重度知的障害者とともに48年
- 事業所名
- ニッパ株式会社
- 所在地
- 神奈川県横浜市
- 事業内容
- 総合パッケージ製造販売
- 従業員数
- 51名
- うち障害者数
- 9名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 1 段ボールケース・化粧箱の製造 内部障害 0 知的障害 8 段ボールケース・化粧箱・内装品の製造 精神障害 0 - 目次
- ホームページアドレス
- http://www.nippa-group.co.jp/
1. 始まりは「はっちゃん」
「何も初めから障害者の雇用を掲げていたわけではないのです。たまたま近所に住む知的障害者の男性がよく会社に遊びに来ていて、見よう見まねで仕事を覚えてしまったのだと聞いています」
それは1960年代のこと。学校に通ったことのない彼は、文字も書けないし、数字も分からない。歳はすでに30を超えていたが、いつも子どものように無邪気で明るく、誰からもかわいがられていたという。彼の名は「はっちゃん」。
1961年、畑の間にポツポツと小さな工場が建つ横浜市郊外は新羽の地に、段ボール箱の組立製造会社としてニッパ株式会社は創立した。会社とはいえ、従業員は家族と1~2人の社員のみ。そのアットホームな雰囲気とモノづくりの現場の珍しさからか、はっちゃんは毎日のように会社に顔を覗かせた。
秋本りつ子現・社長が二代目に嫁ぎ、初めてニッパに来たのは1972年。
「その頃には、はっちゃんはもう会社の立派な一員でした(笑)。当時、会社としては良くも悪くも家族経営だったので、私は経理事務を効率化したり、社員の労働環境を整えたり、そういった仕事から家業を手伝うようになりました」
さて、「障害者が働くなんて、まだまだ考えられない時代」(秋本社長)に毎日いきいきと働くはっちゃんの存在をどこで耳にしたのか、ある日、厚木市で知的障害者の施設を運営する社会福祉法人すぎな会の職員がニッパを訪れた。
「障害を持つ子どもに働く経験をさせてほしいと、それは熱心におっしゃられて。弱い立場の人に手を差し伸べるのは当然のことですし、はっちゃんを見ていたから、彼らがとてもまじめに働くことはよく知っていました。そこで、一気に7人の体験実習を受け入れることにしたのです」
2~3週間の実習ののち、7人のうち2人の採用を決定。これが、その後30年余にわたるニッパの障害者雇用の道を決定づけた。
「一番優秀な人と、一番障害の重い人の2人を採用したんです。優秀な方は1年ももたないで辞めてしまったけれど、重度の障害を持つ鳥夫君は、私の自宅に下宿しながら、それはよく働きました。はっちゃんも鳥夫君も重度でしたが、こちらが一生懸命教えれば、それに必死で応えようとがんばっていました。知的障害者でも、軽度の人はまだ他の会社で働くチャンスがありますが、重度の人はそうはいきません。ですからうちではあえて、重度の人を雇用していこうと決めたのです」
鳥夫君は、55歳で病に倒れて退社するまで、ほとんど休まず働いた。「人に迷惑をかけたくない」と自立心にあふれ、あまり会話はできないが、誰よりも早く出社して、もくもくと職場の清掃をしていたという。
まるで自分の息子のように、彼の思い出を語る秋本社長が印象的だった。
2. 重度知的障害者の教育
秋本社長は重度の知的障害者の学習能力について分析し、対応している。
「数を数えさせるのも一苦労。ですから数の認識が苦手な新入社員が入ったら、午後の休憩の時間に一緒に身近なお菓子を使って1、2、3って数えるんですよ。きちんとできたらご褒美をあげて。お菓子で数えられるようになったら、次は仕事で実際に扱う段ボール。段ボールを5枚まで間違えなく数えられるようになるまでに、人によっては3ヵ月から半年かかります。それから、知的障害者の教育において効果的なのは『ほめること』。ほめると一生懸命覚えようとします。逆に叱ってばかりだと萎縮して、耳をふさいでしまうことも。その人に応じてわかりやすく、段階的に対応する必要があるかもしれませんね」
仕事を覚えさせるのは大変根気のいることだが、一度覚えさえすれば、少量の動作ならば教えた通りに忠実に、まじめにこなすのが彼らの長所だ。
また、彼らがやりやすいように仕事の仕組みを作ってやることも大切だと、秋本社長は言葉を加えた。
ニッパで働く知的障害者は、全員が段ボールケースや化粧箱の製造に従事しているが、彼らが間違えなく製品と対応して数えられる基本ロットは5~10枚(健常者の場合は50~100)。
3. モチベーションの維持・向上
(1)自主的に始めた朝礼
毎朝、ニッパではラジオ体操後、障害者の社員全員が集まって、朝礼が行われている。そこには健常者社員の姿はない。驚くべきは、彼らは誰に言われるでもなく自主的に朝礼を始めたということだ。
「おそらく健常者の社員たちが毎朝やっているのを見て、自分たちもと真似をしたのでしょう。それぞれ持ち回りで『今日もがんばりましょう』とか『フォークリフトには注意しましょう』とか、うまく言えない人もいるようですが、朝礼らしい言葉をかけていますよ」
自然と生まれた「社員としての自覚」を尊重し、秋本社長ら健常者社員は口を出さず、彼らの自主性を見守っている。
(2)アビリンピックの効果
毎年、行われている障害者技能競技大会「アビリンピック」。その神奈川大会に、ニッパは2年前から参加している。種目は、規格に合わせて段ボールを組み立て、その正確さとスピードを競う「紙工」である。
「仕事に張り合いを持たせ、また他社の選手と競うことで、刺激にもなる」と参加を決め、2年前の大会では見事金賞と銀賞、昨年は銀賞を受賞した。
しかし、アビリンピック参加について、秋本社長は手放しでは喜べない様子だ。
「2年前金賞をもらった社員は、みんなから『おめでとう。金メダリスト!』なんて褒められたりして、その後のモチベーションの向上にすごく役立ちました。でも、銀賞になった社員の方は裏目に出てしまって...」
アビリンピックという華々しい場で輝かしい賞をもらった彼は、その後、仕事に対する態度が一変。「自分こそが一番」という間違った自信がついてしまい、ゴールに達した彼は他の社員の指示も親の言う事もきかなくなってしまったという。
「結果、彼は会社のなかで孤立し、やがて退社していきました。アビリンピックのような場はやる気を持たせるのにとても有効な手段ですが、その一方で、選手の性格をよく見極め、彼らを取り巻く環境にも配慮することが必要だと思います」
過剰に反応しやすい知的障害者の特性を理解し、注意深く取り組まなければならないようだ。
4. 生活指導の課題など
(1)お金の管理
ニッパでは、障害者の社員に給料を渡す際に「お金は大事に使うように」と声をかけているという。以前は会社で貯金させるようにもしていたが、個人情報保護の面から廃止。その分、学校や家庭のなかで、お金の使い方について、もっとしっかりしつけてほしいと秋本社長は切望する。
「給料日に繁華街に行って1日で全部使ってしまったり、給料をもったまま家出した人も過去にいました。全給料を財布に入れて、『こんなに持っているんだよ』と人に自慢して見せていたという報告も受けています。気づいたときには注意し、お金の大切さを教えるようにしていますが、会社でできることにも限界があって...」
今は給料は振り込みとなりましたが、「障害者のお金の管理」は悩みの種のひとつだ。
(2)誤ったイメージ(うそ)
また、知的障害者に対して「彼らはうそをつかない」「純真無垢で天使のよう」といった勝手なイメージを持つ人が多いことに、秋本社長は辟易している。
「人間なら、誰だってうそをつきますよね。彼らだってそう。自分に都合のいいように話をねじ曲げ、口からでまかせを言うことがあるのです」とキッパリ。
ただ、彼らがうそをついてしまう動機には、あまり悪意がない。「ほめられたいから」「注目されたいから」「怒られたくないから」、ついついその場限りのうそが出てしまうのだ。それが相手を傷つけてしまう事もある。
「落ち着かせて、よくよく話を聞いてみれば、すぐわかります。ですから、『知的障害者はうそをつかない』という勝手な思い込みは捨ててください。盲目的に彼らの言い分を信じるのではなく、きちんと事実を追求し真実を見極め、正しい方向に彼らを導いてあげてほしいと思います」
知的障害者に関わる人たちに対する、秋本社長からのメッセージだ。
5. これからもずっと
現在、ニッパで働く障害者は9人。第一号の「はっちゃん」以来、学校や施設、合同面接会などを通じて採用を続けてきたが、今後も障害者の雇用数の目安は全従業員数の25%以内を限度とし、状況を見ながら数を増やしていく方針だ。
また、障害者雇用を検討している企業に対し、秋本社長は「1人だけでなく、できれば複数を雇用したほうがいい」とアドバイスする。
「彼らも仲間がいると安心だし、仕事を覚えるのを競い合うなどスキルの向上を図ることもできます。先輩が後輩を教えることで、自覚や自信を身につけることもあります。我が社で自主的に朝礼が生まれたことを思い出してみてください。彼らは彼らなりの自治集団を作り、それが思いがけない効果を生み出すこともあるのです」
温かく、ときには厳しく障害者社員を見守る秋本社長。
最後に聞いた。秋本社長にとって、知的障害者とは?
「ハンデキャップを背負いながら一生懸命生きる彼らの姿は、『私もがんばらなくちゃ』という活力を与えてくれます。私はいつも彼らに元気をもらっているんです」
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