冠婚葬祭事業所における聴覚障害者の雇用の実践
- 事業所名
- 株式会社あいあーる
- 所在地
- 宮城県仙台市
- 事業内容
- サービス業における冠婚葬祭事業
- 従業員数
- 296名
- うち障害者数
- 1名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 1 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 0 精神障害 0 - 目次

1. 事業所の概要
1961年に設立されて仙台市内で業務を展開する株式会社あいあーるは、メンバーズ部門、ブライダル部門、葬祭部門の3つの部門からなる従業員数296名、年商40億円の企業である。「感動を与えるサービスの実践」を経営方針として全従業員が一丸となって冠婚葬祭などの施行の万全を図っている。
メンバーズ部門では、会員が月掛け金を一定期間支払うことにより、「結婚式」「葬式」などを一般価格より低い価格で提供を受けるという冠婚葬祭互助会システムを運営しており、会員の募集や新商品の企画、見学会の実施などを業務としている。ブライダル部門では結婚式・各種宴会・講演会の施行、宴会料理の提供が業務である。葬祭部門は、平安祭典という商号のもとに葬儀・法要の施行を行う6つの葬祭会館と仏壇仏具の販売事業所からなる。本事例で紹介するSさん(男性)が働いているセレモール仙台は6つの葬祭会館の中でももっとも大きく、3つのホール、4つの通夜室、250台分の駐車場を有している。
2. 障害者雇用に取り組んだ経緯
セレモール仙台では以前、聴覚障害のある女性が衣装の直しや縫製などの作業をして1年ぐらい働いていたが、結婚をきっかけに仕事を辞めてしまった。会社ではその後も障害者雇用に強い関心を持っていたが、障害のある人にどのような仕事をしてもらうのかについて具体的なイメージを持つことができず、障害者雇用の実現に至ることはなかった。
その後も本部から障害者雇用実践の働きかけが続いていた。今回の事例では、セレモール仙台の現場責任者が障害者雇用に強い関心と意欲を持っていたことが雇用の実現に大きく影響した。山内部長と金谷次長にセレモール仙台で話を伺った。山内部長がよく行く居酒屋では、障害のある客も交えて客同士が様々な話題を共有することがある。また、山内部長の知人には障害者雇用を実践している事業主もいる。彼らの事業所ではそれぞれの業務を工夫して、それぞれの障害特性を踏まえた仕事をつくりだしている。
セレモール仙台ではどのような仕事がどのような障害者に担ってもらえるのだろうか。セレモール仙台ではこれまでも積極的に職場実習を引き受けてきた。そのようなとき、宮城県立ろう学校在学中のSさん(男性)が1週間の職場実習を受けた。職場実習の体験を通して、ここでの仕事なら自分でもやっていけると強く思ったとSさんは話してくれた。
そして、ろう学校卒業後、Sさんは1年間の職場適応訓練を受けながら、さらにここで働きたい、この仕事こそ自分としてもやりがいのある仕事であると確信するようになった。職場適応訓練中は作業に積極的に参加し、休み時間にも仕事の会話が多かったという。職場適応訓練は、その事業所での就職を前提に職場や作業に慣れるための実地訓練を受けたい人が実際の業務を行ってその作業環境に適応するための訓練を行うものであり、中小企業の場合には1年以内の実地訓練が可能である。そして、訓練終了後は引き続き事業所において雇用の実現に結びつけることを目的とした制度である。Sさんの場合にはその趣旨どおり、その後セレモール仙台で働くことになった。
2年たったいまでもSさんは自分の選択に誤りはなく、やりがいのある職場に就職できてよかったと思っている。また、株式会社あいあーるでもセレモール仙台で働く適切な人材を確保したのである。
3. 障害者の従事業務、職場配置
作業場で仕事の様子を見せていただきながら、Sさんからお話を伺った。補聴器をつけているSさんとの会話では、お互いに目と目を合わせて情報の内容理解を確認しながら対話した。私も大きく口をあけて話し、Sさんも時には身振り、手振りを交えて大きな声で話してくれた。
Sさんの仕事の内容は、亡くなられた方の名前、葬儀や告別式の予定などに関するデータ入力やそのデータを出力して行う看板作り、片付けなどである。案内情報を出力して印刷し、透明な板に貼り付ける看板張りを手際よく行っている時のSさんの表情には職人としての厳しさが漂い、こちらにも緊張感が伝わってくる。これらの技術は先輩の作業を熱心に観察して少しずつ習得した。ある程度仕事のパターンも決まっているので、作業工程に関する理解も進み、徐々に作業に慣れて、現在では自分で仕事を組み立てられるようになってきている。
当初は経験のある先輩と二人で動いていたが、周りでもSさんの作業を根気よく見守り続けた結果、次第にSさん一人でも作業ができるようになってきている。自立の意識が強いSさんなので、仕事を覚えるのも速かった。Sさんは常に前向きに仕事に向き合い、他の社員との人間関係においても協調に心がけている。毎日、元気に挨拶して、がんばっているというのが、他の従業員の評価である。お酒を飲まないSさんだが、職場の飲み会や花見、ボウリング大会などにも積極的に参加して、従業員同士の交流にも努めている。


4. 就労継続を図るための基本的な取り組み
これまでSさんの就労がすべて順調に進んできたわけではない。当日の朝にFAXで連絡を入れ、急に休みを取ることも何度かあった。コミュニケーションにおいても、日本語として違和感のある表現があったりしてよく伝わらなかったこともあった。しかし、Sさんは素直で、いつも笑顔を絶やすことなく、あいづちを打ち、筆談なども交えて相互の情報を確認しているので、少しずつ職場に慣れてきた。Sさん自身が意欲的に取り組むので、仕事の指導も受けやすく、パソコンの打ち込み作業も向上し、一つひとつステップアップして次第に力がついてきている。やがて、他の社員との関係性が築かれ、現在はSさんの持ち味を周囲の人々も理解し、仕事上の信頼関係もできてきている。
聴覚障害のあるSさんにとって不便を感じるのはやはりコミュニケーションである。Sさんは右の手で左胸を指して心からと表現して、勇気を出して、コミュニケーションを行うことを心がけ、職場の人に自分の考え方を伝えることを積み重ねてきた。
事業所内では聴覚障害のあるSさんにとって苦手な電話は用いない。各スタッフがSさんと直接会って正確な情報の交換に努めている。職場内でのこのような配慮は、聴覚に障害のあるSさんにとってはとても大切な支援のひとつであり、このような配慮によって情報に関して誤解を招くことや仕事上のトラブルもない。
5. 中小企業における障害者雇用の実践と今後の期待
わが国の企業の大多数を占める中小企業は、障害者に対し雇用の場を提供することができる地域の主要な担い手であり、かつてはその雇用実績も進んでいたが、最近では雇用の場の提供が少なくなってきている。特に100~299人規模の企業では平成19年度の実雇用率が1.30%で企業規模別で最も低くなっている。
多くの中小企業では障害者雇用に関心をもち続けているものの、業務の中でどのような仕事が障害者に適するのかについて具体的な取り組みが行えないままでいることが多い。本事例では、意欲的な聴覚障害のある学生の職場実習をきっかけに、続いて1年間の職場適応訓練を有効に活用して実雇用に結びついた。この時、障害者雇用に関心をもち続けていた上司の存在も大きな影響を与えている。障害者雇用の実践について関心をもち、実践者との交友を含めたネットワークがあることは、雇用のきっかけにとって重要であるばかりでなく、適切なアドバイスを受けることもでき、雇用継続のためにも大切である。
障害者雇用が進んでいない中小企業の領域でも、本事例のように特別支援学校(盲・ろう・養護学校)の職場実習やハローワークの職場適応訓練を活用すると障害のある人それぞれの「できること」とそれに対応した職場での仕事のマッチングができ、雇用の実現に至る可能性が大きいと考えられる。業務内容を詳細に点検することによって障害のある人が担うことができる作業内容を組み立てることができるのである。
ところで、障害のあるなしに関わらず、現代の若者たちの社会経験の不足は大きな問題であるが、それらについて一つひとつ理解を進め、解決していくことが重要である。社会経験の不足は特に障害のある人にとって雇用継続の大きな壁になることもある。障害がある場合には、その障害のための様々な制限があるのみならず、障害のために社会経験を持つこと、すなわち社会的ルールを身につける過程においても制限を受けていることがある。そのための支援としては、職場でもじっくり時間をかけて、見守る姿勢を大切にして、少しずつ信頼関係を築いていくことが重要であり、そのような実践を行っている点でも本事例は他の参考になると考えられる。
冠婚葬祭事業所における障害者就労の事例は極めて少ないが、本事例では、事業所の責任者が日頃から障害者雇用に深い関心を持っていたこともあり、職場実習やその後の職場適応訓練を十分に活用して、事業所での就職を前提に、職場や作業に慣れるための実地訓練を行い、当事者も職場になれて自信を持ち、職場もその対応と当事者との関係性について理解を進めることができて、よりよい雇用の実現につながった。
現在、Sさんはセレモール仙台にとって、大きな戦力であり、技術、能力ともに向上してきている。セレモール仙台は株式会社あいあーるの事業所の1つであるが、この実績をとおして会社全体でも障害のある社員の雇用に前向きに取り組むと考えられる。今後、仙台セレモール以外の各事業所でも障害者雇用の実現が期待される。
執筆者 : 東北福祉大学総合福祉学部 教授 阿部 一彦
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