特別支援学校から久々の一般企業への就職

1. はじめに
最近の商業施設は、建物のバリアフリー化はごく当たり前で、ハートビル法の指定を受けているものも多い。そこで私たちがすぐ目にするのは、専用駐車場であったり、多目的トイレであったり、介助犬の受け入れや手話のできる従業員の表示などである。
当然のことながら、障害のある人も「消費者」である。病気や怪我などで周囲からサポートを受けた体験を持つと、障害のある人も消費者であることは、少しずつ理解されているのではないだろうか。
しかし、障害のある人も「労働者」であるという意識や感覚は、まだ一般的ではない。
今回の事例では、競争の激しい流通業界のスーパーマーケットで働いている知的障害を有する従業員を取り上げた。


2. 事業所の概要
マックスバリュ青田店は、山形市南部の住宅地に店舗を構える24時間営業のスーパーマーケットである。流通業界最大手のイオングループの一員であるマックスバリュ東北が経営している。本社は秋田市にあり、総従業員は4500名を数えるが、本社では法定雇用率を達成するため各店舗に年1回報告を求め、障害者の雇用促進を鋭意進めている企業である。山形県内の店舗数は29店舗ある。山形青田店は開店して3年目になり、パートも含め128名が働いている。障害のある方の雇用については、本社の方針により進められるが、最終的な判断は、各店長の裁量になる。山形青田店の奥山店長に、詳しくお話を伺った。
3. 実習を経て雇用へ
同店の惣菜コーナーの寿司部門で働くAさんは、山形市内の特別支援学校在学中から就職希望であり、職場実習も量販店の青果物担当の実習を複数回経験している。最初は青田店以外で実習し、経験を積んでいた。今回、進路指導の担当教諭からもお話を伺ったが、学生時代は欠席も無く、生徒会長も務め、水泳などスポーツも得意であった。特にスノーシューイングでは、平成21年2月にアメリカで開催される世界大会へも出場が決まっており、そのために奥山店長から特別に休暇をもらっている。(※ スノーシューは西洋かんじきと和訳されているがスキーの極端に短くした幅広の器具(これも正確な表現ではないが)とストックをセットにして雪山のトレッキング、走る等の競技もある。スペシャルオリンピックスの公式競技である。)
障害者自立支援法の施行以降、学校では、特に就労に対する支援強化を進めており、Aさんについてもチーム支援を実施した。現在もAさんは週に一度程度、学校の先生に電話することがあり、「店長から誉められた」。という言葉が聞かれることもあるという。
学校側では、Aさんの明るいところ、ミスもあるが上手になろうという気持ちがあるところが評価され、採用に繋がったと考えている。一方、青田店の奥山店長は採用に至った大きな要素は実習の仕事ぶりを見て、これならば仕事をして貰えるとの判断だった。在学中の実習が企業側から理解を頂ける大きなファクターで有ることを改めて認識した次第である。現在のAさんの配置は、店内でのサポート体制を考慮し、必ずしも本人の希望職ではなかったが現在の寿司部門の配属を決めた。奥山店長は、他店時代にも障害者と一緒に働いた経験を持ち、現在青田店ではAさんと身体障害者(視覚障害者・弱視)の方をベーカリーに配属している。ベーカリーはチーフが女性で女性特有の配慮で(店長は配慮が過ぎると甘えが出て来るのが問題だと話されていたが)上手に職場環境作りをして、障害のある従業員も楽しく働いている実態を踏まえ、Aさんも女性がチーフである現在の配属先を決められたとの事であった。Aさんが在学中に経験した青果部門は男性がチーフであり、粋の良さをアピールしている部署であることを配慮し、新規卒業者の初めての勤務であるため、いかにすれば安定的に長く就業継続して貰うかに心を砕いたというお話であった。現在は朝8時半から12時半までの勤務時間となっている。Aさんの勤務態度はまじめで本年4月からこれまで、遅刻や欠勤は皆無である。
4. Aさんの仕事
Aさんの具体的な作業は、大きく分けてふたつになる。生寿司用のシャリを作ることと、油揚げにご飯を詰めてお稲荷さんを作ることである。お客様が選ぶ商品ケースのすぐ目の前、硝子で仕切られた製造コーナーがAさんの職場である。
Aさんは、市外からバスで通勤している。8時20分には従業員入り口から出社し、指定の白衣・白帽・白靴に着替える。エプロンの着脱にやや手間取ることはあるが、基本的には自分でできる。家庭でも練習を繰り返した。従業員控室で周囲の人に挨拶した後、寿司コーナーへ向かう。そこで、マスクを着用し手洗いを行なう。手洗いを含め、衛生管理には手順がある。食品、特に生ものを扱う職種であるだけに、担当の女性チーフがひとつひとつAさんに指導している。
まず、シャリ作りである。炊飯は専用の機械で行なう。機械に炊き上がったご飯を入れるところからがAさんの仕事である。ご飯が硬くならないように入れることも重要で、分量の調整などが難しい。
9時半ころから、いよいよ稲荷作りが始まる。最初の1ヶ月間は練習期間で、10個作ってはご飯をボールに戻して、の繰り返しが行なわれた。本人は出来上がったつもりでも、油揚げの隅まできっちりご飯が入っているか、形が整っているかなど検品が行なわれ、練習が続いた。この練習期間の「お稲荷」は破棄される。Aさんは、最初ご飯を「詰めること」自体がよく理解できなかった。また、パックに斜めに稲荷を詰める事などが難しく感じられたようだ。
5月になり、担当チーフ、そして、奥山店長のOKが出て、初めて商品として店頭に出された。この時のお稲荷は、特別にお土産として家庭に持ち帰ったという。
12時半までトイレ休憩を除いては、休みなく作業が続く。ジョブコーチの指導のもと、店の許可を取って油揚げに詰めるご飯の量を調整して練習したことや、根気強く、諦めないで作業する努力をしたことが短時間で上達の秘訣と思われる。
その後、使用した機材の片付けや清掃を済ませた上で、他の従業員といっしょに昼食を取りながら休憩し、帰宅するという日課である。




5. 奥山店長の方針
給与等の待遇も各店舗の店長判断であるが、現在のところAさんには最低賃金除外申請は行っていない。現場での具体的な指示は全て女性チーフに任せているが、指導面ではジョブコーチの協力も大きい。店長としては他の従業員に対し、「ひとりの従業員として対応すること。覚えが遅い、作業スピードが遅い点は大目に見るように。ただし、作業に関係のない無駄話や手を抜くような行為には、きちんと注意すること」という方針で臨んでいる。甘やかすことは決して障害者の自立に繋がっていかないとの店長の信念が伝わってくる。店長は青田店内全員と年2回は必ず面談を行っている。個人の考え方、仲間との問題点等を的確にとらえて明るい職場づくりを目指しているが、全員に徹底していることは“礼儀”であり、これは障害者も健常者も区分なく徹底されていると話されていた。

6. Aさんの課題
Aさんの課題としては、やや無駄な話が多いことである。知的なレベルで問題になるということはなく、むしろ社会人として未熟であるということであり、その点では、一般の学卒の新人と同じ扱いと思われる。話し好きであることが高じて、食事休憩中も周囲に話し掛けまくることが難点ではあるが、(このことはグループ支援協議の席でもAさんのお母さんには話しをして、家庭でも指導をお願いしている)、その他の面では、他の従業員の方とも良好な関係である。Aさん自身は、もっと長い時間働きたいと言い、勤務時間を増やすことにも意欲的である。
7. これからの採用
今後の雇用について奥山店長は、本人の働くことへの意欲、周囲のサポート体制、実習体験の積み重ねなどが必要と考えている。一方で、仕事は企業側で教えることはできるが、基本的な生活習慣を身に付けることは、家庭は勿論、関係機関のサポートが必要であるという。また、精神的な面へのサポート、礼儀、食事の仕方なども課題として挙げられた。
青田店としては、知的障害者の雇用は、Aさんが最初の受け入れということになるが、店内には他にも前述の弱視の身体障害の従業員が働いており、来店客に尋ねられてもうまく回答できない事例もあったことなどから、働く場所が限定されてくると考えられる。現在、Aさんは、現場従業員の指導で生産性は少しずつ上がっている。ただ、現場の従業員は教えることには苦労しているとのお話である。その点については、面談の際も社員から指導には通常の2倍、3倍の時間が必要だとの声が出ているが、店長の方針とAさんの仕事に対する粘り強い頑張りと努力が、指導する側の苦情ではなく支援しようとする環境を作っているようである。
8. 終わりに
24時間営業店の店長ということで、正直、厳しさや激しさが前面にでるような方を想像して取材に出かけて行った。しかし、奥山店長は穏やかな物腰で、ごく普通のことのようにお話しされた。奥山店長は、他の店舗でも女性の障害者の方の雇用に関わった経験から「Aさんは、将来自立したいと考えている。自立できるためにも甘やかさないこと」という言葉が特に印象的であった。
執筆者 : 社会福祉法人山形県コロニー協会 山形コロニー相談支援センター
相談支援専門員 渡辺 博樹
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。