるか。また、工場には、様々な機械があり、ひとつ間違えば事故が起きるので、危ないという判断ができるか。そして、長期にわたって育っていく人かどうか。そのようなことで判断していくのである。
よって、これまで大きなトラブルや事故などは1回も発生していない。
また、従業員の交流の機会として、各種のイベントを重要と考えている。年1回の従業員の旅行や忘年会及び食事会などにも積極的に参加してもらっている。仕事の現場だけではなく、このような場が幅広いコミュニケーションや指導の機会にもなっている。
(7)自立に向けて
今は親がいても、やがては一人で生きていかなければならない。人生は長い。彼らが当社でずっと働いてくれるのかどうかは分からないが、挨拶ができたり、仕事が真面目にできれば未来は開けるだろう。そのために、当社にいる間に、できるだけ自立できるようなことに生活していく術を身に付けてもらいたい。
結婚もしてもらいたい。そのためには、何が必要かを考えてもらいたい。責任をもって仕事に取り組めるようになってほしい。これは健常者である我々も同じである。
また、自立には、金銭の管理という問題もある。現金を持てばすぐに使ってしまうという者もいる。給与の中から3万円で生活をし、残りは貯金をしなさいといった指導監督も必要となる。
加工機械を操作している青年がいる。入社した頃、お母さんが、「しんどい時は仕事を休んでいいから。」と甘やかしていた。それで、お母さんに「甘やかさないでください。この子はお母さんがいなくなっても、当社の給料で、1人で暮らしていかなければならないんですよ」と話をした。
それからは、10数年、彼は休まずに出勤している。今では、機械操作もマスターし、主任が、「彼がいないと仕事が滞る」と言うほどになっている。
知的障害者の自立には、周囲の温かい思いやりと時には厳しい姿勢が必要になる。また、仕事をマスターするためには、基本を何回も何回も諦めず長期間教えていくが大切である。このようなことが、将来自活して生きていくために必要とされるのであろう。



執筆者 : 株式会社エアーズ マーケティングディレクター 森 克彰
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