生産を支える知的障害者
- 事業所名
- 株式会社土屋製作
- 所在地
- 神奈川県藤沢市
- 事業内容
- 自動車用部品塗装(カチオン電着塗装、静電塗装)、加工(組み付け)、梱包
- 従業員数
- 102名
- うち障害者数
- 26名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 1 塗装作業(塗装部品の着脱) 内部障害 0 知的障害 25 塗装作業(塗装部品の着脱) 精神障害 0 - 目次
1. 生産ラインで働く
株式会社土屋製作の下山順郎社長は言う。
「うちの会社は、知的障害者の人たちの働きによって支えられていると言っても過言ではありません」
なるほど藤沢にある本社工場の社員は約70人、うち20人は知的障害者である。

土屋製作は1948年創業。いすゞ自動車藤沢工場の近隣に本社工場を持ち、いすゞのトラックやニッサン車などの自動車用部品の塗装を主に行っている。
知的障害者の採用を始めたのは1985年の頃。カチオン電着塗装ラインの新設に伴い、作業者の増員を図った時期と重なる。
「モータリゼーションの高まりのなか、一つ一つの部品に人の手で塗料を吹き付ける従来の方式ではなく、大量の部品を塗料の入った槽に漬け、通電させて一気に定着させる『カチオン電着塗装』が主流となってきたわけです。そこで当社もカチオン電着塗装のラインの導入を決めたんですが、ちょうどその頃、先代社長が藤沢養護学校の先生と知り合って『単純な作業なら知的障害者にもできるんじゃないか』という話になったと聞いています」
カチオン電着塗装では、部品を槽に漬けるため、ラインにハンガーと呼ばれる治具を吊り下げ、そこに多くの部品を引っかける「掛け」という作業が欠かせない。もちろん、塗装し終わった部品をハンガーから一つずつはずす「下ろし」の作業もある。
この「掛け」と「下ろし」なら知的障害者にも無理なくできるのではないか…。まずは試しと数名の採用が決まったという。
そして、彼らの予想以上の仕事ぶりを、会社は高く評価。以来、ラインの拡大とともに就労センターや養護学校から年に1、2人、定期的に雇用を行ってきている。

障害者は全員が正社員。基本給に加えて残業手当や休日手当、毎年の昇給もある。 「全体的には雇用定着率は悪いほうではないと思います。先日、もう10年以上も勤めている人が言ってました。『僕は接客はできないし、計算だって苦手だし…。だから、ここがいいんだ』って」
とはいえ、彼らが従事しているのは、暑く(夏場ともなると現場は40度を超える)、立ちっぱなしで、ときには重いモノを持ち上げなければならない厳しい仕事。本社工場の生産を支えるカチオン電着塗装は、彼らがこの作業を引き受けてくれているからこそ、成り立っているともいえる。冒頭の下山社長の言葉に、改めてうなずかされた。

2. 教育・訓練は「掛場」で
さて、本社工場には知的障害者が働くカチオン電着塗装が2ラインあるが、もう1カ所、彼らの仕事場がある。こちらは同じカチオンでも「動く」ラインではなく、ハンガーに部品を引っかけるだけの「掛場」と呼ばれる仕事である。
「つまり、常に動いているラインで働くのは、知的障害者にとってかなり緊張感を強いることになるわけです。それに、ひとつの掛け間違いがラインを止めてしまうなど生産に支障を来してしまうことだってあります。ラインの仕事は、簡単そうに見えて実はかなり慣れが必要なんですよ」と下山社長。
ラインに配置されるのは、この「掛場」で、「動かない」ハンガーに部品を引っかける訓練を積み、できるようになった者だけ。「掛場」は教育の場でもあるのだ。

また、「掛場」は重度の知的障害者の仕事場にもなっている。
「動くラインで働くのは大変ですが、自分のペースでなら落ち着いて仕事ができる人に、ここの仕事を任せています。本社工場には5人の重度の方がいますが、掛場の仕事なら大丈夫。確実にやってくれています」
慣れや習熟、本人の性格や障害の度合いに合わせ、「ライン」と「掛場」というふたつの仕事場を用意していることも、定着率を安定させているひとつの要因といえよう。

3. 知的障害者の特徴と対策
長年、知的障害者を生産現場で指導してきた菅谷忠製造部長に、彼らの特徴を聞くと、「そうですね。まず言えるのは、まじめで一生懸命。きちんと教えれば、それぞれ習熟にバラツキはありますが確実にこなします」とキッパリ。

(1)性格を見て人員配置を
知的障害者の能力を十分に引き出すには、「一人一人の性格を把握し、それに合った仕事を任せることが重要」と、菅谷部長は力説する。
チームを組んで行う仕事、一人でコツコツ進める仕事、右から左へモノを動かすだけの単純な仕事など…、それぞれの性格に合った仕事がある。土屋製作では入社してから半年間、さまざまな作業をさせてみるなかから、その人の性格に一番合った仕事を探し出すようにしているという。
「うまいマッチングさえ見つかれば、本人も楽しく仕事に取り組めるし、満足感もあるから長く勤めてくれます。要は、マネージメントする我々が、いかに彼らの本質を見抜くことができるかでしょうね」
(2)変化に敏感な知的障害者
「さらに加えるならば」と続ける菅谷部長。
「彼らは健常者よりも変化に敏感です。新型車両用の新しい部品が登場したり、また、同じ職場で働く派遣社員の人が変わったり、そんな小さな変化でも『なんだかいつもと違う』と感じ取るようで、調子が狂ってしまう人もいます」
土屋製作では、なるべく毎日の作業内容や職場の人員配置を変えず、彼らが安心できる環境づくりを心がけているという。
(3)安全管理には細心の注意
カチオン電着塗装ラインの周辺は、部品を運ぶフォークリフトがひっきりなしに行き交う危ない現場である。仕事に集中しすぎて周囲に注意が及ばず、リフトの走行路にふいに飛び出してしまう知的障害者も、しばしばいる。
土屋製作では、フォークリフトの運転手(健常者)には、知的障害者が働く現場を走行する際にはクラクションを鳴らしたり、大声を出すなどで彼らに存在を知らしめ、注意を促すよう指導している。
また、Bラインの責任者である脇立紀さんは、知的障害者に対し「とにかく安全に関しては、何度も何度も繰り返し注意するようにしています」と言う。
「言ってもすぐに忘れてしまう人も多いし、何かに熱中していると他が目に入らないんです。でも、そういう人たちだと分かっていますから…。僕の役目は現場によく目配りし、口を酸っぱくしてでも注意し続けることです」

一方、現場の安全管理を徹底する以上に、職場そのものの安全づくりの必然を説くのは、山田博製造課長だ。
カチオン電着塗装ラインには、部品に通電させて塗料を定着させる電着槽があるが、その工程は立ち入り禁止。知的障害者だけでなく、メンテナンス時以外は誰も入れないようにしている。
「感電の恐れがありますからね。ただ『禁止』の札を掛けておくのではなく、必ずカギをかけ、カギは責任者が管理しています。入りたくても絶対に入れない『仕組み』にしているのがポイントです」と山田課長。
このように、知的障害者が働く場所に危険な設備などが接している場合は、万が一の事故も許さない仕組みにしておくことが大切だ。
(4)知的障害者の健康管理
最後にもうひとつ、菅谷部長が語ったのは「知的障害者の健康」について。それは特に食事の仕方にあらわれるという。
「食堂の様子を見ていると、もうお腹一杯食べたはずなのに、いつまでも食べ続けている人がいるんです。逆に食欲がないのか、まったく箸をつけない人もいる。健康のためにバランスよく食べるという概念がないのかもしれません。知的障害者のなかには極端に走りやすい人が多いので、注意が必要ですね」
そんなシーンを見かけた場合は、声を掛けて一緒に昼食をとったり、ときには食堂の担当者に事情を説明し、ごはんの盛りを少なめにさせたり、ときには、おかわりをさせないようにすることも。
仕事面だけでなく、生活面の管理にも気を配り、ときにはコントロールすることが、知的障害者を雇用する際には必要であろう。
4. 保護者とのコミュニケーション
土屋製作の取り組みのひとつに、保護者(主に両親)との綿密なコミュニケーションがあげられる。会社と保護者が連携することによりスムーズな展開が図られることも往々にしてあるので、以下にその具体策を紹介しよう。
(1)連絡ツールは手紙
土屋製作では、知的障害者の保護者宛てに手紙を出し(本人に持って帰らせる)、連絡を取りあっている。社員旅行や健康診断の案内に始まり、体調不良による早退などの連絡、残業や休日出社などの際にも必ず手紙を出し、保護者の許可を得るようにしている。
(2)年に一度の会社見学
また、年に一度は保護者を招待し、工場見学を行っている。自分たちの子どもが働く現場をその目で確認できるため、非常に関心が高く、毎回、多くの参加者があるという。
見学後の会議では、保護者からさまざまな要望が出ることもある。今までに「手洗い場に給湯を取り付けてほしい」「休憩室にクーラーを」などの意見が寄せられ、改善が施されている。
「お子さんを預けているご両親の生の声ですので、逆に我々の気づかない点もあり、ありがたく思っています。できる限り対応するよう取り組んでいます」と菅谷部長。
(3)出社拒否
ところで以前、「会社に行くのが嫌だ」と出社拒否になった知的障害者がいた。慌てた保護者からは「首に縄をかけてでも連れて行きます!」との連絡が入った。
「ご両親は必死なんですよ。会社を解雇されたらどうしようって…」と、そのときの様子を語る下山社長。
「まず保護者の方に言ったのは、解雇にはしませんから大丈夫ですということ。それで少しは安心されたようでした」
嫌がる本人を無理やり会社に連れてきても逆効果。ここは本人が落ち着くまで有給休暇を取らせ、保護者とも同意の上「会社に行きたくなるまで待つ」ということにした。
「大騒ぎにしなかったのが功を奏したのか、数日後、本人、何食わぬ顔で出社してきましたよ」と、にっこり笑う下山社長。
このケースを見ると、なんといってもよかったのは、パニックになりそうな保護者を最初の一言で安心させ、落ち着かせたことだろう。ことが大事化する前に会社と保護者が連絡しあって方針を決め、無事、収拾させた好事例といえよう。
5. 見えてきた課題
(1)健常者の意識改革
土屋製作の今後の課題について、下山社長は「教育ですね」と一言。それも知的障害者ではなく、健常者の教育だという。
「だいぶ良くなったとはいえ、知的障害者の人に対する理解は、まだ足りないと思っています。何度も言いますが、この会社は、障害者の人たちによって支えられています。それを健常者が理解し、彼らを受け入れる環境づくりに今以上に協力しないと…」
下山社長は、人が嫌がるような厳しい仕事を知的障害者が引き受けてくれていること、しかも彼らを雇用することにより会社としての社会的貢献を行うとともに、報奨金や助成金などの支援も得られていることを、健常者はもっと自覚しないといけないと語る。
意識の改革には時間がかかる。だが辛抱強く、社内研修など機会あるごとに教育し、啓蒙を続けていくつもりだ。
(2)老齢化問題
また、障害者自身の老齢化の問題もある。50歳を過ぎる頃から体力が落ち始め、今までできていた仕事ができなくなった自分に気づくことから、精神的に不安定になることが多いという。
「それに障害者の老齢化が進むということは、彼らのご両親も、かなりの年齢になっているということです。本来なら逆に面倒を見てもらうくらいの年齢なのに、朝早く子どもを送り出し、帰宅してから寝かせるまで、相当な負担になっているはずです」
障害者のみならず彼らの家庭環境の変化にも、今後注意を払うことが必要かもしれない。
(3)知的障害者の定年退職
昨年、土屋製作では知的障害者で初めての定年退職者(60歳)が出た。お疲れさまとねぎらう一方で、下山社長は、これからも出てくるであろう定年退職者の退職後についても、考えさせられたという。
「ご両親など保護者の方が健在なら、なにも問題はありません。ですが、定年ともなると、そうはいかないでしょう。今回の退職者の場合は、兄弟の方が保護者になってくれたので良かったのですが」
在職中は会社が何くれとなく面倒を見てくれるが、退職後、頼るべき親戚もいないような人は、どうすればいいのか…? 地域や行政と連絡を取り合い、グループホームなど福祉施設への入所も検討する必要があるかもしれない。会社と離れるとはいえ、彼らのその後の人生にも何らかの見通しをつけてやりたいと、下山社長は考えている。
執筆者 : 株式会社山笑堂
ライター 小川 亜紀子
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