障害者雇用のきっかけは? 企業として譲ることのできない安全、そして和をもって仕事を任せてきた事例
- 事業所名
- 株式会社鮎家
- 所在地
- 滋賀県野洲市
- 事業内容
- 昆布巻き・佃煮・鮒寿司・琵琶湖料理の製造ならびに販売、海産物の卸売、喫茶及び飲食業
- 従業員数
- 283名
- うち障害者数
- 5名
障害 人数 従事業務 視覚障害 0 聴覚障害 0 肢体不自由 2 製造・開発、経理 内部障害 1 施設管理 知的障害 2 製造 精神障害 0 - 目次

1. 事業所の沿革
株式会社鮎家の巻物(代表商品として「あゆ巻き」がある)は県内で名の知られたお土産品・贈答品であるが、同社の創業は1967(昭和42)年であり、1976(昭和51)年に株式会社となった。その後、1995(平成7)年に本社を野洲市の琵琶湖畔に移転し、「びわ湖鮎家の郷」をオープンした。「びわ湖鮎家の郷」はオープン・ファクトリーを設けて製造工程を見学通路から眺めることができる構造になっており、実際に商品がどのようにして出来上がるのかが分かりやすく見て取れるようになっている。また、レストランやさまざまなショップ、ギャラリーや資料館を併設していることもあって、休日にもなるとたくさんの人たちで賑わいを見せるスポットでもある。
2. 障害者雇用の経緯、採用活動の実際
(1)「雇ってもらえないか」との声の高まりを受けて
障害者を雇用することになった契機と呼べるような大きな出来事があったわけではない。ただ、当時本社があった地域(大津市真野地域であり、琵琶湖大橋を渡れば現在の本社がある野洲市とはほぼ対岸の位置にある)で付き合いがあった知人や近隣の養護学校から「雇ってもらえないか」との声が届くようになり、しかもその声は切実で真摯なものであったので、会社としても「できる限り受け入れていこう」ということになった。当時のことをよく知る工場長は言う。「今から22~23年程前のことになるが、振り返ってみると、当時会社の状態は常時右肩上がりで成長を続けていた真只中にあり、そうした会社としての好条件が受け入れへの取り組みを支えるものとしてあったと思う」と。
実際の受け入れにあたっては、まず何よりも体験(大部分は工場での仕事)を重視し、それは本人たちの能力(職業生活を営む上での能力)をしっかりと把握する意味でも大いに役立つものであった。最初の受け入れは学校や施設を通じたものではなく、どちらかと言えば個人的な関係・繋がりから生じたものであったが、それは結果として採用へと至ることはなかった。もちろん、上手くいかなかった理由や事情は一つではないが、求める側(勤まるかどうか見て欲しい)と応える側(受け入れてみようか)との間で、本人の能力についての共通した認識をもてなかったということはあったのかもしれない。ある一つの作業について作業遂行能力を見る時に、「できる」「できない」という客観的な基準から判断し、相手(本人や保護者など)に分かってもらうこと、——それは簡単なことではなかった。
(2)受け入れから雇用へ
体験の受け入れを始めてから3~4人目であったろうか、養護学校に在籍中の知的障害者(仮にKさんとする)を体験として受け入れることになった。体験はまず洗い(洗いとは箱の洗浄のことであり、現在は機械で洗浄している)から始まる。当然のことながら、洗いをするのに水はつきもので、水との接し方というか、水の扱い方はこれまでにも人によってさまざまであった。やや大袈裟な事例かもしれないが、水を触っているだけの人、頭から水を被ってしまう人、そうした作業どころではない人も実際にいた、と工場長は話をする。
そこでKさんの様子だが、Kさんはきちんと言っておけば、言われたとおりきちんとできて安心だった。それは受け入れ側にとっても一番ありがたいことであったから、その後、正式に採用となり、現在に至っている。そしてKさんの採用にともなう経験、出来事はKさんの母校、会社ともに受け継がれている(当時Kさんを受け入れた責任者はKさんの学校で講演=報告を行っている)。
(3)どうすれば協力していけるのか?
当時、会社は広く一般の採用活動を積極的に行なっていた時期でもあり、「せっかく人を採用するのなら、障害者も採用しよう」とハローワークに人の紹介を頼んだりすることもあった。実際、受け入れてみて(体験だけではなく雇用ということ)、上手くいったこと(定着できた)も、上手くいかなかったこと(定着できなかった)もあるが、そうした取り組みを通じて学んだことがある。
総務・人事担当者は言う。「本人さんを含めて、みんなとどう協力していくか? それが大切なことなんです」と。協力は、本人のやる気と周り(保護者を含む)のバック・アップがともに不可欠で、その二つが合わさった時に「みんなで一丸となって仕事をするんだ」との雰囲気が生まれてくる。「みんなでやろう!」との雰囲気が出来上がること、そして、その雰囲気のなかで仕事ができること。そのことが一つの達成感となって、新たな達成感に向けての思い(モチベーション)を生み出していく。向上心は、決して本人だけの問題ではない。別様に言えば、向上心を支えるものは「いい雰囲気」(みんなでやろう!)なのである。
(4)現在の雇用の状況
株式会社鮎家は本社工場と、他に1ヶ所工場をもっているが、それぞれの工場で障害者を雇用している。在籍の障害者は5名であり、うち1名は短時間となっている。以下に雇用の状況について表で示す。ちなみに2008(平成20)年6月1日時点での法定雇用率は2.12%となっている。
(H.20.6.1 現在)
No. | 障害種別 | 等級 | 採用年月日 | 勤続年数 | 職務 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 肢体(下肢) | 2【重】 | S.58年6月15日 | 24年 | 製造・開発 |
2 | 知的 | B | S.62年4月 1日 | 21年 | 製造 |
3 | 肢体(上肢) | 4 | H. 7年1月 9日 | 13年 | 経理 |
4 | 内部(じん臓) | 1【重】 | H.17年9月12日 | 2年 | 施設管理 |
5 | 知的 | B | H.19年5月 7日 | 1年 | 製造 |
(注1) No.3の1名は採用後に手帳の取得となった中途障害者
(注2) No.4の1名は短時間就労
3. 仕事の実際
(1)企業として譲れないこと
障害者を採用する上で、これだけは譲ることができないということ。いったい、それが何なのか? 工場長に訊いた。
基本は安全です。たとえば洗い場での仕事ですが、昔は[私の]目の届くところにあったわけですが、現在は違います。そして昔と違って機械化もされました。実際、その環境に順応してくれればいいのですが、それまでには時間がかかることもあります。そうした場合、一つの仕事をしてもらうために「これをやってください」と仕事の指示を言いますよね。もちろん、その指示というのは安全を考えています。だから、指示のとおりと言うか、そのままにやってくれるのが一番安心もできます。
逆に言うと、他のことに気をとられるというか、注意散漫は怖いです。周囲には包丁もあれば、重たいもの、水ものもあり、足元が滑る場所もありますから。そういう環境ですから、どれだけ気をつけても完全な対策は取れないわけです。企業としては採用した以上、そのことに対する責任は当然あるし、安全に対する意識が低いのは困ります。([ ]は内容を鑑みて執筆者が適宜補いました。以下、同じ)。


続いて、障害者の職業能力と安全に対する意識の関係について尋ねると、次ぎのような言葉が返ってきた。
必ずしも職業能力の高い人が安全に対する意識が高いというわけではないと思いますよ。聞くことができるというのかな? 聞いたことを聞いたそのままにやってくれる(守ってくれる)人は、程度の差こそあれ、次ぎのステップに進んで行けると思います。いいのです、[仕事のことは]少しずつでも。脇見をして浮気をするのは困りものですけど・・・・・・。ゆっくりでも確実にやってくれれば。また、難しいのかもしれませんが、自分の[安全を含めて]ためにメモを取るとかがあれば、よりいいですね。
厳しさだけでなく、優しいまなざしが感じられる話でもある。
(2)できること/できないこと
採用面接の場面で特別に意識していることはない。それはどうしてなのだろう? 総務・人事担当者に訊いた。
これまでの経験で「案ずるより産むが易い」との思いを強くしています。ただ、仕事に関しては、できること/できないことを見極めて、できることを確実にこなしていける(もらえる)ようにするのがポイントになると思っています。面接の場面はもちろんですが、採用後であっても、こちらから訊ねることはあります。できれば自分から言ってもらいたいとも思いますが、それは難しいこともありますから、やっぱり聞くことなのでしょうね。できないことが分かれば、どうすればできるようになるか対応策を考えることもできるし。いずれにしても受け入れ部署が困るようなことがあってはいけないと思いますし、ある種の成功体験を共有していくことが重要だと思っています。
確かに、障害者雇用を進めていく過程で、「できない」と決め付けてしまうのではなく、「どうすればできるようになるのか」と考えてみることは仕事の可能性を大きなものにする。
(3)繋がりの大切さ
障害者の雇用は一企業だけで担えるものでは当然ない。さまざまな支援機関があり、学校があり、保護者がいる。大切なことは、そうした関係の繋がりであり、その繋がりを作り出し、維持していくことと言えるわけだが、繋がりの有無は困り事(トラブル)への対応と結果を左右すると言える。工場長の言葉を引こう。
雇用の後、困り事が起こることは仕方のないことだと思います。当社でも、もちろんありました。そんな時には[養護]学校の先生や保護者の方に助けてもらいました。ただし、人によっては助け[フォロー]がなく、受け入れた立場としては正直、「あたらず、さわらず」といった感じで落ち着くまで待つこと以外にどうしようもできないこともありました。その後、不安定な状態が下火になればいいのですが、それでも次にもう一回同じことがあれば、仕事をしてもらうことは難しくなるでしょう。やっぱり、本人の支えになる誰かがいないといけないでしょうね。それに、不安定な時に[本人が]言うことを聞く人は限られているとも思いますし、たとえば、それは学校の先生だったりするのです。
近年、障害者の職場定着に関して地域ネットワークの構築と効果的なフォローのための活動が行われている。たとえ、困り事(トラブル)が繰り返し起きても、その都度対応していくことで定着を図ることが必要であり、求められていることでもある。
4. 取り組みと呼べるほどのものではないけれど
(1)今ある仕事
障害者を雇用しようとする時、あるいは雇用した後でも職域の開発が課題となっているような場合がある。実際、新たな職域を作り出すことは簡単なことではなく、そうであるが故に負担となってしまう場合も見受けられる。とくに人的、それ以外の面においても余裕の幅が小さい中小企業においては、負担感は大きなものになりがちである。そうした場合、無理に新たな職域を作り出そうとするのではなく、今ある仕事をしてもらえるように
指導していくことで雇用ができ、定着が図れることもある。「10ある仕事に新たに1つの仕事を作り出すことは負担が大きくても、10ある仕事のうち1つの仕事を任せることに負担はないですから」と総務・人事担当者は言う。


(2)和(輪)のなかにあること
みんなで一緒に何かをやる、あるいはみんなと一緒に過ごす。そうした雰囲気は職場のなかで自然に生まれることもあれば、それとは違って、ある理由から必要性が生じ作られることもある。いずれにしても「一緒に~する」という雰囲気は過剰でない限り、障害者と他の従業員をつなぐ助けにもなるし、時には支えとなるものであるのかもしれない。休憩時間に一緒に遊んだり(過ごしたり)、お昼を一緒に食べたり、そうすることで距離は近いものになり、一人、二人、三人と輪ができあがっていく。もちろん、そのこと自体も大事なことではあるが、それ以上に障害者が輪のなかにあることがより大事なことだと言える。総務・人事担当者は言う。
お昼休みにはゲームが好きな人なら一緒にゲームをしたり、サッカーが好きな人なら一緒にサッカーをしたりしますよ。本人も好きなことなら、いろいろと話をしてくれますし、しだいに打ち解けてもいきますよ。
また、総務としては特別なことはしていません。見守っているだけですね。あまり、でしゃばるのもよくないと思っていますから。
好きなことを通じて打ち解けること。一方で、でしゃばらずに見守ること。それが「輪」になり、「和」を生み出している。
(3)最初が肝心
採用後、現場での仕事は洗いから始まる。先に述べたKさんの事例を通して、その後を見てみたい。Kさんは洗いの仕事から煮炊き補助の仕事に変わり、その後はたんなる補助業務だけではなく、煮炊きの担当者が不在の時はヘルプに入るようになり、現在では煮炊き(焼きも含む)のベテランでもあり仕事をまかされている。こうしたステップ・アップが 可能となった要因としては、本人の頑張りはもちろんのことであるとしても、その頑張りを引き出すような職場の雰囲気や人間関係があったと想像できる。それは何か? 以下に工場長の言葉を引こう。
採用直後はつきっきりで教えることが多いです。誰か専任者を決めて教えるというわけではなく、周りにいる者のうちの誰かがその役割を担うというスタイルですが、実際のところはパートさんのアットホームな雰囲気に頼っているところがあると思います。まずは、あたたかい目で見ることが大切でもあるので子供さんがいる、あるいは子供さんを育てた経験があるパートの女性の方々の対応は上手です。自然体ですし、叱る時はきちんと叱りますしね。そのおかげで洗いの仕事を乗り越えていけるということはあると思います。最初の付き合い方がすべてと言ってもいいかもしれませんね。
現在のKさんは、煮炊きをする際に使用する調味料の配合や素材の並べ方に関して誰よりも確実です。だからこそ、日に2000本という決して少なくない量の牛肉ロールを安心してまかすことができます。失敗したら大変ですからね。一度に100~200本ができあがってきますから。たとえば、調味料の配分を間違えたら商品は台無しになってしまうんですから。



一言で仕事といっても、その人にとって責任のある仕事ができるようにステップ・アップ、スキル・アップを図っていくことは必要なことであるだろう。もちろん、ステップ・アップは何年という時間幅が必要であり、時には「叱咤激励」、そして、それに負けない本人の気持ちがあってこそである。
(4)事実として
障害者を雇用したことによって職場、あるいは会社の雰囲気が変わったという話をしばしば聞く。具体的にはコミュニケーションが活発になったとか、職場内の風通しがよくなったとか、助け合う関係が生れた等、肯定的な捉え方が大部分であるだろうと思う。
ただ、変化にだけ目を奪われてしまうと、時に、今ここにある事実が見失われてしまうこともあるのではないか。事実としての重み。それは説得力をもって周囲の人々に受け入れられていくのだろう。
変化と呼べるようなものはないですね。ただ、事実としてKさんには仕事をまかせることができる。その事実の重みがある。彼は社員の一人なのです。
一つの信頼の姿である。
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