すべての人が力を出し切れる平等の社会
-思いやりと愛情が障害者の心の扉を開く-

1. 障害者雇用の理念
冒頭、松本工場長は、障害者雇用の取り組みについて次のように語った。
「障害者が、周囲のみなさんの支えで成長していく姿を見るのはうれしいこと。また、周囲の人たちも障害者とのかかわりの中で、これからの人生で何が大切か、何が必要かということをつかんでくれているように思う。
協力会社を含め、関係するより多くの人たちに平等に教育の機会を持ってもらっている。
“すべての人が精いっぱい力を出し切れる会社でありたい”。この平等の精神は企業経営上も大切なもの。障害者雇用は、そういう意味からも好不況に関係なく、継続するよう努力していきたい」。
障害者雇用にチームとなって取り組んでいるみなさん






2. 障害者雇用の経緯
(1)統合失調症、知的障害者に対する偏見
平成16年当時、障害者雇用数が不足し、企業責任を痛感して、職業安定所の紹介に基づき障害者を積極的に雇用した。その中で職業安定所から紹介されたのが、統合失調症であり、知的障害もあるAさん。
障害者の種類別雇用率は、身体障害者11%、知的障害者28%であるのに対し、精神障害者は1%にも満たない。この数値を見ただけでも、精神障害者の就職先が如何に狭き門となっているかがわかる。障害者の雇用を阻んでいる大きな理由は偏見。
例えば統合失調症は、医師の指示に従い、しっかり薬を飲んでいれば十分回復し症状の悪化は避けられるし、ほとんどの知的障害者は温厚で、ナイーブである。しかし、精神障害者が起こす事件をマスコミが過剰報道しがちで、「怖い、乱暴」といった誤ったイメージを多くの人に与えている。
Aさんに対する採用窓口や受け入れ職場のイメージも、最初はそのような感じ方があった。
(2)周到な受け入れ準備
採用窓口である管理部の加藤部長(現在は工場長付き・現在の部長は佐藤氏)、五十嵐総務グループリーダーも、職業安定所から紹介されたとはいえ、やはりいろいろ心配はあった。そこで職業安定所に日参して、障害者に対してしっかり学習した。また、Aさんの出身校の先生に本人の長所、苦手なこと等を聞き、会社として誤った対応をしないよう周到な受け入れ準備を行った。
これら準備の過程で、精神障害者に対する偏見は払拭され、受け入れに自信を持って雇用に踏み切ることができた。
3. 取り組みの内容
(1)受入れ職場に対する事前の全員教育
予想されたことではあったが、受け入れ職場も、先入観が先に立ち、最初は受け入れにあまり積極的ではなかった。そこで五十嵐リーダーは、これまで学習した経験を基に職場を説得し、受け入れ職場の了解を得ることができた。
受け入れ職場の人たち全員が同じレベルで障害者に対する理解を深めることが重要である。たった一人でも理解不足のために偏見を持って障害者に接すれば、障害者を傷つけ、せっかくのやる気をそいでしまう。また、中途で退職するということにもなりかねない。そこで障害者を直接指導する人だけでなく、職場の人たち全員を対象にして事前教育を行った。
また、障害者職業生活相談員資格認定講習等、各種講習会には積極的に参加し、学びながら受け入れを続けている。このような姿勢は自ずとAさんにも反映されることになり、より強固な絆をつくりあげている。
(2)階段を一段ずつ確かめながら上がる“ユックリズム”に手ごたえ
気がつけばAさんも受入れ職場の人たちにも、あっという間の4年間であったが、この歳月は、入社当時休みが多く欠勤もあったAさんに落ち着きを与え、職場には障害者雇用に対する理解を与えた。
しかし、Aさんがここまで歩んで来た道は決して平坦なものばかりではなかった。入社3年後の平成19年、仕事の繁閑調整のため、8名の仲間と一緒に神立工場からつくば工場へ異動した。
その時、加藤部長、五十嵐リーダーは、これまでのAさんの仕事ぶりを見てきて、1人でやる仕事より、ペアでやる仕事のほうが相談相手もできるし、プレッシャーを感じることも少ない、また、安全面でも目配りができるということで、システムバス製造の仕事へ配置換えを行った。
ここで現在の上司である塚本製造グループリーダー、野村チームリーダーと出会い、仕事もぴったりはまったこともあって、日ごろの生活態度にも落ち着きが見られるようになってきた。
しかし、いつまでも1人では作業できないということでは、本人の将来のためにも困るので、1人作業にも挑戦してもらうことになった。
従来の仕事に余裕が出た時、システムリストに基づき製品を取り出し、包装して発送するという1人作業に挑戦し、これを兼務するまでになった。責任も重くなるので、プレッシャーに負けないかと心配したが、「案ずるより産むが易い」で、ノーミスで、がんばっている。
Aさんの職場定着にチームとなって取り組んでいるみなさんは、異口同音に言う。「一つの仕事を完全にマスターしてからじっくり次の階段をめざしていった。一段ずつ確かめるように上がる。この“ユックリズム”が大切なような気がする。そして気がついたら山の中腹にたどりつつある。」と
(3)思いやりと愛情が障害者の心の扉を開く
障害が原因で感情をはっきり出すのが苦手であり、体調がよくなくても周囲に言わないので、最初のころは職場で倒れてしまったこともある。しかし、最近は周囲の人も顔つきや動作で体調の良し悪しがわかるようになってきた。
あまりに口数が少ないことや休みが多いのは、障害が原因であることは誰もが理屈ではわかっていたが、感情的には受け入れ難いというのが当時のみなさんの本音。しかし、障害者と一緒に悩み、一つひとつ問題の糸を解いていくうちに、職場の人たちも「Aさんの障害」を素直に受け入れられるようになってきた。その気持ちが伝わったのだろうか、そのころからAさんは打ち解けて話をするようになり、休みはほとんどなくなった。
Aさんの周辺の人たちの思いやり、愛情に満ちた言葉や態度が、どちらかといえば、かたくなになっていた障害を持つ若者の“心の扉”を開いたといってよいだろう。


4. 今後の課題
(1)独り立ちするための教育と経験の積み重ねが大切
知的障害者は、一般的に金銭管理に不安があり、だまされやすいため、責任を問える成人になるのを待って狙い撃ちしてくる悪徳業者から身を守るのは容易ではない。
Aさんは、両親が亡くなり1人住まいをしているので、20歳になった途端、サラ金や宝石の訪問販売の標的になり、多額の借金をしてしまった。会社の対応で何とか問題は解決したが、この時は病状も悪化し、休みも増えてしまっている。
近くの親戚が本当によく面倒を見てくれているし、地域のケアマネージャーのお世話になったり、職場の人が給料の使い方にヒントを与えたり、家庭訪問をしてAさんを守っている。しかし、四六時中見守るわけにはいかないし、あまり深入りすることはプライバシーの問題もあり、なかなか難しい。
今後も親戚・ケアマネージャー・職場が連携をとっていくことになるが、将来独り立ちするためには、守りの連携から一歩踏み出して、反復の教育と経験の積み重ねで本人を成長させていくことが一番である。
(2)ひと山越える成長を期待
1人作業ができるようになったことは、入社当時を考えれば大変な進歩。しかし、山登りに例えるならまだまだ五合目辺りのようである。
当社は高齢者対策もしっかりしており、段階的に65歳まで継続されることになっており、Aさんも65歳まで働くことができる。まだまだ先は長い。
Aさんが障害に同調しながら、周囲の温かい支えにより、ゆっくり登りながらも、将来ひと山もふた山も越える成長を楽しみにしている。
執筆者 : ヒューマン・リソーシズ・コンサルタント 北村卓也
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。