聴覚障害者の技工士が働く歯科技工所
- 事業所名
- 有限会社中央歯研
- 所在地
- 神奈川県横浜市
- 事業内容
- 歯科技工
- 従業員数
- 11名
- うち障害者数
- 6名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 6 歯科技工 肢体不自由 0 内部障害 0 知的障害 0 精神障害 0 - 目次
1. 兄弟の力をあわせ
1981年設立。創業28年を数える有限会社中央歯研は、全国でも珍しく、聴覚障害者の歯科技工士を専門に雇用している歯科技工所である。
加藤眞悟社長は語る。
「そもそもは、私の弟(加藤敬次郎氏)が聴覚障害を持っており、彼が自立して生きていけるよう、父親(加藤俊夫初代社長)と弟が立ち上げた会社なんです」
敬次郎氏は、筑波大学附属聾学校(現・筑波大学附属聴覚特別支援学校)の歯科技工科に学び、横浜歯科技術専門学校に講師として勤務。その後、ハリウッドに渡り3年間技術を磨いたという、聴覚障害者の歯科技工士の世界では知られた存在である。
一方、兄の眞悟氏は、長年、保険会社に勤めた後、2005年に社長に就任。技術指導は弟に一任し、自身は経営の安定化と営業活動に尽力してきた。
中央歯研は、この兄弟の両看板があってこそ。神奈川、東京を足場に、北は岩手県から南は鹿児島県まで、広く多くの顧客(歯科医院)の信頼を得ている。


2. 安定した雇用環境のために
虫歯を削った穴を埋める金属やセラミックの補綴物や、入れ歯や差し歯などの義歯を「技工物」と呼ぶが、ほとんどの歯科医院は、それらの製作を歯科技工士に外注している。
歯科技工士は、まれに病院勤務の者もいるが、独立して個人で営業している者が多く、中央歯研のように会社化しているところは少ない。
「『手に職』と言えば聞こえはいいのですが、個人営業の割には歯科医院と年間契約するような慣習がなく、基本的に受注生産。ですから注文数によって収入が上下しますし、たとえば歳をとり目が弱くなってくると作業効率が落ち、やはり収入が減る・・・。非常に不安定な状況で働いている方が多いと思います」と加藤社長。
だからこそ、中央歯研は早くから会社として組織を整え、技工士が安心して働ける雇用環境をめざしてきた。同業他社が給与に歩合制を取り入れているのに対し、中央歯研では、作業量に左右されない固定給にこだわる。
「技工士たちにいい仕事をしてもらうには、まず収入と生活を保障すること。それが会社の役割ですから」
厳しい状況においてもそれだけは貫きたいと、加藤社長は語る。

3. 営業マンがコミュニケーションをフォロー
さて、聴覚障害者の歯科技工士が働く中央歯研にとって、コミュニケーションのフォローは重要なテーマである。
歯科医師は技工物を発注する際に、歯型とともに「歯科技工指示書」を送ってくるが、歯形の取り方や指示書の記入に個性や特徴があり、指示書だけでは正確な技工物を作ることができないこともある。
たとえば、A先生の歯形のコンタクトはキツめだとか、指示書には記入していないがB先生の指示する技工物の素材は別途決まっているとか・・・。医師も診察で忙しいなか次々と指示書を記入しなければならず、すべてを事細かに指示するわけにはいかないのだ。
それら指示書の裏に隠された意図を読み取り、より的確な技工物を作り上げる想像力までも、歯科技工士には求められる。
「弊社の場合は100近くの歯科医院とお付き合いがあるので、歯科医師の指示も、ざっと100種類の個性があるわけです。医院ごとの指示書の特徴などをまとめてマニュアル化し、技工士が確認しながら製作できるよう壁に貼り出して、情報を常にオープンにしています」
ときには医師の指示が難しく、専門書をあさったり、メーカーに教えを受けることも。「技工士とともに、日々勉強です」と加藤社長は笑った。
やむなく医師に確認しなくてはならない場合は、メールやファックスを利用するほか、4人の営業マン(健常者)が技工士に代わって電話で確認したり、面談するようにしている。営業マンは、医師と技工士を結ぶ重要なパイプ役なのだ。
「他社なら技工士が直接電話することもできるでしょうが、弊社は技工士全員が聴覚障害者。ですから、営業マンには彼らに代わって医師と技術的な話が進められるぐらいの知識が求められます。11人の会社で、技工士が5人と助手が1人、そして営業マンが4人もいるというのは、健聴者の会社では多すぎるかもしれません。でも弊社では、聴覚障害者のコミュニケーションのフォロー役として、絶対必要な数でもあります」
優秀な営業マンたちが黒子役となり、中央歯研の確かな技術を支えている。

4. 生き残りの鍵は「技術力」
今、歯科技工の世界にも激しい不況の波が押し寄せている。
都心では「コンビニ並みにある」と言われるほどの過剰な数の歯科医院は、生き残りをかけた競争のなか、歯科技工所にもコスト削減を迫っている。納期についても、以前は1週間から10日が当然だったが、最近では4日、厳しいところでは2日以内の完成が要求されるとか。一方で、安い価格で攻めてくる外国勢も登場してきた。
また、高齢化社会の到来で義歯の需要が増えると思いきや、歯槽膿漏の予防など一般的に口腔衛生の意識が高まったせいで、予想以上に義歯のニーズは少ない。
ますます厳しくなるであろう今後を乗り切るには、加藤社長は「高い技術力しかない」と言い切る。
「新しい素材への取り組みと、患者に満足してもらうための技術の習得こそ、これからの技工士の生きる道と考えています」

(1)全工程を一人でこなす
低コストをうたう他の歯科技工所は、「模型作り」「型どり」「金属加工」「研磨・仕上げ」といった工程を分業しているところが多い。しかし、加藤社長は「それでは一人前の歯科技工士が育たない」と首を横に振る。
中央歯研では、模型作りから仕上げまで、全工程を一人の技工士が担当するようにしている。担当する技工物に技工士が責任を持つことにより緊張感が生まれ、またアフターケアも完全に行えることで、高い技術力を維持することができるという。
「技工物を調整したり再加工する場合でも、その技工士がすべての工程を把握しているので、的確な修正が施せます。我が社では、一つ一つの完成伝票に技工士の名前を捺印し、彼らの責任のもと技工物を提供しているんです」
この、中央歯研の「顔の見える仕事」は、技術の証でもある。
(2)時間をかけて人材を育成
とはいえ、それだけの技術力をもつ技工士を育成するのは大変なこと。
「弟の母校である筑波大附属の歯科技工科は、日本で唯一の聴覚障害者のための養成学校。確かな技術を身に付け、歯科技工士として自立したいという聴覚障害者は、少しずつですが増えてきていると思います」
だが、これらの学校を出ただけですぐに「現場で使える」ほど、この業界は甘くない。一人前の歯科技工士を育てるのに、先輩の指導を受けながら少なくとも3年。前項のように全工程を任せられるようになるまでに、10年くらいはかかるという。
挫折してしまう者も少なくないし、人材育成には時間もコストもかかる。しかし、中央歯研は意欲のある若者ならできるだけ受け入れ、優秀な技工士の育成にじっくり取り組んでいく構えだ。
(3)新しい技術にも意欲的
また、中央歯研のひとつの技術として、金属アレルギーの心配のない新しい素材への取り組みもあげられる。セラミックやグラスファイバーなどのノンメタル素材は、保険対象外のため「贅沢品」というイメージを持たれがちだが、軽い上に耐久性も高く、また人体への影響も優しいといわれている。
中央歯研では、そのような新しい素材にも意欲的に挑戦し、より専門性を高めていく方向だ。素材メーカーの講習に技工士を参加させるなど、スキルアップの場も設けている。
(4)聴覚障害者の強み
最後に、歯科技工士として働く聴覚障害者について加藤社長に聞いた。
「手先の器用さやセンス、最後までやり続ける粘り強さなど、健聴者同様、向き不向きはあると思います。でもひとつ言えるのは、聴覚障害を持つ人の集中力というのは健聴者の比じゃないということ。健聴者のほうが耳から不必要な情報が入るせいか、集中力が途切れがちなんです。この、聴覚障害者がもつ『際だった集中力』は、歯科技工士という仕事において非常に有力な武器だと思いますね」
「弊社としても・・・」と、さらに加える加藤社長。
「医師や患者の、クレームも含め広い意味での情報を技工士に提供し、技工士とともに悩み、苦しみながら技術を確立していく所存です」
聴覚障害者の歯科技工士が、今後、全国に活躍の場を広げることを期待したい。
アンケートのお願い
皆さまのお役に立てるホームページにしたいと考えていますので、アンケートへのご協力をお願いします。
なお、事例掲載企業、執筆者等へのお問い合わせや、事例掲載企業の採用情報に関するご質問をいただいても回答できませんので、あらかじめご了承ください。
※アンケートページは、外部サービスとしてMicrosoft社提供のMicrosoft Formsを使用しております。