毎日、幸せをくれる夢の会社-精神障害者が一挙に3名定着している理由-

1. 企業理念
「お客様本位の精神で、地域と共に生きよう誇りと喜びを持って、行動しよう自動車の販売を通じて、豊かな生活に貢献しよう」。
茨城県内に54ヵ所の営業店舗を持ち、「車を通して地域に密着し、豊かな地域社会づくりに貢献する」を合言葉にしている。
2. 障害者雇用の経緯
(1)平成15年に障害者雇用の方針を大転換
平成14年までの障害者雇用は、「話があれば聞いてみよう、来るものは、あえて拒まないが・・・」と、正直言って消極的なもの。自ら進んで働きかけ積極的に障害者を雇用するという姿勢ではなかった。
しかし、平成15年からは、障害者雇用の方針を大転換する。特に、ハローワークから指導を受けたわけではないが、法定雇用率を下回っていたこともあり、法定雇用率を念頭に置き、意識して障害者を雇用するようになった。
(2)全社を見渡し、障害者に合わせて職場を探す
「障害者雇用が進んだきっかけは、平成15年に経理事務員として採用したAさんのお陰」と、総務人事部の飯田佐太典(さたのり)課長は、当時を振り返って感慨深げに語る。
「当時、“障害者を1名採用したい”ということで、ハローワークに求人を出したところ、重度聴覚障害者のAさんを紹介された。“とにかく障害者を採用し、かならず定着させよう”。これを前提として重度聴覚障害を持つAさんが喜んで働くことのできる仕事を、全社を見渡してみんなで考えた。その結論が現在もAさんが担当している経理事務の仕事となった」。
初めての障害者の雇用ということで不安もあったが、結果は成功でAさんは勤続5年になり、中堅社員としてパソコン業務を主体に仕事をこなしている。この成功がその後に続く、障害者雇用に弾みをつけた。
飯田課長は、「初めての経験で暗中模索の中の結論」と言うが、障害者雇用で一番大切なことを最初から実践している。それは、“障害者に合わせて職場を探す”ということ。
健常者でも同じことで、いくら能力のある人でも、その人に合わない職場に配属されると、折角の能力を100%発揮することは困難で、定着も難しくなりがちである。ましてハンディキャップと戦いながら働く障害者が、自分の適性に合わない職場で能力を存分に発揮することは厳しいだろう。
Aさん個人の努力や周囲のみなさんのバックアップがあったことは勿論であるが、飯田課長の“障害者に合わせて職場を探す”ことが、その後の障害者雇用の門戸を大きく広げたと考える。
3. 取り組みの内容
(1)ハイピッチで障害者を雇用
①障害者雇用率が1.88%
第1号のAさんの雇用が弾みとなり、平成15年以降、毎年障害者を雇用しており、特に、平成17年以降は3年連続で3名が定着している。
その結果、現在は、障害者雇用率が1.88%と、僅か6年目にして法定雇用率を上回るまでに障害者雇用が進んでいる。
②偏見、先入観を持たずに精神障害者を多数雇用
平成18年までは、身体障害者を主体に雇用していたが、平成19年にハローワークの勧めもあって合同面接会において、初めて精神障害者を採用した。しかも一挙に6名。その内訳は、全員うつ病であり、精神障害者保健福祉手帳1級所持者1名、2級3名、3級2名と、中には症状の厳しい人もいた。
全国的に見ても精神障害者の雇用はなかなか進んでいないのが現状。これは精神障害者に対する偏見、先入観が一因である。しかし、しっかり医師と連携して投薬を続けていれば症状は改善、固定し、仕事への差障りも減ってくる。
飯田課長は、この偏見、先入観を一切持たずに真っ白な気持ちで採用に踏み切った。また、各店舗でも同じような気持ちで精神障害者を受け入れた。
③洗車業務に活路見出す

障害者の仕事は全員、洗車業務である。洗車の仕事がない場合は、構内清掃やチラシ、ダイレクトメール発送の手伝いをしている。
洗車業務は、引き取った中古車や整備が済んだ車の外観を洗浄液で手洗いし、エンジンルームやマットをスチームで洗浄する仕事である。根気のいる仕事で、炎天下で作業することもあるし、何台も洗車していると腕の弱い人は、腱鞘炎(けんしょうえん)にかかってしまうこともあり、結構きつい。
採用された精神障害者6名のうちの3名が退職したが、これは炎天下の作業に耐えられなかったことが主な理由。しかし、残る3名は洗車業務に活路見出し、1年以上定着しており、“ほぼ安心”の状態になりつつある。しかし、ここへ来るまではかならずしも平坦な道程ではなかった。
④精神障害者定着のポイント

定着のポイントは、精神障害者を中心に総務・店長・工場長・周囲の従業員がいかに思いやりを持って連携し、コミュニケーションをしっかりとっていくかにかかっている。
基本的には、体調が悪くなったら無理に出勤させないで、回復するまで休ませ決して無理はさせない。
定着している3人は、“三者三様”最初からほとんど休まない人、今でも多少休む人、周期的に休んでいたが、この周期が徐々に伸びてきている人。また、1日8時間勤務の人、6時間勤務の人等、症状に合わせていろいろである。全員に共通して言えることは、採用された時より症状が改善していること。
休みが多くて仕事に支障はないのか?職場の仲間の理解は得られるのか?現場の管理者の反応は?と疑問が湧くが、これまでのところまったく問題はない。
調子が悪くなってきたら遠慮しないで、早めに申し出るように伝えてあるので、いきなり休むことはほとんどない。そのため補充要員を確保する時間が取れるので、仕事に支障を来すことはない。また、全社的に障害者雇用の意義を徹底しているので、周囲のみなさんは理解があり、協力的である。
これは、日産グループの労働組合が障害者を応援していることも影響している。会社もバックアップしているが、労働組合が主体になって、人形劇やミュージカルに特別支援学校の生徒を招待している。日常的に行われているこのような活動は、障害者をより身近な存在にして違和感をなくす役割を果たしている。
また、ここが大きなポイントであるが、「人件費は、すべて本社が負担しており、現場は採算面の心配はしなくてもよい」。
⑤抱えきれないほどの幸せをくれる夢のような会社
三宅裕子さん(拭き取り作業をしている前掲の写真の人)は、「私は病気を恥ずかしいものとは思っていないので隠す気はない。かえって自分の名前を出してほしい」と前置きして、今の気持ちを率直に話してくれた。
「私は、病気のために週3日、1日6時間の短時間勤務となっている。そればかりでなく、症状がひどくなれば1週間程度入院することもあるが、会社は、解雇しないで復帰を待ってくれている。疲れやすく、足が重くなり、体の動きが鈍くなることが症状悪化のシグナル。そういう時は、補充要員の準備もあるので、早めに工場長に知らせる。まったく体が動かなくなる時もあり、こういう時は、社内に簡易ベッドがあるので横になって回復を待つ」
「利益最優先の時代の中、本当は、自分自身が変わって企業に合わせていかなければならないのに、会社が私に合わせてくれている。毎日、私に幸せをくれる夢のような会社と思っている。勿論、こういうことに甘えてばかりではいけないので、社員として当たり前のことであるが、手が空いたら工場の草むしりやペンキ塗り等、何でもやって少しでも会社の役に立つよう励んでいる」
「今年は、入院することもないし、社内の簡易ベッドのお世話にもなっていない。このように症状は改善されてきているが、まだまだ病気の心配はある。
来年小学校に上がる娘を持つシングルマザーであり、いろいろと忙しくて大変である。しかし、シングルマザーとして困った時は、職場の女性が相談にのってくれるし、生活面は店長、仕事は工場長と、みなさんいろいろとアドバイスをしてくれる。このように周囲の人に恵まれて、夢のような会社勤めができている」
「楽しいこともたくさんある。新入社員歓迎のバドミントン、ボウリング、ドッジボール等の大会や飲み会にも出た。体調の関係で娘を連れての遠出は難しいが、旅行を兼ねた会社の1泊忘年会は、子供づれもOKということで参加させてもらっている。みなさんファミリーであり、娘も楽しみにしている」
「私は自信を持って言える。“人生の中で今が一番充実している”と!」
4. 今後の課題
車の整備・販売の仕事に障害者を活用していることは、会社の合言葉である「車を通して地域に密着し、豊かな地域社会づくりに貢献する」の実践にも通じる。三宅裕子さんをはじめ、精神障害者の賃金が全員最低賃金を上回っており、かつ安心して働くことができるのは、「障害者の人件費は、すべて本社が負担して、障害者雇用が採算面で現場を圧迫させない」ことも影響しているだろう。このように精神障害者が全員、最低賃金を上回っていることは立派であり、ありがたいことであるが、今後一層の努力により、一人ひとりがお釣りのくる仕事をして、会社丸抱えから脱皮することが必要であろう。
また、近い将来、「65歳定年」を迎えるのは必定であり、「65歳定年」に備えて、末永く頼りにされる存在となるため、洗車業務だけでなく、新たな業務をマスターすることも期待したい。
——三宅裕子さんの言う「毎日、幸せをくれる夢のような会社」の、ますますの発展を祈らないわけにはいかない。
執筆者 : ヒューマン・リソーシズ・コンサルタント 北村 卓也
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