知的障害者と企業におけるコミュニケーション

1. 事業所の概要
(1)事業の概要
食材の卸売業で、学校給食や外食産業が主な取引先である。本社所在地の熊本県内を中心エリアとしながら、福岡市、北九州市、鳥栖市などに物流センターを配置し、また九州各県の同業者とネットワーク化することで九州一円を商圏としている。
(2)現在の業況と今後の展開
事業は順調に推移し、業務拡張に伴い、新たに熊本市富合町に配送拠点を建設中である。但し、これからは相当に厳しい事態になるだろうと思われる。不況が続いて家計が厳しくなれば、外食を控えて家庭で食事する機会が多くなることが予測されるので、外食産業の経営は厳しくなる。そうなれば、我々のような業務用食品問屋にとっては、由々しい事態である。
(3)採用の状況
従業員の確保は、通常定期採用を行っているが、随時、中途採用も行っている。当社の主な業務は、取引先からの注文を電話で受け、パソコンで入力処理をする受注業務、商品の入庫やピッキングを行う倉庫業務、そして配送・営業業務等で構成されており、募集が多い業務としては受注業務、営業及び一般事務等である。
業務環境が、1人にパソコン1台となり、また、取引先からの受注も電話、ファクス或いはEメールと多様に変わって行く中、求められる人材も変わって行かざるを得ない。
また、従業員の採用については、各種の合同説明会等様々な機会を利用しているが、現在のところ、採用は順調で、特に困っているということはない。昨年の定期採用者数は18名であった。近年は毎年10数名の従業員の採用を行っている。
(4)定着率の向上
新入社員の定着率があまり良くなかったが、最近はかなり良くなってきている。採用から3年間の退職率が5割程度あったが、最近は1割程度までに抑えられ、安定している。一方、業務には“速さと正確さ”が求められるためにベテラン従業員の高いスキルが貴重な財産となっている。このことからみても、定着率向上が大きな経営課題であるゆえんである。
そのために様々な取り組みが行われてきた。ここでは、それらの取り組みの中から2つ紹介する。
まず一つは、事前の会社説明等で求職者に業務内容について有りのままを説明すること。当社のような卸売業には残業もあれば、冷凍庫内での作業や長距離輸送等の業務があり、楽な業務ばかりではないこと。それを知らせずに採用すると、入社後の会社に対する失望に変わり退職していく。業務内容について正確に理解を与え、納得した上で入社してもらうことで、定着率が向上したということである。
次ぎ二つめは、社内のコミュニケーション力を高めること。特に、入社してから3年迄はコミュニケーションの回数を多くすることが大切である。最近の若者たちは、辞める時には、ある日突然辞表を提出し、事前の相談等がないケースが多い。日常的にコミュニケーションをする中から、事前に「最近、元気がない」とか「悩んでいるみたいだ」といったことを察知して声をかけ、話し合うことで再びやる気を出すケースもある。そのため、当社では「コミュニケーション費」という従業員交流のための経費を部署ごとに支給し、同僚や上司との飲み会や食事会の開催を容易にしている。1回あたり1人3500円程度の会食を年に複数回開催することができるという。他社ではあまり耳にしないこのような制度が、実は定着率向上に効果を上げているのである。
2. 取り組みの概要
(1)障害者の現状と従事業務
現在雇用している障害者は2名で、障害は2名共に知的障害である。3年前に1名、その翌年に2人目を採用した。
配置されているのは倉庫で、受注伝票に合わせて商品を集めるピッキング作業を主に担当している。2名のうち先輩のH君は記憶力が抜群で、どの棚の何処に何の商品があるのかほとんど覚えている。他の従業員よりも覚えてしまっているので、他の従業員が「H君、あの商品は何処にある」と聞いている。
当社で取り扱っている商品は約1万アイテムで、うち乾物だけでも2~3千アイテムある。彼らが担当しているのがその2~3千アイテムある乾物で、売れ筋商品についてそのほとんどを覚えているということになる。
近年、賞味期限や消費期限等の問題が生じ、食品流通業の責任がより重くなっており、小さなミスも許されない。その為、当然のこととして、ピッキング作業から出荷においてもダブルチェック、トリプルチェックの体制を取っている。彼らについても、当社の通常のシステムの中で仕事をしているが、特に問題はない。仕事に関しては、彼らにはほとんど不安はないと言える。
なお、1名実習生を受け入れ、来春、3人目の採用を予定している。さらに現在、4人目の実習生を受け入れている。
(2)障害者雇用の経緯
障害者雇用の契機は、県立ひのくに高等養護学校の就職指導の先生が尋ねて来られたことにあった。丁度、当社でも「障害者雇用を考えなければ」という思いが出てきた頃で、この機会にまず1人雇用してみようという動きに繋がった。
同校の先生からの紹介で、2年生のH君を実習(3週間の実習を2回)に受け入れた。その実習で、現在の仕事と同じピッキング作業の補助をやってもらったが、非常に記憶力に優れており、採用決定ということになったのである。
(3)不安と課題
現状の仕事においては安心しているが、それでも、心配はある。今、彼らが携わっている業務をこれからもずっと、一生やってもらってよいのか。やがて、自立して、結婚をし、家庭を築いていくようになる。そのためには、自立するに足りる労働対価を得られる技術を身に付けていかなければならない。それだけの仕事ができるようになっていくのか、そのための意志と努力を彼らが持ち続けていけるのか。やはり心配になる。
倉庫内で働くといっても、ピッキング作業はその一部にすぎない。技術を高めていくためには、リフトを使った作業ができるかということになる。当社では、リフト作業ができるようになると、自立できる収入を得ることができる。H君の1年後に採用した後輩のM君は「自分はやります」と言って、すでに自動車の運転免許を取得し、「次はリフトの免許を取ります」と意欲的だが、H君の場合には、両親の意向もあって消極的であるので、このままでは自立ができないのではと考えるのである。
また、仕事そのものに問題はないが、コミュニケーションで多少心配な面がある。というのが、場違いな場面で人に話しかけて嫌がられる等、その都度、本人と面談し注意し、話しをして聞かせながら少しずつ理解させていく方法をとっている。


![]() | 倉庫内での業務 |
(4)障害者を取り巻く人々との関係
知的障害者にとっては親の存在が大きい。H君の場合は、両親が「車の運転は絶対にいけない」という考えなので、H君自身も両親の意志に沿おうとしている。両親の気持ちも分かるが、できれば若いうちに、いろんなものにチャレンジをし、自立できるようになって欲しいという考えである。
しかし、会社と両親とは頻繁にコミュニケーションを取るということはない。入社の際には、両親とやりとりもあったが、入社後は健常者と同様に直接のやりとりはしていない。しかし、本人の将来を考えるならば、彼らの家族とも年に1~2回の話し合いが必要だ。学校の先生は、定期的によく訪問して来られる。但し、相談しなければならない重大な問題というのはこれまで発生したことはない。
(5)社内におけるコミュニケーション
H君、M君との社内コミュニケーションの軸は総務部長である。彼らは、朝、出社すると、真っ直ぐ2階の総務部へ挨拶に行く。「朝は必ず、僕の所へ挨拶に来るように」と総務部長から声をかけているからである。
挨拶の後、壁にかかっている日めくりカレンダーをめくる。これも、部長から与えられた「毎日やるべき仕事」の一つなのである。
このように毎日、必ず顔を合わせることで、体調や心の有り様をチェックすることができるし、彼らが安心して仕事に取り組む上での安定した精神状態をつくっていける。
なお、総務部長が出張等で不在の場合は、総務部の従業員がその代役を務めている。
3. まとめ
障害者の雇用というと色眼鏡で見がちで、一般には、健常者の雇用とは異なるものであるかのような誤解があるようだ。しかし、実際、一緒に仕事をしてみれば、本質は全く同じであることが分かる。知的障害者であっても、仕事との適性が合って、コミュニケーションを取ることができれば、円滑な雇用が可能である。
一方、健常者であっても、仕事の適性やコミュニケーションに問題をはらんでいる者はいる。
はじめての障害者雇用に際して、緊張もあったが、実際に触れ合い、実習に受け入れてみると、ハンディキャップもまた一つの個性であることがよく分かり、2人目、3人目の雇用への自信も生まれた。
企業の社会的責任を果たすといえば大仰に聞こえるが、地域に生きる若者たちにとって、企業は現代におけるコミュニティの役割を果たしている。従業員一人一人がそのことに改めて気づかされたことも、障害者雇用の大きな成果であると思われる。
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